雪女、白野硯女の苦悩 作:マチュピチュ
キャベツ、卵、豚バラが特売だったので十人前のお好み焼きを作った。
お好み焼きというだけあって自由度が高いが、量が量なのでトッピングとして具材を使うことになる。
チーズにイカ、エビに加えてタルタルソースなんかも。普通なら味変がいくらあろうが十人前など到底二人で消化し切れる量ではないが、私が九人前程度嗜むので問題はない。
作り終えたお好み焼きを皿に盛り付けてから、冷めない内にとことこと事務所内を歩く。
来客を迎える為の革張りのソファで、大胆にも横になって眠りこけてる若い男性が一人。
ソファの端から端まで届く、を文字通り通り越した高身長は私から見ても中々に世の中で暮らすのが大変そうだなと思わされる。
細マッチョとでも言うべき筋肉質でありながら引き締まった体つきは一撃で私を粉砕してしまえそうで、目つきの鋭い鴉めいた神経質そうな容貌はオールバックに整えられた髪も合わせて何処ぞのインテリヤクザのような印象を受けるだろう。
名を、
六条探偵事務所の所長にして、私の事情を理解した上で手助けしてくれる協力者でもある。
それはそれとして
「六条探偵、さっさと起きて下さい」
「うわっ冷たっ!?!?背中に手を潜り込ませるのは反則だろう君!?」
「こうでもしないといつまで経っても起きてこないじゃないですか。私は至って合理的な判断をしているだけですよ、六条探偵」
「いやいや…………というか前提問題として嫁入り前のお嬢さんがそんな真似しないの。私が悪い人だったらどうする」
「人でなしの私を雇ってくれている時点で悪い人ではないでしょう?」
あのねぇ、と言葉を続けようとした六条探偵の動きを遮ってお好み焼きを乗せた大皿を目の前に取り出す。
外見に反して何処か
「食事にしましょう。私にとっては間食ですけど」
「………コレ、大丈夫なのかい?事務所で料理する時は私がガスと水道代を負担して白野助手が材料費を負担するとは決めてたけどこんなに沢山作ってくれるとは思ってなかったというか………今からでも材料費を割り勘しない?」
「そもそも六条探偵が食べるのは結局一人前なんですから大丈夫ですよ?私もお小遣いはそれなりに貰っていますしね」
「私だって収入は多い方だからそんなに気にしなくても良いのだけどねぇ……………」
微妙そうな顔で六条探偵が沈黙しながらキッチンから取り皿とナイフとフォーク、それからお箸を持ってくる。
些か価値観が古めかしい人であるので対外的には女性に見える私に気を遣っているのだろうが、自認としてはやはり男性なのでどうにも騙している気分がして厚意を受け取れない。
それでも拗ねたりもせずに提案し続ける辺り紛れもなく善人なのだろうと思わされる。
冷めない内に食べて仕舞おうと二人で椅子に座り、手を合わせる。本来食事する必要もない私に消費されるのは食べ物としても本意ではないのかもしれないが、やはり食事をしなければ生きて───存在している、という実感がないのだ。
それでも感謝を表す為に「いただきます」と口にして、
「六条はいるか…………っと、悪いな。食事の最中だったか」
「あぁ、いや。今手を合わせたばかりだから別に気にしなくて良いぜ。アンタも食べてくかい、浅沼警部?」
玄関からガチャリとドアノブを開ける音がして、酷く慣れた動きで大柄な男性が事務所に上がる。
筋肉質な身体つきに角張った容貌。無骨という言葉が似合う恵体に黒色のスーツを纏い厚手のコートを羽織った立ち姿は鎧を着込んだ武者を想起させる程だ。
浅沼警部、六条探偵が口にした通り警視庁の警部である。
公務員が民間人の探偵に依頼する、なんてシチュエーションは前世ではあり得ないようなものだったが今世はどうにも違うらしかった。
そもそも犯罪件数自体が文字通り桁違いなのだ。警察だけで解決しようとすると財政を圧迫するレベルの職員が必要となり、それ故に民間への事件解決の委託が行われるようになったのだ。
───そのような細かい話は兎も角として、アルバイトではあるが探偵事務所にお世話になっている者としては私は立ち上がった。
コートを受け取ってハンガーに掛け、六条探偵に手渡してから事務所内へと案内する。ハンガーを掛けた六条探偵が戻って来て珈琲を淹れた。私は味わった事がないがどうにも絶品と噂らしい。
「ほら、取り敢えずソファにでも座って下さいませ。食べるにしろ食べないにしろお客様を玄関に立たせて待たせる訳には行きませんからね」
「大分コンビネーションが出来上がってるな…………ありがとよ、適当に座らせて貰うぜ。要件は後で話すから先に食べといてくれ、冷えたら不味くなるだろ」
「ありがとうございますわ。では、お心遣いに感謝して先に食べさせて頂きますね」
にっこりと微笑めば浅沼警部は元気よく笑い返してから革張りのソファ腰を下ろす。
恐らくは事件の関係書類であろう紙束を茶色い封筒から取り出すのを横目に私は六条探偵と目を見合わせた。
アイコンタクトだ。既に何件かの事件を共に解決した間柄である。視線だけでも意思疎通は可能だろう。
(早めに食べ終えてさっさと事件に取り掛かりましょう)
(あぁ、白野助手が折角作ってくれた料理だからな。ちゃんと味わって食べなければ)
