漸く素振りの時間が取れた俺は、それはもう浮かれポンチだった。早く剣が振りたい!漸く剣が振れる!それだけで力が湧いてくる!!町を出て森の中を一時間程歩き、良さげな広場を見つけた。ここで良いや。持ってきた飲み物などの荷物を置いて、俺は早速素振りを始める。
た、楽しい!!やはり素振り!!素振りはすべてを解決する!!約一週間ぶりの素振りで俺のテンションは可怪しくなっていた。あはははは!!たーのしー!!!ワイトもそう思います。
「綺麗…」
俺は夢中で剣を振りまくっていた。それはもう夢中に、なんか人の声が聞こえて来た気がするが、こんな所に人が居るわけ無い(?)。俺は無視して素振りする。久しぶりの素振りだし色んな振り方試しちゃお!!
下から切り上げ、横に振り、斜め上から切り下ろす。次は回転しながら振ろう!そう思って勢いをつけようと後ろを向いたその時、目と目が合った。あれっ?人が居る??思考が止まり、それに応じて体の動きも止まる。女性としては少し高い身長。茶色の髪を後ろに纏めて留めている。優しげなゆるやかな美しい目。そして豊満な胸。格好こそ狩人のような目立たない色の長袖短パンだが、およそこの様な場所には似つかわしくない少女が居た。数秒間見つめ合いになった末、目の合った少女が口を開いた。
「私を弟子にして下さい!!!」
新たな面倒事の予感がした。
「私強くなりたいんです!ししょーの剣舞、すっごく綺麗でした!!私もそんなふうに剣を振りたいです!!」
「…ああ」
その少女は凄い熱量で捲し立てて来た。ていうかまだ弟子にするって言ってないのにもう師匠って言ってるし。そもそもこれは剣舞なんて上等な物じゃなくて、唯の趣味…いや三大欲求の消化…生きがい…う~ん、まあ思うがままに気が済むまで剣を振っているだけなのだ。
弟子を取って誰かに教える程の物では無い。そも弟子を取って何をすれば良いのかも全く分からん。後唯でさえ現状素振りの時間が全く取れていないのだ。これ以上素振りの時間が無くなっては堪らん。断ろう。人のお願いとか断るのすっごく苦手だけど、今ならまだなんとか断れる。断るぞ、絶対断るぞ!そら断るぞ!!今に断るぞ!!!
「私の家は父が亡くなってからお金が無いんです…弟と妹の為にも強くなってお金を稼ぎたいんです!!」
「…そうか」
そう言って、少し潤んだ目で真剣に訴えかけてくる少女。断りにくい…すっごい断りにくい。とっとと断っておけばよかった。えぇ、これ今から断るの?俺に?出来るかな、出来ないかな。無理だな、俺には無理だ。昔から人の頼み、特に年下の頼みは断れない。妹の言う事もなんだかんだで断らずに全部聞いていた。そんな俺に妹に近い年頃の少女の願いを断るなど最初から無理だったのだ。
「どうでしょうか、私を弟子に…してくれませんか…?」
少し、いやかなり不安そうになった彼女を見て、小さい頃の妹と姿が重なる。
「…分かった」
「!!良いんですか!!ありがとうございますししょー!!」
…!!いや待てよ…??俺の教えられることは素振りだけだ、つまり教えと称して一緒に素振りをさせれば良いのだ!本当は一人静かに素振りをしていたかったが、この際仕方がない。出来ないよりはマシだ!!そうと決まれば、早速そう教えよう。
「…俺の真似をしろ」
「はい!ししょー!!」
そうして一緒に素振りを始める。彼女の剣は動きやすさ重視の短剣だった。確かにそんなに力も無いだろうし、それで十分かもしれないな。あれでも小柄な魔物くらいなら十分相手になるだろう。
そうして日が傾くまで俺達は素振りをしていた。彼女は途中何度も休憩を入れていたが、最初ならそんなものだろう。そろそろ帰ろうかなと思って少女に声をかけようと思ったが、その時になって名前を聞いていない事に気が付いた。
「…名前は?」
「そういえば自己紹介がまだでしたね…」
彼女はそう言って少し恥ずかしそうに頭を掻く。
「私、マリー・ベルマーです!マリーって呼んで下さい!!」
「…クロ・スミスだ」
「はい!よろしくお願いしますね、ししょー!!」
