とある昼下がりの教室。
「ねぇクラフト。もうデートの相手は決まった?」
「うん! ばっちり!」
トレセン学園の話題は、今度開催されるリーニュ・ドロワットでもちきりである。シーザリオとラインクラフトの話題もまた、イベントに関するものだ。
デート──一緒に踊る相手が決まったかどうかを尋ねるシーザリオ。満面の笑顔で答えるラインクラフトに、シーザリオの表情も綻んだ。
「そうなんだ! 相手はやっぱり?」
「カイザーさん!」
カイザーさん、というのはハレヒノカイザーのこと。周りを太陽のごとく照らす彼女は、学園でも人気者である。
人気者ゆえに、競争率も激高の相手。そんな相手とラインクラフトがデートになれたことを、シーザリオは心の底から喜んでいた。
しかし。
「これから誘う予定なんだ!」
「……えっ?」
ラインクラフトの言葉に、ぴしりと固まった。
いくらなんでも冗談だろう、そう口走りそうになるが何とか抑える。平静を保ちつつ、ラインクラフトから視線を外さない。
「え、えっと、クラフト? もう決まったんじゃないの?」
「正確にはまだ、かな。カイザーさん捕まらなくて」
えへへ、と可愛く笑っているが。
(そんな場合じゃないよクラフト! 捕まらないのにはちゃんと理由があるよ~!?)
シーザリオは気が気でない。それは、ラインクラフトが誘おうとしている相手がどれほどの存在か、よく聞かされているからだ。
どう説明したものか、悩んでいるシーザリオの下に。
「クラフトさん、カイザーさんを誘うのであれば、お早めにした方がよろしいかと」
エアメサイアが乱入してきた。眼鏡をきらりと輝かせ、ラインクラフトを咎めるような目で見ている。
忠告されるが、当の本人は不思議そうな表情を浮かべている。どうして、という声が聞こえてきそうだ。
そんなラインクラフトに、エアメサイアが現状を教える。
「ハレヒノカイザーさんは大変人気です。この時期になると、誰もが彼女のデートの相手になろうと近づいてきますから」
「へっ?」
「知らないの? クラフト。カイザーさんの競争率は凄いって、噂で聞いたことない?」
2人の言葉に頭を捻るラインクラフト。少しの待ち時間の後に、彼女はわなわなと震え出した。
「そ、そういえば……! カイザーさんは凄い人気者!?」
「今更!?」
「ど、どうしよ~!? は、早くいかないと!」
「あ、待ってクラフト! ……行っちゃった」
今更ながらに慌てるラインクラフト。シーザリオたちの制止も聞かず、ハレヒノカイザーを探すべく教室を飛び出した。
校内を探し回る。デートに誘いたい相手、ハレヒノカイザーを見つけるために草の根をかき分ける勢いで探していた。
「カイザーさーん! どこですかー!」
その間にも、自分と同じような相手を見つけた。
「ねぇ、カイザー見なかった?」
「ううん。探してる理由って?」
「うん、デートに誘おうと思って! なんだか楽しそうじゃない?」
「あー、分かる分かる。でも、競争率マジで高いから気をつけな~?」
ハレヒノカイザーをデートに誘おうとしている相手がいる。その事実が、ラインクラフトをさらに焦らせる。
(そりゃカイザーさんだもの。人気があるはずだよ!)
太陽のように輝き、万人に優しさを振りまく聖人。確かに怖がられてはいるが、それはあくまでレースに限る。
加えて、いつも楽しそうな彼女と踊るだけで、イベントは楽しいものになると確定している。
さらに言うならば、トレセン学園のイケウマ娘ランキング*1でも上位をキープするほどのウマ娘だ。
トドメと言わんばかりに、彼女は親しみやすい。誰とでも仲良くなれるのだから、そりゃ誘いも多いだろう。
(なんで事前に誘わなかったのわたし! バカバカ~!)
結論、誘われない方がおかしいウマ娘なのである。
なんとしてもハレヒノカイザーのデートの相手になりたいラインクラフト。学園中を探し回る勢いで駆け抜けて──ついに意中の相手を見つけた。
周りにはたくさんのウマ娘。ハレヒノカイザーを取り囲むように集まっており、全員がハレヒノカイザーを誘いに来たウマ娘だと察する。
(いた!)
