日本国召喚 -新世界・防衛力整備計画-   作:後日装備

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今回は原作のBP-3C爆撃機の魔改造のお話です。


もはや爆撃機にあらず――BP-3C改ガンシップ

 

 

 戦後日本初の爆撃機――『BP-3C』。

 

 転移後、周辺諸国との技術格差による自衛隊兵器の非効率化を問題視した防衛省が、急遽構想を押し進めた『P-3Cオライオン』哨戒機の爆装型である。

 爆撃機と言っても『P-3C』の主翼下に500ポンド(約227㎏)のMk.82無誘導爆弾を多数吊り下げるためのパイロンを追加し、爆撃用プログラムを追加しただけの、簡素な改造機であった。

 

 しかしパーパルディア皇国との戦争勃発により、敵本土の軍事施設を叩き潰すべく急遽実戦投入が決定。約70機が『BP-3C』に改造され、超空の要塞(スーパーフォートレス)こと『B-29』爆撃機に匹敵する9トンもの爆装をして投入された。

 あまりにも急だったため、爆撃機でありながら所属は乗員も含めて『P-3C』と同じ海自航空集団のままという有り様だった。

 

 そんな状態で敵国首都エストシラント近郊の陸軍基地や、工業都市デュロの軍事工廠地帯への空爆に投入された『BP-3C』だったが、70機という大編隊でもって爆弾の雨を降り注ぎ、これらを徹底的に叩き潰す大戦果を上げた。

 

 

 

 

 

 そんな『BP-3C』であるが、パーパルディア戦の終結後はその扱いをどうするかで、防衛関係者間での議論が交わされることとなった。

 

 防衛省本省の一部勢力は、『BP-3C』を爆撃機のまま運用すべきだと主張した。現状で自衛隊最大の爆撃能力は魅力的だったし、周辺諸国には潜水艦保有国が無いので哨戒機に戻す必要性も少ないと思えたのである。

 いっそのこと乗員も空自に移管してしまい、本格的な戦略爆撃部隊を作ってしまうことさえも彼らは提案していた(しかし空自は本格的な爆撃隊を編成したことが無く、話を振られた空自関係者は困った顔を浮かべた)。

 

 対して乗員を含む海自航空集団は、さっさと元の『P-3C』に戻してほしいと訴えた。乗員たちは哨戒機乗りであって爆撃機乗りではない。乗員は早く本業に戻りたかったし、海自も哨戒機の不在を快く思わなかった。

 結局その後、覇権主義国の疑いのあるグラ・バルカス帝国を観測した偵察衛星が、同国の海軍基地に多数の潜水艦が配備されていることを確認したのが決定打となり、ほとんどが元の『P-3C』に戻すことで決まったのである。

 

 それでも防衛省内の「爆撃機運用派」の主張に海自側も妥協し、いつでも再改造できる余地を残すことで双方は合意した(後にグラ・バルカスと戦争になった際は後継の『P-1』哨戒機の充足が進んでいたため、最終的に全機が再改造されている)。

 また少数機だけでも運用を続けるべきとの「爆撃機運用派」による主張も受け入れられ、ごく少数機の『BP-3C』は爆撃機のまま、海自航空集団直轄の実験開発航空隊たる、厚木基地の第51航空隊へと集中配備されたのだった。

 

 そうして第51航空隊に押し付けられた数機の『BP-3C』だが、当たり前のように平時の使い道がほとんどないため、運用には困らされた。

 第51航空隊司令部は、どうせ使い道もないのなら『BP-3C』を改造して使い勝手をもっと良くできないかと検討。これには「爆撃機運用派」も賛同し、防衛装備庁とともに改造へ全面的に協力することとなった。

 

 

 

 まず検討されたのは、搭載武装の追加である。

 

 『BP-3C』が搭載できる武装は無誘導爆弾と、原型機に搭載できた爆雷や対潜魚雷、ハープーンなどの空対艦ミサイル(ASM)である。このうち爆撃に使えそうなのは無誘導爆弾とASMだけだ。

 だが無誘導爆弾は命中率が悪く、しかも投下するには目標上空まで飛来する必要があり、敵から対空砲火を受ける危険性もある。実際にパーパルディアとの戦争では『BP-3C』が未知の対空兵器に攻撃されて損傷した事例もあった。

 

 無誘導爆弾にJDAMキットなどの誘導機材を追加すれば精密誘導もできるが、JDAMキットはGPS誘導式であり、転移で消失したGPS衛星網の再整備がまだなので使えなかった。

