雪女、白野硯女の苦悩 作:マチュピチュ
わぁ、と思わず声を上げてしまった。
先野駅に向かう前、集合場所である六条探偵事務所で“それ”を手に六条探偵は立っている。
足首までを覆う簡素なデザインの洋服。それぞれの脚にフィットする形をしており、一種標準的な衣装でもあるもの。
「ズボン、でしょうか?」
「あぁ、前に私服のレパートリーがないと言っていただろう?プレゼントって言っても洗濯や保管は私がするさ。あくまで着替え用だね」
持ち帰るつもりはないんだろう?と六条探偵が軽くウィンクする。
その通りである。お母様とお父様、それから弟ともっと仲良くなる為にも目の前で一般的な振る舞いから逸脱するのは避けたかったから渡りに舟だ。
とは言え、懸念事項もあった。
「あの、洗濯から保管まで一任するというのは六条探偵の負担が大きいのではないでしょうか?ただでさえ雇って頂いている身でそこまで甘えていいものなのか…………」
「ズボン一つでそこまで言うのは逆に遠慮し過ぎだというものだろ、白野助手。洗濯機に入れて動かすだけだぞ?私の服とは別に洗うが、それでも大した手間にはならんよ」
「いえいえ、だとしてもせめて一緒に洗ってくれて大丈夫ですよ。わざわざ私の服の為だけに洗濯機を動かして頂くのは申し訳ないですもの」
「別に身内でもない成人男性の服と一緒に洗うのはやめた方が良いと思うのだが…………………まァ、うむ。出来る限り要望には従おう」
苦笑しながら胸ポケットを探り、目当ての物がないと分かって少し気恥ずかしそうに六条探偵は両手を上げた。
元々喫煙者だったらしいが、私がアルバイトに来てから一度も彼が煙草を持っている姿を見た事はなかった。
「私も家庭環境に“ちょっとした”問題を抱えていてね。何か困った事があったら遠慮なく相談してくれよ、多少の助けにはなれるつもりだ」
「お心遣い、ありがとうございますわ。それじゃあここで着替えてしまおうかしら?」
「女子高生に目の前で着替えられると私が浅沼警部に逮捕されかねないから私が出るまでちょっとだけ待ってくれないかなぁ!」
本当に、本当に焦った顔で六条探偵が慌てて事務所の玄関から外に出る。何だか逆の立場のような気がしてクスリと笑ってしまった。
窓の反射を覗く。作り続けた完璧な微笑みじゃない気がして、酷く自由だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
窓の反射を覗く。白いブラウスに黒色のズボン。裾は広めで、動き易い服装。これからの道を考えるとピッタリだ。
胸元まで伸びた白銀の髪がキラキラと陽射しを反射して輝き、クルリと回って背中側を窓に映す。
無造作に伸ばしていた髪は傷んでこそいなかったが乱雑に跳ねており、苦笑しながら六条探偵が櫛で梳いてくれた。
「その様子じゃあ、気に入って貰えたようで何よりだよ」
「ええ。とっても。どうやって私の嗜好を知りましたの?共有する機会もなかった気がするのだけれど」
「余りゴテゴテと飾るタイプの服装も好きじゃなさそうだったから、素材が良いだけのシンプルなものを選んだんだ───この様子だと、正解みたいだ。我ながら慧眼だったね」
「コレが以心伝心というものかしら?ふふっ、口にするのはちょっと恥ずかしいですわね」
さて、と姿勢を正して封筒から事件に関連する書類を手際良くテーブルの上に並べる。
3人の被害者の素性と、切断された手足の状態。それから推定犯行時間に加え簡単な聞き込みで得られた団地住民の証言。
「如月ヶ丘団地連続バラバラ殺人事件。雨夜の日に姿と音を雨に紛らわせて殺人が行われ、既に3人が犠牲になっていますが……………闇雲に聞き込みを行うには住民の人数が多すぎますね」
「まァな。必要ならやっても良いんだが、この人数なら先ずは一旦犯人の目的に仮説を立てといた方が効率的だろう。被害者同士に関わりはなかったな?」
「はい。男性が2名、女性が1名。借りている部屋も全く別々ですし、仕事の上でも関係はありません。怨恨目的にしては妙です」
最初の被害者、
年齢は26歳。職業は主婦。前職は会計士だったが、結婚と共に退職していた。
前職の職場ではトラブルの類いは起こしていなかった。勤勉な勤務態度と真面目な仕事振りを評価されており、交友関係にも不審な点はない。
近所からの評判も良好。人当たりが良く、偶に隣人を招待して食事会も開いていたらしい。
遺体の両腕両脚は見つかったが、それ以外の遺体の行方は謎のまま。
次の被害者。
年齢は43歳。職業はシェフ。都内の高級レストランに勤めており、同僚に約200万円を貸している。
妻と娘がいたものの昨年末に離婚。原因は仕事に時間を使い過ぎて家族との関係が上手く行かなかったことであり、元妻から断られたにも関わらず毎月20万円の養育費を口座に振り込んでいる。
口座から引き落としは行われておらず、貯蓄されるがままになっている。
遺体の両腕両脚は見つかったが、それ以外の遺体の行方は謎のまま。
第三の被害者。
年齢は34歳。職業はフリーター。
バンド活動も行なっており、何回か隣人と騒音トラブルを起こしている。一方で職場では問題は見受けられず、バンド内でも問題は見受けられていない。
