我の目の前には涙目のアーモンドアイ。そして残念なものを見る目をしているラッキーライラックの2人がいる。
アイの手にはテニスラケット。我の手にも同様のものがあり、何があったのかは察しが付くだろう。
「いい加減諦めよ、アイ。貴様では我に勝てん」
「ま、まだよ! まだ14セット目が終わったばかり、15セット目は勝つんだから!」
「いや、いい加減諦めぇやアイさん。なんべんも挑んどるけど無理やて」
貴重な休日の時間を、アイの勝負に付き合ってやっている。今回はテニス勝負、結果に関してはライラックの言葉で想像がつくだろう。
我が14セット目を取り、不憫に思ったライラックがアイを諫めている。
が、肝心のアイは微塵も諦めるつもりがない。気骨があると心が高鳴るが、流石に飽きてきたところだ。
「フン。14セットもボロ負けしておいて、そのような口が利けるとはな。相も変わらず面白いやつだ」
「うるさい! 負けていられないのよ……特に、ソルには!」
こちらを見る目は熱を帯びており、微塵も諦める気配を感じさせない。言葉通り、勝つまでやるつもりだろう。
もっとも、我がそれに付き合ってやる義理などないが。
「飽きた。終いだアイ。ライラックもスコアラーの役、ご苦労である」
テニスラケットを丁寧にしまって帰る準備を始める。この後は何をしようか? 甘味を食すのもいいかもしれぬ。
ただ、後ろからアイの声。
「待ちなさい! 勝ち逃げなんて許さないんだから!」
「いや、あそこまでボロ負けしといてよう言えるわ」
「ララは黙ってて! さぁ、もう一度勝負よソル!」
諦めの悪い彼奴を、我は睨みつける。
「黙れ。もう飽きた、これ以上の児戯は無意味と知れ」
「な、なんですってぇ~……!」
「貴様では我に勝てん。この先もな」
安い挑発。こういえば、アイはさらにやる気を出すことを知っている。奴の負けず嫌いは相当だからな。
悔しそうに歯噛みしているアイ。それでも目が死んでいない辺り、やはり奴は面白い。それでこそ、我がライバルよ。
さて、甘味処を探す準備をしておくか。この前クラフトさんからいろいろと教えてもらったからな。そこに行くとしよう。
「アイさんも勝てる勝負で挑めばええのに。早起き勝負なら確実に勝てるやん?」
「嫌よ。そんな勝つのが分かり切ってる勝負なんてしたくないわ」
「貴様ら! ふざけるでないわ!」
だが後ろから聞こえてきた聞き捨てならない言葉に、思わず振り返ってしまった。
は、早起き勝負だと……! そんなの!
「我が負けるに決まっているではないか! そんな勝負、断固として受けんぞ!」
「威張りながら言うことちゃうと思うよソル。いい加減治しぃ寝坊癖」
「そうよ。この前も反省文書かされてたじゃない」
ふん、寝坊癖を治せ、だと?
「我に合わせない時間の方が悪いのだ! 我は悪くない!」
「また出たわ。ソルの言い訳」
「時間に責任転嫁するんは時間の方も迷惑するやろ」
知らん、呆れた視線を向けられるが知らんもんは知らん。我の寝坊癖を治すことなど不可能だ……たづなさんの反省文どうしよう。そろそろ50枚目行きそう。
結局甘味処に行くことになったのだが。
「おい、なぜ貴様らもついてくる?」
「ええやん別に。この後なんもないんやし」
「敵情視察よ! 敵を知るために、懐に潜り込まないと」
それは言ったらダメなやつだろう。構わんが。
さした問題でもないので3人で甘味処に。これならばブーのやつも誘えばよかったな。
「さぁソル! 貴方のことを教えなさい!」
「大体のことは知っておるだろうが。何を教えてやればいいのだ?」
「え!? え~っと……」
何も考えていなかったのか、はたまた何を聞こうか迷っているのか。アイはブツブツ呟きながら歩いている。これで少しは静かになったな。
ただ、質問が思いついたのか口を開く。
「尊敬している人! 尊敬している人を教えなさい!」
……尊敬している人、か。
「アイさんその質問は……もっと他にあるんとちゃいます?」
「し、仕方ないでしょ。真っ先に思い付いたのがこれだったんだもの。ソルが尊敬している人がいたら気になるし」
「まぁ確かに。尊大なソルが尊敬してるっちゅう人、いてはるんやったら気になるわぁ」
「それで、どうなのよ? ソル。いるの、尊敬している人」
