導星の錬金術師   作:星見錬

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第4話『星は学ぶ』

 『後悔先に立たず』という言葉がある。

 『行動した後で後悔しても取り返しなんかつくわけねーだろボケ』という意味で、まあ要するに──今の私のことだ。

 

 辺りを包むのは耳鳴りがする程の静寂と風にそよぐ草の音。

 私の目の前には奇行をブチかました少女をポカンと見つめるホーエンハイムさん。

 

 ……どうしよう、コレ…………。

 

 もちろん悪いのは100%私だ。それは間違いない。

 いくら原作キャラに出会えて舞い上がっていたとはいえ、今の私と彼はまだ知り合ったばかりの他人だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 そんな相手に普通、弟子入り志願なんかするか? するわけないよなあ……。

 いやまあしたんだけど。しちゃったんですけど。あたしって、ほんとバカ。

 

 とはいえ、このまま黙っていても事態は悪化こそすれど好転するはずもなし。

 動け私の頭! またさっきみたいな良い感じの言い訳を思い付くんだ!

 

 なんとかなれーッ!!

 

 

「……あ、えっと、そのぉ……」

 

 

 ──そんな簡単に思い付けるなら、こんなことになってないんだよなあ。

 

 沈黙に耐えかねて声を出したものの、ごにょごにょと口から出るのは意味のない感動詞ばかり。

 目は勝手に横に泳ぐわ、手も指がもじもじと絡まるわであからさまに挙動不審だ。

 更に言えば、顔が熱いので多分赤くなってる。自然発火しそう。

 

 ああ、穴があったら入りたい。いや、むしろ誰か埋めてくれ……!!

 

 パニックと羞恥心で思考がオーバーヒートしかけた、その時。

 

「……悪いけど、弟子は取ってないなあ」

 

 苦笑交じりの声が頭上から聞こえて、私の脳内はすうっと静まった。

 見上げると、ホーエンハイムさんは困ったように笑いながら頬を掻いている。

 ……一応、引かれてはないっぽい? ドン引きされるくらいは覚悟してたけど……。

 というかこの反応はアレか。冗談だと思われてる、みたいな? そ、そりゃそうか……。

 

「ですよね……。すみません、突然変なこと言っちゃって……」

 

 冗談と誤認されたとはいえ、弟子入りを断られたのも事実。これ以上踏み込むのは無理だろう。

 しょんぼりと肩を落とし、そのまますごすごと引き下がる。

 もっと慎重さを身に着けてから出直すべきだな……。

 

「ああいや、すまない。ちょっと待ってくれ、今のは俺の言い方が良くなかった」

 

 ……おや? ホーエンハイムさんの様子が……?

 

「弟子を取ってないのは本当だけど、君も記憶喪失で色々と大変だろう。

 あんなことを言ったのだって、それから来る焦りだったはずだ。

 ……俺には、その焦りや不安を全て取り除くことはできないけど……。

 知識を与えることで、この世界を生き抜く手助けならできる」

 

「つ、つまり?」

 

「──もしも君にやる気があるのなら、家庭教師として色んなことを教えよう。どうかな?」

 

「かていきょうし……」

 

「……あ、もしかして『家庭教師』って言葉の意味も忘れてたりする?

 家庭教師と言うのは──」

 

「大丈夫です、覚えてます。一応……」

 

「そうか、良かった」

 

 ほっとするホーエンハイムさんを尻目に、再び私の思考回路が回り始める。

 

 話の流れから察するに、彼は私が記憶喪失から来る焦りや不安から、弟子入り志願という奇行に及んだと推察したのだろう。

 ……実際は全然違うんですけど。単純にオタクの欲が暴走しただけなんですけど。

 

 ただ、私が転生者かつハガレンオタクであるというのは私しか知らない情報である。

 その前提を知らず、『記憶喪失の少女』という情報しか持たない彼があの奇行に理由を付けるとするのなら、まあそういった結論に至っても仕方のない話だ。

 流石にこんな序盤で転生者バレしてもお互い困るだけだしね。

 

 っとと、今考えるべきなのはそんなことじゃなくて。

 ……家庭教師か。

 

 ホーエンハイムさんが、私の、家庭教師。

 

 

 それはもう実質弟子入りしたようなもんでは?

 

 

 ──なら、答えはもちろん一択!

