導星の錬金術師   作:星見錬

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本当は一話ずつ投稿する予定だったのですが、予想以上に多くの人に読んでもらえたのが嬉しかったので……。
多分そのうち一話ずつの投稿になります。多分。


第3話『惑う星と賢者』

 おお、どうしてお前はそこまでうっかり者なのだ、私よ。

 それが許されるのは、どこぞの地方都市にいるあかいあくまくらいだぞ。

 おかげで冷や汗も脳内モノローグもダラダラである。だれかたすけて。

 

「──何故、俺の名前を?」

 

 低い声で問われて、びくりと肩が勝手に跳ね上がる。

 慌てて立ち上がり顔色を伺ってみたものの、身長差と眼鏡のレンズの反射で全然見えなかった。

 いや怖……風格がラスボスなのよ……。

 

 だが、今の問いかけで一つ分かったことがある。

 彼がそういう質問をするということは、ホーエンハイムさんと私は初対面なはずだ。

 つまり、私は彼が不倫した末の隠し子ではない! ……はず!!

 ……それはそれで、私の髪と目の色に関する謎が増えただけなのだが。

 

 もしや自分で気が付いてないだけで、実は私も人造人間(ホムンクルス)だったり?

 いやいや、そんなまさかねー……って

 

 現実逃避してる場合じゃねえんだわ。

 

 こうしている間にも、ホーエンハイムさんは私に対して疑念を募らせているに違いない。

 だが、こんなミスのせいで正体を怪しまれた結果疎遠になるなど、オタクの名折れである。

 せっかくの原作キャラとの初遭遇*1、無駄にしてたまるか!

 

 この間およそ1.5秒。──私に電流走る。

 

 うっかりミスをリカバリーする天才的思い付きを言葉にするために顔を上げる。

 が、「ヒュッ」と小さな息が漏れるだけで、言葉は出てこなかった。

 

 何故か? 答えは単純。怖いのだ。

 私とホーエンハイムさんの身長差はおよそ頭二つ分。11巻のエドと同じくらいだ。

 そんな身長差の相手から繰り出される威圧感と鋭い眼光。

 

 そりゃ怖いってぇ……。

 

 子供泣くってこんなん。だから旅立ちの日、エドに勘違いされて何年も恨まれるんだぞ!!

 ……などと、うるさい脳内をいったん棚上げして。

 

 意を決して、私は善良な少女の笑みを浮かべながら言った。

 

「あ、姉に……、じゃなくて。えと……そう、クリスから聞いてたんです!

 この村に住む人の名前とか、特徴とか。その、すぐにここの人達に馴染めるように、って……。

 あは、あはははは……」

 

 緊張のせいで、とてもたどたどしい口調になってしまった……。

 ただ、一応それっぽい理屈は通ってるはずだ。瞬時に思い付いた私の頭脳を褒めてやりたい。

 

 などと自画自賛しつつ、再びホーエンハイムさんの顔色を伺ってみる。

 ……相変わらず何も見えねえ。なんでこっち睨む時以外は目が見えないんだ?

 何、その眼鏡ってそういう機能でも付いてんの?

 

 まるで世界そのものが、「彼がラスボスである」とミスリードしたがっているようだ。

 こっちは正体から結末まで知ってるんだから全然意味ないんだが?

 

「姉? クリス……ああ、思い出した」

 

 判決を待つ被告人と世界に疑問を抱くオタクがない交ぜになる最中、そんな呟きが聞こえた。

 途端に威圧感が解け、空気も緩み始める。

 

「君は去年、クリスチナさんと一緒にそこの家へ引っ越してきた子だね? あの寝たきりだった」

 

「は、はい! そうです、先程無事に……無事に? 目が覚めました!」

 

「そうか、おめでとう。えっと、君の名前は……」

 

「エステル! エステル・オルティーズです! ぜひステラとお呼びください!」

 

 ビシッと謎の勢いで敬礼すると、ホーエンハイムさんはくすりと笑った。

 

「元気そうで何よりだ。よろしく、ステラ」

 

 よし、無事に誤魔化し成功! しかも自然に自己紹介もできて、こりゃ百点満点でしょ!

 

 握手のために差し出された手を、今度はしっかりと握る。

 うぉ、手ェでっか……瞬間センチメンタルかな?

 

 握手しながら、ホーエンハイムさんは改めて自身の名を名乗ってくれた。

 その名前は、『ヴァン・ホーエンハイム』。

 

 ……よしよしよしよしっっ! 【朗報】原作世界確定!!

 

 「パンパカパーン!」と脳内で鳴り響くファンファーレ。

 最大の懸念点が解決したことで思わず泣きそうになった。積んでて良かった善行!

 積んだ記憶は微塵もないけど!!

