うら若きクリステルの悩み~LostTechnologyクーニッツ騎士団編前日譚 作:アツ氏
父親の説得は、若干の不安要素を残しつつも、成功した。ただ、フランツはあの日以来、一種の躁状態に陥っており、娘に好きな男ができたという素直に喜びがたい事実を、父親としてその男をどんな風に出迎えてやろうかと想像する楽しみで紛らわせるという、やや複雑な心情で過ごしているらしかった。クリステルが何度となく、カールハインツが騎兵であることを伝えようとしても、相手の素性を知るのをこわがっているのか、決して聞こうとしなかった。クリステルはあきらめて、他の策を練った。
次にカールハインツが図書館に現れた日、クリステルはカウンターにいる主任司書の目に触れないよう、図書館でもかなり奥のほうの書架まで彼を呼び寄せて、
「もし、お忙しくなかったら……」
とおずおずと手書きの招待状を差し出した。
「私の誕生日ですけど、お料理は全部私がします。こないだ家まで送っていただいたとき、ごちそうしますって言いましたから……。その、お祝いとかは気にしなくて良いですから。来ていただければ、うれしいですから」
最初は何事かと少し驚いていたが、カールハインツはそれを受け取って表情を和らげた。
「何があろうとうかがいますよ。誘っていただけて、とても光栄です」
クリステルの表情が輝く。彼が来てくれると分かっただけで、涙が出そうなほど嬉しかった。ただ、いちいち感動している場合でもなかった。招待を受けてくれるなら、それはそれで確認しなければならないことがあったのである。
「ひとつだけ……こんなことをおねがいするのは変かもしれませんが」
ためらいがちなクリステルの言葉に、カールハインツが屈託なく返事をする。
「はい」
「できれば、馬を使わずに来ていただきたいのです」
「任務ではないですから、徒歩で参ります」
クリステルはほっと胸をなでおろす。馬でやってくるところを見られなければ、何とか誤魔化せるかもしれない。あとあとばれるかもしれないが、そのときはそのときで対処すればすむことだ。パーティーに呼んでおきながら、父親がいきり立って門前払いにするような失礼な事態になることだけは、どうしても避けたかった。
カールハインツは何かもの思わしげにあごに手を当てている。そして言った。
「ひとつ質問をさせてください」
「はい、何でも」
「そうだな……。あなたが楽しいのは、何をしているときでしょうか」
問いを受けて、クリステルは指折りながら、ひとつひとつ口に出して思い出してみる。
「えっと、本を読んだり、友達と話したり、お料理と、あと、お風呂に入るぐらいしか……」
「そうですか……」
カールハインツの口調に、やや途方にくれた調子があった。つまらない女だと思われたろうか、とクリステルは少し心配になる。そして、他に何かないか懸命に頭をひねり、ようやくひとつ思い当たった。
「あっ、小さいころから弓を習っています」
「弓術ですか?」
「はい。女学校時代にケクロピアの競技大会に出て、優勝したこともあるんですよ」
「すごい。それはいい」
カールハインツの顔に満面の笑みが広がる。この情報は彼の気に入ったようだった。軍人志望だからか、武芸に関わることには共感を覚えやすいのだろう。争いごとの嫌いなクリステルは、類稀な才能があったにもかかわらず、父から習わされた弓術があまり好きではなかったが、この時ばかりは長年続けていて良かったと思った。カールハインツの表情を見て、クリステルもおのずと笑顔になり、そんなことを訊いてどうするのだろう、ということまでは考えなかった。
「あつかましいですが、私にもひとつおねがいが」
続けてカールハインツが少し口調を固くして言う。
「はい、なんでしょう」
彼はざっくばらんに、次のように言った。
