雪女、白野硯女の苦悩   作:マチュピチュ

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もちっとした猫好き様、誤字報告ありがとうございました


第二話 聖セントール女学院

月波駅から先野駅まで電車に揺られて1時間43分、先野駅から歩くこと14分。

自宅から計1時間57分で聖セントール女学院に到着する。駅舎を歩いて出る時間や、階段で四階まで上がる時間も含めれば優に2時間にはなるだろう。

僅かな遅延で遅刻となるような距離は両親が私に望んでいることを如実に表している。

 

つまりは、私に一人暮らしをして欲しいということなのだろう。

幼少期のように露骨ではない。私自身に選択の余地があるという意味では健全になったとさえ言える。

その予行演習としての意味なのか自室には冷蔵庫が置かれたし、毎月の一日に一ヶ月分の食費も用意されるようになった。

 

──結局、睡眠を必要としない私にとっては無意味な試みでしかないのだが。

人生の3分の1が睡眠が占めるという話を聞いたことがあるが、それで言うのならば私は常人の150%もの自由に使える時間を有していることになるだろう。

偶にしか有効活用しないのは勿体ないのかもしれないけれど、やはり表に出し過ぎても孤立するだけである。

 

 

「おはようございます、皆様。どうやら遅刻せずに済んだようで一安心ですわね」

硯女(すずりめ)さん?本当にそれで安心して良いの……?」

 

クラスメイトの声に時計に目を向ければ、後30秒もすればホームルームが始まるということが分かる。

無言になってテキパキと鞄を机の横に吊り下げる。私たちのクラスの担任は些か厳しく、ホームルームが始まる頃には既にキチッと準備を終わらせて椅子に腰を下ろしていなければ容赦なく遅刻にしてしまうのだ。

 

五月雨(さみだれ)さんは私よりもしっかりしていて、既に準備を終えて椅子に座っている。思わず感嘆してしまいそうな機敏な動きであった。

五月雨さんも私と同じ程の時間を費やして通っているのを考えると、彼女も何か特別な理由があるのかもしれないが、しかしそれを本人に尋ねる気も湧かない。

何せこのような私にさえ親切にしてくれるのだ。友人として明かされていない部分に踏み込むような真似もしたくはない。

それに、私は詮索下手だ。

 

 

「危ない所でした。教えて頂きありがとうございますわ、佐々原(ささはら)さん」

「いやいや、遅刻せずに済んだのなら良かったって。でも硯女さんって雰囲気に反して中々にふわふわしてるね?」

「そうでしょうか?そうかもしれませんわね………」

 

178cmという女性にしては結構高めの身長を鑑みての発言かもしれない。或いは令嬢然とした口調と振る舞いでありながらも穏やかな態度に対する発言かもしれない。

実の所、女学校という女性ばかりの環境に対して緊張しているので醜態を晒しているだけだが、口が裂けてもそんな事実は言えない。

 

なので曖昧に微笑んで何とかなれと誤魔化そうとして、当然理由は知らないがそんな私の誤魔化そうとする思惑は見え透いているクラスメイトは苦笑する。

幼少期に歳上の男性とばかりコミニュケーションをしていた弊害だろうか?こういった場での私は非常に弱い。

 

 

「かわいい〜。眼福だからこのままでいっか」

「適当過ぎない?いや別にあたしも白野さんが気に入らないとかはないから気持ちは同じだけどそれにしたって適当過ぎない?」

「でも美人って圧が強いからこれくらいの方が素直に可愛がれて良いのでは………?」

「ナチュラルに私が可愛がられる側なんですのね?いえ、特に不満などはありませんけれども……しかし私では些か力不足なのでは、という気がしてしまいますわ」

 

「ホームルームを始めるぞ。席に着け」

 

きゃあきゃあと左右のクラスメイトから頭を撫でられて固まっていた所に鋭い号令が届き、スッと手が机の下に戻っていく。

精神年齢では上であろうという自覚があるせいで少し気恥ずかしい気もしてしまうが、しかしクラスに馴染めないよりは余程マシだろうと自分を納得させる。

 

ホームルームが始まる5分前から教卓で待機していた(くれ)先生は感情の読めない冷たい表情で名簿を開き、そして流れるように点呼を取り始めた。

声と性格に違わず、真面目な印象を受ける妙齢の女性である。

濡羽色の髪は邪魔にならない程度に肩まで伸ばされ、目つきは鋭く服装も規律正しい。何事に付けても真面目な女性である、ということで憧れの対象として人気の教諭だ。

 

 

「──19番、白野(しらの)硯女(すずりめ)

「はい」

 

佐々原(ささはら)さんと五月雨(さみだれ)さんの後。直ぐに私の名前が呼ばれて、私は()()を真っ直ぐ上げて応えた。

彼女たちと仲が良いのは出席番号が近かったお陰で入学直後に話す機会が多かったというのもある。今の席では五月雨さんとは離れてしまったけれども、佐々原さんと席が近いのは幸運だった。

 

──そのようなことをつらつらと考えていれば、点呼も終わる。呉先生が連絡事項を見やすいように黒板にプロジェクターで映し出してから口にした。

 

 

「それから、先野市の如月ヶ丘団地で連続殺人事件が起きているから、放課後は部活動のある生徒を除いて速やかに帰宅するように。連絡事項は以上だ」

 

殺人事件への扱いが酷く手慣れていると言えば良いのか、アッサリ告げられた連絡に目をパチパチと瞬かせる。

それから呉先生に見つからないように静かに天井を仰ぎ見て、心の中で小さく呟いた。

 

 

(この世界、やはり治安が悪すぎるのでは?)

