雪女、白野硯女の苦悩   作:マチュピチュ

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詠乃様、c+java様、誤字報告ありがとうございました


第九話 唐咲市

次は唐咲駅、と車内アナウンスが響く。

一通りの遊び方で一方的に勝利を奪われ続けた私は、ちょっとだけ弟の強さに引きながら微笑んだ。

 

新幹線で京都に着くまで全敗。京都駅で乗り換えてからも全敗。呆れる程の弱さであり、呆れられる程の弱さでもあった。

 

 

「あら、そろそろ着きますかしら?今の内に荷物を纏めておきましょうか」

「荷物つってもなァ………………殆どは郵送で先に送っちまったろ。後は手荷物くらいなんだから急がなくても良いんじゃねェのか?」

 

眠たそうにしながらも後ろに倒していた座席を元の位置に戻して、それから墨之助(すみのすけ)は大きく伸びをして肩を回した。硬い関節が解れる軽快な音を聴きながら窓の外を見る。

 

3月の下旬であるのにも関わらず、唐咲市には深々と白い雪が降っていた。

慣れた手つきで除雪作業をする住民もいて、この街では珍しい事ではないと伝えてくる。

墨之助は肩を竦めて立ち上がり、それから手に持っていたパンフレットを折り畳んでポケットに仕舞った。

 

 

「唐咲の白童子伝説。確か近年になって出てきた都市伝説だったな。内容は蓮鷹和尚の死を悼んだ山の神が和尚の死んだ冬になると雪を降らせて涙を流すとかいう────────ぶっちゃけ(ねえ)さんだろ、コレ。止めないのか?」

 

「止める方法も分からないのですわよね。私も意図して降らせようとはしていないのですが、どうやら勝手に降ってしまうみたいで」

 

「あぁ、呼吸とかそんくらいと同じ無意識の行動って事ね。だったらまァ、別にいいか」

 

欠伸をしながら手荷物を持って通路に出た弟の背中を私も手荷物を持ちながら追いかけた。

そんなに重い手荷物はない。お祖父様が必要なものは全て別荘に揃えておくと言っていたし、実際に着替えなども含めて全て用意するであろうという確信がある。

 

個人的には、お祖父様の服のチョイスは私をお人形か幼女か何かだと思っているのでしょうか?と思うが。

実際に私が同世代の女子と一緒に外出をするような機会もないので、それが普通なのかもしれない。

 

先に降りた墨之助が外の空気に僅かに顔を顰める。肌寒そうにしている人も多い。こういった時は寒さも暑さも感じないのも良いなと思う。

 

そうして、私も列車から降りた所で─────

 

「…………あら?」

 

慣れた気配がした。

思わずホームを見渡してしまって、それから私は“彼”を見つけた。

 

 

「六条探偵?」

「白野助手?」

 

唖然として、思わず固まる。それは六条探偵も同じであった様だ。

紺色のスーツに身を包み、その神経質そうな目つきの鋭さを隠す為なのか陽気なサングラスを装着している。

 

高級そうなスーツと浮かれ気分のサングラスが致命的なまでに似合っていない。

私も私で、店先に並んでいたマネキンの服装を真似した白いブラウスと黒いフレアスカートなのでとやかく言う資格などないが。

 

 

「……………綺麗、だな?あぁいや、気分を害したなら申し訳ない」

「いっ、いえ……………六条探偵は、変装ですか?」

「そう、だな。広義の意味では……………」

 

傍から見れば途轍もなくぎこちない会話だろう。

私の服装の嗜好を知っている六条探偵からすれば今の私の服装を褒めるのは不愉快になるかもしれないと配慮したのだろうが、この程度で不愉快になったりはしない。

 

寧ろ六条探偵からもそう見えるという事実に、己の“擬態”に自信が湧いた気分だ。この胸の喜びはそのような類いのものであろう。

 

墨之助が私を小突いた。

 

 

「通行人の邪魔になるぞ、姉さん。そっちの人も、一旦喫茶店にでも寄りませんか?立ったまま話すのも疲れるでしょ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「六条───────あぁ、あの。正妻の娘と愛人の息子が跡継ぎ争いしてるとかいう」

 

六条探偵の自己紹介を聞き終えてから、墨之助は苺のショートケーキを切り刻みつつ肩を竦めた。

私は隣に座る六条探偵と目を見合わせた。

 

 

「…………えっ、そんなに有名なのか?ウチの父親のやらかし。私は専ら刑事事件専門の探偵業やってたからあんまり広がり具合が分からないのだが」

「有名だぞ」

「いえ、そもそもそれは六条探偵の目の前で言っても大丈夫な事なんですの?私は全然知らなかったのですが、身内の醜聞というのは精神的な負担になると思いますし……………」

「いやまァ、俺もちょっと考えたが本人見るにそんなに問題ないだろ。というか姉さんは何で知らないんだ。割と大きいグループの跡継ぎ争いだぞ」

「………………そんなに有名なんですの?」

 

私は酷く不安になった。弟は普段の私の家での様子を知っている筈だ。その上で“何故知らないのか”と疑問に思われる、となると学校やスマートフォンで十分に得られる情報と判断しているのだろう。

 

お祖父様やお父様は資産家ではあるが、私にそれらに関する話をする事はないからだ。

前世は一般人であったので殊更に詮索しようという気も起きなかった。だがそういった業界での話ではないのだろう。

 