 

「……はいっ、よろしくお願いします!!」

 

 私はホーエンハイムさんと固く握手をした。

 

 そして後日、『保護者面談』の名目でクリスに付き添ってもらい、トリシャさんも交えて四人で話し合った結果。

 

 週に五日、エルリック家の家事を手伝った後にホーエンハイムさんによる授業が行われる運びとなった。授業内容は読み書き計算、一般的な常識などなど。

 記憶が戻らなくても普通に暮らせるようになるのが最終目標とのこと。

 

 家事の手伝いはアレだね。家庭教師してもらうこととの等価交換だ。

 特に今はトリシャさんも産後で大変だろうし、人手はあるに越したことはないだろう。

 クリスも、私がやる気かつ色んな家事を教える手間が省けるという点に喜んでいた。

 

 ……その倍は「ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」と頭下げてたけど。

 え、私そんな信用ない? ……そりゃないか。記憶喪失だもんな。

 こればっかりは、自分の手でコツコツ積み上げるしかない。

 

 なお、個人的な目標はガチの師弟となってホーエンハイムさんから錬金術を習うことである。

 今のうちに優秀な生徒アピールをたくさんやって、目指すは西の賢者の弟子!

 

 ──さあ、これから頑張るぞっ!!

 

 


 

 

 次の日、私はルンルン気分でエルリック家へ向かっていた。

 空も私のテンションを反映したように晴れ渡っている。

 今日の格好は動きやすいパンツスタイルだ。

 

 なんたって今日はホーエンハイムさんによる家庭教師の初日。

 家事の手伝いも勉強もバッチリこなして、一日でも早く弟子の座をもぎ取らねば!

 

 エルリック家のある小高い丘を登り切ると、そこには洗濯カゴを抱えたトリシャさんがいた。

 おっと、これは早速お手伝いポイントを稼ぐチャンスかな?

 私はたったかと駆け寄ると、トリシャさんに声をかけた。

 

「トリシャさん、こんにちは! 今日からよろしくお願いします!」

 

「あら、いらっしゃい。今日も元気そうね」

 

「ありがとうございます。早速なんですけど、洗濯物干すの手伝いま……ん?」

 

 話している最中に、トリシャさんの足元でうろちょろしている影を見つけた。

 気になって覗き込むと、その影はすぐに隠れてしまう。

 そんな様子を見て、トリシャさんが「もう、しょうがないわね」と笑った。

 

「ごめんなさいね、ちょっと人見知りしてるみたい」

 

「息子さん……ですか?」

 

「ええ、長男のエドワードよ。ほらエド、ご挨拶は?」

 

「……ん」

 

 トリシャさんに促されて、隠れていた影が正体を現す。

 

 髪と瞳は、私やホーエンハイムさんと同じ金色。ぷにっとした幼児特有のフェイスライン。

 特徴的なセンター分けの前髪とぴょこんと立ったアンテナは、ハガレンオタクならば誰もが知るアイデンティティ。

 

 ──そう、我らが主人公、エドワード・エルリックである!

 

 ああ、やっと会えた……っ!! 全力で猫を取り繕わないと泣きそうなくらい嬉しい……!!

 

 感激をどうにかこうにか押し殺しながら、しゃがんでエドと目線を合わせる。

 エドはもじもじとしつつ、じっとこちらの様子を伺っているようだ。

 

 うむ、だったらこれ以上警戒されないよう、ここ一番の笑顔で挑もうじゃないか。

 

「初めまして、エステル・オルティーズです。ステラって呼んでね」

 

「………………」

 

「よろしく、エドワードくん!」

 

「…………………………」

 

 すっげえ無言。

 

 え、ここまで何も言わないことある? 渾身の笑顔なんだが?

 もしかして既に嫌われたとか……? だったら泣くけど。恥も外聞もなく泣き喚くけど。

 いやでもそんなことしたら『ステラ』の名誉に傷が──まで考えた辺りで、

 

「……えへっ」

 

 エドがにっこりと笑った。

 

「────」

 

 今度は私が固まる番だった。何故かって? 決まってるだろう。

 

 

 ショタエドの笑顔が可愛すぎるッッッ!!

 

 

 あの笑顔を見た瞬間、ビックバンの中に放り込まれたかと思ったね。

 ぶっちゃけハガレン17巻98ページ1コマ目で既に見たことあるけど、漫画で見るのと生で見るのとでは全然違うんだわ、これが。

 ……でも本当に危なかった。咄嗟に猫被り強度を最大まで上げなければ、今頃私は奇声を上げて倒れていたことだろう。

 もしくは心臓発作で救急搬送される画像みたいになってた。恐るべし主人公。

 将来あんな目付きがすこぶる悪い生意気小僧になるとは到底思えん……。

 

──ラ? ステラ? ……ステラ、大丈夫?」

 

「はっ──だ、大丈夫です。すみません。

 ちょっとその、エドワードくんがあまりにも可愛くて……」

 

 トリシャさんの声で我に返った。まさかエドの可愛さで固まることになろうとは……。

 だけど次からは気を付けないとな。時と場合によっては戦場に行くこともあるだろうし。

 そんな時に、原作キャラとの出会いに感動したから死んじゃったなんて笑い話にもならないぞ。

 

「ふふっ、仲良くなれそうで良かった。弟のアルは寝たばかりだから、後で紹介するわね」

 

「はい。……って、あ。すみません忘れてました、洗濯物干すの手伝います!

