桜も見ごろなどとうに過ぎた5月の初旬。世間はGWだ、5連休だと色めき立っているがIS学園にGWなどという言葉は存在しない。
IS学園の使命は優秀な操縦者の育成。そのためには休みなど年末年始と各種季節ごとの長期休暇のみで後の平日は祝日関係なく授業なのだ。
「おはようございます、一夏さん。ご機嫌いかがか?」
「あ、うん……元気だぞ」
「一夏、何を二やついているのだ」
「いや、二ヤついてねえよ……なあ、セシリア……さん」
「セシリア、で構いませんわ」
本日よりISを用いた実演授業が始まるということでISスーツに着替え、アリーナへと向かっているのだが俺の両脇には箒とセシリアがいた。
箒が隣にいるのは分かるんだけど何故、セシリアが俺の隣にいるのか分からない。
「セシリア貴様……良からぬことを企んでいるのではないな」
「あら、私は何も企んでいませんわ。ただ単に一夏さんの隣を歩いているだけ」
「ではなぜ、一夏を下の名前で呼んでいるのだ」
「……そ、それは……」
箒の鋭い指摘にセシリアは一瞬の硬直の後、顔を少し赤くして戸惑い始める。
確かに箒の言うとおり、セシリアはあの模擬戦以来、俺のことを名前で呼び始めた。俺は一向にかまわないんだけど確かにどんな心境の変化だろうか。
「ま、まぁ別に俺は良いぞ?」
「ジーッ」
「……な、なんですの?」
「ふんっ! なんでもない」
何やら箒はセシリアを見透かした感じでジト目で見続けるがすぐに視線をそらしてスタスタと足早にアリーナへと向かう。
最後に俺のことを軽く睨んだのは気のせいだろう。
「俺達も急ぐか」
「え、えぇ……そうですわね」
どこか本調子ではないセシリアと共に俺もアリーナへと入館した。
――――――☆――――――
「ではこれよりISの基本飛行を実践してもらう。オルコット、実演しろ」
「一夏さんはよろしいのですか?」
「グラウンドに穴をあける未来しか見えないのでな」
「は、はぁ」
恐らく千冬姉は専用機持ちということでセシリアを指名したんだろうがそうなると俺も―――となるが技術的にセシリアの方が上なのでセシリアが適任だろう。
彼女が左耳につけられた鮮やかな青色のイヤーカフスを軽く弾いた瞬間、一瞬の光と共にブルー・ティアーズの展開を終了させる。
その一瞬の間の展開に俺達は感嘆の声を上げるが千冬姉の表情は若干、怒り気味だ。
「オルコット。イヤーカフスを弾く動作は何だ」
「これを合図に展開しております」
「やめろ。実戦では0.1秒で展開することが常識だ。弾く動作をしている間に貴様はハチの巣だ」
「わ、分かりました」
(俺も0.7秒かかってるからハチの巣だな)
「では、上昇しろ」
「はい!」
セシリアはあっという間に最高速度に到達し、一瞬にして俺達の頭上高くまで上がっていく。距離があるので表情は見えないが腰に手を当てるポージングをしているあたり、ふふん、と鼻を鳴らしているに違いない。
「諸君もよく見ておくように。ISが飛行できる理論は後にしろ。まずは飛行する感覚を体に覚えさせろ。オルコット、急下降と完全停止をやれ。目標は地表10cmだ」
千冬姉の声がマイクを通してアリーナ全体に響き渡るとセシリアの身体が地上に向かって落ちていく―――かと思えば一気に加速し、一瞬にして地表すれすれのところで急停止した。
ちなみに俺はまだ急停止などという高等テクニックは出来ない。多分、千冬姉の言う通りグラウンドにバカでかい穴をあけていたことだろう。
「地表から10cmと言ったはずだ。0.5cmのずれがある」
「ご、誤差……も、申し訳ありません。鍛錬に励みます」
千冬姉の前では誰もが毛を刈られる羊なのだ。抵抗などという選択肢は無い。
ISを戻し、列に戻ってきたセシリアは俺の横にピッタリとつくとニコニコと笑みを浮かべる。
「いかがでしたか、一夏さん」
「流石は代表候補生だな。俺がやったらグラウンドに大穴だった」
「そ、そんな……公衆の面前で褒められたら照れますわ」
「……誤差0.5cm……」
ボソッと―――本当に蚊の羽音くらいに小さな声で箒が呟くとセシリアは、余計なことを言うなと言わんばかりに目つきで箒を睨み付ける。
箒はその仕返しか涼しい顔を維持したまま前を向き続ける。
(喧嘩するほど仲がいいっていうし……仲がいいのか?)
