不良少年は飯食って喧嘩して、ボーダーに入るそうです 作:綾(あや)
タイトルのまんまです
瓦木はフードの影から眠たげな目を覗かせ、端末のタッチパネルを操作していた。つい数時間前、那須隊と諏訪隊をまとめて相手取ったランク戦を制したばかりだというのに、その興奮はまだ血管の奥で脈打っている。
「まだ暴れ足りねぇんだよなぁ……」
呟きながら登録画面をスクロールしていると、背後から柔らかながら芯の通った男の声が落ちてきた。
「お前が瓦木遼平だな?」
振り向いた瞬間、視界を占めたのは均整の取れた長身――鍛え抜かれた上半身を包むジャケットの肩には、鈴鳴第一のエンブレムが燦然と輝いている。
周囲の空気が一拍で張り詰める。そのざわめきを訝しむように瓦木は男を見上げた。
(誰だコイツ……いや、強いのは分かるけどよ)
「えーと、誰?お前」
「あぁすまない、俺は鈴鳴第一所属の村上だ。瓦木と手合わせをしたくてな」
その言葉を聞いた周囲のC級隊員たちは、思わず声を上げる。
「攻撃手ランク4位の……あの村上さん!?」
「瓦木先輩と村上さんが!?」
興奮と同時に緊張が膨れ上がる。だが瓦木は片眉を上げただけだった。
「ふーん...いいぜ?やるか」
「あぁ。十本勝負で五本目の間に十五分休憩を挟む。これで問題ないか?」
「なんでもいいぜ」
◆ ◆ ◆
【模擬戦・個人ランク戦】
瓦木遼平 vs 村上鋼
ーー10本勝負/先取5本後15分休憩ーー
ーー開始ーー
第1戦
開始のブザーが鳴り響くと同時、瓦木はまるで弾かれたように前傾ダッシュ。スタートから0.3秒で最高速へ達する異常な脚力が、アリーナ中央の白線を一気に踏み越えた。視界に入る村上の姿が一瞬で拡大する。
(速い――が、読める)
村上は左足を引き、弧月を胸元で水平に構える。オーソドックスな受け太刀。さすがは攻撃手4位、無駄な動きは一切ない。
しかし瓦木は正面から殴りかかる寸前、上体をさらに沈めた。そのまま左手を地面に突き刺し――コンクリ舗装の床材を掘り起こすと、砕け散った破片とトリオンの火花が土煙を伴って村上の顔を覆った。
「なっ……!」
わずかに視界が遮られた隙を突いて瓦木は屈伸。まるで野球のスライディングの要領で村上の足元へ滑り込み、右足のアンクルキックを膝裏へ突き立てた。足払いによる奇襲に、村上は体勢を崩す。
「ッラァ!!」
続く後ろ回し蹴りが側頭部を打ち抜き、閃光と共に電子アナウンスが告げた。
【村上鋼 緊急脱出】
観覧席がどよめく。瓦木は回転の勢いを殺さず起き上がり、首を軽く回して笑った。
「一本目頂き」
――そこからの四戦は、瓦木の独壇場だった。
電柱を跳躍台にし、途中で両足を交差させる変則回転蹴りや看板を蹴り外し反射させた跳弾と同時に接近、振り返りざまの裏拳が顎を掠め、反射で構えた弧月を自分の膝で“へし折る”という暴挙。拳を敢えて顔面の寸前で止め、猫だましで視界を封じ首を斬り飛ばすなど。
そしてスコアは4-0のまま5戦目
瓦木はゆらゆらとステップを踏み、リズムを崩しながら素早く近づいた。読めない軌道。しかし村上は下がらず、一歩踏み込み逆袈裟を狙う。
だが瓦木は右上から振られた弧月を流すように右手で掴み、受け流す。そのまま勢いを殺さずに地面に弧月を突き刺し、隙だらけの胸元に突き刺す。
メインカメラが捉えたのは、瓦木の膝が村上の胸に突き刺さる光景だった。
【5-0 前半戦終了】
場内に電子アナウンスが響くと同時、瓦木は手首をぐるりと回してから大きく深呼吸した。
◆ ◆ ◆
お互い15分間の休憩時間が与えられる。試合を観戦していた隊員たちは興奮している様子で勝敗について話し合っていた