趣味はパチンコだが月一回という頻度を守っており、使う金額も一万円以内と依存症の気配はない。実家との関係も悪くはなく、両親に農家の道を勧められるのをバンド仲間に話しながら仕送りの野菜を振る舞う事もあったという。
遺体の右腕右脚は見つかったが、それ以外の遺体の行方は謎のまま。
────正直に言うと、ここまでの個人情報を探偵とは言え民間人に渡して良いものかと思うけれど。しかし浅沼警部が直々に渡してくれているのだからこの世界では問題ないのだろう。
改めて私が読み上げた被害者の情報を吟味していた六条探偵が、ふと私に問いかけてきた。
「白野助手。君が殺人後に遺体を隠蔽するならどうするかね?」
「分子の結合と構造が崩壊するまで冷却しますわ」
「……………今のは私の質問が悪かったな、申し訳ない」
「ふふっ、ジョークですわよ。“私が犯人だったら”という趣旨の質問でしょう?それなら当然団地の部屋には置きませんわね。雨の次の日なら湿気も酷いでしょうし、どんな臭いがするか想像したくもありませんわ」
雨の夜なら音も血も抑えられるが、翌日はそうも行かないだろう。腐敗が進めば住民は異変に気付く。
だが現実にはあたかも怪異の仕業の如く忽然と死体が消え去り、住民もそのような異変は感じ取れなかった。
と、なると
「犯人は
「死体を運び去る上で手脚の重みは邪魔だったのでしょうね。しかし逆に言えば犯人には死体を放置するのではなく持ち運ぶ必要がある……………あら、妙ですわね。被害者は全員、先野総合病院で人間ドックを受けて健康だと診断されているのですとか」
真面目な主婦に高級レストランのコック、それから頻繁に野菜を食べていたであろうフリーター。仕事上の関わりはないけれど、同じ団地に住んでいるのだから付近の最も大きな総合病院は同じだ。
自ら提供したのか盗み出されたのかは不明だが、共通項は見えた。そうなると重要なのは手段でも動機でもなく“誰が”実行したかだ。
「団地の近くのコンビニの監視カメラを確認してみましょうか。何店舗かあった筈ですわよね、何か優先的に確認すべき条件はあるでしょうか?」
「犯行時間の前後で合計二度通行した人物で絞るとしよう。侵入で一回、離脱で一回。その上で、胴体から首までを隠せる大きさの箱か何かを持っているのが怪しいな」
書類を封筒に戻して立ち上がる。前提条件の確認は済んだ。ならば後は地道な確認作業を熟せば良い。
「では行きましょうか、六条探偵。足りないピースを埋めに」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「目の遣り場に困るから一回落ち着いてくれ」
「あぁ、ごめんなさい。スカートではこういう姿勢は出来なかったので新鮮で」
犯行時間前後の如月ヶ丘団地付近の全てのコンビニの監視カメラの映像を手に入れた私達は、再び六条探偵事務所に戻って来ていた。
映像の再生開始から既に3時間が経過している。
初めの間はキチンと姿勢を正していたものの、時間が経つに連れてソファで寝転がりながら映像を再生するようになっていた。
しかし同じ体勢というのも疲れるので偶に足をパタパタしていたのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。
「いや、もう少しこう…………自分の身体を大事にしてくれないか?」
「今でも十分大事にしているとは思いますけれども………それに減るものでもないじゃないですの。外なら問題かもですが、ここには私と六条探偵だけですし」
「この会話の流れで嗜められるの、本当に私の側で良いのか?もう少し警戒心を持つべきだろ」
そう言われて改めて今の姿を俯瞰する。
白いブラウスに黒いズボンでうつ伏せの形でソファに寝転がっている。寒さは感じないのでゴワゴワした厚い靴下も脱いで、長く伸びた傷一つない白い脚がズボンの隙間から覗き見える。
─────ふむ、
「“お父さん”みたいな事言いますね?」
「そんなに老けて見えるのか………?」
「いえ。確かに21歳にしては貫禄がありますけれど、そういった話ではなく………気遣いの話です。口にしなくても問題はなかったでしょうに」
「身内に反面教師がいただけだ。そんなに深く考えなくても良い……………っと、コレで3人目だな。キャリーケースを持って団地側に入っていって、出る時には少し速度が落ちてる。見覚えはあるか?」
カチッ、と六条探偵がマウスをクリックする。
3時間にも及ぶ解析の中で残念ながら同一人物と見受けられる不審者はいなかったものの、犯行時間の前後に同じような形のキャリーケースを持った人物が複数人通行していた。
だがそれだけでは身元を特定できない。後で前科者リストと照合する為に浅沼警部に連絡しようかなと思いながら監視カメラの映像に目を通して、あっと呟いた。
「心当たりがあるのか、白野助手」
「二年生の先輩ですわね。お話した事はないのですが、校内で何度か顔を見た事がありますわ」
「成程」
六条探偵は頷きながら腕を組んで、それから重々しく口を開いた。
「臓器売買目的無差別殺人闇バイトだな」
「字面終わってますわね。治安カスじゃないですか」
私よりも妖怪でしょう、この世界の悪人。