そうして俺達は町まで帰ることにした。マリー(何度も呼ぶように言われたので流石に覚えた)は冒険者になってまだ日が浅く、基本的には安全な場所で罠を作って小柄な魔物を狩ったり、薬草の類を採って生活の足しにしていた様だ。だが効率的には悪く、食べていくので一杯一杯なのだそうだ。この辺りは自分の安全マージンでは無いが、薬草を探している間に気が付けば俺が居た広場の辺りまで来てしまっていたのだそう。
折角なので帰り際に近くに居た魔物の匂いを辿り、鹿型の魔物を一緒に狩り、素材を半分にすることにした。俺が狩って素材を売りお金だけを渡さないのは、それではマリーの為にならないからだ。生き方を教えるのに必要なものを渡していたのでは、俺が居なくなった時に自分では何も出来なくなってしまう。魚を与えるのでは無く、魚の取り方を教えるのだ。そうすることで少しずつ取れる獲物を増やしていき、出来ることを増やす。人はそうやって成長していくのだと、村の老人に教わった。
現状マリーの実力は低い。恐らく初心者向けと言われる小型の魔物でも、正面から一人で倒すのは難しいだろう。なので俺はあまり得意ではないが、技術的な事を教える。正面からではなく、技術によって魔物を倒す。罠を使う、毒を使う、弱点を狙う、足や腕の筋を狙う、目潰しをする、鼻を効かなくする。俺は剣で叩き切ってしまうのであまりやらないが、ティナがこういった戦法を得意とするため多少は知識があった。
しかし教えるとぐんぐんとその教えを飲み込んでいった。この子ティナと同じ天才タイプだな、俺なんかは何度も同じことをやって漸く覚えることが出来たというのに…この様子なら俺が師匠である期間も短いのかもしれないな。それはそれで素振りの時間が増えるので俺としては大歓迎である。
マリーと一緒にギルドで素材を売って、俺達は別れた。マリーは別れ際に、『また明日お願いしますね、ししょー!!』と元気に言っていた。また明日も一緒に居ないといけないのか…彼女は俺の泊まっている宿を聞いて帰っていった。もしかして宿に来る気?逃げられないですねクォレワ。
明日のことを思うと若干気が重いが、何にせよ取り敢えず宿に戻ろう。俺は重い足取りで宿に戻った。
宿に戻ると丁度イブとノノが食事を取っていた。ノノは何やら考え事をしているのかいつも以上にぼーっとしていた。何か在ったのだろうかと思ったが、まあ何か困った事があるなら言ってくるだろう。そう結論付けて俺も食事を取ることにする。
この宿は代金に食事代が含まれているので、朝夕と食事が出る。この場合の献立は日替わりとなっており、今日はパンに鶏のステーキ、少しの野菜とスープだった。正直少し物足りないが、その分は通りの屋台などで買い食いし、腹の足しにしていた。
二人が食べている席に着き、食事を注文するとイブが話しかけてきた。
「今日旅に必要な道具を見てきたよ。今のペースだと一ヶ月後にはこの町を出発出来ると思うよ」
そう言えばそうだった。俺達は帝都に向かっていたのだった。正直忘れていた。俺にとってはこの町も生まれた町から考えたら大都会だった。俺の生まれ育った町が二百人程度の人口だったのに対して、この町は七千人は住んでいるのだと言う。もう多すぎて訳が分からん。帝都には十万人も住んでいるらしい。いやどれだけ人間居るんだよ、もはや想像も出来ない。食べ物とか足りるのだろうか…
「それと今日ギルドで話題になってから聞いたんだけど、近頃少し強い魔物が町の付近まで来ることがあるらしい。原因はまだ分かってないけど、もしかすると普段この辺りに居ない強力な魔物が現れたのかもしれないね。」
「…なるほど」
なるほど?イブが言うにはこの前ノノがぶっ飛ばした熊の魔物。グリズリーと言うらしい。は普段はあの辺りには目撃されないらしい。もっと森の深い場所に生息する、比較的強く六級クラスの魔物なんだそう。
まあ今日俺が素振りした辺りなら大丈夫だろう。今日もそんな強そうな魔物なんて居なかったし。その後食事を終えると、ノノがいつもの雰囲気に戻っており背中に張り付いてきた。前から思ってたけどそれきつくないの?まあ本人が満足そうだから良いけど…
何かを忘れている気がしたけど、思い出せないからまあ良いだろう。明日も自由にして良いって事だったし、また今日の広場で素振りでもしよう。
焼き肉剣士ブレイブ。