次の日、俺は四組へ簪さんの様子を見にのほほんさんと一緒に向かっていたけど簪さんがいるべき座席に彼女の姿はなかった。
「更識さん? なんかお休みみたいよ」
「そっか……ありがとう」
四組の生徒にお礼を言い、のほほんさんとともに四組から少し離れたところで作戦会議を、と思いもしたが正直なにも思いつかない。
このまま彼女の部屋に向かったとしても門前払いを食らうだけだろう。
「かんちゃん……大丈夫かな」
「大丈夫だと思いたい……ただこれ以上、俺が簪さんに会うのは無理そうだな」
正直、ここからどう行動したとしても簪さんに悪影響を及ぼす未来しか見えない。
俺ができることと言えば彼女の視界に入らないように遠く離れたところにいることしかない。
「……」
つくづく俺という存在がどれだけ周りに影響を与えているのかを考えてしまう。
特に今回は余計に考えてしまう。
「はぁ……」
ため息をつきながらのほほんさんとともに俺は教室へと戻った。
――――――☆――――――
「……今日ね、初めて学校休んじゃった」
自室のベッドで横になりながら抱きしめるウサギに話しかける簪。
ウサギは簪の胸に抱かれながらも何も反応を示さず、ただ彼女の顔を見上げながら彼女が一人で話している話を耳を立てて聞いていた。
「……専用機も今は触れない……整備室も入れない……」
整備科の生徒ではない簪が整備室を使えるのは授業が終わった放課後だけ。
そして打鉄弐式は現在、整備科預かりとなっているので簪が触ることはできず、スラスター回りの修理が終わるまでは彼女の手元には戻らない。
「……このままじゃ代表候補生も……おろされちゃうかも」
ウサギの頭をなでながら自虐的にそういう簪はウサギの頭に顔をうずめようとするがウサギが簪の手からするりと抜け出し、ベッドから降りていく。
降りて行ったウサギを追いかけるとドアをカリカリと引っ掻いており、試しに開けてみるとついて来いと言わんばかりに勢いよく外へと飛び出していく。
「……待って」
彼女の心の支えであるウサギが離れていくことに強い不安を抱いた簪はウサギを追いかけ、そのまま寮から抜け出すと学園の敷地を歩き回る。
やがてウサギは花が植えられている花壇へと飛び込むと土を一生懸命に両足で花壇の外へと押し出しているので簪もそれを手伝って手で土を出していく。
「……これは」
花壇から出てきたのは土に汚れている白い小さな箱。
小さな箱にはデフォルメされたウサギのイラストが描かれており、開けてみるとそこには黒いチョーカーが収められている。
「…どうしてこれがここに……戻ろう?」
簪はウサギを抱きかかえて生徒寮へと戻っていった。
――――――☆――――――
「ぬっふふふ。うさちゃんロボマークⅣの妹ちゃんがちーちゃんに破壊されたときは焦ったけど……花壇に隠せたのは不幸中の幸いだったね」
うさちゃんロボマークⅣの目から映し出されている映像を見ながら束はくるくると椅子を回転させながらほっと一安心した表情を浮かべている。
IS学園に放ったうさちゃんロボマークⅣの数は全部で4体。
そのうち千冬に破壊されたのは妹と弟の二体であり、正直簪のもとへ例の贈り物を届けられるかも不透明な状況であったが物事は意外にも束有利な方向に進んでいる。
「さてさて、ちーちゃんに見つかる前にチョーカーをつけてよ~」
いくら稀代の天才である束とはいえ、チョーカーを送り届けるまでは確定事項にできるものの簪がチョーカーをつけるところまでは確定事項にはできない。
運などというものに頼りたくはない束だが正直、IS学園という狩場においてはこの運というものに頼る以外に方法は今のところはない。
もちろんド派手に武力だけを使えば確定事項にもできるがそれは奥の手。
「ちーちゃんと喧嘩はしたくないしね……それにしても箒ちゃんの成長……お姉ちゃんはうれしいぞ♪」
束は空間に投影されている一枚のデータを見て満面の笑みを浮かべながらくるりと椅子を回転させた。
――――――☆――――――
その日の放課後、生徒会室で楯無は一枚の文書を読み、大きくため息をついていた。
その書類は日本代表候補生の管理官からの通達文であり、あて先は日本の代表候補生である簪になっている。
「お嬢様……これ以上は難しいかと」
「そうよね……」
いつか来るとはわかっていたが更識の家の影響力をフルに活用し、なんとか時間を伸ばしに伸ばしてもらっていたがついにそれも限界を迎えてしまった。
送られた通達文に書かれている内容は『専用機の進捗具合の報告、および候補生面談会』。
日本政府も何の成果も出さない代表候補生にコストをかけるつもりはないという意思の表れであると同時に最終警告をしに来るのだろう、というのが楯無の予想だった。
「打鉄弐式の修繕状況はどう?」
「5割です。現在、私のつてを使って協力を仰いでいますがあと5日はかかるかと」
「ん~、管理官が来るのは明後日……」
最悪のタイミングで発生したアクシデントにより、簪を取り巻く状況は最悪の一言だった。
もし、スラスターが全損する前に今回の面談が実施されていれば及第点の評価はもらえ、引き続きよろしく、という運びになっていたはず。