「ではこれより訓練機を用いて各人ISの装着・飛行を行う。オルコット・織斑はサポートに回れ!」
――――――☆――――――
その日の放課後、俺・セシリア・箒の三人は第三アリーナのフィールド内にいた。
ようやく放課後のアリーナ使用許可が下りたので今ここにいるんだがこれが出来たのもセシリアが数値データを取りたいという名目、かつ俺達はその補助という形で捻じ込んでようやく借りることができた。
「にしてもなんで俺の名前じゃことごとく許可が下りなかったんだ?」
「先生曰く、空きがない、らしいが……」
「ガラガラ、ですわね」
そう。使用許可が下りなかった大半の理由が空きがないとのことだったんだがいざ中に入ってみると人っ子一人おらず、ガラガラだ。
「気にしていても仕方がない。一夏、始めるぞ」
「よし」
右腕に装着された白のガントレットを左手で掴み、心の中で白式を呼ぶとそれに呼応として俺の全身を光の粒子が包み込み、白式の装甲が一瞬にして展開される。
「では一夏さん、武装を展開してくださいな」
「任せろ」
今日、俺達が放課後に集まった理由は一つ。あの時の模擬戦でなぜ俺が負けたのかの解析だ。
あの時の状況を再現するべき雪片弐型の姿をイメージすると俺の手の中に光が集まり、一瞬にして雪片弐型が構成されて俺の手の中に納まる。
「よし、完璧に……お、おぉぉぉぉ!?」
「光っているぞ! 一夏、何をしているのだ!」
「い、いや俺にも何が何だか」
途端に雪片弐型が勝手に輝きを放ち始める。この状況こそあの時、俺がセシリアに一撃を加えようとした寸前の完璧な再現だ。
その時、白式からの通知メッセージが届き、エネルギー残量がみるみる減っていくのが表示される。
「や、やばい! エネルギーが!」
「一夏! ブレードを離せ!」
箒の指示に従い、雪片弐型を手放すと地面に切っ先から突き刺さる―――同時に先程まで強く発していた輝きは力を失っていき、元の状態に戻った。
その様子をセシリアは何か考えるようにじっと見つめる。
「残量45……危なかった」
「これはいったい」
「一夏さん。ブレードに触れてみてください」
「お、おう」
ブレードの持ち手を軽く触れる―――すると先程のように強い輝きを放ち始め、エネルギーが減っていくので慌てて離すとまた元に戻る。
「どうやら一夏さんが触れることがトリガーのようですわね」
「これではまともに戦闘では使えないな。一夏、どうする」
「んー……困ったもんだな」
「見る限りでは私のティアーズのようにエネルギーを使用した特殊兵装には見えませんが」
「一夏、ブレードの名前は何というのだ」
「雪片弐型」
その名前を発すると箒もセシリアも驚きを隠せないでいる。
「雪片弐型……千冬さんのブレードとほとんど同じ名前だ」
「ほ、本当にそのような名称なのですか?」
「お、おう。そうなんだけど……雪片って有名なのか?」
「有名どころではありませんわ! いいですか!? 雪片というのは――――――」
そこからセシリアの熱い講義が始まったんだが要約すると千冬姉が第一回モンドグロッソというISの世界大会で優勝した際に使っていた武器が雪片らしい。
千冬姉は雪片一本で世界最強まで上り詰めたのだと厚く語ってくれた。
「分かりましたか!?」
「お、おう……そうか。こいつはそんなに凄い剣だったのか」
「となるとエネルギーが減るのは澪落白夜……なのか?」
「まさか、同じ単一仕様能力を発現するISなどあり得ませんわ」
「だが状況的には完全に一致している。それしかないと思うが」
「それは……そうですが」
セシリアはどこか腑に落ちない様子。俺には難しいことはよく分からないがまとめると白式は他のISとは少し違うところがあるということなのかもしれない。
「今日にでも千冬姉……織斑先生に聞いてみるか」
「分からない者同士で喋っていても仕方がありませんわね」
「そうだな……では一夏! ここからISの稼働訓練をするぞ!」
「私の出番ですわね!」
「いや、まずは理論の説明をだな」
ワーキャーと楽しく言い合いをしている二人を見ながら俺は小さく笑った。
(なんか楽しいな~)
――――――☆――――――
「ふーん、ここがIS学園……あいつがいる学校ね」