両者共に深く頷いて、私は高速でお好み焼きを半分程切り分けて取り皿に乗せた。大きく口を開いて頬張るなんて真似はしない。男らしい振る舞いをしてしまえば、家族との食卓で間違って披露してしまうかもしれないからだ。
ナイフで小さく一口サイズにまで切り分けてからフォークで次々と口元に運ぶ。サクサクと外側にとろりと内側、アクセントとしてのチーズやエビの味を楽しみながら高速で咀嚼する。
そもそも、本質的には外部からエネルギーを補給する必要もなく活動が可能なのが私という存在だ。食事はあくまでも趣味の範疇に過ぎない。
故に食べられる量に限界はなく、味を楽しむ形で食べているので速度も落ちず、しかし娯楽として食べているので普通の同年齢の女性の標準的な量では些か物足りない所がある。
或いは前世の感覚をそのまま引きずっているだけかもしれないが、その結果として家の食卓では物足りない分をここで補っている訳であり────つまり何が言いたいのかと言えば、例え九人前を瞬く間に食べ終えたとしてもそれは決して私がとてもお腹が空いていた訳ではないということだ。
「………生暖かい目で見ないで下さいませ。私は別に空腹だった訳ではなく、単に待たせるのも悪いと思っただけで」
「ん?そうかい。急かしちまったみたいで悪かったな、六条のソファは座り心地が良いから何ならゆっくり食べてくれても良いぜ」
「ははっ、白野助手の料理は美味しいからね。私はどうしてもゆっくり食べてしまうし、そんなに慌てて食べなくても構わないよ」
「ちょっと、もう食べ終わってるんですよ私。もうゆっくり食べる分のお好み焼きもないのですけれど………!?」
「あぁ、それならば私の分を取り分けておこうか?さっきまで寝ていたから食欲が湧かなくてね」
「……………………いえ、遠慮します。私の料理を美味しそうに食べてくれるのは私も嬉しいですから」
「大分長い葛藤があったな、今。六条、もう少しゆっくり食べとけよ。お前のソファを堪能してぇ」
私の体質に詳しくない浅沼警部──そもそもバレたら新種の実験動物にでもされそうな体質なのでバレないのが最善なのだが──は仕方ないにしても、熟知している筈の六条探偵まで追い打ちを掛けてくるのに不貞腐れて口を尖らせる。
私の体質を警部に誤魔化そうとしてくれているにしても、もう少し私の面子というのも考えて欲しいものだ。これではまるで我慢できない食いしん坊ではないだろうか。
私の分の取り皿と大皿をキッチンまで運んで、ソースが固まらないように軽く水を溜める。六条探偵が食べ終わった後に彼の取り皿と合わせて洗った方が効率的だ。
軽く手を洗い、キッチンから戻って浅沼警部の対面のソファに座る。既に封筒の中の事件の関係書類は全て取り出されており、テーブルに広げられていた。
「如月ヶ丘団地連続バラバラ殺人事件。遺体が発見されるのは決まって雨夜の次の朝。既に三人が犠牲になっている」
「あら、確か学院でも話題になってましたわね。放課後は速やかに先野駅から離れるように、と担当の先生から言われましたわ」
「マジか。だとすれば今回の事件は六条の奴一人になるか?」
「いいえ。“放課後”という条件なら、休日に六条探偵と二人で行く分には問題ないでしょう」
「凄い屁理屈言うね、白野助手。あぁ、取り皿は水に漬けておいたよ。後で私が洗おう。いつも洗って貰っているが、私も働かなければね」
私の座るソファの背後から覗き込んだ六条探偵の声で微かに耳元の髪が揺れて、思わず肩を跳ねさせてしまう。
囁かれるように声を出されると心臓に悪い。呆れた顔の浅沼警部に笑いかけながら六条探偵が書類を持ち上げて眺めた。
「団地の住民は千人単位の数百世帯。雨が降っているから足跡も消えてしまい、また雨音のせいで隣人が家から出た時間帯も把握が困難でアリバイを探り辛い。監視カメラの類いも団地にはなく、被害者も若い以外に共通点はない…………白野助手、明日は土曜日だね。午後は空いてるかな?」
「余り遅れると親に夜遊びを疑われてしまいますけれど、それまでなら恐らく同行できますわ。現地集合で良いでしょうか?」
「そうだね。詳しくは明日の朝までにLINEで連絡しよう」
「分かりました、六条探偵。浅沼警部、コチラの事件関係書類はウチで纏めてしまっても大丈夫でしょうか?」
「あぁ、コピーだからな。構わんぜ…………っと、じゃあ俺もそろそろ離れさせて貰うとするか。ありがとな、事件解決がスムーズに行くことを祈ってるよ」
棚から空のファイルを出して書類を入れて、玄関から出ていく浅沼警部にお辞儀をして見送る。
それから宣言通りに洗い物をしにキッチンへ行った六条探偵に、揶揄うような口調で声をかけた。
「しかし、休日にうら若き男女二人で出掛けるとなりますと、私もそれなりのお洒落をした方が良いのかしら?」
「そんなお洒落な服とか持ってないだろう、君。前に私服がなくて制服しかレパートリーがないとか言ってなかったかね?」
「……………そうですね。流石の記憶力です、六条探偵」
だって女の子のお洒落とか良く分からないし………………和服ならあるけど私服として着るには動き辛すぎるし
強烈なカウンターパンチを食らって、私は項垂れた。