 

 おや、「どうしてそんなに喜んでんの?」という疑問がどこからか聞こえた気がしたな。

 では解説しよう。

 

 まず大前提として、ハガレンには二種類のアニメがある。

 2003年に放映された無印版と、2009年に放映されたFA版だ。

 この二作品には、いくつかの相違点が存在する。

 特に無印版はまだ原作が連載最序盤だったこともあり、後半はアニオリまみれだ。

 だから私はアレをハガレンとして認めねえ。

 

 コホン。厄介オタクのサガが出てきてしまったのはともかく。

 そのアニオリによる相違点の一つが、『ホーエンハイムさんの名前』である。

 

 より詳しく言うと、原作及びFA版では『ヴァン・ホーエンハイム』。

 無印版だと『ホーエンハイム・エルリック』となるのだ。

 ……まあ、これはぶっちゃけ仕方ない。

 『ホーエンハイム』が実は名字で、エルリックは母方の姓とか14巻まで判明してないし。

 その頃にはもう無印終わってたし。

 

 コホンコホン(話を戻して)

 つまり、今の彼の名乗りによってこの世界が原作、あるいは原作準拠なFA版の世界であることが確定した──というわけである。

 

 正直無印版の記憶はOPとEDが九割くらいだったから、本当に助かった……!!

 いやまあ? そもそもCVの時点で違うから私はそこで勘付いてたけどね!

 持ってて良かったダメ絶対音感!!

 

 脳内でドヤり倒していると、ホーエンハイムさんが「それじゃあ、次からは気を付けるんだよ」と言いながら去ろうとしていて──

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 咄嗟に、私は彼のシャツの裾を掴んでまで引き留めてしまった。

 もちろんこれも、行き当たりばったりなノープランである。

 

 ……後から自覚したが、この時の私は原作キャラに出会ったせいで舞い上がっていたのだ。

 だからこそ、「もう少し話したい」という欲が出てしまったのだと思われる。

 自覚したところで、迂闊な行為であったことには変わりないけども。

 

「どうしたんだい?」

 

「え、ええっと、そのお……」

 

 どうしたのか聞きたいのは私の方なんです。……と素直に白状するわけにも行かず。

 必死になって思考回路を回していると、ホーエンハイムさんの手にある荷物に気付いた。

 

「あの! ぶつかったお詫びというのもなんですが……お荷物、お持ちします!!」

 

「えっ?」

 

 この後、何度か押し問答をした結果。エルリック家まで彼の荷物持ちをすることになった。

 これでなし崩し的にトリシャさんやエドとも関わろうという計画である。

 やらない善よりやる偽善、ってね*2

 

 


 

 

 ……うむ、咄嗟の思い付きにしてはナイスアイディアだったと言わざるを得ない。

 会話ターンが延長できたし、善良アピールによって私やクリスへの評判もうなぎ登りだろう。

 ホーエンハイムさんとのんびりお喋りしながら、私は内心ほくそ笑んだ。

 

 だが、善良さで言えばホーエンハイムさんの方が数段上なのは間違いない。

 私が持たせてもらった荷物は、比較的軽そうなものばかり。

 これはおそらく、「寝たきりから目覚めたばかり」という情報と私の痩身を気遣ってのこと。

 

 また、時々「疲れてない?」「休憩しようか?」と直接声をかけてくれる。

 全然疲れてないから断ってるけど、ありがたいことに変わりない。

 

 更に、今回の荷物は出産の直後で体を休めている奥さん──トリシャさんを近所の友人に任せ、代わりに買出しに出た帰りらしい。

 言われてみれば、かすかに見えた中身は食べ物がほとんどだった。

 

 ホーエンハイムさんの良き旦那っぷりに感動しつつ、新たな情報を吟味する。

 

 出産直後ということは、アルはもう生まれたのか。

 「トリシャに付き添ってくれている近所の友人」はピナコばっちゃんのことだろう。

 おっと、でもホーエンハイムさんの口から名前を聞くまでは言い当てないようにしないとね。

 流石に言い訳が利かない。

 

 それにしても──ホーエンハイムさんの会話デッキ、マジで家族のことしかないな。

 内訳は奥さんへのノロケ含めた話題が五割、かわいい盛りな長男の話題が三割、生まれたばかりの次男の話題が二割ってところか。家族大好きかよ。

 

 ……そりゃそうか。そうじゃないと、「家族と一緒に老いて死にたい」なんて思うわけが──

 ウッ、思い出すと胸が痛くなってきた……。

 

 うーん、近いうちに訪れるであろうエルリック家の確執も何とかできないものか。

 いやでも、下手に手を出すと『鋼の錬金術師』そのものがなかったことに……うごご。

 

 良心と原作厨が脳内で盛大にケンカしているが、私はその苦しみを表に出さなかった。

 傍目から見れば、ホーエンハイムさんと楽しそうに談笑する美少女である。

 奥ゆかしい日本人の猫被りマインドの面目躍如とも言う。

 