 自衛隊にはこの他の誘導キットに国産の91式爆弾用誘導装置(GCS-1)があるが、これは対艦用であり艦船以外への誘導にはあまり向かない。ASMも同様である(赤外線イメージ誘導式の93式空対艦誘導弾(ASM-2)なら対地攻撃も理論上は可能だが、『P-3C』に同誘導弾の運用能力は無い)。

 

 そこで、空対地ミサイル(AGM)の搭載能力の追加が図られた。

 AGMなら比較的射程が長く、機関砲程度の対空兵器ならアウトレンジから叩き潰せる。搭載が図られたのはAGM-114(ヘルファイア)AGM-65(マーベリック)という二種類のミサイルで、自衛隊では陸自攻撃ヘリの武装や海自哨戒機用の対舟艇ミサイルとして調達されていた。

 手始めにこれらの搭載能力の付与が図られたが、結論から言うとあっさり成功した。

 

 まずAGM-114(ヘルファイア)は海自が『SH-60K』対潜哨戒ヘリに搭載する対舟艇ミサイルとして前々から運用していたので、『SH-60K』のレーザー目標指示装置を『BP-3C』にそのまま追加搭載することで運用能力を獲得させたのだ。

 AGM-65(マーベリック)の方はもっと簡単だった。そもそも転移前の時点で台湾海軍の『P-3C』へ搭載された実績があり、ほぼ改修せずとも搭載できたのである。それどころか爆装用に追加された兵装パイロンによって過剰とも言える大量搭載が可能となった。

 

 これにより『BP-3C』は大量の空対地ミサイル(AGM)が搭載できるようになり、地上目標に向けて精密打撃を行うといった運用を可能としたのである。

 

 

 

 そこで「爆撃機運用派」はふと閃いた。

 もともと哨戒機だった『BP-3C』は航続距離が長く、長時間の空中待機も可能である。

 空対地ミサイル(AGM)などの対地兵装を搭載して戦場上空で空中待機し、地上部隊からの要請を受けて近接航空支援(CAS)に駆け付けるガンシップとしての可能性を『BP-3C』に見出したのだ。

 

 彼らが思い浮かべたのは、アメリカ空軍の『AC-130ガンシップ』のような運用である。

 この機体は機関砲や榴弾砲で重武装し、地上部隊を効果的に航空支援できる反面、大型機なので攻撃を回避しづらく、単独で制空権を獲得できるだけの一大航空兵力を有しているアメリカ空軍だけしか運用できなかった。

 だがかつて日本と戦争したロウリア王国やパーパルディア皇国のように、この世界では脅威度の低いワイバーン(飛竜)を主航空戦力としている文明も多く、空自でも容易に制空権を奪取できるのだ。

 

 「爆撃機運用派」はその瞬間から「()()()()()()()()」へとすり替わっていた。

 

 

 

 続く改修は「ガンシップ運用派」の主張により()()()の搭載が図られた。

 流石にこれは他の担当者達を困惑させたものの、機関砲はミサイルや爆弾よりも圧倒的に安価なことに違いはなく、そもそも空対地ミサイル(AGM)も若干高価で大量搭載する機会は多くないだろうことから、大して反対もされずに副兵装としての搭載が決まった。

 

 搭載するのは20㎜ガトリング機関砲M197である。これは陸自の『AH-1S』対戦車ヘリに搭載されていたもので、老朽化した用途廃止機からそのまま融通された。比較的小型だが戦車の天板もぶち抜く高火力を誇る。

 これより大型の機関砲だと『BP-3C』が射撃時の反動で空中分解する危険性を否定できず、小型だと小口径で攻撃力が限定的になるとの判断が選定の理由であった。

 それ以外の理由として、海自のCIWSや、空自の戦闘機用機関砲とも同規格の弾薬を使用しているので弾薬供給の面から見ても最適だ。

 

 問題はM197をどこに搭載するかであった。

 

 最初は『AC-130ガンシップ』のように機体側面ドアに搭載し、砲本体を機内に搭載したが、これは運用試験中に発砲煙が機内に充満し、乗員の不興を買って中断された。

 対策として発砲煙を強制的に排出する換気装置の追加や、M197と乗員の搭乗区画を分けることも検討されたが、改造にかかる手間が大きいとの理由から中止となった。

 

 続いてM197をガンポッド化し、『BP-3C』の機体下部に追加された兵装パイロンに搭載する方式へと変更。これは結果的に機体への改造を最小限で済ませられるというメリットや、ガンポッドを主翼下にも複数搭載できるようになるなどの副次効果が見込まれた。