 

因みに呉先生は総合格闘技を修めているらしいが、これはそもそも教職員には未成年の喧嘩を仲裁できるだけの力量が求められる為らしい。

聖セントール女学院でその腕前が発揮されることはなさそうだが、他の学校を想像すると思わず震えてしまいそうになる。

 

現代に近い時代に転生した最大のメリットは生活の快適さと娯楽の類いが無尽に近いことだと幼少期は思っていたが、山から下りれば法整備や国家権力の成長で流血沙汰が抑えられるようになったことなのでは?と思わずにはいられない。

 

 

ボニファティウス8世がフィリップ4世に殴り殺される“アナーニ事件”の概要が説明される一限目の授業にて、私は現実逃避に窓の外を眺めつつ肩を落とした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「スズちゃんスズちゃん、今日は一緒に帰らない?」

「えぇ!途中までになってしまいますが、是非ともご一緒させて下さいませ」

 

放課後。五月雨さんの所属しているテニス部は顧問の帰宅命令によって放課後の練習がないということで普段は滅多に帰路を共にできない彼女からそのように誘われた。

先野駅から月波駅までは一緒に帰れないけれど、という旨を加えて承諾すれば苦笑が返ってくる。

 

 

「呉先生がちゃんと帰宅しろって言ってなかったっけ?言いつけ破っても良いの〜?それとも()()()がそんなに好きだったり?」

「如月ヶ丘団地で起きた殺人事件が、電車で1時間もする他の市にまで影響を与えるのも中々ないのではないかしら?

それから、単に今のアルバイトが好きなだけなので恋愛的なものは期待しないで欲しいのだけれども」

 

それに私は、と口にしてから口を閉ざす。

ひらひらと左手首を振れば、朝の一幕を知っている五月雨さんはやはり苦笑しながら無言で頷いた。

 

 

(それに、私は死なないもの)

 

折られた手首が自然と元通りになっているように、例え殺されても私は蘇る。

雪と冬をこの世から根絶せしめることは誰にもできないという風な怪異めいた概念の力なのか、或いは血潮も通わず鼓動も刻まない死体同然の躰だからこその機械めいた修理が可能ということなのか、私にも正解は分からない。

 

短いメッセージで両親に今夜も少し遅れて帰ることを伝えれば、いつものように問題ないと許可を得られた。

家に帰っても特に貢献できるようなことはないのだ。精々が弟に構ってやることくらいだが、その弟も余り私と遊ぶのを喜ばなくなったものだから終にやることがなくなった。

 

今日の役目を終えたスマホを胸ポケットに仕舞う。言葉を選べば過不足ない程度と言うべき大きさの自身の胸を見る度に、私は転生したのだと実感して、どうにも周囲との違いを意識してしまう。

 

しかし何故私は髪や背が伸びるのだろうか?汗や老廃物、生理と言った面倒な生理的現象とは全く無縁でありながらもこれだけは人間かのように振る舞うのは不思議だ。

 

 

「どうしたのさスズちゃん。いきなり自分の胸なんか見ちゃって。もしかして大きさとか気になるの?僕が手助けしようか?」

「いえ、大した問題ではありませんわ。大きさも気にしていませんのでその手は仕舞って貰って構いませんから…………ひゃっ!?」

 

両手を胸の前で組んで飛び退く。この五月雨さんは基本的に良い友人ではあるが、肉体的性別が女性同士の場合のコミュニュケーションに慣れない私でもおかしいのでは?と思う接触をすることがある。

勿論、“普通”を認識できない私にとってはそれが“異常”かどうかを判断する術もないので迂闊なことは言えないが。

 

 

「……このような所業は、夜の間に雪でも降らせて報復しても良いような行いなのでしょうか?」

「僕は別に良いけどさ、それやったら朝の電車も遅延するから結構な人に影響を出ちゃわないかな?」

「それを言われたら何もできませんわね………」

 

一種の冗談だ。罷り間違って凍死者でも出してしまったら後戻りができなくなるだろう。治安が悪いとは言え、現代日本には違いないのだから被害は抑え目だろうけれども。

 

ため息を吐いてから、皐月谷駅前のスーパーのチラシを取り出して確認しておく。

好きな食べ物は多いが、毎月適当に親から渡されるお小遣いは有限なので出来る限り安く済ませたい気持ちがあるのだ。

 

 

「こらこらー、折角僕と一緒にいるのに若奥さん仕草しないの!」

「個人的には食べ盛りの成長期仕草なのですけれども、そうですわね。五月雨さんに失礼でしたわ。では、何をお話しましょうか?」

「………観賞用の日本人形とか?」

「大分独特のチョイスですわね………」

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