 決まったやり方があるならそれに従うので──んん?」

 

 軌道修正とばかりに腕まくりすると、ズボンを引っ張られる感触を覚えた。

 見てみれば、そこには私のズボンの裾を引っ張るエドの姿。

 目線が合った途端、エドはパッと腕を広げた。

 

「だっこ!」

 

「えっ」

 

 だっこ、とな? え、初対面の人間相手に? さっきまで人見知りしてたのに? 無敵か?

 

「あらあら、もう懐いちゃったみたいね。髪と目の色がお揃いだからかしら?」

 

 トリシャさんは笑いながらエドを抱っこすると、「抱っこしてみる?」と聞いてきた。

 

「え、いやでも、私ちっちゃい子を抱っこしたことなんて」

 

「やり方なら教えてあげるから。ね?」

 

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

 トリシャさんからエドを受け取り、教えられるままに横抱きする。

 顔を見ると、エドは楽しそうに笑っていた。

 

「……あたたかい」

 

 腕の中にいるエドは予想以上に小さくて、肌も柔らかい。まだまだ赤ちゃんだ。

 少し重いけど、これが俗に言う『命の重み』というものだろう。高い体温も命の温もりだ。

 

 

 ──この子は今、生きている。

 

 

 私はその時、唐突に理解した。この世界は漫画でも、アニメでも、ゲームでも、映画でもない。

 現実だ。紛れもない、生きた人間がいる現実なんだ。

 

 それは舞い上がっていた頭に冷や水を浴びせるような、夢から急激に冷めたような天啓だった。

 だから、私が本当に目覚めたのはこの時だったのかもしれない。

 

「ん!」

 

 エドが腕を伸ばす。おそるおそる指を差し出すと、小さな手がそれをぎゅっと握った。

 力強く、柔らかい生身の右手。……まだ、機械鎧(オートメイル)じゃない、右手。

 

 もしも、この世界が私の知る物語の通りに進むのならば。

 私の腕の中で笑う子は、いつか人体錬成という禁忌を犯すのだろう。

 亡くした母の温もりを求めた代償に左足と弟を失い、弟の魂を取り戻す代償に右腕をも失う。

 そして失った体を取り戻す旅の最中にも、数多の挫折や困難に立ち向かうことになる。

 

 ……こんな、小さな子が?

 

 そんなの、って──

 

 一度意識したら、もう私にはそれを止められなかった。

 

「……う?」

 

「…………っ」

 

「ステラ? ……本当に大丈夫?」

 

「……ひぐっ、だ、だいじょ……ううっ」

 

 次から次へと、涙が溢れて止まらなかった。

 自分の顔を濡らす涙が不思議なのか、エドの手が私の顔へ伸びる。

 

 その小ささにすら愛しさと悲しさが止まらなくて、私はエドを抱きしめた。

 

 ……やっぱり、駄目だなあ。

 だって、致命的なくらいに分かってしまった。

 

 どんなにバタフライエフェクトを警戒していても、原作を愛していても。

 原作に沿いつつ、零れ落ちる死者を救うことこそが目指すべき道だと確信していようとも。

 

 この子に辛い目に遭ってほしくない。

 痛みが伴わない教訓に意義がないのだとしても、その痛みは少なくあってほしい。

 

 ──例え私のエゴのせいで、『鋼の錬金術師』が()()()()()()()()()()()()

 

 こうして私は、また一つ決意した。

 

 


 

 

 ──なーんてカッコつけてた時期が、私にもありましたとさ。

 

「全然駄目だあ……」

 

 エルリック家のリビングにて、私はぐでんと溶けていた。別名落ち込んでいたとも言う。

 いやもう全然駄目。「私ってこんなに役立たずだったっけ?」って感じだ。

 

 あの後、ひとしきり泣いて謝って立て直し。

 心機一転、意気揚々とトリシャさんのお手伝いを敢行したものの……。

 あれはどう考えても、『手伝い』じゃなくて『足を引っ張った』の方が正しかったに違いない。

 

 洗濯物は風に飛ばされて洗い直し。

 家庭菜園では夢中になりすぎて、未熟な野菜までうっかり収穫。

 だったら掃除で挽回しようと箒で勢いよくホコリを巻き上げ、咳やくしゃみを連発。

 最後の望みである料理では、火加減をミスって危うく全てを炭にするところだった。

 