しかし、専用機を自分で完成させると豪語したものの専用機を大破させました、もう少し時間をくださいというのはいくらなんでも虫が良すぎる。
「この面談でおそらく日本政府は簪ちゃんを見極めるはず……ただ、この状況で会ったとしても確実に代表候補生の座を剥奪する決定の後押しになっちゃうわ」
「ここはもう正直に報告するしかなさそうです」
「そうなんだけど……信じてくれるかしら? 突然、ISが暴走して仕方がなく破壊しましたって」
虚は静かに首を左右に振る。
状況を知っていればまた変わるだろうが、外部の人間からすればわざと破壊しておいて時間を延ばす作戦を取ったと思われてもおかしくはない。
「あーもう! どうすればいいのよ~」
――――――☆――――――
「……今日一日、何もしなかった……こんなの初めて」
同室のルームメイトが眠りに落ちた夜の遅い時間帯、簪は小さな声でウサギを抱きしめながらその耳を優しくなでていた。
今までは専用機を完成させるという目標が彼女を突き動かしていたが今はその目標すらも消えかかっており、一日中ベッドの上に横になっていた。
「……私、どうしたらいいかな」
その時、メッセージを受信した電子音が聞こえ、枕元に置いていたタブレット端末を手に取ってメッセージアプリを開いてみると送り主は代表候補生の管理官だった。
正直、その名前を見た段階で彼女の中で嫌な予感はしていたが震える指でそのメッセージを開く。
「……ぁ」
そのメッセージに書かれていたのは明後日の放課後、緊急の面談を行うという短い一文。
しかし、簪はそのメッセージの裏に隠された真意に気付くとタブレット端末を放り投げてベッドから起き上がり、部屋から出ようとするがそこで立ち止まる。
「……整備室、開いてない……」
もう少しで日付が変わる時間帯である現在、整備室が開いているわけもなく簪は顔から血の気を引かしながら膝から崩れ落ちる。
「……もう……終わり…かな……せっかく……ここまでっっ」
簪の両目から大粒の涙があふれだし、床に落ちていく。
専用機の放置から始まった彼女のIS学園は代表候補生としてのプライド、そして代表候補生の座の剥奪、最後には憎き織斑一夏によって専用機を破壊されるという最悪の結末で幕を閉じるようだった。
「っっ……ぅぅっ」
初めて友達になれるかもしれない人と出会うことができ、その人と一緒に機体を作り上げることができ、ずっと追いかけていた背中に追いつくことができると思っていたがそれはすべて幻だった。
すべては姉の根回しによるものだった。
優しく話しかけてくれた彼の表情も、迷惑をかけたと頭を下げた彼の行動も、暴走した機体から守ってくれたあの人の格好いい姿もすべてが姉の根回し。
だがこの際、姉の根回しなどどうでもよかった。
「……あの人さえ……あの人さえいなければっ」
織斑一夏という存在さえなければ打鉄弐式は完成し、日本の代表候補生として学年でも一定の活躍ができ、クラスからの評価も変わっていたはず。
しかし、現実はどうだ。
織斑一夏がいたせいで専用機は未完成のまま後回しにされ、すべての行事は欠席、挙句の果てには姉によって無理やり汎用機での参加を命じられた。
周囲から代表候補生なのに専用機がないだの、本当に代表候補生なのかだの、そして姉が有名だから代表候補生になれただのと言われようはすさまじかった。
「……許さない」
自分だけ仲間に恵まれ、周りにちやほやされ、学年最強だと持て囃されて笑顔を浮かべている彼の顔が彼女の脳裏を埋め尽くし、心の中に嫉妬や憎しみといった彼に対する負の感情の炎が吹き荒れる。
「……絶対にっ」
―――キュイ
あの子の声が聞こえるとともに彼女の視界にウサギの絵が描かれた白い小箱が差し出される。
顔を上げると彼女の心を癒してくれる唯一の存在が目の前にはいて、その小さく短い前足で小さな白い小箱を自分に押し出してくる。
何かを言われたわけではない―――ただ、その赤い目にそう言われたかのように簪は白い小箱を受け取り、箱を開けると黒く妖しい輝きを放つ黒いチョーカーが姿を現す。
「……」
簪はその妖しい輝きに引き寄せられるかのようにチョーカーを手に取り、自分の首に巻くと―――
「っっっ!」
バチィッ! とまるで電流でも迸ったかのように彼女の体がまっすぐに伸びると両目が開き、全身が小さくこきざまに震え始める。
「―――ぁっ――――――ぁぁっ! はぁっ…はぁっ」
突然の出来事に恐怖―――を抱いたのは一瞬だけでそれを上塗りするかのように思考がどんよりと重くなり始め、視界がぼやけ、頭が揺れ動く。
(ぁ……れっ……)
その時、頭の中にまるでどこかから情報が流し込まれるかのように数式が書き記されていき、無数の数値が頭の中で展開されていく。
おぼろげな意識のまま簪はふらふらと覚束ない足取りでベッドへと戻り、突き動かされるかのようにタブレット端末に頭の中に流れてくる数式や数値を書き記していく。
(なん……これっ……ぁっ)
頭に思い浮かんでくる数値や数式を全て書き記し終えたところでプツンと電源が切れたかのように彼女の体から力が抜け落ち、ベッドの端にもたれかかる形で意識を失った。
―――キュイ
誰もいない、誰も気づかないほどの小さな声でウサギがないた。