導星の錬金術師 作:星見錬
なお、今話から時々主人公以外の登場人物視点も入れようと思っています。
できる限り分かりやすく描写したつもりですが、分かりにくい・見づらいなどのご意見があれば、ぜひ感想で教えてください。
初めて彼女の顔を見た時、遠い故郷に戻ったのかと錯覚した。
金の髪と金の瞳。それは滅んで久しい故郷──クセルクセスの色である。
あの国は一夜にして滅んでしまった。
だから、己と息子達以外にその色を持つ者はいないはずだった。
……滅びの主導者にして己の血から生まれしモノ、
刺客の可能性を疑わなかったと言えば嘘になる。己の名を知っていたのがその証拠。
相手はフラスコの中から出るために、国一つ犠牲にするような存在だ。
己を邪魔だと思えば、簡単に切り捨てようとするだろう。
あるいは、この身にある賢者の石を狙ってのことなのかもしれない。
気まぐれに相手へ不死を与えるモノが、身勝手にそれを取り上げないと誰が思うだろうか?
故に、警戒しようと思った。場合によっては手を下すことさえ考慮に入れていた。
やっと手に入れた平穏を、愛しい家族を失わないために。守るために。
少女の正体を見極めようと、その目を見つめ──思わず面を食らった。
表向きは、突然の事態と己の存在に怯え戸惑っているようにしか見えない。
だが、その裏には害意でも、ましてや殺意でもなく。
……まるで幼子が憧れの英雄に出会ったかのような、純粋な輝きがあった。
己が最後に、そんな純粋な目を向けられたのはいつのことだったか。
それこそ、アメストリスでもシンでもなく、クセルクセスの時分だったかもしれない。
だからきっと、その目を見た瞬間に毒気を抜かれてしまったのだろう。
思わず、彼女の家庭教師を請け負ってしまうくらいには。
いくつかの会話を通して、彼女の人柄を確認した結果。
やはり
怪しい所は数多くある。
髪と目の色に、初対面で己の名を言い当てたこと。
記憶喪失と言っておきながら、等価交換など錬金術の知識があることを示したことなど。
しかし、彼女自体はどこにでもいる、少しおっちょこちょいな女の子だった。
よく笑い、よく泣き、周囲を振り回しつつも明るくする、星のような女の子。
それが、己の目に映るエステル・オルティーズである。
もちろん、
だが、もしも奴が刺客を送るのだとしたら、もっと効率良く相手を斃す存在にするはずだ。
それこそ、初対面の時点で有無を言わさずに襲ってくるような。
普通の人間には倒せぬように賢者の石による命のストックを持ち、特殊能力をも備えた存在。
そんな人間を超えた
だから警戒しなくてもいい。……というつもりもない。
己の中にいる同胞達の意見も、未だに半々の割合で分かれている。
それと同じく、内心では彼女を疑う気持ちと信じたい気持ちがせめぎ合っていた。
……せめて、一年。
一年だけ様子を見よう。
その一年で本当に彼女が信じるに値する人間だと分かった時は──
彼女が密かに望んでいるように、錬金術師として師弟関係を結ぶのも悪くない。
──1901年、リゼンブール
エステル・オルティーズの朝は早い。……これ、一度は言ってみたかったんだよね。
「ふふっ」と人知れず笑みがこぼれる。でもまあ、今の時刻は朝の六時。実際早い方では?
予定があろうとなかろうと、この時間に起床するのが私のルーティンの一つだ。
寝癖を手櫛で整えながら、一階の台所へと向かう。
火力ミスで炭を作りかけていたのも昔の話。今では立派なオルティーズ家の朝食係である。
フライパンで卵とベーコンを焼きつつ、隣で夕食の余りのスープを温め直す。
卵とベーコンが焼けたら、残った油でトーストを焼く。
半熟目玉焼き、カリカリベーコン、両面こんがり焼けたトーストにコンソメスープ。
これぞ立派な朝食というものだろう。
……ぶっちゃけ、日本人的には白米と味噌汁が恋しくなる時もあるけどね。
「ふぁ……おはよう、ステラ。相変わらず朝から元気ね。ちょっと羨ましいわ」
朝食の匂いを目覚ましにクリスが降りてきた。まだ寝ぼけ眼なのか、目を擦っている。
クリスはどうやら朝に弱いらしく、それも私が朝食係を担う理由の一つ。
最初は火を使わないサンドイッチくらいしか作れなかった私も、今は立派になったもんだ。
「おはようクリス! ま、いつでも元気なのが私の取り柄だからさ。ほら、早く食べよ!」
目覚めた当初は若干ぎくしゃくしていたクリスとの関係も、一年経てば息がぴったり合うようになった。もはや本当の姉妹と言っても差し支えないだろう。
今も笑顔で会話しつつ、私が朝食をテーブルに乗せるのに合わせて牛乳を用意してくれている。
準備が終われば、「いたただきます」と声を揃えて食事タイム。
……うん、美味しい。
ただ焼いただけ、温めただけであろうとも、誰かと食べる食事はいつだって美味しいものだ。
「今日もエルリックさんの所に行くの?」
「うん。何てったって、やーっとホーエンハイムさんが師匠になってくれるって言ったんだもん!
