ソロモンが誇る居城ゴエティアの中庭は非常に広い。
どれくらい広いかと言うと、人間が軽く千人以上は居ても尚広さを感じられる程には広い。
そんな広い庭は用途に別けて二つある。
一つがバァル・ゼブルのペットであるドラゴンやワイバーンなどの飛行型モンスターのたまり場。
もう一つがバァル・ゼブルが趣味で作り出した訓練所だ。
バァル・ゼブルが作成したNPCに近衛騎士という物が存在し、騎士が居るなら訓練所もいるだろ、の精神でバァル・ゼブルは中庭に訓練所を作り出した。
藁で出来た人形に的。グランド程の広さがある走り込み所が存在する。
バァル・ゼブルが転移したのはモンスターが居る方の庭だ。
(城内部なら転移は出来る、か)
街に転移出来なく成っただけかとバァル・ゼブルは判断し目的の竜が居る所まで歩く。
五分も掛からず目的の竜を発見する。
「居たな」
バァル・ゼブルのペットである竜は黒竜だ。
外見は巨大な蜥蜴に酷似している。
蜥蜴をそのまま二十メートル程巨大化させ、首を少しばかり長くし背中から蝙蝠にも似た巨大な翼が生えた姿をしている。
頭部からは二対漆黒の角が生え、瞳は輝かしい金色である。
IOOにおけるドラゴンは強者だ。
レベル以上のステータスを有し、高度なAIによる判断も可能。
あからさまに優遇されている種族であり、それはプレイヤーが竜になった場合でも優遇されているのは変わらない。
何の装備も無い最高レベルのプレイヤー同士のステータスを比べれば竜の方が勝る程度には優遇されている。其処に装備品も含めれば流石に違うが。
『バァル・ゼブル様。何の御用でしょうか』
「……は?」
バァル・ゼブルは己の耳に聞こえた声に呆気にとられた。
声の正体は何だ、と眼を点に──縫い付けられてるので変わらないが──すると不思議そうな顔をする竜が目に入る。
黒竜が、喋った。
(──有り得ない)
IOOにおいて喋るのは運営が用意したNPCだけだ。
今の時代AI生成で台詞など幾らでも読み上げ出来る。その為喋ったり会話がある程度できるNPCというのはIOOにも多数存在する。
だがプレイヤーメイドのNPCが喋る事は出来ない。そこまで用意していけば流石にリソース不足になる為されていないのだ。
何かの聞き間違いか。バァル・ゼブルは問いかけることにする。
「……今喋ったのは、お前か?」
『わたくしが喋りましたが、何か問題でも?』
軽快な女の声で黒竜は返事をした。
「……シュヴァルツ、お前喋れたのか」
シュヴァルツというのは黒竜の名だ。
本名シュヴァルツ=イルディッシュ。かつての仲間が付けた名である。
『そういえば、何故か喋る事が出来ますな。ですが些細な問題でしょう』
いや些細じゃないだろ。バァル・ゼブルはそう思うも反論しない。
「……まぁいい。行きたいところがある。背に乗せてくれ」
バァル・ゼブルは取り合えず街に向かうべきだと判断しこれもバグの一つだと思い込む事で無視する。
NPC相手に敬語を使うのも何なのでため口で対応する。
『畏まりました』
そう言うとシュヴァルツは屈み、バァル・ゼブルは背に乗る様に跳躍しのる。
不安定な黒竜の背にバァル・ゼブルは立ち、安定し問題無いとシュヴァルツに告げる。
そう言うとシュヴァルツは翼を広げ、空の上へと飛び上がる。
「うぉ」
思わず声が漏れ出るほどの急上昇。
急速に体にかかるGは悪魔の体には大した問題には成らない。
ぐんぐん空の上へ飛び上がったバァル・ゼブルはシュヴァルツの背から下を見る。
城が少しばかり小さく見える程の高度に上がった事で。気づきたくないことに気づいた。
──森になっている。
本来居城ゴエティアがあるフィールドはマグマが流れ炎が燃え盛る豪熱地帯だ。
それなのに、城の周囲には木々が実り自然が溢れている。
もはやバグで済ましていい範疇を超えている。
「……少しばかり遠くまで飛んでくれ」
『御意に』
シュヴァルツは命じられるがまま羽ばたき、奥へと進んでいく。
太陽を背に進み。二人は飛んでいく。
地面を見てもその目に映るのは木々ばかり。自然の森しか眼に入らない。
(……転移バグとかじゃないよなこれ。え、なにこれ。どういうこと? 何なの? もしかして………………異世界転移という奴?)
