次の日の朝、俺は再びのほほんさんと一緒に4組の教室をのぞきに行っていた。
のほほんさん曰く、今日は登校しているという話らしい。
「簪さんが登校してるって本当か?」
「うん……今朝、部屋を見に行ったらもういなかったから」
部屋に居なければ整備室も、と考えたけど整備科の生徒以外は基本的に放課後にしか整備室を使えない規則だから教室に来ているということになる。
4組の教室を視界に入れたその時、教室の外で数人の女子たちが集まって室内を見ていた。
「なんだあれ……何かあったのか」
のほほんさんと顔を見合わせ、女子たちの間を縫って教室の中を覗いてみると確かにのほほんさんの言うように簪さんは教室にいた。
ただその様子は以前と比べると何か狂気じみたものを感じる。
キーボードを叩いている姿は以前と同じようなものだけどその表情はどこか半分笑っているようで周りの奇異の視線を気にも留めずに一心不乱に画面に視線を注いでいる。
「へへっ……」
時折、声にも現れるほど彼女は嬉しさを感じている。
この前までは作業が進まなくてイライラしている様子も見られたのに今ではスムーズに進み過ぎているのか指が止まる気配がない。
「かんちゃん……大丈夫~?」
のほほんさんが意を決して彼女に近づき、声をかけるが簪さんはちらっとのほほんさんのほうを向いただけで返答も返さない。
「かんちゃん……かんちゃん」
肩を何度かゆするのほほんさん―――でもそんなことすらも気に留めず、簪さんはひたすら何かにとりつかれたかのように入力していく。
何の反応も示さない幼馴染の姿にのほほんさんは後ずさり、俺のもとへと戻ってくる。
「かんちゃん、何も言ってくれなかった」
「……何かあったのか」
その時、生徒の呼び出しを告げる校内アナウンスが鳴り響いた。
『一年一組、織斑・篠ノ之。職員室まで』
正直、俺と箒がセットで呼ばれることはあまりない―――だからこそセットで呼ばれたことに少しだけ不安を感じてしまう。
途中で箒とも合流した俺たちは職員室へと入室するとそのまま千冬姉に連れられて職員室の外に設置されている面談室へと入れられる。
「二人に見てほしいものがある」
そう言うと千冬姉は面談室に置かれていた大きな段ボール箱を机の上に置き、ふたを開けて中を見てみろと言わんばかりに視線を向ける。
俺と箒はそれに従って箱の中身を覗き込むとそこにあったものにぎょっとしてしまう。
「これって」
「……姉さん」
その箱に入れられていたのはおそらく千冬姉が破壊したであろうウサギ型ロボットの残骸。
一度だけ俺も見たことがある。
セシリアと一組のクラス代表を決める際の模擬戦の直前にピット内に現れたウサギ、その時のウサギとほとんど同じ姿かたちをしている。
「最近、学園内でウサギを見たという話を生徒から聞いていたんでな。色々と探し回ってみた結果がこれだ」
「また、姉さんが何かしようと」
「そうだろうな……だが今回は全く読めない。行事もなければ大型の外部イベントもない……あいつが真正面から私に喧嘩を売るとも思えない」
束さんは俺を殺そうとしている―――クラス別トーナメントや臨海学校のときのようなことを考えているんだったら真っ先に俺を殺そうとするはず。
こんな回りくどいやり方はしない。
「織斑、篠ノ之。お前たちの周囲で変わったことはないか」
「私の周りでは……一夏はどうだ」
「俺も……」
そこまで言いかけたところでふと、さっきの簪さんの変貌ぶりが思い浮かぶ。
「四組の子で一人、いきなり雰囲気が変わった子がいるんだ……もしかしたら」
「……織斑。その生徒の周辺にウサギがいないか確認しろ。見つけたら学内でISを展開しても構わん。確実に破壊するんだ」
「わかりました」
「篠ノ之。お前はほかの代表候補生と協力してウサギがいないか周辺を確認するんだ」
「はい」
「見つけ次第、即刻破壊だ」
――――――☆――――――
放課後、簪は終礼を話半分で聞きながら終わればすぐさま教室を飛び出し、整備室へと向かっていた。
もちろん向かう先は自分の専用機である『打鉄弐式』が保管されている場所。
本来であればそこは関係者以外の立ち入りを禁じているが打鉄弐式の持ち主ということでほとんど顔パスの状態で保管庫へと入室する。
「……」
鎮座している機体を見渡すとすでに側の修繕は完了している様子。
打鉄弐式のコンソールを開き、機体ステータスを確認すると飛行周りのシステムの調整が必要だということはそのデータを一目見て分かった。
「……ぅっ」
その時、簪の体がゆらりと左右に小さく揺れたかと思うとふらふらと覚束ない足取りで歩き始め、周辺にあった数本のケーブルを手に取り、そのまま機体のもとへと向かうと慣れた手つきで挿入していく。
