その日私は、運命に出会ったんだ。
いつものトレーニングを終えて、もう少しだけって姉さんに伝えて、居残りをしていた。
本当はすぐ帰るつもりだった。でも、気づいたらかなりの時間が経っていて。
「ヤバいヤバい……気づいたらもう真っ暗だよっ」
日は落ちて暗くなっていた。灯りがあるからなんとかなってるけど、もしなかったらって考えるとゾッとする。
LANEにも、姉さんからの言葉が溜まっていた。
「早く戻らないと、寮も閉まっちゃう!」
どこにいるんだ? とか、怖い人に捕まってないか? って、私を心配する言葉がたくさんと。急いで返信したら、呆れたように【早く戻ってこい】と綴られる。
走って帰って、一秒でも早く帰れるようにって。
「もうすぐで寮に着くはず……?」
そんな帰り道の折、彼女と出会った。
「──およ? 珍しいね、私以外の誰かがいるなんて」
街灯に照らされた茶色の髪。三日月のような白い前髪が揺れる。私と同じ、ウマ娘。
その子はジャージ姿で、私と同じで走っていたんだって想像がつく。裾の部分が泥だらけになっていたから。
すぐ洗った方がいい。そんな当たり前の感想を抱く前に、私は。
(なんでしょう、彼女は)
目の前で楽しそうな笑みを浮かべている彼女が、無性に気になったんだ。
彼女は、笑っている。寮の門限が迫っているのに、ぎりぎりでヤバいのはお互い様なのに、笑みを絶やさない。
張り付いたような笑みとか、そういうのじゃない。心からの笑顔。どことなく、そう思った。
立ち止まる。もっと彼女のことを見ていたいと思う。
(こんなことは、初めて)
これほどまでに気になった、特定の相手はいない。それぐらい、私は目の前のウマ娘のことを知りたいと思った。
「あ、あなたはっ」
誰ですか? そう聞こうとしたけれど、彼女は。
「もう少しで門限ヤバいよ? 私もだけど」
「……あっ!?」
「それじゃ、お互い間に合うように頑張ろう! じゃーねー」
手をひらひらさせて、そのまま走り去っていってしまった……行っちゃった。
走りのフォームも、綺麗だった。思わず目を奪われるような、もっと間近で見たいと感じる、そんな走り。
「姉さんなら、分かるかな?」
帰ったら聞いてみよう……その前に間に合うかだけど。い、急げー!?
その後、フジキセキ寮長のお小言をもらいながらもなんとか間に合った。姉さんにもお小言をもらったけど。
「全く。トレーニングに夢中になりすぎて門限を過ぎそうなんて。良いところで区切りをつけろと言っただろう」
「ご、ごめんなさい姉さん。どうしても区切りのいいところがなくて」
「……まぁ、お前に何もなくてよかったよ」
本当は走っていたかっただけなんだけど。姉さんにはバレてるんだろうな。昔からお見通しだったし。
お風呂にも入って、時間が少しできたから聞いてみる。さっき出会った子について。
「そうだ、姉さん。茶色の髪に、三日月みたいな白い前髪のウマ娘って知ってる?」
「茶髪に三日月のような白い髪?……シンボリルドルフ生徒会長ではなくてか?」
「ううん、違う。確かに会長さんも同じだけど、会長さんじゃないよ」
今の特徴だと、確かに会長さんが思い浮かぶ。改めて思い出すと、あの子会長さんに似てたな。姉妹か、親族の人かな?
考え込んでいる姉さん。あ、そういえば。
「笑顔。笑顔が特徴的だった。なんというか、お日様みたいな」
「あぁ、それなら分かる。おそらくだが、お前の言うウマ娘はハレヒノカイザーのことだろう」
「ハレヒノ、カイザー?」
頷く私に、姉さんは教えてくれた。彼女がどんなウマ娘なのかを。
曰く、美浦寮のウマ娘で入試の筆記と実技をトップで通過した才女。走りの実力は折り紙付きで、本気を出さないままに同じクラスの子を完封。噂を聞きつけて挑んできた子達も、返り討ちにしちゃったらしい。
「彼女の話の中で特に有名なのは、シンボリルドルフ生徒会長とトウカイテイオーが目をかけていることだろう。よく一緒にトレーニングをしている」
「会長さんに、あのテイオーさんが」
「あぁ。お2人とも、彼女の才能を認めている。だからこそ、彼女は天才と呼ばれているんだ」
だからといって、本人はその才能をひけらかすことはしない。いつも笑顔でいるらしく、気づけば周りの子達もつられて笑顔になるらしい。その様子を見て、彼女はさらに笑うんだとか。
「私の知り合いも言っている。彼女はまるで、太陽のようだと」
「太陽……」
確かに、そんな感じがする。笑顔で楽しそうにしてたから。「本当に彼女は、太陽だ」でも、姉さんはあまり良い表情は浮かべていない。
どうしたんだろう? なにか、気になることがあるのかな?