弟は深々と頷いた。

 

 

「全員“コレ絶対に殺人事件が起きるだろうな………”と思ってるから警備会社の株価が上がってる。六条家からの投資による新技術の開発も確実視されてるしな」

「墨之助さん、単純に貴方の視野が広いだけですわよそれ」

「私の実家、いやな方向で期待されてるなぁ!」

 

別に一般常識とかそういう話ではなかった。

いや、もしかしたらネットニュースになったりなどはしているのかもしれないが。

 

つい心配してしまったが、どうやら凄い広い範囲で噂になっている訳ではなさそうだ。弟のアンテナが高いだけで、私達のアンテナが低い訳ではない。

私と同じ心配をしていたであろう隣席の六条探偵と顔を見合わせ、揃って胸を撫で下ろした。

 

 

「………………まぁ、私は先妻の子だからな。騒動とは特に関わりなく過ごさせて貰っているよ。安心してくれ、白野助手を巻き込む気はない」

「巻き込まれても死にりゃしないだろ、姉さんは。物理的によォ」

「社会的には実験動物ルートとかあり得るかもじゃないですか。もっと姉の私を心配してくださいよ」

「実験動物でも実家よりはマシだろ」

「……………………それは、そうかもですね」

 

私が凄く曖昧な顔で沈黙してしまったものだから、六条探偵が心配そうな顔をしている事が横を見ずとも分かった。

 

あながち間違いでもないだろう。実験動物になったとて一日に一回のペースで殺されるとは限らない。例え殺されるとしても、痛覚もない私にとっては実の母親に縊り殺されるよりもずっとマシだ。

 

しかし友人と離れ離れになってしまうのは寂しい。両親との関係性だって、決して変えられない訳ではないと信じている。

 

 

「そう言えば、六条探偵は他に何かご予定などありでしょうか?良ければ街を案内致しますけれども」

「あぁ、確か未解決事件についての調査依頼は来ていたがその程度だろう」

「へェ。この街に未解決事件なんてあったんだな。どんなだ?」

「殺人事件さ。五年前のね」

 

話題を切り替えようとすれば、六条探偵も間を置かずに私の意図を察してくれた。

 

別件なんて言いながら結局仕事を請け負ってしまうのは何だか苦労しそうだなと思ってしまうけれど、しかし特に苦にした様子などもないので善意で請け負ったのだろうと苦笑してしまう。

 

六条探偵は言葉を続けた。

 

 

「明蓮寺殺人事件。三月の第二週金曜日に、唐咲山で蓮鷹和尚が死体となって発見された事件だ。当日は大雪だった事もあって犯人の足取りを掴めずに、捜査は直ぐに打ち切られてしまったが」

「……………………あら、そんな事件がありましたのね。心が痛む限りですわ」

「そうだなァ。悲劇的な事件だろう。それはそれとして、ずっと気になっていたんだが」

 

思わず動揺してしまった私をサポートする為に、弟はまた話題を切り替えようとした。

凄い。思ってた以上に察しが早い。一応は前世というアドバンテージを有する私がボードゲームやトランプで一方的に敗け続けた時点で多分私よりも賢いとは思っていたけれども。

 

本当に不思議そうな顔で墨之助は呟いた。

 

 

「六条探偵の横にずっと座ってるの、何だ?」

「………………?だって、私が外側に座ってしまいますと外に出る時に不便でしょう?ですから内側に座ろうかと思いまして」

「それってよォ、別に俺の隣でも良いんじゃないか?」

 

一瞬の沈黙。

正しい意見であった。思い返してみれば座った後に隣に六条探偵を誘った気がする。必然的に隣に座る位置だ。

何故、と尋ねられて。私は言葉に詰まった。

 

何故、私は六条探偵の横に座ったのだろうか。

無意識の内の行動ではあったが、何かしらの理由が潜んでいるに違いあるまい。そうでなければ、六条探偵の隣にいたかったというだけの理由で無意識に動いたという事になってしまう。

 

考えて、それから私は自らが納得の行く答えを見つけて、そして頷いた。

口を開く。

 

 

「いつも対面で一緒にご飯を食べていましたもの。偶には横顔も見たくなってしまって」

「マジで言ってる?」

「あぁ、白野助手のご飯は美味しいからな。もしも可能なら毎日食べたい程だ」

「マジで言ってる?」

 

眉間を揉んで、酷く辛そうな声音で墨之助が呻いた。

 

 

「すみません、彰光さん。ちょっと席を外して頂くのって可能でしょうか?この姉に一般常識の何たるかを教え込みたくて仕方ないんですよ」

「あ、あぁ…………………了解した。折角の姉弟の時間を邪魔するのも申し訳ないしな。喫煙室にでも行ってくるよ」

 

 

去り際に「頑張れよ」とエールを送ってくれた六条探偵を見送ってから、私は六条探偵が去った途端に平気そうな顔色に戻った弟に向かい合った。

 

私の家族との関係が上手く行っていない事を知って気遣ってくれた六条探偵を騙す様で申し訳ないが、しかし今回の事件だけは暴かせる訳には行かないのだ。

 

 

「真相は、何だ?」

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あの雪の日に、私の頭蓋を割り、私の腕を切り落として、私の肉を喉に詰め込み貪った暴漢の前で。

 

彼はそのようにして死の道を選んだのだ。

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