錬金術をバリバリ勉強して、クリスにいっぱい楽させてあげるね!」
サクッとトーストをかじってピースサイン。今の私は絶好調中の絶好調である。
理由は今言った通り。先日、とうとうホーエンハイムさんが師弟関係を結んでくれたからだ!!
やったー! うーれしーー!!
今もその辺をゴロゴロ転がり回りたいくらい嬉しい。
ホーエンハイムさんから話を切り出された時も思わず飛び上がったもんね。
その節はご迷惑をおかけしました……。
と、反省はあとあと! 今はとにかく勉強あるのみ、だ。
さっさと朝食を食べて──
「……ねえ、ステラ」
「ん? ……何?」
食べるペースを上げた私を止めるように、少し真面目な顔をしたクリスが話しかけてきた。
ただならぬ気配に、一旦フォークを置いて話を聞く姿勢に入る。
「昨日も聞いたけど……本当に錬金術師になりたいの? 錬金術の勉強って、難しいんでしょう?
それに、危ない実験もたくさんあるそうじゃない。そんなに頑張ろうとしなくたって……」
「クリス」
私はあえてクリスの話を遮った。そして真剣な目で彼女の目を見る。
……クリスの気持ちは分かるつもりだ。
本当の妹のように大切にしていた友達の昏睡と、目覚めた後の記憶喪失。
きっと心配は尽きないことだろう。
現にクリスは私に対して多少過保護な傾向がある。たまにそれを鬱陶しく思う時だってある。
でも、だとしても。
「心配しなくても大丈夫だよ。
ホーエンハイムさん……じゃなくて、
私もちゃんと気を付ける。だから、信じてよ」
私はクリスに恩を返したい。少しでも彼女の役に立ちたい。
──きっと、いなくなってしまった『
「それにね──」
真顔から一転、私は自信満々に笑った。
「錬金術師になるのが『
「………………」
クリスは無言で私を見つめていたものの、やがて仕方ないと言うように長いため息を吐いた。
「そうね。昨日もそう言っていたものね。……前のあなたからは信じられないけど」
「うっ」
ギクリ。……やっぱり、もうちょっと慎重に行くべきだったか?
だけどこれは私の噓偽りない本音なわけでぇ……。
こう、記憶喪失が故の新たな人格みたいな方向性でどうにか……ならないかな……。
冷や汗をかきつつクリスの様子を伺うと、彼女は少しだけ微笑んでいた。
「……本当に、無理だけはしないでね。応援しているわ」
「あ、ありがとうクリス! 私頑張るね!!」
どうやら私の心配は杞憂だったらしい。
ほっとした私はささっと朝食を完食し、食器を片付けてから自室へ戻った。
姿見で確認しながら、身支度を整える。
白シャツに細い赤のリボンを結び、ミニ丈のキュロットスカートを装備。
黒いニーソとブーツ、短めのジャケットを着ればいつもの私の完成だ。
ハガレン内で例えると、原作序盤のウィンリィをもう少しボーイッシュにした感じ。
……流石に生足晒す程の勇気はないかな。あのウィンリィ、何気に凄い恰好してたよね。
ちなみにこのコーデは私ではなく、クリスが用意してくれたものである。
理由? ……私がリゼンブールの外に出られないから、かな。
体調的な問題ではなく、クリスの過保護な方針の一つによるものだ。
誰かが──それこそクリスが付き添ってくれたら良いのでは? と思うんだけどなあ。
もしくは……
「……なーんてね」
私の体調もこの一年間ずっと万全だし、そのうちお許しも出るかもだ。
よく考えたら『前のステラ』は病弱だったらしいしね。そりゃ心配もするだろう。
……と、今はそんなことを考えてる場合じゃないや。
早くエルリック家に行かないとね。
髪をぱぱっと結んで部屋を飛び出し、二段飛ばしで階段を駆け下りる。
そのまま玄関へ──
「あ、こら。また適当に結んだでしょう。せっかくの綺麗な髪が痛んだらどうするの?