5月の温かな風が彼女のツインテールを小さく揺らす。
小柄な体格に不釣り合いなボストンバッグを背負った少女は夜のIS学園の敷地を歩いていた。目的は総合受付事務所だが彼女にはもう一つ目的があった。
「やっと会える……待ってなさい、一夏」
その名を呼べば胸が高鳴る―――高鳴る胸を自制し、事務所目指して歩いていく。
夜ということもあり、学園を歩いている生徒は彼女一人だけであり、照らす街灯も夜仕様で優しい灯りに変わっていることもあってより静けさが目立つ。
「あ~、駄目ね。分かんないわ……空飛ぼうかな」
一瞬、そんな考えが彼女の脳裏をよぎるがそれと同時に情けない顔をしていた政府高官を思い出し、すぐにその選択肢を頭から消した。
学園の規則を破ればそれこそ国際問題にまで発展しかねない。せっかくここにやってきたのに転入処置にで退学処分と言われかねない。
「……もういいかい」
ボソッとそんな言葉を呟いてみる。
それを合図に彼女の頭の中で大切な思い出たちが溢れ出てくる。
小学校の頃に転校してきた彼女にとって外国で暮らすということは非常に負担のあることであった。
日本という国に友人など誰もおらず、男子からはその国特有の名前を弄られて笑われたこともあった。
だがそんな状況にまるでヒーローの様に彼が現れた。その子とは日が暮れるまで公園で遊び、よくかくれんぼをして楽しんでいた。
「ま、そんなわけ」
「イメージがな~」
「っっっ!」
一瞬にして胸が高鳴った。聞き覚えのある声が聞こえ、その方角へと歩いていくとIS訓練施設から数人の生徒が出てこようとしているのが見えた。
扉が開き、そこから出てきたのは絶対に忘れることのない顔だった。
「いち――――――」
「何を言っているのだ一夏!」
「っっ!」
その後ろから声が聞こえたかと思えばポニーテールの少女が後ろから現れ、仲良さそうに隣に立つとそのまま一緒に歩き始める。
かと思いきやもう一人、金髪縦ロールの白人少女も現れてその少年の両端を一瞬にして見知らぬ美女が固めてしまう。
「自分の前方に多角錐をイメージして展開する、が出来ないんだよな~」
「何を言っているのだ! そんなものはぐっと腰を落としてばんっと勢いよくだな」
「そんな抽象的な言葉では一夏さんはイメージできませんわ」
「貴様の説明は全部の単語を詳しくしゃべりすぎてわからん」
「ふふん、私の知性が滲み出ている証拠ですわ」
「ま、まあまあ、箒もセシリアも喧嘩するなって……この後食堂でクラス会もあるんだし、仲良く行こうぜ」
「ま、まぁ一夏さんがそう仰るのであれば」
「一夏の言う事だけは聞くのだな」
「べ、別に一夏さんの言う事だけを聞いているつもりではありませんわ!」
「ほほ~う……今日も授業中にクラスメイトに褒められているのと一夏に褒められているのとでは表情も態度も対局だったがそれはどう説明するのだ?」
「そ、それは……」
金髪少女は自分でもどう説明して良いのか分からないのか顔を恥ずかしそうに赤くするだけで何も言い返せない。
「ま、まあ箒も落ち着けって。別にセシリアは誰にでも優しいぞ?」
「ま、まぁ一夏さんったら……そんなに褒められては恥ずかしいですわ」
「まさに八方美人、ということだな」
「あなたは一匹狼、ですわね」
「「ぐぬぬぬぬぬ」」
美女二人は間の男子など忘れているのかバチバチと火花を散らしながら熱いバトルを繰り広げる。間の男子はというと女子二人をなだめながらも悪い表情はしていない。
その光景を見た少女はまるで冷や水を打ち付けられたかのように冷静さを取り戻した。
仲良さげに下の名前で呼び合っているのが気に食わず、イライラ感を感じる。
それからすぐに総合受付事務所は見つかった―――だが手続きをしている間もイライラは止まらず、貧乏ゆすりが止まらない。
「はい、お待たせしました。以上で転入手続きは終了です。IS学園へようこそ、鳳鈴音さん」
「織斑一夏って何組ですか?」
「織斑君? 織斑君は一組よ。なんでもイギリス代表候補生と戦ったんだって。流石は織斑先生の弟さんよね」
「ふ~ん……」
「でもどうして?」
「ん? ちょっと女たらしに宣戦布告と拳骨、食らわせようかなって」
にこっと笑みを浮かべる彼女の額には間違いなく怒りマークがついているだろう。