そして自らの周囲に四枚の空間投影ディスプレイとキーボードを表示させ、両手、そして両足による操作で入力を始めていく。
ディスプレイに表示されていた元の数値やデータが消えていったかと思えば新たなものが打ち込まれては消え、打ち込まれては消えの繰り返し。
(指が……動く……目の前に……出てくる)
簪は脳内に次々と現れてくるものを正確に入力していく。
そしてゆっくりと両手・両足でキーボードのエンターキーを叩いた瞬間、処理が開始され、次々に数値や数式が表示されていくがそのどれもがスムーズに処理を終えていく。
画面に表示された『complete』の一文字。
「……ぅぁっ」
簪の足から力が抜け、膝から崩れ落ちて床に膝まづくと同時に整備室の扉がガチャガチャと音を立てて数回揺れるが簪は無視して別の作業に取り掛かろうとする。
直後、バギィン! という嫌な音ともにゆっくりと扉が倒れていく。
床に派手な音を立てながら倒れた扉は斜めにきれいに切り裂かれており、無理やり開けられた扉から蛇腹剣を手中に収めている楯無が現れた。
「簪ちゃん……ここで何をしているの?」
「……あなたに……関係ない」
「関係あるわ。私はあなたの姉……妹の様子がおかしいと聞けば居ても立っても居られないわ」
「……問題ない……出て行って……これから……作業」
簪がそこまで言った途端、楯無は目にもとまらぬ速さで大きく踏み込むとそのまま簪を飛び越えて打鉄弐式のもとへと降り立ち、素早くコンソールを開く。
そしてそこに表示されたスペックデータを見て驚きのあまり目を見開く。
「……完成している? そんな……システム回りを含めてあと五日かかるはず……それにこれは」
「…驚いた?」
後ろからの声に反応し、振り返るとそこには楯無が今まで見たことがないほどに邪悪な笑みを浮かべる簪の姿があった。
その笑顔はとても醜悪なもので簪が浮かべるような表情ではない。
「簪ちゃん……何をしたの? あれは修繕じゃない。改修のレベルよ」
「ふふっ……これが私……私の……実力」
確かに簪の情報処理能力に関しては目を見張るものがあるし、整備技術の腕も同世代と比較すれば頭一つ分は優にとびぬけている。
しかし、先ほど楯無が見たデータの変貌ぶりは彼女が持つ技術レベルでは到底できないほどに高度なもの。
IS学園の三年生整備科主席が五日かかると言っていた修繕作業をわずか数分足らずで終わらせるなど今の簪の技術レベルでは不可能。
「教えて。何をしたの」
「……頭にね……浮かぶの……あの子に必要な……ものが」
「簪ちゃん、いったい何を言って」
その時、楯無の視線が簪の首元へと集中する。
簪の首元には黒いチョーカーがつけられており、少なくとも楯無は見たことのないもの。
(チョーカーなんて……簪ちゃんがつけるかしら)
「私、これから……作業があるから……」
そう言いながらゆっくりと歩き始め、楯無のすぐそばを通り過ぎると簪は作業を始めるがその様子は平常時の物とは思えない。
ただ作業をしている間もふらふらと左右に揺れており、傍から見れば酔っ払いの千鳥足のような動き。
「待ちなさい!」
「……もう少しで完成するんだぁ」
「っっ!」
簪のその一言に伸ばした腕が止まる。
ただ、楯無の心のどこかで打鉄弐式の完成を待ち望む自分がおり、目の前で行われている作業をすぐさま止めようとすることができない。
「この子が……完成したら……いっぱい行事にも……出たいなぁ」
「……」
「もっと勉強して……もっと頑張って……この子と一緒に……」
(このまま……何もしなければ打鉄弐式は完成する……でも今の簪ちゃんはおかしい……)
妹がおかしくなっていることは誰の目から見ても明らか。
十人に聞けば十人とも即刻止めるべきだと言うだろう。
(でも……作業を止めれば明日の管理官との面談で簪ちゃんは……代表候補生の座を失うことになる)
それだけは何としてでも避けたい。
ようやく簪の専用機が完成し、代表候補生として胸を張って活動ができる―――姉として、家族としてその姿を見たいという気持ちともう一つ。
生徒会長として学園の生徒に危機が迫っているのであればそれを助けなくてはならないし、学園在籍中に代表候補生の座を失うという事態を起こしてはならない。
もしそうなればIS学園のカリキュラムや教師陣のスキル、そして何より教育機関としての学園の立場が危うくなってしまう。
そんな二つの想いが楯無の中にでうごめている。
姉として簪が専用機を完成させるのを見届け、彼女の晴れ姿を見るのか。
それとも生徒会長として学園を、生徒を救うために止めるのか。
(私は……私はっ!)