「
アイの言葉に即答する。
クラフトさんにシュヴァルさん。我が畏まる相手はいくらでもいるが、尊敬しているとなると一人しかいない。
「へ~。もしかして、ラインクラフトさんやないの? こん前見かけたけど、ソルがえらいへりくだっとったもんなぁ」
「違う。確かに尊敬はしているが、最も尊敬している人物はまた別だ」
「誰よ? ソルが尊敬している人って」
我が尊敬している人。それは。
「ハレヒノカイザー。聞いたことぐらいはあろう」
口にした名前に2人とも心当たりがあるようだ。驚きに目を見開いている。
それも仕方がないだろう。あのお方は、本当に有名だからな。良い意味でも、悪い意味でも。
「ハレヒノカイザーさん……知っているわ。日輪のように周りを照らし輝くウマ娘だって」
「せやけど、一緒に走った子が学園辞めたっちゅう噂もある人よね……あぁいや、ソルが尊敬しとる人は悪ぅ言いたくないんよ!?」
「構わん。そのような噂が立っていることは、我も十分把握している……その理由もな」
カイザーさんの輝きはまさしく太陽だ。我が憧れる姿であり、畏怖する存在。太陽と呼称されるに相応しいウマ娘……それがハレヒノカイザー。
「あのお方の走りを見たことがあるか?」
我の問いかけに、2人は首を振る。もう少しで甘味処につくか……。
「もうすぐ着く。そこで教えてやる」
先導して甘味処へ。食事をしながら話すとしよう……あまり、良い話題ではないがな。
◇
提供されたパフェに舌鼓を打ちつつ、アイたちにカイザーさんのことを話す。
「あのお方は、カイザーさんは本当に楽しそうに走る。その笑顔は日輪の様であり、思わず見ている側の表情がほころぶような、そんな走りだ」
「へぇ~、ハルウララさんみたいなものかしら?」
「近しいものはある。
どんな時だろうと笑顔で走るカイザーさん。それは。
「だがカイザーさんは──それで勝つんだ」
「……はっ? な、なに言うてるん? ソル」
「そのままだ。カイザーさんは笑いながら走る。そして勝つ。それだけだ」
口を割って、笑いながら走るウマ娘はいるにはいるだろう。カイザーさんと仲の良いヘリオスさんもそうだったと聞いているからな。
しかし、勿論良い行為ではない。むしろ自分を不利にさせるものだ。
加えて、カイザーさんは身体が強くない。本気を出すことが叶わない身体と聞いている。普段の走りもまた、本気ではないと。
不利を背負っている、本気を出せない。にもかかわらず、カイザーさんは他のウマ娘を蹂躙する。心が折られるウマ娘が現れても不思議ではない。
カイザーさんはまさしく太陽だ。万象ことごとくを照らし、笑顔をもたらす。そして、近づいた者の身を焼き焦がす。
「見ている分には楽しいだろうな。だが、一緒に走っている側からしたら地獄だ。太陽が輝く様を間近で魅せ続けられるのだからな」
「……は、はは」
渇いた笑いを浮かべるライラック。想像してみたのだろう。一緒に走って、笑いながら千切られるウマ娘の姿を。
「ここで誤解しないでほしいのは、あの人には決して悪意はないということだ。心の底から楽しいと思っているからこそ、カイザーさんは笑顔で走る」
「それでも十分ヤバい気がするけど……でも、凄く強いんでしょ? ソルよりも」
「あぁ。我が目標にしている相手であり、また超えるべき相手に定めている。我よりも強いと確信している」
ここでアイが興味深そうに割ってきた。何を考えているのかは容易に想像がつく。
そう、だからこそ。
「なら、その人と併走「止めておけアイ」な、なんで?」
普段ならば憤るだろうアイが、我の雰囲気を感じ取ってか大声を上げなかった。ここは店内だし、賢明だな。
カイザーさんとの併走は止めておいた方がいい。それがアイならば尚更だ。
「貴様とあのお方は対極に位置する存在。あのお方の在り方を、貴様は理解することができない」
「な、なんでそれがソルに分かるのよ?」
「貴様とは考え方があまりにも違うからだ。あのお方と話していると、自分の常識を根底から覆される。我も、カイザーさんの考えは理解ができない」
考えていることは至ってシンプル。シンプルゆえに、理解することができない。
「あの皇帝や帝王でさえも冷や汗を流したそうだ。それほどまでに、カイザーさんの在り方は常軌を逸している」
