「あっ、開拓者さん!」
レンと星が歩いていると、見知らぬ男性が手を振りながら近付いてきた。
その輝いた目線は星に向けられており、まるで憧れの存在に出会ったような様子だった。
「何か用?」
星が不思議そうな表情で尋ねると、男性は恐縮しながら答える。
「いえ、特に用事はなかったのですが……遠くから開拓者さんを見かけてつい声をかけてしまったんです」
男性は申し訳なさそうに頭を下げた。
レンはそんな様子に呆れてため息をつく。
こういう事は度々あった。
星は容姿が良いが、奇人じみた行動をする。
しかし、いざと言う時には頼りたくなる様な頼もしさ──カリスマがある。その行動や言動はどこか人を惹きつけてしまうのだ。
だから、こんな風に人が寄ってくる。
しかし、レンはそれが少し気に入らない。
『英雄』に憧れるのは仕方ない事として。彼女が便利な道具として扱われるのは嫌だ。
だが、星はそんな事はまるで考えていないだろう。むしろそんな事を気にするようなら今の様な生き方をしている訳が無いのだから。
だが……それでも不満な物は不満なのだ。
「そうなんだ。まあ、仕方ないよね。私は美少女だから」
「は、はい! その通りです!」
星は自信満々のドヤ顔で言う。その自信は一体何処から来るのか? 男性が慌てて同意するが、レンは呆れながらため息をつく。
「星、その自信は何処からくるんだよ……」
「え? だって事実だし。それにこの美貌は私に与えられた才能だから誇らない方がおかしいよ」
「いや、そういう話じゃないんだけど……」
レンは頭を抱えた。この少女はいつもこうだ。だが、好意には無頓着で、自分がどう思われているかなど全く気にしていない。
「でも、レンだって可愛いよ」
「は?」
突然の発言にレンは困惑する。
「何言ってんだよ。俺は男だ」
「いや、別に関係ないでしょ。可愛いものは可愛いよね?」
星は首を傾げる。しかしその顔は冗談を言っているような表情ではなく、本当に不思議そうな顔をしている。
レンは頭を抱えたくなった。
誰だこの子を教育したヤツ。
忘れる前もこんな感じだった様な、と『ハァイ』と手を振る星に様々な事を教えたであろう美女を思い浮かべながらため息をつく。
──まあ、仕方ないか。欠けているカフカがちゃんと教育したとは思えない。
「はぁ……。まあ、いいけどさ」
「あ、あの!」
レンが諦めていると、黙っていた男性が再び声をかけてきた。
「何?」
レンは面倒臭そうに答える。
しかし、男性は気にした様子もなく、興奮したようにまくし立てる。
「お、お二人は付き合っているんですか!?」
その発言にレンと星は同時に首を傾げた。
『え?』『ん?』
そして同時に同じ言葉を発するとお互いを見つめ合う。
「いや、別に付き合ってない」「あんた、見る目あるね」
そして同時に正反対の言葉を発した。
レンは呆れながら否定するが、星は嬉しそうに腕を組み、縦に何度も頷きながら男性に言う。
「よくぞ見破ったね。この美少女とこのレンは、最高のパートナー。でも、実はまだ清い関係なんだよ、酷くない?」
「いや、違う、違う」
レンが否定するも、星は気にせずに話を続ける。
「でも私はいつでもウェルカムだよ? レンがその気になってくれるなら……ね?」
そう言って意味深に星はウインクをするが、レンはぺちり、と軽く星の肩辺りを叩く。
「いや、ならないから」
レンは即座に否定し、星は不満そうに頬を膨らませた。
「む……ケチ」
「ケチとかじゃなくて。そもそも俺たちはそういう関係じゃないだろ」
「……でも、私はレンの事好きだよ?」
「はいはい……」
レンは呆れながら返すが、星は全く気にしていないようだ。口元が笑っている。
そんな様子を見てレンはため息をつくと無言で歩き出した。その後ろを星が慌てて追いかけてきた。