「何か気になることがあるの? 姉さん」
「いや、何でもない。私の杞憂であれば、それでいい」
結局教えてはくれなかった。いったい、何が気がかりなんだろう?
話していたら、就寝時間が迫っていた。
「もうこんな時間か。寝るぞ──ディープ」
「分かった、タイド姉さん」
姉さん、ブラックタイド姉さんに言われるままに、布団に潜り込む。
願わくば。
(あの子にまた出会えたらいいな)
瞬間的に分かった。あの子とは、凄く仲良くなれそうだって。
だから明日、また会えることを願って。私は床についた。
◇
彼女にはすぐ会えた。
「それではカイザー。今日も頑張ろうか」
「はーい!」
トレーニング場に足を運んだら、会長さんと一緒にいたんだから。
(こんなにすぐ会えるなんて思わなかった)
トレセン学園に通う子は多い。クラスも違うから、会うのは難しいと思っていた。
今日一日探し回る予定だったのに、まさか一発目から当たりを引くなんて。私は恵まれているらしい。
「……ん?」
でも、ジロジロ見ていたせいか会長さんと視線が合った。つられて、ハレヒノカイザーとも目が合う。
彼女は、私と目が合うと嬉しそうに顔を綻ばせた。
「君、昨日の子だね! あの後門限には間に合った?」
「え、えぇ、はい。なんとか」
「そっかそっか! 良かったね~」
す、すごい。ぐいぐい詰めてくる。なんていうか、人懐っこいというか。
「カイザー、君はディープインパクトと知り合いなのかい?」
「でぃーぷいんぱくと? てことは君はプイちゃんだね!」
「……どうやら、知り合いではないようだね」
困ったように笑う会長さん。うん、その反応は間違ってないと思います。
「えっと、昨日の夜偶然会ったんです。お互いに、寮の門限ギリギリの時間に」
「なに? トレーニングの時間はいつも通りだったはず……カイザー、君はまた走っていたのかい?」
「一応、ムードちゃんにはちょっと走ってくるねって伝えましたよ?」
「いや、そういうことではないんだが……まぁ目立ったことはしてないようだから、追及はやめておこうか」
多分、いつものことなんだろうな。会長さんの反応から大体のことは察せた。
それにしても、こんなにすぐ会えるなんて思わなかったな。
(……一緒に走れたりしないかな?)
お互いにジャージだし、これからトレーニングみたいだし。条件は整っているんだから、一緒に走ったりできないかな? そんな考えが浮かぶ。
私の考えが見透かされていたのか、会長さんはこちらの目をジッと見ていた。
「カイザーと走ってみるかい? ディープインパクト」
「っえ?」
「何、走りたそうにしているからね。君も──カイザーも」
待って、そっちは知らない。ハレヒノカイザーの方を見ると、期待に満ちた目で私を見ていた。
キラキラしていて、楽しみにしている目。プレゼントをもらう前の子供の様な、希望に満ちた目。
私も、似たような目をしていたらしい。実際楽しみにしているから、間違ってないんだけど。
「い、いいんですか?」
「勿論。カイザーにも良い刺激になるし、なにより2人が走りたいと思っているんだ。私が止める理由なんてないよ」
「ね、ね。走ろうプイちゃん! 走るの楽しいよ!」
「それなら、お言葉に甘えて」
こうして、私はハレヒノカイザーと走ることが叶った。
一体、どんな走りをする子なんだろう? 凄く強いって聞いてるから、楽しみだ。
スタート位置について、会長さんの合図でスタート。先行したのは、ハレヒノカイザー。
「ッ!」
この子、スタートが格段に上手い。私とは大違いだ!