バァル・ゼブルは今ここにきて。現実を直視する。
異常事態を受け入れる。
現実感のありすぎる世界。何故か喋れるドラゴン。違和感のない事が違和感な肉体。
(……どうしよう)
ライトノベルや小説でいやという程見て来た現象に直面したバァル・ゼブルはどうするか悩む。
元の世界に帰るべきか。この世界で何をすべきか。そもそもここはゲームの中なのか。一切関係ない別世界なのか。どうすれば元の世界に帰れるのか。
『バァル・ゼブル様。結構距離が離れてきましたが如何さないますか?』
思考の海に落ちかけたバァル・ゼブルにシュヴァルツの声がかかる。
「あ、ああ……そろそろ大丈夫だ。城に戻ってくれ」
『畏まりました』
返事をするとシュヴァルツは急反転し城へと飛んでいく。
風に当たりながら。バァル・ゼブルはどうするか悩み続けた。
■
城の中庭に戻ったバァル・ゼブルとシュヴァルツは庭に降り立つ。
同時にバァル・ゼブルはシュヴァルツの背から飛び降りる。
何メートルも上からの着地は常人には出来得ぬ事。だが悪魔となったバァル・ゼブルには問題なく出来る。
地面に降り立ったバァル・ゼブルは自らに走り近寄って来る者の存在に気付いた。
背は百八十程とバァル・ゼブルよりは低い。
外見のベースは人間の男。だが体は海老や蟹の様な甲殻類にも似た殻に覆われている。
頭部からは山羊の角が生えており異彩を放っている。
腰みのの身を着けた姿は正しく悪魔といった風貌。金の瞳でバァル・ゼブルを見つめている。
「オロバスか」
バァル・ゼブルは悪魔の名を言う。
オロバス。バァル・ゼブルが制作した最上位のNPCの一人。最高レベルである二百であり最上位悪魔。
職業も最上位職である守護者に付いており、防御力最高の悪魔だ。
「我らソロモンの悪魔一同。異変を感じ取り主を探しておりました。バァル・ゼブル様は何をなさっていたので?」
「……周辺の散策をしてい──ました。です? はい」
バァル・ゼブルはオロバス相手にどう対応した物か悩む。
相手はNPCであるはずだがどういう訳かシュヴァルツ同様喋っているし自我もある。
そんな相手にどう対応すればいいのか。バァル・ゼブルにはわからない。
「バァル・ゼブル様。何故そのような口調を。普段の口調で構いませぬ」
(普段って何?)
バァル・ゼブルはごくたまに、NPCに話しかける事がある。
だがそれは殆ど独り言に近く、NPCと会話をしている妄想などをしたことは無い。
だが、ソロモンのNPC以外と話す口調ならばある。
「……余は周囲の異変を感じ取り調べていたのだ。オロバス。其方は何をしていた?」
──これだ。
まるでどこぞの王族か貴族の様な口調こそがバァル・ゼブルが普段IOOで使っている口調である。
IOOではNPCと会話する事が出来る。
高度なAI判断をし何気ない日常会話から依頼の内容まで事細かに話す事が出来る。
ならばどうせなら、とバァル・ゼブルは最上位悪魔に成ると同時にそれっぽい口調で会話をしようとロールプレイをし始めたのだ。
こういったプレイヤーは珍しくもない。俺様やロリっ子。のじゃロリで話すプレイヤー等も居る。
「はっ。此方も異変を感じ取りゴエティアの内部の確認をしていました。四天王と近衛騎士団を使い城内部の確認をさせております。私はバァル・ゼブル様を捜索しておりました」
「そうか」
(こいつらにも自我あるんか~い。いや、芽生えたというべきか?)
