今から約百年前。
惑星ソラリスに悲鳴と呼ばれる厄災が降りかかった。
当時を知る者達が殆んど居ない現代では詳しい状況など知る由もないが、文献にはこう記されている。
何処かより現れし滅亡の使者、鳴式が化物を生み、人々を蹂躙し、そして文明を退化させた、と。
それがどこまで真実なのかは誰にもわからない。
けど、一つだけわかる事がある。
それは──
「紫音さん、今です!」
「はい!」
戦わなければ生き残れない。
この事実だけは、紛れもない現実だ。
「これで……終わりだ! ハアッ!」
剣は見事命中、敵を一刀両断にした。
「おおっ、思ったよりやるじゃーん。 さっすが将軍様の愛弟子! 大した腕だね!」
「はは、ありがとうございます」
今しがた褒めてくれた赤い髪とそばかすがチャームポイントなこの女の人の名は、
ヤンヤン隊長の友人で、巡寧所と呼ばれる警察機関のエースを務めている実力者らしい。
「おや? 倒した残像が残響を残してますね。 紫音さん、回収してはいかがですか? まだ音骸を手に入れていないのですよね?」
残響とは残像の残りカスのようなもの。
これをデバイスに吸収する事で、共鳴者は一時的に音骸化した残像を使役する事が出来る。
本来なら。
「えっと……」
「……? あっ、そういえば紫音さんは音骸を使役出来ないんでしたね。 すっかり忘れていました」
「そういえば忌炎将軍からそんな話聞いた気がするなー。 なんだっけ? デバイスに取り込んだ音骸を使役出来ない代わりに、身体能力を永続的に向上させたり、吸収した残像の力を使えるようになるんだよね?」
話しといてくれたのか、師匠。
それなら隠す必要もないな。
「変わった共鳴能力だよねー。 そんな能力聞いたこともないよ。 ね、ヤンヤン」
「ですね。 ですが今の混迷した今州には、紫音さんのような力ある共鳴者が多いに越した事はありません。 いつ何時、天空海が生まれるかわからない状況ですから」
天空海、か。
何度も見てはいるが、あの光景には未だに慣れない。
空を覆う大量の水に、地上を埋め尽くさんが如く出現する残像と天へと昇る雨。
まるで世界の終わり見ているようで寒気がする。
出来れば二度と遭遇したくないもんだ。
「それでは巡回はここでにして、一旦今州城へと帰りましょうか。 お二人もそれで構いませんか?」
「おっけー」
「ええ、俺もそれで構い……ん?」
突然デバイスがけたたましく鳴り始めた。
この色と音、まさか……。
「……! シカ、紫音さん! 周囲に警戒を! 天空海が出現します!」
くそ、やっぱりか。
遭遇したくないと思った矢先出てくるとか運が悪すぎる。
ついてない。
「ちょちょちょっ、多すぎ! 多すぎだって!」
雨が昇り、空を海が覆った刹那。
俺達を囲うように残像が出現した。
「なんて数! これでは近隣の村が……!」
「チッ……仕方ない。 隊長、シカさん!」
球形の残像と人型の残響を斬り捨てながら、俺は声を荒げる。
「お二人は増援を呼んできてください! ここは俺が抑えます!」
「で、ですがいくら貴方でも一人でこれだけの数は……!」
「それについてはご心配なく!」
言いながら、俺は残像を吸収。
底上げした身体能力を用いて、更に三体の残像を斬り捨てた。
「師匠との稽古に比べたらこのくらいの修羅場、なんて事ないんで。 ほら、早く行ってください!」
「……わかりました。 ここをお願いします、紫音さん」
「ごめん、紫音! すぐ戻ってくるから待ってて! 必ず増援を呼んでくるから!」
二人はそう言うと、俺が作った空間の隙間を駆け抜け、今州城の方角へと去っていった。
「行ったか……」
ここから今州城まではおよそ一時間。
つまり今から最低でも二時間はここで耐えなきゃならない。
「これはちょっとキツいかもな。 まっ、けど他に人が居ないならあの技も遠慮なく撃てる。 これはこれで師匠との訓練を思い出して、悪くは……」
と、左手の甲に刻まれた音痕を光らせ、共鳴能力を高めていた最中。
「なんだ……? 蝶?」
異様なまでの周波数エネルギーを放つ蝶が目の前に突如として現れ、そして。
「残像を滅ぼす。 それがあの人から託された、私の使命」
変貌。
純白のフードを被った女性へと姿を変えた謎の存在が、一瞬で周りの残像を消し飛ばしてしまった。
「すご……」
その女性は共鳴能力らしき光の礫を放ち、次から次へと残像を狩っていく。
何者かは知らないが、どうやら敵ではなさそうだ。
なら……!
「そっちは任せた! こっちは俺に任せてくれ!」
「……わかった」
一応、話は通じるようで何よりだ。
「来い、雷刹!」
以前倒した上位系統の残像、雷刹の鱗から奪った能力、雷刹の槍。
文字通り雷で作られた槍を振るい、俺も次から次へと襲い来る残像を薙ぎ倒していく。
「うおおおおお!」
戦い始めてどのくらい経っただろうか。
気が付いた頃には残像は一匹足りとも居なくなっていた。
「はぁ……はぁ……終わった…………か?」
念のため周囲を観察してみるが、やはり敵の姿どころか残像特有の周波数も感じられない。
「ふぅ……助かったよ、俺一人じゃこいつらを殲滅出来なかったと思う。 協力感謝する」
「…………」
口数の少ない人だな。
儚げな雰囲気に合っていると言えば合っているが、これでは会話もままならない。
こういう時は……。
「俺は夜帰軍所属の篠波紫音。 忌炎将軍の弟子で、補佐官を務めてる者だ」
言いながら俺は、軍属である事を示す手帳を胸元から取り出し、純白のフードで顔を隠す女性に身分を明かす。
「君は? 一体何者なんだ? 助けて貰ったのに心苦しいんだが、こっちもこれが仕事でね。 悪いが名前を教えてくれると助かる」
「…………ショアキーパー」
ショアキーパー?
どう考えても個人の名称ではないな。
コードネームみたいなものか?
「随分と変わった名前だな。 もしかして、君も俺と同じ夜帰軍……いや、諜報部の人間か? 諜報部に所属してる軍人は本名を伏せ、偽名を名乗るよう教育されていると確か師匠が……」
「…………この周波数は……」
「周波数? 何を言って…………あっ、ちょ!」
呼び止めようとしたが、時既に遅し。
「ったく、なんなんだよ。 やれやれ……」
蝶へと変身した少女は瞬く間に何処かへと飛び去ってしまったのだった。