クロがあっという間にゴブリンを薙ぎ払った姿に、私は見惚れてすぐに動けなかった。次の動作に入ったクロと一瞬だけ目が合った、それはそちらのゴブリンは任せたと言っているようであった。その目を見て私の体は漸く現実を思い出し、自分達の前で仲間が一気に半分以上亡き者にされ、狼狽えている三体のゴブリンを相手取るのだった。
狼狽えたゴブリンを倒すのは簡単な事だった。彼に信頼されていると思うと普段よりも力を出せたような気がする。そうして彼に目線を向けると、彼は私が倒しきれると信じ切った目を向けていた。そんな彼を私は少し呆けて見ることしか出来なかった。
そうして私達は順調に森の中を進んでいた。クロは魔物の気配が分かるらしくその後はあまり戦闘をせずに進めたので私がこの山に来た時よりもかなり軽い足取りで進めていた。途中私が来る時に見かけた二足の竜と出会った時は身構えたが、クロは何でも無いように首と一刀で切り落とした。私でも一対一であれば倒せなくは無いだろうが、まさか一刀で斬り伏せるとは思ってもいなかったので、私はまた彼を呆けて見ることしか出来なかった。
順調に進んでいた三日目の夜、食事の準備をしていると彼は鹿の肉を持って帰ってきた。正直村で頂いた食料は保存の効くものが多かったので、新鮮な肉が久しぶりに食べれる事にテンションが上がる。きっと彼もそうした私の心情を察していたのだろう。だからこうして動物を狩って来てくれたのだ、やはり気の利く男である。
鹿肉を調理しようと準備をしようとすると、彼の後ろに小柄な女性が居ることに気が付いた。
「あれ?クロ、そちらの女性は誰だい?」
「…狙う獲物が重なったので食事を共にする事にした。」
なるほど、恐らく彼女が先に目を付けていた獲物を彼が先に狩ってしまったが、優しい彼の事だ。きっとその獲物を分け合おうとでも言ったのであろう。どのみちこれ程の量であれば新鮮な内に二人で食べきることは出来ない。その意見には賛成だな。おっと、そうであれば自己紹介をしなければ。
「なるほど、そうだったのか。ブレイブ・グラディウスだよろしく頼む」
「…私はノノ…よろしく」
簡単な自己紹介をして、私は早速肉の料理に入る。後ろではクロとノノも自己紹介をしている様だった。いい感じに肉も焼けてきたな。新鮮な焼き肉は温かい内に食べるに限る。自己紹介を終えた二人に声を掛ける。
「ささ!自己紹介も済んだところで食事にしようじゃ無いか!」
ノノと名乗った女性と食事をしながら話をする。どうやら彼女はエルフらしい。この山には豊富なマナを求めて来ていたらしい。しかしエルフの耳は長く先が尖っていると聞いた事があったが彼女の耳は私達と変わった様子が無い。きっとクロも気になったのだろう、先程までは私達の会話を思慮深く頷きながら聞いて居たが、ぽつりと耳についての質問を呟いた。
「…耳は尖っていないのか…」
「…長い時の中で大分人間の血も入った…だから皆尖っている訳ではないの」
なるほど、そうであったのか。疑問が一つ解消された事でもう一つの疑問が今更ながら湧き上がってきた。彼女はエルフとしても非常に若く見える。なので今度はそれについて問うてみると、どうやら彼女は成人しているらしい。確かエルフの成人は四十歳だと聞いたことがある。つまり少女の様な見た目でも私達よりも年上だと言う事だろう。折角なので、ノノにも私達が帝都に行くことを話すと彼女は帝都に興味があったらしく私達と旅路を同じにすることとなった。その後は他愛もない会話をして私達は眠りに着く。
朝になり目覚める。昨晩新鮮な肉を食べたおかげかいつもよりも体の調子が良く感じる。今日はいい日になりそうだと思い新たに加わったノノと三人で帝都に向けて出発する。そうして二時間ほど歩いただろうか、それは唐突に現れた。四足で地に足を着けている、五メートルはあるかという巨体。赤く堅牢な鱗。人を何の苦労もなく絶命させるであろう鋭い爪。そして背中に生えた四つの翼。その姿は昔伝承で読んだ聖竜にそっくりだった。しかしその竜は確かもっと大きかった筈だ、それこそカイナ村にあったあの骨の様に。そう思考した直後だった、クロが皆を守るように剣を構えたかと思った次の瞬間には私達は宙を舞っていた。何が起こったのかは分からないが、竜の攻撃からクロが守ってくれたことだけは理解できた。でないと私達は死んでいただろう。そうして飛ばされた先には深い谷間が見えた。その谷間に吸い込まれるように私達は落ちていく…やっぱり死んだかもしれない。
谷間に落ちた私達であったが、その下は川になっていた。クロがその剣を壁に突き刺すことで、なんとか勢いを殺し入水することは出来たが、川の流れは早く私達は体のコントロールを失っていた。