バァル・ゼブルは考える。これからどうするか。
「……一度確認としよう。会議室に四天王を集めてくれ」
「畏まりました」
■
ゴエティアの会議室は広い。
元々はソロモンの所属するギルドメンバー用の会議室として作った部屋は円卓を模している。
二十四の席があり、円卓は石製であり硬い。椅子もまた石製だ。
二十四ある席の内三つが埋まっている。
一人は異形の悪魔だ。
蟷螂と人を融合させたような姿。割合としては人の方が多いだろう。
異様に長く鋭い人差し指の爪を有し、頭部は髑髏に皮が張り付いたような生気の無い顔。
眼孔には青い炎が灯っている。
ボロのローブを纏った姿は正しく邪悪な魔術師といった風貌。臀部からは蜥蜴の尻尾が生えている。
最上位悪魔マラコーダ。職業はアンデッドマスターというネクロマンサー系職業の最上位職に付いている。
残る二人は人の姿をしている。
片方は妖艶な美女だ。
身長は百七十五センチほどという女性としては長身の姿。
銀髪と碧眼を有し、太陽にでもあたった事が無いかのように肌は白い。
顔は神の彫刻徒でも言うべき美を有し、見る者全てを魅了する。
胸元が大きく露出した漆黒のドレスを纏う姿は舞台に立つ女優にも見える。
最上位悪魔リリス。職業はハルツィナツィオーンという幻術系最上位職に付いている。
最後の一人は老人の姿をしている。
背は百七十五センチとリリスと同程度。
しわがれた老人であり顔の皺は多い。老いた証拠として白髪であり、変わらぬ黒目を有している。
だががっしりとした体躯を持ち、老いてなお衰えぬ肉体を有している。
執事服を纏い、腰には長剣を下げている。
最上位悪魔ファレルロ。職業は剣士系最上位の剣聖に付いている。
そしてバァル・ゼブルの後ろから歩てい来るのがオロバス。
この四人こそがソロモンにて四天王という役職を与えられた最上位悪魔たちだ。
(こんなんなるなら四天王とか付けんじゃなかった)
IOOにおいてプレイヤーが制作したNPCには設定を書き込むことが出来る。
完全なフレーバーテキストであり、設定したからといって戦闘AIに何か変わる等は無い。
バァル・ゼブルは趣味で制作したNPCに四天王やら近衛騎士団やら四天王直轄の大悪魔やら書き込んでいた。
勿論バァル・ゼブルだけでなくかつての仲間達もNPCを作り設定を書き込んでいたりしたがその上からバァル・ゼブルは四天王などの設定を書き込んでいる。
四天王の内リリス以外はバァル・ゼブルが作ったNPCであるがリリスにも四天王であるという記述を追加している。
どうせ誰もログインして来ないんだから好きに弄っていいだろ、の精神で弄った果てがこれである。
「これはこれは。バァル・ゼブル様。どうぞこちらへ」
マラコーダが立ち上がり、バァル・ゼブルを席へと誘う。
其処には他の椅子とは明らかに作りが違う、簡易的な玉座らしきものが設置されていた。
「簡素ですが玉座を用意させて頂きました」
「そうか」
バァル・ゼブルは軽く返し、こんな作りの玉座一体何時用意したんだと疑問を抱きながら椅子に座る。
全員が席に付き、会議が始まる。
「で、議題だが……この事態に着いて知りたい」
「はっ。現在ソロモンが陥っている異常事態についてです。簡素ですが資料をご用意させて頂きました」
オロバスがそう言うと影から異形が出てくる。
それを一言で表すなら真っ黒な人だ。黒だけで構成された人型の悪魔。
レベルは二十。最下位悪魔であり職業もサーヴァントという最下位職についている。
能力としては影と同化出来るだけであり、戦闘力的にも大したことが無い悪魔だ。
「ふむ」
渡された資料をバァル・ゼブルは確認する。
それには現在起こっている異変が事細かに記されていた。
まず第一に、自我の芽生え。これまで朧気だった自我が急速にはっきりとし始めた。
次に謎の転移現象。城其の物がこれまでの世界とはまるで違う場所に転移している。
「……一つ聞くが、其方らは余に従うのか」
バァル・ゼブルは疑問に思ったことを聞き出す。
何故かシュヴァルツもオロバスも従順に動いているが、バァル・ゼブルにとってみればほぼ赤の他人に近い。
そんな者達が何故自分に従うように動くのか。分からなかった。
「従うのは当然の事でございます。我らは偉大なる創造主に作られしシモベ。創造主に従うのは自然の理でございます」
「……そういうものか?」
「そういうものでございます」
オロバスの返答に取り合ず従うならまぁいいか、とバァル・ゼブルは済ませる。
問題は他にもあるのだから。
「城の設備に問題は?」
「ございません。トラップも問題なく作動致しました。ポップするモンスターも変わりません」
ギルド拠点に与えられる特権の一つにモンスターの自動的な生成、ポップというのがある。
ゴエティアにも当然その機能は存在し、レベルにして六十以下の悪魔系モンスターが自動的に湧き出る様になっている。
またトラップを設置する事も可能だがトラップの方は発動や設置にゴールドを消費する事になる。
会議は粛々と進み。現状の話となる。
(謎の場所に転移した以外はギルドの問題は無し、か)
会議が終盤に向かった事でバァル・ゼブルはそう判断する。
「ならば今後の動きだな。どうするべきだと思う?」
バァル・ゼブルは智者として生み出したオロバスにそう問いかける。
(そういやこうなってからそんなに時間経ってない筈だけど何時の間にこんな資料用意したり現状確認したんだろう)
智者として出来る範疇を超えてる気がする、とバァル・ゼブルは人知れず戦慄する。
「まずは周辺の探索から始めるべきかと。何のモンスターがいるのか。そもそも居ないのか。後は
「わかった。ならばそうするとしよう。各自行動に移る様に。私も訓練所で魔法に関する実験をすることにする」