バァル・ゼブルが異世界に転移して二日が経った。
その間バァル・ゼブルがしたことはつまらない事ばかりだ。
暇なので近衛騎士の訓練を見に行ったり、図書館で娯楽小説を読んだり。
現状仕事が特に無い以上仕方のない事ではあるが、降って湧いた暇な時間──異世界に転移する前は社会人だった──を持て余し気味だった。
そんなバァル・ゼブルは暇なので今日も今日とて
バァル・ゼブルの向かいには初日とは違うメイドが。背後には近衛騎士であるアガレスが控えている。
アガレスは長身の悪魔だ。二百センチの身長にガタイの良い体をしている。恰好も近衛騎士らしく紺色の胸当てを付け、腰には長剣を下げている。
緑髪緑目であり、顔つきはワイルド系に近い。
今更だが、ソロモンは縦社会だ。序列が上の悪魔には基本逆らえない。
最上位にバァル・ゼブルが居るのは当然として、その下に四天王が横並び。次に大将軍。下に各将軍、同率に近衛騎士、次にメイドで最後に召喚NPCや自動湧きする悪魔となる。
近衛騎士とは言うが実際の地位は低めだ。そもそも近衛騎士という名称ではあるが他に騎士の地位に付いている悪魔が居る訳でも無い。
召喚NPCを指揮できる立場のバァル・ゼブルや他ギルドメンバーの供回り、という存在だ。
「……」
バァル・ゼブルは無言で水晶を弄り、上に表示されるモニターを操作する。
(──退屈だ)
初日は広大な自然に心躍った。大地に生きる獣たちを見て心を震わせた。
二日目になると普通に飽きた。他の光景を見たいと。
だがどれだけ距離を弄ろうと映るのは森ばかり。たまに池や大型のモンスターが映るがそれだけであり、森しか映らない。
もはやこの世界には森しかないのではないかと思える程に、森しか映らない。
『バァル・ゼブル様』
バァル・ゼブルの耳に虚空から声が入った。それと同時に妙な繋がりも感じる。
「マラコーダか。どうした?」
使われている魔法は
距離の離れた相手と電話が出来る魔法であり、IOOでは
勿論似た効果を持つ
他の通話手段は外部の通話ツールを使うぐらいしかない為魔法使い系の職業に付いている者はもれなく習得している魔法だ。
設定上では遠くの相手に声を届ける魔法である為声に出すしかない。
『それが。放っていた
「なんだと?」
■
時は少しばかり遡る。
終わりの森。
人と亜人がそう呼ぶ森は神聖王国の東の果てに存在する。
何処までも広がる森は空を飛んだとて果てが見えぬ程に広大であり神聖王国も調査を諦めた程。
更に森には高レベルのモンスターが多数生息している。
平均レベルは四十代。どんな英傑も寄せ付けぬ死の森と言われている。
常人ならば入る事ない、入るという選択肢が浮かび上がる事無い森にフードを被った集団が居た。
人数にして三十六人。フードを深くかぶり顔を隠し体も隠した怪しげな集団は朧気な足取りで森を進む。
進む間は無言。不穏な空気が集団に漂う。
「……なあ。本当にここに来てよかったのか?」
フードを被った一人が先頭を歩く者に問いかけた。
男の声だ。しかも年若い男。
「……ここ以外何処に行けばよかったというんだ。我ら
答えたのは女。きつめの口調で女は返す。
「神聖王国に居ても滅ぼされるか、肉奴隷にされるかだ。生き延びるためには仕方がない」
神聖王国において人間以外は悪しき種族として語られている。
人間と見た目が近い
だからこそこの集団は──
王国内に村や拠点を構えても占術で発見される。ならばその範囲外に逃げるしかないと。
だから彼らは終わりの森の奥へと進んでいく。
「……何か聞こえないか?」
そうして歩いている事三十分。集団の一人がそんなことを呟く。
「気のせいじゃないか?」
「いや、確かに聞こえたんだ」
そのやり取りを聞いた女──リーダーである女は自らの耳にも異音が入って来るのを感じる。
静寂な森には相応しくない破壊音。木々の枝が折れる音。
「総員、逃げるぞ! こっちだ!」
女の叫びに追従し他の者達は走る女の後を追う。
そして走った直ぐ後に。異音の主がやって来る。
「グルルルル」
それは、巨大な狼だった。
全長は三メートルを超えている。逞しい肉体を有し鋭い爪で木々を裂きながらの突進をしている。
白銀の毛並みを有し、金の瞳で獲物を見据える姿はいっそ神々しく、崇めてしまいそうに成るほど。
──その獲物が自分たちでなければ、だが。
「畜生! 森の主か!」
「ここは終わりの森だぞ! これでさえただの獣なんだろうよ!」
集団はそう叫びながらも速度は落とさない。
(クソ! どうする──!)