それからどのくらい流されただろうか、かなりの時間流された事は間違いないだろう。川辺で目が覚めた私は周りを見渡す。朝早かった筈だが太陽はすでに低い位置にあった。少なくとも半日近く流されていたらしい。近くに眠ったクロと焚き火で体を温めているノノの姿を見つけて私は安堵する。ノノはすでに目を覚まして居たようで私が起きたことに気が付いて話しかけてくる。
「…目が覚めて良かった。」
「ありがとう。クロはまだ目を?」
「うん。まだ覚まさない。どうにか貴方達を引き上げれて良かった。」
そう言われて気が付く。近くで流れている川は流れも早く、それなりの水深がありそうだった。流されている途中で意識を取り戻した彼女が、私達を引き上げてくれたのか。しかしそこではたと気がつく、少女のような体躯の彼女がどうやって私達を引き上げたのかと。私は平均的な男性の肉体であるし、クロに至ってはその筋肉も相まってかなりの重量があるだろう。
「ノノが一人で引き上げてくれたのですか?」
「…そう私は体にマナを溜め込んで身体能力を上げる事が出来るから」
なるほど、その能力によって私とクロを助けてくれたのか。確かに一部の人間はマナを常人よりも多く取り込み、それを開放することで大きな力を使えると聞いたことがある。その傾向はマナを扱いに長けると言われるエルフに多いらしい。そうしてノノと暖を取っているとクロが目を覚ました。
「…ここは…?」
「クロ目が覚めたか。ここがどこかは分からないが、川辺にノノが引き上げてくれたらしい。」
起きたクロにそう説明するとノノが?と言うような目を向けてきたので、私は先程ノノから聞いた事を伝えた。そうするとクロは会得がいった顔で頷いていた。
しかし一命を取り留めたは良いが、場所が分からない。川の先を見ると遠くにイカナ山脈が見えるので、かなり流されてきたのだろう。ここが帝国の何処かであることは間違いが無いと思うが…とりあえず町を探さないことには始まらないな。そうして次の事に思考を巡らせていた私だったが、自分が背負っていた荷物を剣以外持っていない事に気が付いた。
「ノノ、私の荷物はどこだい?」
「…私が引き上げた時には、ブレイブの荷物も…クロの荷物も、流されて無くなってた。」
なんと言う事だ…つまりそれは食料は勿論、野営道具や通貨さえも無い事を意味していた。これはまずいな…例え町に付けたとして宿に泊まれない可能性が出てきた。とは言え道具も食料もなく、しかも服が濡れている状態では命に関わりかねない。どうしたものかと考えて居るとクロが声をあげた。
「…あれは?」
「あれは…!恐らくあちらに町がありますね」
「…町…?」
クロの言葉に従ってその先を見ると、遠くに高い塔のような物が微かに見えた。あれは恐らく見張り台だ!そしてあの形の物があるとするならば、恐らく城塞都市があるはずだ…!とりあえず町の場所という一つの問題は解決したが、依然として通貨がない問題が解決していない。
「…ブレイブ、一応私が少し通貨を持っている。…恐らく一泊する程度なら足りると思う。」
「本当ですかノノ!それならばなんとかなりそうですね!」
私が思案している事に気が付いたのであろう、ノノがそう提案をしてくれた。クロも安心したように頷いている。あまり悠長にしていると日が完全に落ちてしまう。
「二人共これ以上日が落ちる前に町へと急ぎましょう!」
「…それが良いと思う」
「…ああ」
私のその言葉に二人は同意してくれた。私達は急ぎ、塔が見えた方向に移動を開始したのだった。
日が落ちきる寸前で、私達はどうにか城塞都市ソノーヘンに着くことが出来た。しかし私は一つ失念していた事があった。それはこれ程の規模の都市になると入るのに税を取られるということだ。税を一回払えば一月はその際にもらえる通行証により自由に出入り出来る。が、それによりノノの持っていた通貨で入る事は出来たものの、残ったのは宿泊するとなると心許ない金額だった。
「どうしたものだろうか…」
「…近くの魔物を狩って足しにする?」
ノノの言う通り確かにその手が無いことも無いが…今から狩りに行き帰ってきて換金して宿を探すとなるとまともな宿は埋まってしまう可能性が高い。それに日が落ちて暗くなった森ですぐに魔物が見つけれるとは限らないのだ。ここはもうノノだけ宿泊してもらい、私とクロは馬小屋でも貸してもらおうか…うむむと頭を悩ませているとクロが腰に下げている大きめのヒップバッグから何かを取り出した。
「…これは売れないだろうか?」
「これは…!」
それはクロが一刀に斬り伏せた竜の鱗だった!多くの素材は私の荷の中に入れていたのですべて無くなったと思っていたが、クロは念の為自分の荷物の中にも入れていたのだろう。それも唯一流されなかった彼のヒップバッグの中に入って居るのは運が良かった。クロが持っている鱗は三枚、それほど多くは無いが、今日の寝床を確保するには十分な量だった。