「ちょっと、レン〜置いてかないでよ〜」
「知らん」
冷たく返すが、星は気にした様子もなく付いてくる。
またレンはため息をついた。
そんなやり取りをしつつ歩いていると、突然星が止まる。そして一つの建物を指差した。
その建物の前に販売機があるらしい。
「ねえ、喉が乾いたんだけど買って来ていい?」
星が期待を込めた眼差しでレンを見上げてくる。
「分かった。買いたいなら買ってこい」
レンが慣れたように返事をすると、星は嬉しそうに駆け出した。
「わーい! 行ってくる!」
そんな声を背に受けながらレンは再び歩き出した。すると不意に後ろから声がかかる。それは先ほどの男性だった。
慌てて走ってきたのか、息を切らせながらレンに声をかけた。
「あ……あの」
どうやら彼はまだ諦めていないらしい。
だが、その目には強い意志が感じられた。
「……何だ? 今星はいないけど?」
レンが面倒臭そうに返すが、それでも男性はめげないようだ。
「いえ、レンさんと話がしたいんです」
「俺と? なんで?」
怪訝そうに尋ねるが、男性の方は気にしていないようでニコニコと笑みを浮かべながら言う。
「あの、開拓者さんについて教えてほしいんですけど……」
「え……?」
予想外の言葉にレンは困惑した。そんな事を聞かれるとは思ってもいなかったからだ。
「ああ……そんなの星に直接聞けばいいだろ」
呆れたような口調で返すと、男性は悲しげな表情を浮かべる。
「それはそうなんですが……」
そう言いながら男性は星がいない事を確認するように辺りを見回した。どうやら直接聞く事は出来ないらしい。そして再びレンに視線を移すと真剣な表情で話しだした。
「単刀直入に言います! 俺、星さんが好きなんです!」
……は? こいつはいきなり何を言っているんだ?
レンはあまりの衝撃発言に思考が停止しかけた。しかし、男性の方は気にせず話を続ける。
「それで、レンさんに開拓者さんのことを詳しく聞きたくて」
「……それ俺に聞く?」
レンは思わず素で返してしまった。しかし男性は気にする様子もなく、むしろ目を輝かせてレンを見つめている。
「はい!」
「いや、はい! じゃなくてさ……」
レンは呆れながら言う。しかし男性は全く気にしていないようで話を続けた。
「それで、開拓者さんの好きな物とか趣味とか分からないですか?」
「え? あ……ああ」
レンは戸惑いながら返事をした。そして考える素振りをする。
──流石に、ゴミ箱に拘る事を話すのは良くないよな。
レンは頭を悩ませる。同時にモヤモヤとした不快感も感じていた。彼女が別の誰かといる姿を想像し……嫌な気分になった。
そんなレンの悩みとは裏腹に、男性は期待に満ちた瞳を向けている。
「レンさん?」
「あ……いや、何でもない。えっと、そうだな……」
レンは慌てて思考を切り替えると、少し考えた後に男性に向かって言う。
「食べる事とか、新しい事に挑戦する事……とか? そう言われたら難しいな。でもよく頼まれ事をされて、終わったら俺に報告してくるんだよな。あと、よくなんか俺にお土産を買ってきてくれる……って、話脱線してるか……?」
「いえ! とても参考になります!」
男性は目を輝かせながら聞いていた。
だが、よく考えれば惚気の様にも聞こえなくもない。レンは気恥ずかしくなり、話を切り上げようとした。
「まあ……こんな所か?それくらいですまないな」
男性はレンの話を熱心に聞きながらメモを取っていた。いつの間に、と思いつつ見ていれば、一通り書き終わったのかペンをしまい、満足そうに言った。
「いえ!ありがとうございます! これで開拓者さんへの理解が深まりました!」
「……そうか」
レンは複雑な気持ちになりつつ返事をした。
すると男性が何かを思い出したかのように言う。その口調は真剣だった。
「あ、あと……最後に一ついいですか?