先行したのは彼女。遅れて私はついていく。
(目的は軽い併走。だから、ちゃんと抑えないと)
後ろから彼女の走りを感じる。
特段変わった走りをしているわけではない。昨日の夜も感じた、綺麗なフォームだ。教科書通り、と言えばいいのかな。そんな走り。
でも──発せられる圧が尋常じゃない。
(底が見えない……彼女は、軽く走ってこれなんだ)
ちょっとした併走でも感じるんだからよっぽどだ。
……この子なら。
(私の本気をぶつけても、いいのかもしれない)
姉さんには止められている。私の本気は凄いからって、制限をかけられている。
でも、彼女なら大丈夫だ。きっと、受け止めてくれる。
脚に込める力を強くする。さらに前へと踏み出すために、もっと先に行くために。
「ッフ!」
「ッ!」
私は、ハレヒノカイザーにあっという間に並んだ。勢いのままに抜き去る。
いつもならここから千切る。誰にも追いつかせない、私だけの世界を堪能する。
──そうはならなかった。
「楽しいな、楽しいな」
(っ、笑って……!?)
「あぁ、楽しいなぁ!」
彼女は、すぐさま追いついた。
思った通りだ。彼女は、私の走りにすぐさま追いついてくれた!
後は、お互いに衝動のままに駆け抜ける。
(あはは)
楽しい。本当に楽しい。こんなに楽しく走れたのは、久しぶりのような気がする。
使命を背負って走ってきた。結果を残すことを願われて走ることを決めた。
そのこと自体に不満はない。全ては私が選んだ道。私と姉さんが決めたことなんだから。
だけど……やっぱり私もウマ娘だ。
(この本能には、抗えない!)
彼女と競い合うのが楽しい。たまらなく楽しい。本気の勝負を、もっと楽しみたい!
……だけど、それにはノイズがある。
「アハハ! 楽しいな、楽しいな!」
(この状況でもなお、彼女は笑っている)
まだ余裕がある。彼女の強さの底は、まだここじゃない!
走る。
(もっと本気で)
走る。
(さらに熱い勝負を)
走る!
(極限の競り合いを!)
彼女ならば、私の力をさらに引き出してくれる。もっと高みへと至ることができる!
だからこそ、この瞬間をもっと楽しもう……って、思っていたけれど。
「そこまでだッッ! カイザー、ディープインパクト!」
会長さんの大声で、正気に戻った。楽しい時間が、終わってしまった。
その後こっぴどく怒られた。どうやら、あまりにも本気を出しすぎたらしい。
「いいか? カイザー。楽しいのは分かるが、あまり羽目を外しすぎるなといつも言ってるだろう?」
「は~い……」
ハレヒノカイザーも、しょんぼりとしている。あまり想像できない、レアな表情。ちょっと得した気分。
「君もだ、ディープインパクト。軽い併走だと伝えただろう?」
「そ、その。ごめんなさい……楽しくて、我を忘れちゃって」
「……気持ちは分からないでもない。とにかく、次からは気を付けるように」
会長さんのお説教はすぐに終わった。初犯ということで、すぐに許されたのかな。
終わった後に、ハレヒノカイザーは私の方に詰め寄ってきた。相変わらず、距離の詰め方が凄い。
「ねぇねぇねぇ! プイちゃんすっごく速いんだね!」
「あ、ありがとう。ハレヒノカイザーさんも、凄く速いね。私と同じくらい速い子って珍しいから、驚いたよ」
「カイザー、カイザーでいいよ! 今度からもっと走ろうよ!」
「じゃ、じゃあ……カイザー、さん?」
そう呼ぶと、彼女は花が咲いたように笑った。つられてこっちも笑っちゃうような、太陽のような眩しい笑顔。
それにしても、走る時もそうだったけど。
(いつも笑ってるんですね、彼女)
笑みを絶やさない。どんな時でも笑っている。それが、どうしても気になった。
(気のせいだといいんだけど)
この出会いをきっかけに、私とカイザーさんの仲は急接近した。そして──彼女のことを深く知ることになる。
◇
かつて姉さんは私に言った。カイザーさんは太陽の様だ、と。
その言葉は間違っていなかった。
「うん、良い練習になったよ。ありがとうカイザー」
「いいよいいよ! 私も走れて楽しかったから!」
彼女の周りは、いつも笑顔で溢れている。