そして集団のリーダーであるアリシャは苦悩する。
このまま逃げ続けたところで獣相手に何時までも逃亡できるわけがない。
だからといって戦闘を選択したところで蹂躙されるだけ。
──一部の者を見捨て、囮にさせるか。
そんな考えが過る。
それは駄目だ。それをすれば自分は心まで悪魔になってしまう。
逃げて、逃げて、逃げ続けて──
「あっ」
誰かが足を、転ばせた。
元よりここは終わりの森。人の手の入らぬ秘境。
整備などされてるわけがない森には足元も悪いという物。木の根か石か何かに引っかかる事も有り得る。如何に身体能力に優れた
「あ──」
誰かが引っかかった事で、アリシャは一瞬安堵する。勝手に倒れた誰かが食われてる間に逃げれるかもしれない、と。
「──駄目だ!」
それをしてはならないと、アリシャは足を止め反転し、魔力で剣を作る
「グルルルル」
其処に居るのは涎を垂らす獣。
なんて愚かな判断か。わかっている。だが体が動いてしまう。
一歩。アリシャが踏み込もうとした瞬間──
どすんと、空から異形が落ちて来た。
異形はその手に握る戦鎚で獣を殴打し、横っ飛びに吹き飛ばした。
「ガァ」
獣はそんな情けない絶命の声を上げ、死骸とかした。
異形。異様。三メートルを超える巨体。
山羊の頭部に人の体。羊の足を持っている。背中から蝙蝠の翼が生え羽ばたいている。
右手には戦鎚を持ち、それで獣を殴打し殺したとわかる。
「──"無事か。
そんな異形は、優しく問いかけて来た。
「なんだ? 何を言ってるんだ?」
アリシャの横に居た男の
その言葉を聞いた異形──
「待て、あのい──者は此方の身を心配している」
「なんだと?」
お前は何を言っているんだ、という表情をアリシャの隣に来ていた男──アランがする。
すぅ、と一息ついてからアリシャは一歩
相手が使っているのは神聖王国言語だ。ならば話せるのは同じ言語を使える自分しかいない。
「"助けてくださり感謝いたします。我々は
アリシャはそう言うと頭を深く下げる。
「"言葉が通じるのはお主だけか。まぁ良いが。我は
対価、という言葉にアリシャは息をのむ。
「"と言いますと……何を差し出せばよろしいのでしょうか"」
アリシャがそう言うと同時に空か異形が降って来る。
バサバサと翼を羽ばたかせながら振って来るのは
猛禽類の頭部に人の胴体。五メートルを超えるカラスの翼。カラスの片足を持つ悪魔だ。
「なっ──」
新しい怪物を前にアリシャは思わず
だが
「"我らが主に伝言を。
その言葉を聞いたアリシャは驚愕に目を開かせる。
──この異形を従える主が居るのか!
これまで出会って来たどんな怪物よりも強い存在を従える者。となれば対応も考えなくては成らない。
いざと言う時はこの身を犠牲にしてでも他の
「"さて。我らの要求であったな。我々は情報を欲している。ここが何処で、何なのか。それを知りたいのだ"」