「実は士官学校の後輩が、最近女性にこっぴどく振られましてね。彼はそのとき少し軽率なことをして、謹慎処分を受けておりました。先日、謹慎は解かれましたが、どうもショックから立ち直れない様子で、暗い顔をしてばかりで先輩の私としても見ていられんのです。何か楽しいことにでも連れ出してやりたいところですが、規律がありますので、あまり羽目を外すわけにもいかない。そこでお願いなのですが、彼にもあなたの誕生日を祝わせてやってはいただけないでしょうか。まだ若く、少し単純だが、熱意ある良い青年です。私がしっかり監督して、ご迷惑にならないように致しますので、なにとぞ」
そうして軽く頭を下げるカールハインツの話を聞いて、明らかに思い当たるふしがあった。ナタリーと交際していたクラレンスという青年のことである。もしそうなら、例のうわさ話を聞いて心底かわいそうに思っていたので、クリステルとしては彼のことも歓迎したかった。すでに父親を説得している以上、若い男が一人来ようと、二人来ようとあまり差はあるまい。だが、パーティーにはシンシアたちも来る。さらし者にすることになりはしないかと、一瞬不安がよぎる。しかし、ここで頼みを断るのも妙な話だし、先輩である彼がしっかり監督すると言っているのだから、差し出がましく心配するいわれもない、とすぐに気を取り直して、クリステルは笑顔で答えた。
「ぜひ連れていらしてください。来てくれる人が増えるのは嬉しいことです」
カールハインツもまた、ほっとしたように頬を緩めた。騎士としての実力もさることながら、後輩のことを親身になって気にかける度量もあるというわけだ。男としてまったく申し分がない。これだけの人柄を見れば、あとで騎兵だと分かったとしても、フランツとておいそれと文句は言えまい。頼もしいことである。
さて、時間は飛んでパーティーの当日、クリステルは朝早く起床して準備に取り掛かった。前日の夜にあらかじめ焼き上げておいたケーキのスポンジにデコレーションを施し、フランツが市場で買って手ずから絞めたガチョウをグリルし、付け合せの馬鈴薯をゆで、野菜を刻んでサラダにし、それらにかけるソースやドレッシングも完璧に作った。フランツに味見させると彼は、
「うん。大学を出て仕事がなかったら、レストランでもやればいいさ」
と言った。祝われる本人がこれほど働く誕生日も無いものだが、クリステルにとっては通例のことで、友人たちは毎年、彼女の作ったケーキや料理を楽しみにして、やってくるのである。しかも今回来るのは女友達ばかりではないのだから、俄然気合いの入れ方が違うというものだった。
料理が済んだら、次は身支度である。まずは湯を浴びて体を清潔にし、鏡の前に立って衣服を選ぶ。ドレスは何着か持ってはいたが、これまでに自分で選んだのは全て地味であったので、少女趣味と敬遠していた例のフランツからプレゼントされたドレスを、思い切って選ぶことにした。あらわになった抜けるように白い胸元には、弓矢をあしらったドワーフの名工の手による銀のネックレスをつけ、薄いピンクのフリルのついた膝丈のスカートには、大きなパニエをつけて膨らませて、今日までに磨きに磨いた脚が綺麗に見えるようにした。次に前髪を上げ、化粧をする。カールハインツの好みは分からないが、とにかく派手すぎず、かつ貧相にならぬようにしておけば妥当であろう。そんな風に加減しながらも、普段のあまり飾り気のないクリステルから、見る見るうちに垢抜けた美女が出来上がっていく。豊かで艶のある髪は丹念にブラシでとかし、さほど普段の髪型から変えずに、カールハインツから贈られた花をそれとなく意識しながら、耳の上にばらを模したバレッタを留める。最後にコロンをひと吹き。そうして完成した彼女の姿が、いかに美しいかは、フランツが普段の倍以上も鼻の下を伸ばして、にやけていることからも分かる。
「おとうさん、あんまりいやらしい目で見ないでよ」
「す、すまん」