「か、カイザーさ」
ただ、ラインクラフトの目に映るのはハレヒノカイザーのみ。手を伸ばそうと、誘おうとするが。
「ごめんね~。実はもう先約があるんだ~」
「え、そうなの? ざんね~ん」
「うん、本当にごめんね!」
「いやいや、いーよいーよ。気にしないで!」
その前に、ラインクラフトの心は絶望の底に沈んだ。
(……まぁ、そうだよね)
これほど人気なハレヒノカイザー。すでにペアの相手が決まっていてもおかしくない。
申し訳なさそうに謝罪を繰り返しているハレヒノカイザーに、周りは温かい言葉を投げている。気にしなくていいと、イベントはみんなで盛り上がろうねと声をかけている。
それを見て、とぼとぼと去っていくラインクラフト。ハレヒノカイザーに声をかけることを、止めた。
(わたしの見通しが甘かったんだ。カイザーさんなら受けてくれるって、そう思ってたのが悪いんだ)
出遅れた自分が悪いと、デートに誘えなかったのは自分の責任だと責める。
でも、どうしようもない。
「ドロワ、どうしようかな……」
重い足取りで教室へと戻っていく。ラインクラフトのお日様は、別の誰かとイベントに出るようだ。
◇
それから数日。
「……」
「ちょっと、いい加減元気出しなさいよクラフト」
「無駄です、ハートさん。クラフトさんはここ数日の間、ずっと心ここにあらずですから」
「寮でもこんな調子で……なんとか元気づけてあげたいんだけど」
ラインクラフトはずっと落ち込んでいた。ハレヒノカイザーを誘えなかったことが、よほどショックだったらしい。彼女のチャームポイントであるアホ毛も、心なしかしぼんでいた。
それもそのはず。ラインクラフトにとってハレヒノカイザーはお日様のような存在であり、隣に座ったら梃子でも動かないほどの執着を見せるのだ。
そんな相手は、今度のドロワイベで違う相手と踊る。ラインクラフトからすれば、あまりにも耐えがたいことだった。
「うぅ~……カイザーさぁ~ん……」
「そんなに悲しむくらいなら、それこそ申請前にcatch! しておけばよかったのに」
「まぁ、来年がありますよ。その時に声をかけましょう」
デアリングハートとエアメサイアが慰めるが、ラインクラフトは落ち込んだまま。それほどまでに傷心しているようだ。
ただ、シーザリオは少し考えこんでいる。なにか引っかかることがあるのか、ブツブツと何かを呟いていた。
そんな彼女の様子が気になったデアリングハートが声をかける。
「ちょっと、どうしたのよシーザリオ。何か気になることでも?」
「うん……だって、気にならない? カイザーさんの相手が誰なのか?」
純粋な疑問。すでにあるという先約の相手……それが誰なのか。シーザリオはそこが気になっていた。
その疑問が出てくるのも当たり前で、先約がいるには
「ドロワのパートナー申請が解禁されたのってクラフトが誘おうとしてた日でしょ? お昼過ぎには見つけたのに、もう先約がいるって……いくらなんでも早すぎない?」
「それだけカイザーさんが人気ということでしょう。朝のうちに誘われたとしても不思議ではありません」
「でも、確かに気になるわね。こんなに早くカイザーのデート権を得たのは誰なのか」
3人の会話。なおラインクラフトは落ち込みすぎてて内容が耳に入っていない。
「早く誘ったのだとしたら……ムードじゃないかしら? ほら、あの子同室でしょう?」
「いえ、ムードさんは別の相手と踊ると聞いています。彼女ではないでしょう」
「だとしたら、ラモーヌさん? 確か、カイザーさんのこと気に入っていたよね?」
あーでもない、こーでもないと論争を繰り広げる。いったい誰がカイザーのデート相手なのか? 3人は気になって仕方がなかった。
カイザーのデート相手。気になっている3人のところに。
「ねぇ、どうしたのクラちゃん? 気分悪いの?」
ラインクラフトを心配そうに見つめているカイザーがいた。いつの間にか、気づいたら。
「うわぁッ!? い、いつの間に!」
「え、普通に入ってきたけど? クラちゃんが落ち込んでるから、何かあったのかな~って」
あなたのせいです、とは口が裂けても言えない3人。カイザーのせいではないのだが。
落ち込んでいるラインクラフトが、ハレヒノカイザーの声を聴いてがばっ! と顔を上げる。先ほどまで全然動きのなかった彼女が、突如俊敏な動きを見せていた。
「か、か、カイザーさん!」
「は~い、カイザーさんだよ~」
必死なラインクラフト。のほほんとしているハレヒノカイザー。対称的な反応をしている2人。
「そ、その! カイザーさんのデートのお相手が決まっているというのは本当のことでしょうか!?」
なぜか畏まった口調になるラインクラフト。特に気にした様子も見せず、ハレヒノカイザーは答える。
「うん、決まってるね」
「差し支えなければ! どのような方か教えてもらっても構わないでしょうか!?」
「とりあえずその他人行儀な口調をやめてくれればいいかな」