ある一つのブースで、壁に腰掛け村上はトリオン体の破片を淡々と再構築しながら目を閉じている。彼の視界には、先ほどの瓦木の攻撃パターン――ステップ、重心移動、視線誘導、手足の関節角――が、まるで分解図のように浮かんでいた。
(踏み込みは0.24秒。上体のひねりは最大56度。第四戦目の回転蹴りは三半規管を欺くフェイント……タイムラグは0.12秒)
村上のサイドエフェクトは「強化睡眠記憶」である。
人の記憶には、一時的に覚える「短期記憶」と、長く残る「長期記憶」が存在するが、通常「長期記憶」として体や頭に覚えさせるには、一定期間、勉強や訓練を繰り返す必要がある。
しかし、このサイドエフェクトは、睡眠をとることによって記憶の再編成を行い、知識や身体技術を「長期記憶」として記憶させることができる。
簡単にいえば、学習能力が物凄く高いという能力であり、「1度見た動きであれば、次からは即座に対応出来る」というのがこの能力の強みである。
「――よし」
村上は静かに立ち上がった。
対照的に瓦木は壁際で膝を抱え、ペットボトルの水を喉に流し込みながら軽く欠伸を噛み殺していた。
「このまま終わるわけねぇよな?攻撃手4位さん♪」
その瞳には獲物を見定める獣じみた光が宿っている。
(さあ、何が来る?)
◆ ◆ ◆
第6戦。
再開のブザーと同時、村上が先に仕掛けた。前半と違い、動きは鋭く、しかし奇妙な既視感を伴う。
(――俺の動き?)
そう、村上は瓦木が第一戦で見せたスプリントからの跳躍を、そのまま完璧にトレースしてきたのだ。自分の“影”に殴られるような不気味さ。瞬間、瓦木は反射でガードを上げたが――
「一本」
読み切られていた逆手の弧月が胸元を裂く。一本先取。
7戦目も瓦木の動きに対応した村上に攻めあぐね、カウンターにより村上がまたもや一本を勝ち取る。
観客席は大きな声で満たされる。勝っているのは依然として瓦木だが、流れは明確に村上へ傾きつつあった。
再び瓦木は空中で斬撃を避けながら放つ変則回転蹴りを放つも、村上はそれに対応し一歩後ろに下がり、旋空が襲いかかる。瓦木は己の呼吸音を消すと同時、足裏で床を三回叩く。リズムを変え、フェイントを三重に重ねる。村上は逆に一切の無駄を排除し、中段の守りに徹する。
(俺のパターンは全部読まれてる。ならその上から喰らいつくしてやるよ!!)
瓦木は真上へ跳躍。照明の強い逆光でシルエットが黒く潰れた瞬間、看板を引きちぎり、回転を加えて村上へ投げる。四角い影が視界を覆い、反射的に弧月で叩き落とす――そこまでは読めていた。
が、看板の角度と反射光で一瞬視界がホワイトアウト。真っ白な光の中、視覚情報が奪われ、背中がスコーピオンで貫かれていた。
【6-3】
最終戦。
瓦木は舌打ちしながら全神経を集中させ、唇を拭う。
(読んできてんのか...?いい“カイブツ”だ)
瓦木は歩幅を微妙に変え、呼吸音をわざと乱してフェイントを敷いた。それでも村上の弧月は確実に迎撃の軌道を描く。
「いくぞゴラァ!!!」
弧月が正面から迫る直前、ノーモーションで後ろに下がり、弧月を掴み窓へと投げ飛ばす。両者はお互い屋内へ。屋内では弧月やレイガストにより小回りの利く瓦木が有利だが、村上は瓦木の踏み込み、腕の角度、体の捻りすべてに瞬時に対応し、完璧に捌く。
しかし不可能をいつでも壊す男が瓦木遼平だ。村上の回避速度を超える速さで全力の右ストレートを放った。影浦の感情受信体質や風間の機動力をもってしても避けられない、狼のような突進から放たれる、最速の一撃。後に名図けられたその技は
――
【7-3】
電子音声の勝敗コールが夜空に溶け、遅れて観覧席から割れんばかりの歓声と悲鳴が上がる。
10本勝負は瓦木の勝利で終わったのであった。