それから顔をしかめたり、頬を両手でこね回したりしてがんばっても、彼の表情が引き締まることは決してなかった。これでカールハインツ相手に威厳のある父親を演じようというのだから、聞いてあきれる。あとは、来客を待つだけである。
正午に近くなって、まずシンシアたちが例によって騒がしく現れた。各々手にプレゼントやお祝いのカードを持ち、迎えに現れたクリステルとハグを交わしながら、誕生日を祝う言葉を口にする。
「おめでとう、クリス。とっても綺麗だよ。まあ、いつもかわいいけど、今日は特に気合が入ってるね」
とシンシアが含みありげに言う。友人たちを招待した時に、パーティーで紹介したい人がいるとあらかじめ告げてあったのだ。当日になってカールハインツと鉢合わせて、余計な混乱を招かないためである。もちろん、その時点で、だれ? と訊かない彼女たちではない。しばらく言いよどんでいると、他の友人が、
「男の人?」
と訊いたのでクリステルは小さくうなずいた。そのときの反応といったら、大変なものだった。彼女たちは一斉に天に向かってこぶしを突き出しながら、大声で叫んだ。女性らしい黄色い声ではない、まるで男のような雄たけびであった。
「やったー、クリスに彼氏が出来たぞー!」
口々に叫ぶ彼女たちを懸命に制止するクリステル。
「そ、そんな。付き合ってるわけじゃなくて、ちょっとお世話になったから、呼んだだけだよ」
「またまたあ、そんなこと言って。好きだから呼んだんでしょうが」
そこまで言われて否定することはできなかった。
「う、うん」
「うっひょおおおおおおおおお!」
シンシアが感極まってクリステルを抱きしめる。何が彼女たちの心にここまで火をつけたのか分からないが、とても喜んでくれているようだった。シンシアがクリステルの頭をなでながら、目に涙すら浮かべて言う。
「クリス、あたしたち心配してたんだよ。あなたとってもかわいいのに、その歳まで彼氏がいないって言うし、ぜんぜん男の人に興味ないみたいだから、本当はレズなんじゃないかとうたがったりもしたわ」
(ひ、ひどい)
そう思ったが、口には出さなかった。シンシアはなおも言葉を続ける。
「最近、少し様子が変わったから、ひょっとしたらって思ってたんだけど、邪魔しちゃ悪いからみんなで黙ってたの。もしそんな人が出来たら、あなたならきっと打ち明けてくれると思ったし。だから教えてくれて嬉しい。ありがとう、クリス!」
それからクリステルは女友達全員に抱きつかれたり、つねられたり、くすぐられたりして、もみくちゃにされてしまった。シンシアたちは、その話を聞いただけでも夜通し飲み明かさんばかりの勢いだった。あまりにも反応が激しすぎて、半ばやけになっているのではないかと思われるほどだった。
パーティーに話を戻すと、シンシアたちから少し遅れてカールハインツがやってきた。フランツは玄関先にのそのそと顔を出してきて、おそるおそるだが、しかし威厳を失わないようにと、どうにもぎこちない態度でうろうろしていた。ドアベルが鳴り、急いでクリステルが扉を開けると果たして正装に身を包んだカールハインツが、軍人らしい毅然とした様子で立っていた。そして礼儀正しく頭を下げ、
「このたびはお誕生日おめでとうございます。お招きにあずかり、大変光栄です」
と、挨拶した。フランツはというと、腕組みしてふんぞり返ってはいたが、カールハインツの想像以上の品格と、折り目正しさに気圧されてしまい、父親として紹介されながら、
「その、なんだ、娘の命の恩人と聞いている。感謝してるが、うむ。今日のところは、なんだ、楽しんで行きたまえ」
何度も咳払いをしながら、要領の得ない挨拶を交わした。そのまま、カールハインツはシンシアたちにもそれぞれ挨拶して回ったが、彼の美男ぶりに、女友達の中にはろくに返事も出来ず、目を一杯に見開いて、ただごくりと喉を鳴らすだけの者もいた。