 ただし、これでは地上目標にM197を発射する場合、地上に急降下する必要があり、射撃時に反撃される危険性が高くなった。

 

 そこで今度は『AH-1S』搭載時と同じ砲塔(ターレット)の状態で機体下部への搭載を試みた。固定翼機へのM197用砲塔(ターレット)の搭載は、前世界でも『YOV-10Dブロンコ』の前例がある。

 これも機体に砲塔(ターレット)を取り付けるため穴を空ける改造が必要、という点が無視できなかったが、機体前方下部の対潜兵装用ウェポンベイ扉を一端取り外し、ここにM197用砲塔(ターレット)を埋め込んだ蓋を付けることで、元の機体に穴を空けず最低限の改修で搭載。

 これで目標に降下せずとも砲身を照準させるだけで射撃可能となり、さらに側方に対する射撃も可能となった。余談ながら、進行方向より斜めに射撃できるようになったことで、一部では70年ぶりの「斜銃」復活と揶揄される事にもなった。

 

 空対地ミサイル(AGM)搭載時よりも多少の混乱はあったものの、こうして『BP-3C』への機関砲搭載の問題は一応解決し、本格的なガンシップ的運用が可能となった。

 

 

 

 この他にも追加武装の搭載試験は続いた。

 続いて機関砲より射程と威力に勝り、コストもそこまで高くない70㎜ロケット弾用19連装ランチャーが搭載された。これは射撃時に急降下する必要があったので結局中止されたが、この辺りから『BP-3C』は攻撃機的な武装ばかり搭載が図られるようになった。

 やがてワイバーンなどの敵飛竜対策としてAAM-3、AAM-5などの短射程空対空ミサイルの搭載試験まで為されてしまい、多くの防衛関係者はそれを見て絶句した。

 

「爆撃機なのに機関砲やAGMを積むのか?これじゃ攻撃機じゃないか?」

「というより……原型は本当に哨戒機(P-3C)だったのか……?」

 

 武装の追加搭載が図られるにつれ、もはや元の用途から別物と化していったこともあり、改造型は区別のため『BP-3C改』の名称を新たに授かったのだった。

 

 

 

 

 

 やがて『BP-3C改』もこれ以上の武装追加の余地無しとして実戦配備が計画されるが、70機近い哨戒機(P-3C)の改修にかかる予算の都合と全機改修までの手間、何より海自航空集団が全体として哨戒機(P-3C)の運用継続を望んでいたため、しばらくは改修試験を担当した第51航空隊に所属する数機だけしか運用されなかった。

 

 日本がグラ・バルカス帝国と開戦した後も、敵潜水艦への警戒のために哨戒機(P-3C)の再改修は中々進まず、日本本土に1,000隻を超える敵艦隊が向かった際は、改修にかかる時間が惜しいことから全機がただの『BP-3C』へと改造されて実戦投入された。

 

 中々活躍の機会に恵まれなかった『BP-3C改』だが、第二文明圏からのグラ・バルカス帝国撃退作戦が決まると、ようやく数機がムー大陸へと派遣。

 第51航空隊から送り込まれた『BP-3C改』達はムー大陸の戦場上空に長く居座り、搭載する空対地ミサイル(AGM)や機関砲を用いて近接航空支援を実施。グラ・バルカス軍戦車やトーチカ陣地を吹き飛ばして回り、味方の地上部隊を効果的に支援した。

 

 操縦している『BP-3C改』の乗員達は、自分たちが哨戒機乗りなのか、爆撃機乗りなのか、ガンシップ乗りなのか、最早分からなくなっていた。

 そんなことなどつゆ知らず、航空支援を受けた陸自隊員や連合軍兵士たちは『BP-3C改』の圧倒的な攻撃力と、要請すればいつでも駆け付けてくれる即応性に、いつしか強い信頼を抱いたのだった。

 

 

 

 

 

『BP-3C改ガンシップ』

 

兵装:

最大約8.7トン(機関砲撤去時:約9トン)

M197 20㎜機関砲×1

AGM-114(ヘルファイア)対戦車ミサイル×最大48発

AGM-65(マーベリック)空対地ミサイル×最大24発

Mk.82通常爆弾×最大40発

短距離空対空ミサイル(AAM-3、AAM-5)

その他原型機と同種の対潜爆雷、対潜魚雷、空対艦ミサイル等(機関砲搭載時は対潜兵装の搭載不可)

 




ここまで書いておきながら、海自の導入したAGM-65F(対艦用マーベリック)が対地攻撃できるかは知りません。できないとしたら、BP-3C改は在日米軍の対地用AGM-65を積んだんだと思います(適当)。
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