「か、会長さんが!?」
「あぁ。普通では理解できない、むしろ我らがウマ娘だからこそ理解できない……そんなところか」
クラフトさんならばあるいは、あの人の全てを理解できるのだろうか? 学園で一番仲の良いクラフトさんならば……所詮は希望的観測、か。
我も、あのお方がどのような行動原理で動いているかの察しはつく。おおよそのことは教えてもらったからな。
それでもなお、あの人の考えは理解できない。なぜ、どうしてそのような考えに行きつくのか、我には分からない。
(今も何をしているのか……おそらくだが、走っているのだろうな)
あのお方は走るのが大好きだ。そこは我らと変わらない。違っているのは……いかんな、悪い想像ばかりをしてしまう。
「なんにせよ、併走を挑むのであれば止めておけ。貴様の価値観を根底から覆される。確実にな」
「そ、ソルがそこまで言うなんて」
「しかも、目ぇ笑ってへん。全部本気や」
失礼な、最初から最後まで本気だ。
……そして。
「なら、挑むわ! わたしは誰にも負けたくない、それがたとえソルの憧れでも!」
まぁ、こういうやつよな。分かっていた。
超がつくほど負けず嫌いで、我のライバル。ならばこそ、カイザーさんに挑もうとするだろう。全て想像できたことだ。
期待通りの言葉に思わず笑いがこぼれる。そこまで言うのであれば、我に止める権利などない。
「フン。我は止めたからな。その先どうなろうが、我の知ったことではない」
「あら、ソルはわたしが折れると思ってるの?」
「くだらん問いかけだ。考えるまでもない」
折れん。アーモンドアイとは、そういうウマ娘なのだからな。
ライラックも呆れ気味だ。
「アイさんもアイさんやけど、ソルもソルやねぇ。ホンマに仲良しの2人やわ」
「仲良くない! ライバルよライバル!」
「我のライバルを名乗るのであれば、せめて勝率を五分に戻してからにするのだな」
「うるさぁぁぁい!」
静かに過ごす気ではあったが、なるほど。たまにはこうして騒がしいのも悪くはない。
……ヤダなぁ。この後待ち構えている地獄を、考えたくないなぁ。
(昨日の反省文を提出したら、またたづなさんに怒られる……)
寮に帰りたいなぁ。でも、行かなかったら余計に怒られるからなぁ。
「……行きたくない」
「どこに? てか、なんでそんな青ざめとるん?」
「体調崩したの?」
「な、何でもない。心配は無用だ」
やだなぁ、たづなさん怖いなぁ。でも行かないとなぁ。
◇
トレセン学園の木陰で、一人のウマ娘が寝転がっている。持参したであろうラジカセからクラシックの音楽を流し、目を閉じて寝ようとしているウマ娘が。
「~♪」
ハレヒノカイザー。こうして寝転がるのが彼女の趣味であり、また憩いの時間。邪魔をされても怒ることはないが、彼女の安らぎを侵そうとする者はいない。
ただ、そんな彼女に近づく人影。ぴょこんとした白い髪がトレードマークのウマ娘が、ハレヒノカイザーに近づいていた。
瞼を閉じていたカイザーが、目を開く。視界に入ってきたウマ娘の姿を見て、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「クラちゃんだ~!」
「あ、カイザーさん。起こしちゃいました?」
「ううん、別に。音楽聴いてただけだからね」
すぐさま飛び起きて、ラインクラフトの目を見るハレヒノカイザー。心なしか、普段の彼女よりも嬉しそうにしていた。
「クラちゃんは日向ぼっこ? ここ木陰だから日はあんまり当たらないよ?」
「う~ん……クラシックの曲が聞こえてきたから、きっとカイザーさんがいるかなって。ここにいても大丈夫ですか?」
「勿論、全然オーケーだよ! 誰でもウェルカム、一緒に休もう!」
また寝転がるハレヒノカイザー。その隣に、ラインクラフトも身を預けた。
喋るわけでもない、なにかをするわけでもない。ただ隣で寝転がって、時間を消費するだけ。
ただ、2人にとってはこの時間が心地良かった。何もないこの時間が、2人にとっての安らぎ。
「風が気持ちいいね~。気温もいい感じ、お昼寝日和ってやつだよ」
「……はい、そうですね」
ただ、一緒にいるだけ。それだけで、2人は幸せなのかもしれない。
この後たづなさんに無事怒られるソルサンクトゥム。