カールハインツの後に続くように、花束を抱えた人物が、おずおずと姿を現す。幼い顔立ちにしみひとつない頬を輝かせ、少し淡い黒髪を短く切りそろえ、ほっそりとしながらも芯のある体つきをした、いまだ青年と少年の境目にあるといった年代の男性である。少し伏し目がちだが、それは失恋の傷がまだ癒えていないせいであろう。彼もまた、カールハインツに倣って頭を下げ、花束を差し出しながら、
「お誕生日おめでとうございます。お初にお目にかかります。クラレンスと申します。あ、怪しい者ではありません。本日はお招きにあずかり、まことに光栄のいたりであります」
声変わりの終わりきらないやや高い声で、丁寧だがどこか焦点のずれた、しどろもどろの挨拶をした。クリステルはそれを聞いて吹き出しながら、花束を受け取り、彼の手を引いて家に招きいれた。
「彼から話は聞いてるわ。今日は楽しんでいってね」
そんな二人のやり取りを見てフランツはなぜか親近感を抱いたらしく、今度は鷹揚に笑いながらクラレンスの背中をばしばし叩き、
「そう小さくなるなよ。娘の友達が女の子ばかりで、いつも寂しい思いをしてたんだ。仲良くしよう」
と普段とはまったく違うことを言った。ある意味で、フランツはもう開き直っているらしかった。シンシアたちは、件のクラレンスが現れたことに非常に驚き、挨拶をする彼に対して、
「本物のクラレンスくん?」
と身も蓋もなく訊く者もいた。自分の無様な失恋のうわさが、こんなところまで届いているとは夢にも思わないクラレンスは、怪訝な表情を浮かべながらも、
「はい、本物のクラレンスです」
と馬鹿正直に返事をするだけであった。
パーティーが始まり、招かれた客たちは、各々自己紹介をしたり、クリステルの料理に舌鼓を打ったり、談笑したりした。フランツは早々にワインをボトル一本あけてしまい、顔を真っ赤にして鼻歌を歌っていた。クラレンスの周りには幾人もの女友達があつまり、
「もう付き合ってる人いるの?」
「馬には乗れるようになった?」
「女嫌いになったってホント?」
などと矢継ぎ早に質問をしている。クラレンスは、なぜこの女たちはそんなことまで知っているのだろうと、辟易とする中に恐怖すら感じながら、それでも失礼にならないように、必死に受け答えしていた。下手をすると、かえって女性不信に拍車をかけることになりそうだが、カールハインツはそんな後輩の様子を見て、満足げに笑っているだけである。クリステルがカールハインツに近づいて、さりげなく訊いてみる。
「先輩から見てどうでしょう。クラレンスくんの様子は」
カールハインツはまったく屈託のない調子で、
「いや、まったく、今日は彼を連れてくることができて感謝しています。あれだけ女性にもてれば、失恋の傷もあっという間にふさがるでしょう。あなたのおかげです」
と言った。本当にそうだろうか、本当はクラレンスはつらいのではないか、とクリステルは懸念したが、先輩の彼がそう言うのなら、そうなのだろうと、納得することにした。
「そうだ。あなたにお見せしたいものがあります」
とカールハインツが急に思い出したように言い、席をはずす。そして、戻ってきた時には、飾り紐をつけた大きな包みを脇に抱えていた。その場にいた誰もが、彼の手に持っているバースデープレゼントに注目した。カールハインツは、
「お気に召すといいのですが」
と言いながら、その包みをうやうやしく差し出した。クリステルはそれを受け取って、紐を解き中のものを取り出した。それは楡の木で作られた、一張の長弓であった。弓身の部分に微細なアラベスクがふんだんに刻まれ、それに沿って色鮮やかに塗装された、美術品と言ってもいいほどに洗練された弓であった。とはいえ、二十歳の女性の誕生日に、あえて武器を贈るというカールハインツのセンスに対して、シンシアを初めとした女友達たちは内心ずれたものを感じていたが、当のクリステルがこれをとても喜んだので、誰一人その感想を口には出さなかった。もちろんクリステルは、受け取ったのが弓だからではなく、カールハインツが贈ってくれたからこそ喜んだのである。カールハインツは照れくさそうに、この弓の由来について少し講釈をした。