ほら、こっちに来て」
「……はーい」
──向かう前に、クリスに呼び止められてしまった。ちくしょう、今日も逃げ切れなかったか。
しぶしぶ椅子に座ると、どこからかブラシやヘアゴムを取り出したクリスが背後に回った。
「包帯も解けかけちゃってるわね。ついでに巻き直しておきましょうか」
「よろしくー」
首元の包帯は未だに外れない。……外してもらえない、が正しいか。
いや、今みたいに巻き直すため、クリスが解くことはある。
しかし、私は包帯の下にあるものを見たことも、自分の手で巻き直したこともない。
もちろん、昔も今もとても気になる。首元に包帯なんて穏やかじゃないからね。
だからクリスに一度だけ尋ねたことがあるのだが……。
「あなたは知らなくていいから。……次からは聞かないで、お願い」
……と、怒ったような口調で注意されてしまった。
自室でこっそり確認する手も考えたものの、バレたら更に怒られそうなので結局できなかった。
ただでさえ、クリスには色々と迷惑かけてるからなあ。余計な心労はかけたくない。
「はい、できた!」
クリスの明るい声で我に返る。触って髪型を確認すると、いつもの緩い二つ結びだった。
……個人的には動きやすいポニーテールか、いっそのことショートもいいなって思うんだけど。
クリスは毎回この髪型にしてくる。……もしかしたら、これも『前のステラ』のものだったり?
そう思うと、「別の髪型がいい」だなんて口が裂けても言えないわけで。
「今日もありがとう。──行ってきます!」
ちょっとした不満を飲み込んでお礼を言いつつ、玄関を開ける。
クリスのことは好きだ。それこそ、原作に登場する彼らと同じくらい。
前世の家族は構成や性格含め何も覚えないけど、もしもお姉さんがいたらこんな感じだったのかもしれない。……少々過保護すぎるきらいはあるけどね。
──なんて、わざと違和感を振り払って。
私は今日も、元気よくエルリック家へと向かうのだった。
「~~~~♪」
鼻歌でagainを歌いながら、いつもの道を歩く。
一年も往復すれば未舗装のデコボコ道にも慣れるもの。
今なら考えごとをしていてもこけたりする心配はないだろう。
……そう思うと、あっという間にしか感じなかった一年も、割と長いもんだな。
いきなり死んだり、かと思ったら真理の扉の前にいたり、ハガレン世界に転生したり、転生先がリゼンブールだったり、ホーエンハイムさんに弟子入りしたり……。
いやー、我ながら怒涛の日々だ。目まぐるしい、とはこのことだね。
で、そんな日々の中で。
私はいくつか、自分の記憶と体の
まずは記憶の方。こちらは一つ進展があった。
と言っても、前世や『前の
なんと『ハガレンの記憶』を触媒にすれば、他作品の知識やそれに類する雑学を引用できるようになったのだ!
この引用はかなり便利で、引き出せる知識にも特に制限はないらしい。
……一応、『前世の私が見ていた・知っていた作品や雑学』に限られるようだけども。
ただ、その雑学は異様に幅広く、「何でそんなこと知ってんの?」と過去の自分自身に思うことも多々ある。
例えば『銀食器は当時毒物としてよく使用されていたヒ素に反応するために重宝されていたが、実際は硫化ヒ素に反応するため、純粋なヒ素にはむしろ反応することはない』とか。
『ダイヤモンドは硬度は高い反面、割れにくさを示す靭性は低いので案外脆い』とか。
『ミジンコは危険を感じると頭がとんがる』とか。
……本当になんでこんなこと知ってんだ? 相当な暇人だったんだろうか、前世の私。
何はともあれ、ハガレン以外の知識が使えるのはかなりのアドだ。
無意識に出てしまうインターネットミームなんかよりも何倍も役に立つ。
家事の技術が向上したのも、この知識引用が使えるようになったのが大きいだろう。
もしやこれこそが本当の転生チートなのでは? 私は訝しんだ。
次に体の方。……こちらはチートというより、バグに近いだろう。
空腹も眠気もない。身長も体重も変動しない。髪や爪の長さすら不動。
──それはまるで、世界と隔絶されてしまったかのような。
食事そのものは可能だ。味覚もちゃんとある。食べた分、排泄も行われている。
ただ、食欲は微塵も感じていない。必要なのと、周囲から怪しまれないために食べているだけ。
夜に目を閉じても、意識が途切れることがない。『眠る』という機能を失ってしまったようだ。
そのまま朝まで過ごすのは苦痛だったので、寝たふりをして記憶の整理をする癖がついた。
身長や体重は目覚めた次の日から記録している。半年前からは髪と爪の長さも同様に。
どれもこれも、今まで数値の変動はなし。あと一年変動がなければ測るのをやめようと思う。
傍目から見れば、「羨ましい」と思う人もいるだろう。……当事者としてはぞっとするだけだ。
今なら、鎧のアルの気持ちがよく分かる。体を取り戻したいと切望する理由も。
怖い。周りの人々とは明らかに違う存在となってしまった、自分の身体が怖くてたまらない。
こんな、人間として……いや、生物としての機能を喪失したモノなんて、
ただの──
「……いや、止めておこう」
私にはまだ、この先を言う勇気がない。
その気になれば確かめられる証拠すら、未だに確認できてないのだから。
いつか、向き合わなければならない日が来るのだとしても。
──それでもまだ、今は自分のことを人間だと信じていたかった。