「それじゃ、今度一緒に走ろう!」
「あ、それはちょっと」
「ガビーン!?」
中心にいるカイザーさんも、いつも楽しそうだ。
「さ~て、今日もお昼寝スポットに行くぞ~。クラちゃんにいいとこ教えてもらったもんね~」
笑顔じゃない日がないってくらい、彼女は楽しそうにしている。
……だからこそ、どうしても歪に見える。
(練習とはいえ、負けても笑っていられる彼女が、どうしても気になる)
相手に合わせて調整しているのが分かる。本気で走れないのは、結構なストレスだ。
けれど、そんなこと少しも出さない。楽しい楽しいと口にして、勝敗なんて気にしていない風を装っている。装っているかどうかは、私の主観に過ぎないけど。
いつの日か、彼女に聞いたことがある。
「カイザーさんは、どうしてトレセン学園に?」
些細な質問。きっと一番になりたいとか、勝ちたい相手がいるからだとか。そんなことを勝手に思っていた。
結果は、
「う~ん、ポラちゃんに勧められたから」
「っえ?」
「うん? あ、ポラちゃんっていうのは私の妹でね? すっごく可愛いの!」
妹に勧められたから。本気でそう答えた。
「あ、でも今は来てよかったって思ってるよ。強いみんなと走れるからね」
「……それはやっぱり、熱い勝負ができるから?」
「ううん」
彼女は、はっきりと答えた。
「楽しいから! いろんな子といっぱい走れるってだけで、凄く楽しいもの!」
楽しいからに他ならないと。彼女はそう答えた。
なんて、言えばいいんだろうか?
(私とは、根本的に違う子だな)
私はこの学園に、願いを託されて走りに来た。強くなるために、一番であることを証明するために。
結果を証明する。そのためにここにいる。
だけど、彼女は違うみたいだ。楽しむためにレースに出る。そう答えた。
(別に悪いとは思わない。それこそいろんな考えの子がいるんだから)
ただ、ちょっと意外だと思った。あれだけ強いんだから、さぞかし強い思いがあるんだろうなって考えていたから。
勝ちたいって気持ちがあればあるほど強くなる。それが常識だと思っていた。
……だけど。カイザーさんだけは例外だった。
「カイザーさんは、どのレースを勝ちたいとかある? クラシックレースとか、海外のレースとか」
「え、う~ん……G1には出てみたいよね」
彼女にはそもそも。
「楽しく走れそうだし!」
「……えっ?」
「大舞台で、強い子達とレースする! 考えるだけで楽しいよね~!」
勝ちたいという欲求が存在しないんじゃないか? そう思うようになった。
楽しむことに重きを置いている。勝つことを重要視していない。
それはつまり。
(どのレースに出走するかも、特に考えていない?)
欲しいタイトルがない。喉から手が出るほど欲しい栄光もないということ。
勝利への欲求が薄い。本来ならば、そんなウマ娘は強くなれない。そう思っていた。
なのに彼女は強い。そう、暴力的なまでに。
(他を圧倒するほど強いのに、彼女にとっては……遊びでしかないの?)
ただ、その心配はさすがに考えすぎだった。
「みんなの熱い思いを感じると、私も熱くなれるからね。もっとも~っと、先に行きたいって思うようになるんだ!」
「そ、そうなんですね」
「うん! それにそれに~、私が勝ったらファンも喜んでくれるかもしれないし。みんなの笑顔で最高にハッピーな気分になれる! 幸せスパイラルだよ!」
ちゃんと、少しはあるみたいだったから。それでも、楽しむって気持ちの方が強いみたいだけど。
こう、なんていうか。
(楽しむことを優先しているんでしょうね)
思考は至ってシンプル。でも、全てを理解することは決してできない。私が、ウマ娘である限り。
それが私、ディープインパクトの、ハレヒノカイザーに対する評価だ。
けど、カイザーさんとは仲良し。
「それじゃあ走ろうプイちゃん! スズカさんも付き合ってくれるって!」
「ッ! 本当!? よーし、みんなで走りましょうか!」
「うん! 走ろう走ろう!」
だって、彼女と走るのは最高に楽しいから!
結論 ハレヒノカイザーは理屈としては理解できるけど完璧には理解できない
ちなみにこの後無事怒られる3人である。