「この弓はアポイタカラの職人の手によるものです。といってもドワーフが作ったのではありません。ドワーフは弓を使いませんから。アポイタカラ最高の職人と言われる職長の唯一の弟子が、実は人間族なのだそうです。ドワーフの武器は確かに殺傷力はあるのですが、我々人間族には時に使いにくく感じられるところがある。その点、この人間族の職人の手による武器は、我々の手に良くなじみ、おまけに性能もいいと、士官候補生たちのあいだではひそかに人気なのです。この弓はその職人が作ったもので、武器の流通に通じている先輩の士官に頼んで、手に入れてもらいました。見てください、持ち手の近くに銘が彫ってあるでしょう」
カールハインツが指し示した部分には、小さく”nickel ”と刻まれていた。変わった響きだが、これがその職人の名前なのだろう。
突然、いままで酒を飲んで座っているだけだったフランツが勢い良く立ち上がった。見ると小刻みに震えながら、カールハインツを指差し、何か言おうとしている。
「き、き、貴様、いま、士官候補生といったな」
泡を吹くフランツの言葉を聞いて、クリステルはしまった、と思った。しかし、時すでに遅しである。事情を把握していないカールハインツは、臆面もなくフランツの言葉に答えた。
「はい。私はクーニッツ騎士団直属士官学校の学生で、無事卒業が許されれば、来年には騎兵隊に正式に配属される予定です」
「つ、つまり、馬に乗るのか」
「は。任務によっては乗馬を義務付けられています」
「お、おい、クリス。話が違うぞ」
フランツのその言葉に、クリステルはため息をつき、静かに言い返した。
「軍人さんだって言ったでしょ。おとうさんが勝手に、歩兵隊だって勘違いしただけ」
「だって、騎兵だなんて一言も言わなかったじゃないか」
「言おうとしたけど、聞かなかったじゃない」
「そ、そんな……。俺の娘が、騎兵にうつつを抜かしているというのか……。そんなに、俺たち歩兵が嫌いか」
茫然自失となりかけているフランツに対して、突然クラレンスが立ち上がり、大声を出す。
「馬に乗らずとも、歩兵もまた同じ騎士団の一員であります! 貴賎はありません! 騎兵ばかりが偉いのではないと思います!」
フランツがクラレンスのほうを向き、感嘆の声を上げる。
「おお、クラレンス! 君は俺の気持ちがわかってくれるというのか。そうだ、馬がなんだってんだ。敵の突撃を止めるのは俺たち、歩兵隊なんだ。俺たちは盾だ。騎士団の盾なんだ。俺達がいなければ、戦は成り立たないんだ! 分かったか、エリートめ!」
「ごめんなさい。酔っ払ってるんです。気にしないで下さい」
クリステルは額を押さえながら、カールハインツに耳打ちした。彼はフランツの言葉を黙って聞きながら、苦笑いしていた。シンシアたちも、やや緊張気味に事の成り行きを見守っていたが、フランツがおもむろにクラレンスの元に歩み寄り、
「クラレンス、馬に乗らずとも、俺たちは勇敢なる戦士だ」
「はい! 馬などただの飾りです!」
そう言葉を交わし、二人ががっしりと両手で握手したことで、全ては終わった。フランツの怒りのやり場を、クラレンスの言葉が受け止める形になったのであろう。クリステルは、大事に発展しなかったことに安堵しつつも、クラレンスがこの場にいてくれてよかったと、心底彼に感謝した。
そのとき、玄関でドアベルが鳴った。クリステルは怪訝に思った。招待客は全員この場にいるし、もう来客はないはずだが。
「俺が出る」
それまでクラレンスと見詰め合っていたフランツが、ややぶっきらぼうにそう言い、大またでリビングから出て行った。