運命の相手は『今』にて待つ
プロローグ
頭に痛みが走る。
思考回路が鈍り、自分が正しいのか分からなくなってきた。
──自分は、どこにいる?
──自分は、何だ?
自分の視界には、倒れた何かがあり、無機質な灰色の壁と床が目に映った。
──ブレる。
床に落ちているのは人形だろうか。
否、これは死体かも知れない。
よく見れば床や壁に赤い何かがこびり付いていて。匂いが鼻を刺激する。
歩けば液体が足の裏にこびり付いて靴がさらに赤黒く染まる。
よく見たら部屋中に落ちている赤い何かは、人形か人に沢山付いていた。いや、それから出ているようだ。
──なんで気づけなかった?
視線を感じると、そこには猿がいた。
リアルなものでは無く
沢山の猿が増えていく。
「バーナナバナナ!」「バナナナ!」「バーナナ?」「バナナ! ナナナ!」「バーナナ?」「バナナ! バナナ!!」「ナナナ、バナナ」
──やめろ。やめてくれ!?!
俺はただ逃げる事しかできなかった。
逃げる。逃げる。何から?何から逃げれば終わるんだ?
色んな感情で体を満たし、
ただ逃げ回っていたその時──。
「む! 同胞! ヘル・修羅サン! 見つけたのは良いが……もしや、御猿・忍邪の類の仕業か!」
目の前にピンク色の髪をした少女が現れる。
その子は上空から現れて、すぐに俺を見つけてそう言う。
その子はナイフを片手にしているが、ボロボロの服を着ているにも関わらず、怪我をしていないようだ。
むしろ、彼女の体は赤い。赤黒いモノで汚れていた。
彼女の体から、赤い液体がこぼれて白い肌を伝い、服や床にポタポタと落ちる。
「──どうした?」
気が付いてないのか?/もしかして、この騒動は彼女が?
いや、そんなはずは……。
「そ、その血、どうした?」
「血? ああ。この服か。これは拙者の血では無い。それより、お主は──」
「…………猿が、猿がみえるんだ」
「何? ……拙者には見えない。幻術を受けているに違いない! お主は猿が見えているんだろう? 落ち着くのだ。ほら、深呼吸だ! シノビパワーを感じろ!」
少女の言う通りに深呼吸すると少し楽になった。
冷静になるにつれて「この程度の事で叫ぶなんて情けない」と思った。
まだ自分は狂っていないんだと実感する為に頰をつねってみたが痛覚は感じる。いたい。
「うむ! 正気を取り戻したようで何よりだ! とりあえずお主は拙者と行くぞ! ……!? なぜ逃げる!? ヘル・修羅サン!! 待て、待つんだ!! 危険だぞ!」
「嫌だ!!!」
俺は逃げた。
「拙者は敵では無い!」と叫ぶ少女から、あの猿から。
そして、俺はまた意識を失った。
──
──この身は、その日から■■を宿した。
※※※
「う……はぁ」
「ちゃんと薬を飲めと言った筈だろう、このアホが」
「ドクター……うるさい……」
薬を飲んだせいか少し頭もスッキリした。
ドクターは起きるのを待っててくれたのだろう。相変わらず口は凄く悪いのに優しい、と思う。
本当に優しくない人は凡人に気をかけるなんて、そんな事しないだろう。一部の天才クラブの人みたいに。
そんな調子でちょっと気持ちも浮上してきて、また悪夢をみていた事をDr.レイシオに夢について相談した。
「ふむ……。また実験の時の副作用がでたか」
「はい……」
「お前は僕の所に度々来ては治療してくれとせがむが、お前の交友関係があれば僕の様な『凡人』よりも『天才』に診て貰う方が合理的だろう?
確かに一時期、君を生徒として受け持っては居たが、今では君は独り立ちしている。僕より『才能』のある生徒なんて星の数程居る。
どうして未だに僕の所に相談に来る?
……それにこれ以上君の体に鞭を打ってどうするつもりだ?