「これであればいい値段で買い取ってくれるよ!流石だクロ!」
「…ああ」
私達は鱗を換金するために冒険者協会へと足を運ぶのだった。
冒険者協会。ギルドとも呼ばれるそれはこの世で冒険者として活躍する者たちを支援するために作られた古くからある組織である。そもそも冒険者の仕事とは何か。それは大まかに二種類に分けられる。一つは魔物を狩り、街々の平和を守る事。そしてもう一つはダンジョンや迷宮と呼ばれる魔物の巣窟に挑み、財宝を持ち帰り名声や富を得る事である。
そんな冒険者を支援する組織であるので、冒険者に必要な事の殆どをこのギルドでこなせる様になっている。魔物の素材の買い取りもそのうちの一つだ。魔物の買い取りだけであればギルドに登録しなくてもしてもらえる。
この城塞都市ソノーヘンのギルドはかなり大きいものだった。レンガ造りの三階建ての建物になっており奥行きもかなりある。帝都のギルド程では無いにしてもかなりの大きさの物だ。
魔物の買い取り受付は一階の奥にあるらしい。巨大な魔物を買い取りしたりすることもあるその場所はギルド正面とは別に入口があり、魔物の搬入の為であろう巨大な搬入口もあった。
私が売却をしても良かったのだが、クロ本人に売却をして貰うことにした。私達は大丈夫だと思うが、魔物の買い取り金額を誤魔化したりする人間も居る。そうした人間関係の不信感で解散するパーティーも多い。今回はクロが倒した魔物だ、クロ本人にして貰うのが一番間違い無いだろう。
冒険者達で賑わっている買い取り窓口の女性に話しかける。
「魔物の素材の買い取りをお願いしたいのだが…」
「はい。ありがとうございます。どちらの物になりますか?」
「クロ、先程の鱗を出してくれ」
そうしてクロに受付の女性に鱗を渡して貰う。
「これは…少々お待ち下さい」
その辺りのありふれた魔物であれば、受付に渡しただけで換金して貰えるが、今回はそうは行かなかったらしい。少しして見るからにベテランと分かる壮年の男性を連れて戻ってきた。その男は圧のある声で話しかけてきた。
「これを買い取って欲しいのはあんたかい?」
「いえ、私は付き添いです。こちらの彼が依頼者になります。」
「ほぉ、このあんちゃんが…」
そう言うと値踏みするようにクロを見る。一通り見て納得したのか再び口を開いた
「これはイカナ山脈の固有種の物だ。なかなか手に入る物じゃないが…あんたのその体付き只者じゃないな。これはあんちゃんが倒したのか。」
「…ああ」
「そうか!今どきイカナ山脈に入るような命知らずが居るとはな!!こいつはなかなか手に入らない素材だ、少し色を付けて買わせて貰うぜ。」
ベテランの男は愉快そうに笑うと、奥へと戻っていった。まさか彼もクロがイカナ山脈に住んでいた等と聞いたら驚くことだろう。少しすると受付の女性が通過を入れた袋を持って来た。確かに通常の竜種よりも多い金額が入って居るようだ。クロはその袋を受け取ると、迷いなく私に向かって言った。
「…金は分からん。お前が持ってくれ。」
確かに、今まで山で暮らしていた彼に取って金など使う事が無かったであろう。それに彼が迷いなく私に渡してくれたというのはそれだけ信頼してくれているということだ。その信頼に答えなければ。
「ああ、分かった。思ったよりも金に余裕が出来た事だし、体も温めたい。今日は少し出して風呂付きの宿に泊まるのはどうだろうか?」
「…私もそれが良いと思う」
「…ああ」
二人からの了承も得て、私達は宿を探すことにした。幸い条件に合った宿はすぐに見つかった。どうやらこの町は近くを流れる大きな川の影響で、風呂のある宿が多いらしい。下手をすると長い時間探すことになると思っていたので僥倖だった。家族で経営しているという主人に聞くとこの宿は宿代に朝夕の食事が付いているとの事だった。最高じゃないか!二人にも意見を聞き今晩はこの宿に泊まる事に決まった。
さっそく二部屋分の料金を払い、まずは風呂に入ることにした。そこそこの大きさの浴場には他の客の姿もちらほらとあったが私達が浸かるには十分なスペースが空いていた。風呂に入り、クロが気持ち良さげな声を上げる。
「しかし、生きていて良かった。君とノノには感謝しか無い」
「…ああ」
私は湯船に浸かり安心したのか今日のことを思い出していた。谷でクロが衝撃を和らげてくれなかったら、ノノが川から引っ張り上げてくれなかったら、きっと私は死んでいただろう。私は今日はあまり約に立てて居なかったが、パーティーとはそういうものだろう。今回はクロとノノに助けられた、ならば今度は私が彼らを助ければ良い。私はそう考えていた。しかしそれと感謝を伝えないのは別のことなので、クロに感謝を使えると、彼から返って来たのはいつも通りの短い返事だった。彼と出会ってまだそれほど長くは無いが、私は彼のその短い返事に強い安心感を覚えるのであった。