◆ ◆ ◆
――鈴鳴第一支部――
「……本当に、7対3で負けたの!?」
隊長、来間の驚きに対し、村上は冷静に頷いた。
「はい。でも、普通に戦っていたらもっと差が開いていたと思う。前半は完全に対応できなかったですし、俺の《サイドエフェクト》があってしても読み切れなかったです」
しかしそこにお調子者の狙撃手、太一が口を挟む。
「大丈夫ですよ!鋼さんはならそんなやつ直ぐに対応できますよ」
村上は一拍だけ考えて、低く答えた。
「……いや、身体能力の反射と直感だけで動いてる奴の対応は難しい。それにアイツは放っておけば無限に新しい択で襲い掛かってくるし、それを可能にするほど体力がありそうだ。全然疲れを見せない」
「カイブツじゃん……」
「ああ。もしもあいつが本気で戦い方を学んで極めれば、攻撃手の上位五人は短期間で確実に抜かれてるだろうな。勿論俺もだ」
「すごいね、瓦木君。鋼くんがそこまで言うなんて」
オペレーターの今が苦笑する。
「ええ。特に厄介なのは、初見殺しの連発と、異常なまでの身体能力。実戦対応力の異常な高さ。それと……」
「それと?」
全員の注目が集まる。村上は一瞬だけ、額の奥を押さえるような仕草をしてから、言葉を選んだ。
「“何をしてくるか分からない”という怖さですね。少なくとも、今の俺一人では対策しきれません」
来間の口から、ゆっくりと息が漏れた。
「なら、ランク戦ではこっちも連携で迎え撃とう。鋼だけじゃどうにもならない相手はこれから先も出てくるだろうし…鋼だけに頼るわけにはいかないしね」
村上の瞳に、再び静かな光が宿る。
「……次は、負けません」
◆ ◆ ◆
夜の玉狛支部のリビング。遊真と修、千佳が食後のココアを啜っているところへ、瓦木が帰ってきた。
「ただいま」
「リョーヘイ、なんか嬉しそうな顔してる」
「あ?ちょっと喧嘩で面白い奴がいたんだよ」
「誰とやったの?」
「村上……とか言ったっけな」
「あら、帰ったの遼平」
小南は瓦木を見つけると同時に瓦木の膝に座り、何食わぬ顔でいちごを頬張る。その行為があまりにも自然で、一同はポカンと口を開けた。
「鋼さん?攻撃手ランク4位の?鈴鳴のエースよ」
驚きの声を上げた小南の前で、瓦木は缶ジュースを掲げて笑う。
「ああ、桐絵か。ただいま。――で、その鋼ってのが何だって?」
修の冷や汗が滴り落ちる音が聞こえそうだった。千佳は目を輝かせて瓦木の話を聞いている。遊真は「ふむ」と笑いを浮かべていた
「まぁ、勝ったけど」
「勝ったの?」
「7-3だ。前半は全部取った。でも後半、あいつは俺の動きに対応してきやがった」
瓦木は腕組みをして天井を見上げる。
「でも、勝ったんですよね?」
千佳が首を傾げる。
「勝ちは勝ちだが、アイツと戦う度にアイツは進化する。簡単に追い抜かれるわけにはいかねぇんだよ」
その覇気に思わず一同は体がすくむ。
「それが、きっと戦術ってやつなんだろうな。俺も分かってきた気がする」
「なら、その調子でどんどん学びなさいよ、喧嘩バカくん」
「おう。一番上しか見えてねぇよ」
◆ ◆ ◆
その夜遅く、玉狛支部の屋上で瓦木は一人、まだ冷め切らない筋肉の火照りを抱えながら夜風を浴びていた。スマホの画面には今日の村上とのランク戦の記録が映っていた。
(村上鋼か……次は対応できないくらいに叩き潰してやる)
暗闇に向かって笑うと、その背後で屋上のドアが開いた。
「寝ないの?」
小南がパーカーの裾を握りながら立っていた。瓦木は肩を竦める。
「あぁ。あと少しで何か掴めそうなんだ」
「じゃあ付き合うわよ。私もアンタと鋼さんの試合に興味あるし」
二人は朝まで語り合い、肩を並べながら寝静まった
申し訳程度に恋愛要素を入れてみました