彼に甘さは捨てろと言い続けていたはずなのに自分は甘さを捨てきれていないことに腹立たしさを感じるがそれよりも簪の晴れ姿を見たい。
誰もが簪を冷やかしたり、見下したりするのではなく褒めたたえる姿を見たい。
いつも項垂れて顔を下に向けている簪ではなく、自分の専用機を纏い、顔をしっかりと上げて代表候補生としてみんなのお手本になる簪を見たい。
楯無の手から力が抜け、握っていた蛇腹剣が落ちていき、光の粒子となって消失する。
もう楯無の中に簪の作業を止めるという選択肢はなかった。
―――キュイッ
足元でそんな鳴き声が聞こえ、下を見ると簪の足元に一匹のウサギがいた。
学園にいるはずのない生き物を前にしても楯無は動き一つ見せなかった。
「……頑張…ってね、簪ちゃん」
「…ぅん」
「簪さん!」
その時、楯無の背後で彼の声が聞こえる。
振り返れば彼の視線は楯無の後ろにいる簪、そして足元にいる一匹のウサギに注がれており、雰囲気からして明らかに次の行動は―――
「楯無さん! 早く止めないと!」
彼はその手に雪片弐型を収め、ウサギを破壊するべく駆けだしてくる―――楯無は迷うことなく手中に蛇腹剣を収め、一夏に切りかかった。
整備室内に甲高い金属音が鳴り響く。
「た、楯無さん!? 何するんですか!」
「邪魔を……簪ちゃんの邪魔をしないで!」
小さな動きで彼に足払いをかけ、体勢を崩すがISの部分展開により、スラスターを起動させ、その勢いで体勢を瞬時に立て直す。
「楯無さん! 聞いてください! その足元にいるウサギは」
「ミステリアス・レイディ!」
「っっ!」
愛機の名を読んだ瞬間、彼女の左右にアクア・クリスタルが出現するとともに彼女の全身を水のヴェールが覆っていき、彼女の専用機である【
自分が何をしようとしているのか、その行動が正しいのか正しくないのかすらも考えることをやめ、ただひたすらに簪の作業を守るという目的だけを楯無は遂行する。
「はぁぁぁっ!」
「っっ!?」
ラスティー・ネイルと雪片弐型がぶつかり合うと同時に楯無は瞬時加速を発動させ、その爆発的な加速を利用して一夏を窓へとたたきつける。
スラスターをも全開に吹かし、一瞬にして粉々に砕け散って開いた空間から一夏を無理やり押し込んで外へと連れ出し、空が解放されている第六アリーナへと向かっていく。
お互いにスラスターを吹かしあったことで勢いが拮抗するがそのままの勢いで第六アリーナのフィールドに滑るように降り立つ。
「楯無さん!」
「お願いだからっっ! お願いだから何も言わずに」
楯無は最後の最後まで自分を押さえつけていた鎖を打ち砕き、一夏をその目でにらみつける。
「私に倒されて! 一夏君!」
あと一話で100話!