やはり君は愚鈍だ」
「……ドクター……。
あたま、いたい。
はぁ。たくさん、はなしをしないでください。
マジで」
「誰のせいだと思ってるんだ?
そもそも僕は忙しいんだ。僕と無駄な時間を過ごすくらいなら早く仲間の元にでも行くか、専門医を探す事だな」
……やっぱりドクターはツンデレだ。
分かりにくいデレだけども。
この人は俺の事を心配しているんだろうと思う。
毒舌が目立つだけで……。
「ドクター、俺は貴方がいいんですよ。『真理の医者』である貴方なら、俺を救ってくれると信じてますから」
「……ふん、勝手に言ってろ。僕は忙しいんだ、早く出ていけ」
ドクターはそう言うと腕を組み、そっぽを向いた。相変わらず筋肉が凄く、羨ましくなるレベルだ。
……やっぱりツンデレだろ、この人。
俺は『真理の医者』であるDr.レイシオに前『巡回レンジャー』として活動をしている時に救われた。
彼は天才クラブのメンバーでは無かったが「才能が無い」と自称する彼の『才能』を俺は知っている。
だから俺は彼を信頼しているし、尊敬もしている。
ドクターは今日も何を考えているのかは分からないが、彼が人間的にしっかりとしている事を俺は知っている。
「おい、レン」
珍しくドクターは『
この人は、他人の名前をあまり滅多に呼ばない。
思わず椅子に座ったまま姿勢を正す。
ドクターは、今日も古代ローマ人みたいな服装をしているが、俺のその態度に何を思ったのか眉を寄せ、不愉快そうな顔をして舌打ちをした。
……ドクターは不機嫌だ。これは何か嫌な事を言われると、俺は直感した。
「お前は、本当にアホでマヌケだな」
「……え? いきなりの罵倒。……いやまあ、自覚はありますけど」
「……フン。まあいい。君は今日は時間が無い。だから早く帰らなければならないと言ってなかったか? 時間が無いのにこんな所で油を売るな」
「……あ! そうでした。……ドクター、また来ます!」
俺は慌てて立ち上がり、ドクターに背を向けて扉から出ようとした。
そんな俺の背中にドクターはこう声をかけた。
「……お前は頼らなさ過ぎだ。もっと人を頼れる人間を作れ」
ドクターはいつもと変わらない声音で言う。
だけれど。
その声はなぜか。普段よりも悲しそうに聞こえたのだった。
※※※
宇宙ステーション『ヘルタ』。
宇宙に名を残す天才である女性、ヘルタが「一切の怪異を星空に封印する」ことを目的として打ち上げた場所だ。
そこでは銀河のあらゆるところから収集物を集め、『遺物』『奇物』を管理しており、様々な分野の研究者達が日々、自分の欲に素直に、様々な研究などを行っている。
星域界種課、万有応物課、光淵密巻課、宇宙地理課、銀河法政課、防衛課、メンテナンス課、医療課……奇物再収容チーム。
それがこの宇宙センターにいるもの達の基本的な役割だ。
レンは宇宙ステーション『ヘルタ』に着くと、パムに姫子とヴェルト(場所などは違うが)に会った。
彼女はレンに先になのかと丹恒は奥に向かったと言い、レンも2人を探しに奥へと進む。
とある部屋に入る。その時──スーツ姿の妖艶な女が立っていた。
「カフカ。話はいいけど、早めにね。レン以外に会うのは『脚本』に書かれてないんだから」
傍に居た巻いたポニーテールの小さな少女が女を見上げながらつり目がちな瞳で嗜める。
カフカと呼ばれた女は口元だけにこりと笑い、少女に『分かってるわ、銀狼』と返すと、レンを見て『レン』と言った。
「…………星核ハンターが何故ここにいる?」
『星核ハンター』は宇宙でも有名な賞金首達だ。特にこの女、カフカは恐怖と言うものがなく、冷酷な事も平気でする為、星核ハンターの中でも危険視されている。
レンはとある事情で『頭のいい年上の女』が苦手であり、僅かに一歩下がった。