にっこりとした微笑みで答えた後、カイザーは指を口元にあてる。
「私の相手でしょ?」
そう口にしたカイザーの、次の言葉を待つ4人。
いったい誰がハレヒノカイザーの相手を務めるのか? 気になって仕方がない。メジロラモーヌか、シンボリルドルフか、はたまた彼女の妹であるブランポラリスか、もしくはトウカイテイオーかダイタクヘリオスか。
選択肢は無数。その中の誰が選ばれたのか? 固唾をのむ中、ハレヒノカイザーから告げられた言葉は。
「クラちゃん」
「……へ?」
ラインクラフトたちを凍り付かせるには十分すぎる一言だった。
素っ頓狂な声を上げる4人。特にラインクラフトを除いた3人は何言ってるの? と言わんばかりに口を開いている。
いち早く正気に戻ったエアメサイアが、ずれた眼鏡を直しつつ代表して聞く。
「そ、その。つかぬことをお聞きしますがカイザーさん」
「うん、どうしたのメサちゃん?」
「ドロワのパートナー、決まっているのですよね?」
「うん、決まってるよ」
先ほどと変わらずに、楽しそうに答えるカイザー。理解ができなかった。
「先約がある、というのは、クラフトさんのことだったのですか?」
「そうだよ。クラちゃんと踊るの!」
「……ですが、それをクラフトさんは知らなかったようですが」
「ま~言ってないからね!」
本当に理解ができなかった。言ってないのに先約がある、と口にしていたのか? ハレヒノカイザーというウマ娘は。
思考が停止しそうになる間も、ハレヒノカイザーは特に変わった様子を見せない。楽しそうにしている。
「私、元々クラちゃんと踊る予定でドロワの予定を立ててたもの。だからポラちゃんとかテイオーさんのお誘いも断ってるよ?」
「……肝心の本人は知らないのに?」
「うん。誘われるのまだかな~? まだかな~? って待ってた!」
「さ、誘われなかったらどうするつもりだったんですか!?」
「ま~その時はその時だよ。イベント楽しむために一人で踊ってたんじゃないかな?」
ラモさんもやってたし! と、屈託のない笑みで答える。いやそれは例外中の例外だろ、と心の中でツッコミを入れるがそれどころではないシーザリオたち。
(ちょっとちょっと、どういうことなのこれ?)
(私達に分かるはずもありません。先約がある、と仰っていたのに、その相手がクラフトさん?)
(でも、クラフトも知らないみたいだったし……本当に何を考えてるのかな?)
デートの相手は決まっている。その相手には何も伝えていないし、なんなら踊ってくれるかどうかも分からない相手。
なのに先約がある、と他のウマ娘の誘いを断っていた。特定の相手と踊るために。加えてその相手以外とは踊る気がないとばかりに。
考えを整理すると単純だ。だが、その単純な結論になぜ至ったのかが理解できない。
(普通に自分から誘えば済む話じゃない? コレ)
(聞こえますよハートさん。きっと何か考えがあるのでしょう)
なぜ自分から誘わず、ラインクラフトから誘われるのを待っていたのか? 別の疑問が次々と出てくる3人。
しかし、ラインクラフトは違う。
「か、カイザーさん!」
「うん」
気合いの籠った声。もはや確定的だというのに、それでも緊張しているのが分かる。
ラインクラフトは──手を差し出した。
「わたしの、デートになってくだひゃいッッ!」
プルプルと震える右手。その手をハレヒノカイザーは、しっかりと握り返した。
「いいよ、これからよろしくね、クラちゃん!」
「~~~っ! は、はい!」
こうしてまた一組、リーニュ・ドロワットのペアが決まった。
「……まぁ、case closed.かしら?」
「何が何だかわかりませんね、もう……」
「よ、良かったねクラフト! カイザーさんとペアになれて!」
いろいろと疑問はあるが、当人たちは幸せそうにしているのでOKである。
◇
なぜ自分から誘わず、ラインクラフトから誘われるのを待っていたのか? その答えもこれまた単純である。
「クラちゃんなら絶対に誘ってくれるから大丈夫でしょ!」
ハレヒノカイザーは、ラインクラフトのことを信頼していたからだ。きっと自分に声をかけてくれる、そう信じて疑わなかったからこそ、何も口にしなかった。
そして、彼女はドロワをラインクラフト以外と踊る気はなかった。だから先約がある、と他のウマ娘に教えていた。まだ相手から了承をもらっていないというのに。
ついでに、もしラインクラフトから色よい返事がもらえなかった場合、一人で参加するというのも本気である。
「まだかな~まだかな~? クラちゃんまだかな~?」
無邪気な子供の様に、ラインクラフトから誘われるのを楽しみに待つハレヒノカイザーだった。これがドロワのペア申請が始まる3日前のことである。
うおっ、すっげぇ自信。皇帝かな?本編でも言及されている通り、カイザーはラインクラフト以外と踊る気はないです。なんでって?なんででしょうね。