 また、私も彼に促される形で今の境遇を話した。

 もちろん、()ではなく『今のステラ』の境遇のことだ。

 

 考えてみてほしい。もしもここで私がバカ正直に

 

「いやー、こことは別の世界で突然死しちゃったんですけど、気が付いたら崇拝レベルで大好きな漫画の世界に転生してて~。マジでヤバいですよね(笑)転生て(笑)

 んで今原作キャラである貴方に会えてめちゃくちゃウハウハですヤッホゥサインください!!」

 

 ──みたいなことを口走れば、確実に狂人判定を食らうに決まっている。

 

 そうなれば、人口が千人にも満たないリゼンブールで即座に村八分だ。

 クリスにもステラにも申し訳が立たない。

 

 なので慎重に慎重を重ね、再びうっかりを発動してしまわないように。

 言葉を選びつつ、見た目通りの儚げな美少女を演出するべく──私はそっと目を伏せた。

 

「……クリスは、自分のことさえ省みずに──私を助けてくれました」

 

 ただまあ、だからと言って全て嘘で覆い尽くそうとしているわけでもない。

 もうどこで聞いたかも不明な言葉だが、リアリティのある嘘は真実を織り交ぜる物らしい。

 それを抜きにしても、少しくらいは本音を出しておきたかった。

 

 隠しごとが多いからこそ、気持ちに嘘は吐きたくなかった。

 

「私は実の親に捨てられ、意識もなく、この先目覚めるかさえ分からなかった。

 それでも、クリスは私を助けることを躊躇わなかった。そのことが、本当に嬉しいんです。

 ……申し訳ないことに、今の私の中に彼女との思い出はありませんが──」

 

 

「だとしても、私はこの恩を彼女に返したいんです」

 

 

 クリスへの恩返し。表向きの──いや、もう一つの今世の目標だ。

 贖罪のためじゃないとは言わないけど、せめてそれくらいはしないとね。

 

「……君は、とても優しい子なんだな」

 

 ホーエンハイムさんが穏やかな声で言った。それは父親の声そのもので、少し泣きそうになる。

 涙が出そうなのは、隠しごとの罪悪感と、ほっとした気の緩み。

 ……そしてきっと、彼の声がもう前世では聞けなくなったものだから。

 その懐かしさが、私の涙腺を揺さぶっていた。

 

「いえ、そんな……」

 

 涙が出ないように、声が震えないように頑張って抑える。

 握りしめた手の痛みは、不思議と感じなかった。

 

 

「だが、君はまだ目覚めたばかりなんだろう?

 そう簡単に、自分の可能性を狭めてしまうこともないと思うよ」

 

「え?」

 

 思ってもみない言葉に足を止めれば、そこは既にエルリック家の前だった。

 まだ燃えてない、赤いレンガ屋根の家。この先、数々の悲劇が訪れるであろう家。

 ──今は、幸せに溢れている家。

 

「昏睡状態だった分、他人よりも大きな遅れがあるだろう。そこに焦る気持ちがあるのは分かる。

 だが──君にはまだ、多くの可能性が残されている」

 

 それは、永い時を生きる賢者としての言葉か。

 彼の言葉は、不思議なくらいすっと私の中に染み渡った。

 

「この先、もっと多くの物事に触れて、数多の人と出会い、様々な景色を見てからでも……。

 人生の目標を決めるのは、遅くないはずだ。……もちろん、君の思いも尊重するけどな」

 

 少しはにかんだような笑顔を浮かべると、彼は私が持っていた荷物をひょいと受け取った。

 

「ここまで運んでくれてありがとう。どうだろう、君が良ければ中でお茶でも──」

 

 

「ホーエンハイムさんっ!」

 

「何だい?」

 

 ──ずっと、ずっと考えていた。

 それこそ、彼と出会う前。ここがリゼンブールだと判明した時から。

 いや、絶対に前世でも一度は考えたはずだ。

 

 そして彼と出会い、こうして会話した今……その考えは確信へと変わった。

 

 間違いなく、()()()()()()と。

 

「どうか、どうかっ──」

 

 

「私を貴方の弟子にしてくださいっっっ!!」

 

 

 どう考えても、錬金術の師匠はこの人一択だよなぁ!?

 

 ……って、あ。やべ。やらかしたわ。

 

 

「…………うん???」

 

 アッハイ、そりゃあ困惑しますよねえ……。

 ホーエンハイムさんの困惑顔とかレアなのだわ*3

 

 かくして、私は出会って五分も経たない相手へ唐突に弟子入りを志願するという、とんでもない奇行をかましてしまったのであった。

*1
真理野郎を除く

*2
悪用

*3
現実逃避中




早速サブタイトルミスってました(修正済みです)。
本当に調子に乗るとロクなことないですね。これからは気を付けます……。
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