「あら。久しぶりなのにそんな言い方をするのかしら? 少し悲しいわ」
「……お前がいるということは、あの子がいるのか?」
「ええ。居るわ」
レンは己の心臓が高鳴るのが分かった。
だからこそこの女がいるわけだ。
カフカが目の前に来て、レンと視線を合わせる為に少しだけ屈んで頬を包み込む様に撫でる。
その手付きがやたら扇情的で、レンは顔を赤くしたのを隠すようにそっぽを向いた。
そんなレンをカフカは面白そうに見つめながら言う。
「ふふ……。君に私が会いに来た理由。それは私達に君は『恩がある』。なら、その恩を返しに来てもらったの。君が『逃げず』にいられるその理由は、失われた『その記憶』にある」
「……メモキーパー達ですら口を割らない、『その記憶』にか?」
「そう。エリオの脚本には君が
「俺の記憶を……あの子が?」
レンはカフカの言葉を聞き、彼女を見返す。相変わらず何を考えているか分からない表情だ。
それが酷く胸をざわめかせ、気分が悪くなる。
カフカはそんなレンに「ええ」と肯定し、「だから君に『力』を私は使うわ。──聞いて。君は─……」と彼女が言い……その後の事については記憶が途切れていた。
気が付くと部屋の床に倒れていたようで、レンは頭に手をやり、辺りを見回す。
自分の身体に異常はない。
相変わらずカフカはよく分からない存在だと、レンは認識した。
息を吐くと、レンは無機質な白い天井を見つめ、レンはまた自嘲気味に笑った。
「何が『運命』だよ。そんなのいいから、俺を『元に戻して地球に帰らせて』くれよ……。……はぁ」
レンはぼそりとそう呟いた。
※※※
それからまた丹恒となのかを探しに歩き出したが、中々見つからない。
とりあえず道を戻り、レンは誰かと相談する事にした。
走りながら宇宙ステーションを走っていると、その時──強い光を何かが吸収しているのが見えた。
「……あれは」
その黄金の光の近くにはなのか、丹恒、姫子の姿がある。
そして、その光は1人の少女に吸収している。その少女を、彼は知っていた。
「──せ……」
その前にヴェルトが杖を片手に走ると、少女を気絶させるため、額に杖を振った。
「っ! 危ない!」
レンは咄嗟に近くにいたなのかよりも先に。
そうしなければと思った彼は、足を昔のように早く走らせ──少女を抱きとめた。
「っ! ……レン!?」
ヴェルトはレンが少女を抱きとめた事に驚くが、杖を下ろすと『もう大丈夫だ』とその場にいた面子に言う。
少女への力の奔流は止まったらしい。
だが、銀髪の少女は気絶しており、起きる気配がない。
少女、と言っても年頃らしい彼女は銀色の髪を持ち、端正な顔立ちの美少女だ。
「レン、今まで何してたの? ウチ達は頑張ってたのに……」
そんな時、なのかがレンにそう文句を言う。
「ごめんごめん。……迷ってさ」
レンがカフカの話はしない方がいいだろうと判断し、謝ると、なのかは胸の前で腕をクロスさせて『罰として何か奢ってよね!』と言う。レンは『わかった』と苦笑し、返す。
「兎に角安全な場所に行きましょう。ヴェルトの話も聞きたいから」
姫子がそう提案するとヴェルトは頷き、また歩き出した。
レンは少女の体を動かし、横抱きにして彼女を抱える。
「あ。その子なんだけど……よく分からないけど気絶してて……助けて、成り行きで行動してて……」
「ああ」
なのかが説明をすると、レンは頷いた。
それから目を僅かに伏せ、少女を眺める。
「……? 何その反応。あ、でね。この子は『星』って言うんだって。どうやらウチみたいに記憶が無いみたいなんだよね〜」
「記憶が無い?」
「うん、そう」
なのかはレンの反応を気にせずに話を続けた。『星』……とレンが柔らかな声音で少女を見下ろし呟くと、少女は僅かに眉間にシワを寄せてうめき声をあげた。
「う、ううん……」