……やっぱりレンさんは開拓者さんの事、好きなんですか?」
「は……?」
レンは思わず固まってしまった。しかし男性は真剣な様子で続けると、レンの答えを待つかのようにじっと見つめている。
「……俺は」
レンが何か言いかけた瞬間、星の声が割り込んだ。
「レン! 買って来たよ〜って、あれ?」
星は不思議そうに男性を見る。そして首を傾げた。
「どうしたの? なんかあったの?」
「い、いえ! 何もありません!」
男性は慌てて否定すると、そのまま走り去って行ってしまった。その様子に星は不思議そうな顔をしていたが、特に気にする事もなくレンの方を向いた。
「何話してたの? あっ、私が美少女すぎて困るとか?」
「バカ言うな」
間髪を容れずにレンは否定するが、星は全く気にした様子もなく笑っている。その笑顔を見てレンはため息をついた。
……やっぱり俺は星の事がよくわからない。
そう思いつつも隣に並び歩きだすと星が不満げな顔をしながら見つめてきた。
「ちょっと〜」
「……何だよ」
「何かあったんでしょ? 何があったの?」
「……何でもないって」
今度は逆方向に首を傾げてきた星にレンは面倒臭そうに言う。しかし、星は全く気にした様子もなく「嘘だ〜」と言って腕を絡ませてきた。
「ちょ、やめろって」
レンは引き剥がそうと腕を上げると星は更に力を込める。そして上目遣いに見つめてきた。
不覚にもドキッとしてしまいレンは慌てて視線を逸らす。しかし、そんな様子に星は全く気付く事もなく話を続けた。
「ねぇ〜教えてよ〜」
「しつこいぞ」
「じゃあヒントちょうだい?」
星はキラキラと瞳を輝かせながら言う。その姿にレンは思わず黙り込んだ。そして考える素振りを見せる。しかし結局思いつかなかったのか、レンはため息をつくとしぶしぶ答えた。
「ヒントって。お前がどんな奴か聞かれたから、答えていただけだ」
「へぇー。美少女って答えたの?」
「……そうだよ」
「やっぱり私、可愛いよね〜」
星が自信満々に言うのでレンは呆れ、ため息をつくと星の腕を引き剥がした。
だが、星は相変わらず嬉しそうだ。
そんな様子にますます疲れを感じるものの……不思議と悪い気はしなかった。
ただ、やっぱり少し苛立ちはしたので、軽く小突いておく。
「いたっ! もう、レンの暴力反対!」
「そんなに力入れてないだろ。そうだ。本当の事教えてやろうか?」
レンがそう言うと、星は首を傾げた。
「本当の事?」
「そう。俺があの男性と話していた、本当の話」
「え? 何?」
星は期待に満ちた眼差しをレンに向けた。その反応にレンは少し驚いたが、すぐに表情を戻し言うことにした。
「それはな……」
「うんうん」
星は目を輝かせながらレンを見る。その期待に満ちた眼差しに少し照れながらも、レンはゆっくりと口を開いた。
「お前があまりにも無鉄砲だから、心配で放っておけないって言ったんだよ」
「え? それだけ?」
レンが答えると星は拍子抜けしたように呟いた。そして少し不満げに睨んでくる。
「それだけって。……まあ、確かに少し違うな。
俺は、お前の事が好きなんだよ」
「え?」
レンの言葉に星は驚きを隠せず、目を見開いた。しかしすぐに笑顔になる。そして嬉しそうに言った。「私もだよ!」と。
その反応に今度は逆にレンの方が驚いてしまうが、すぐにその表情は照れたものに変わる。
「ありがと、レン」
「……ああ。ま。それ以上の感情は、何もないけどな」
「えっ、そこはあるでしょ」
星は不満そうな声を上げた。しかしレンは首を横に振る。そして、「ないって」とだけ言うと歩き出した。
「あっ。こら、逃げるな!?卑怯者!」
その様子は恋人にも見えた。
……このやり取りを影から見ていた男性は、二人の様子を羨ましそうに見つめていたがやがて諦めたような表情を浮かべ、その場を離れたのだった。