 どれもこれも、トリシャさんのリカバリーがなければどうなっていたことか……。

 トホホ、己があまりにもポンコツ過ぎて泣けてくるよ。

 

「君にとっては、全てが初めての経験だったんだろう? 多少のミスは仕方ないさ」

 

 事の顛末を聞いたホーエンハイムさんがそうフォローしてくれたものの、簡単に立ち直れるわけもなく。申し訳なさで消え入るばかりだ。

 

「本当にすみません……私はロクに等価交換も果たせない無能ですぅ……」

 

 弱音を吐きつつ、こっそりホーエンハイムさんの顔色を伺うと、何故か目を丸くしていた。

 ……あれ? 私、何かおかしいことでも言ったかな?

 

「等価交換、って……君は、その意味を理解して使っているのか?」

 

「え? ……まあ、はい。

 『何かを得るためには同等の何かを犠牲にしなければならない』って意味ですよね?

 今の場合は、貴方に家庭教師をしてもらうことの代価である家事手伝いができない自分に対する皮肉を込めたつもりで──あ、まさか錬金術以外の事柄に使うのは駄目だったりするんですか?」

 

「いや、別にそんなルールはないが……錬金術師でもないのに、よく知ってるね?」

 

 ……なんてこった、またやらかしとるわ私。

 そっかー、普通の人は等価交換なんて使わないよなあ~~! マジでうっかりしてた。

 更に言うなら、私は仮にも記憶喪失の実質人間一年生。

 本来なら等価交換の『と』の字も知らない方が自然だろう。

 

 うっわどうしようこれ、どう誤魔化せばいいんだ……?

 

「あー、えっとー、そのー……なんかこう、記憶の片隅にあったというか……。

 もしかしたら本か何かで見たのを覚えてたんじゃないかな? みたいなー……。

 ほら、響きもどこかカッコいいですし。だから覚えてたんだと思います! 多分!」

 

 誤魔化し方ド下手くそかな? 最初に見せたあの閃きはどこへやった、私。

 だけど、ここで「クリスから聞いた」とか言っても、後々本人の口から否定されたら詰むし。

 これ以上マシな誤魔化し方なんてないよな……?

 

 ハラハラしながら、考え込む素振りをしたホーエンハイムさんの沙汰を待つ。

 この言い訳が駄目だったら、もう転生者であることをゲロるしか──

 

「そうか……なら、他に錬金術絡みで覚えている言葉は何かないか?

 もしかしたら、君の記憶を取り戻す手がかりになるかもしれない」

 

 そ、そう来たか……。まあ、ホーエンハイムさんの視点だとそう思うのもおかしくないか。

 でも、どこまで知識を明かしたものか。あんまり詳しくても更に怪しまれるだろうし……。

 そもそも一般人の錬金術知識ってどこまであるのが普通なんだ?

 作中描写的にもピンキリで、正直これと言った基準がないんだよなあ。マジで困る。

 

「……ステラ?」

 

「あっ!? ええっと、……す、すみません。他に覚えてそうな言葉はない、かもです。

 だけど、直接見たり聞いたりすれば、何か思い出すかも……」

 

「ふむ、確かに……」

 

 さっきの誤魔化し方はド下手くそだったけど、今の返しは中々良いんじゃないかな?

 このまま上手く行けば、「だったら錬金術に関する単語を見てみよう」みたいになるかもだし。

 そこで知識力をアピールすれば、本格的に錬金術を学べるかも! これぞ計画通り、だ。

 私は内心ほくそ笑んだ。……が。

 

「……いや、今日はやめておこう」

 

「えっ」

 

 期待を裏切られて私はずっこけた。もちろん内心で。リアル横転したら頭打つからね。

 それはともかく、この流れは錬金術について教えてもらえる流れでは? 何で?

 

「まずは、君自身が何をどこまで知っているのか……それを把握することを優先しよう。

 何せ、一言に『記憶喪失』と言っても、その症状には様々な違いが存在するからね。

 何を知っていて、何を知らないのか。全てはっきりさせた上で、これから学ぶことを決めよう」

 

 凄く真っ当な理由だった。真っ当すぎてぐうの音も出ないや。

 

「はい……」

 

 かくして私は、ホーエンハイムさん作成のテストを粛々と受けたのだった。

 テストの結果? 大体できたけど地理と歴史だけ壊滅的だったよ。

 だって作中で出てきたところしか知らないからね! これも仕方ないってやつだ。




実は未だにホーエンハイムさんの口調を掴めていません。
単行本片手に「こんなこと言うか……?」と悩みながら書いています。
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