「あ、起きたみたいだよ!」
なのかがレンにそう声をかけた時──。
「……ん? え?」
星はパチリと大きな金色の瞳を開いて目を覚ました。
目を覚まし、最初は今の状況がよく分かっていなかったのか辺りを見回すように視線を動かし『?』マークを飛ばしていた星の目に入ったのは────抱き上げていたレンの顔だった。
星は思わず硬直する。
「……」
そんな彼女の様子にレンは眉を下げ、「大丈夫か?」と声をかける。
レンの顔を見て、星はその顔を一気に赤くした。
「……あ。え? あ、うん。全然!! だ、大丈夫! …………あの!」
「え?」
星はそこでハッとしたような表情を一瞬するも、すぐにレンに話しかける。
その変化にレンは目を丸くし、『……なんかあったのか? 怪我したとか? いやでも、そんな素振りは無かったよな?』と内心首を傾げた。
「……あ! ごっごめんね! いきなり話しかけちゃって」
「い、いや。別に大丈夫だけど……」
「そ、そっか。……あの、お名前は?」
「……俺はレンだ」
星は『レン』とレンの名前を小さく復唱し、「レン」と呟いた。
どこか熱に浮かされたような目で星はレンを見る。
『なんで俺の顔をガン見してるんだ?』と疑問に思いつつもレンはそれを指摘する事をやめた。あまり下手に藪を突いて蛇を出すのもごめんだと思ったのだ。
星はぼーっとする頭で脳内に浮かんだ単語を思いのまま呟く。
「……うん。レン。……いい名前だね。決めた! 今日からあんたは私のパートナーだ!!!」
「は? ……何? 待って、それどういう……てか今なんて言った?」
いきなりの呼称と意味不明な宣言にレンは目を丸くし、星を凝視する。
「だからレンは私のパートナー!
私は星!
……あんたを見てるとなんかこう胸がドキドキして……運命的な何かを感じるんだ! これはもう一緒になるしかない!!!
だから私を貰って下さい!!」
「訳が分からないし、話が飛躍し過ぎてよく分からないんだけど!?
……はぁ。意味が分からん」
その星とレンのやり取りに『またレンが変なのに好かれてる……』となのかは言い、丹恒は表情を変えないが、僅かに眉を下げ、姫子は頬に手を当て、ヴェルトは何かを思い出すような仕草をした。
そんな周りに構わず2人の会話は続けられる。
「だから、レンは私のパートナーなの! ……ね? いいでしょ?」
「いや、あの」
「ねぇ〜レンってば!」
「……兎に角、話は後にしような? まだ安全な場所じゃないし」
「え〜……」
「……それに、お前の言ってる事がわからない」
「私は『レンと一緒に居たい』!」
「……」
レンは星の駄々っ子のような発言に頭を抱えたくなりながらも、何とか耐えた。
──コイツ。変わってない。
そう思ったからだ。
この感じ、やる事が極端な所も……何も変わっていないとレンは感じた。
だが、それを口にはせず、大きな溜息をつく。
「……はぁ。分かった。とりあえずこの宇宙ステーションにいる間はいてやるから」
「えー。まあ、うん! とりあえず今はそれで良いよ!」
「……」
レンは内心で頭を抱えたくなりながらも言葉を絞り出すようにして告げたが、星は何を考えてるのかよく分からない、カフカに似た表情で頷いたのだった。
──カフカも厄介な子を預けてきやがって。
本当はお気に入りの「この子」をずっと傍に置いておきたかっただろうに。
カフカの事を思い出し、レンは内心悪態をつく。
そんなレンの心情を気にする訳でも無く星は僅かに笑顔を浮かべた。変わらないその笑顔も直視できず思わず目を逸らしてしまう。
「レン?」
「……なんでもない」
星に名前を呼ばれ、レンはそう返した。
──……俺はこの少女をどう思っている?
と彼は自問自答する。だが、その答えはまだ出ない。
ただ。昔。確かに救われたのだ。
この『星核』に。