昔から姉妹にしては正反対の方向を向いているとよく言われてきた更識姉妹。
姉は活発で人々を魅了するものを持ち、幼いころから周囲の人間をあっという間に自分の味方とし、小学生のころからリーダーの役割を担ってきた。
対して妹は引っ込み思案で人見知りが激しく、いつも本を読んだり、ヒーローもののテレビに夢中になるなど家の中で楽しんでいた。
でもそんな妹のことを姉は邪険に扱うことなどはなく、いつも隣にいて遊ぼうと誘い、断ればくすぐりで無理やり笑わせるなど常にそばに居続けた。
姉の役割は妹を守ること。
自分には戦う力がある―――だからこの力を妹を守るために使う。
そう決め、厳しい鍛錬を積み重ね、IS学園の生徒会長を務めるほどにまで強くなった。
でもいつからか、妹は距離を取るようになった。
こちらから距離を詰めようとしてもそれを拒絶するように距離を離し、話しかけても一言二言だけで済まし、また遠く離れていく。
遠く離れていても姉は必死に妹のために手を尽くした。
周囲が妹を嘲笑うのであればその者を生徒会室に呼び出し、泣き出すまで問い詰めたこともあった。
でも気づかなかった―――それが彼女を苦しめていることに。
――――――☆――――――
「お、お嬢様」
モニターに映し出されている光景を前に虚は信じられないという表情を浮かべて映像に釘付けになる。
もし、俺が同じ立場だったとしたら―――いや、兄弟・姉妹を持つものであればどんなに強い心を持っていたとしても楯無さんを責め立てることができる奴なんていないはず。
「虚さん! 行かせてください!」
「……そ、それは」
「今ここで行かなかったらこの先ずっと後悔することになる!」
「ですが! お嬢様は……お嬢様は必ず」
今ここで俺を行かせるということは楯無さんを信用しいないということ。
楯無さんに使える専属のメイドである虚さんからすればそれは裏切り行為となり、主従関係の布仏の名前に傷をつけてしまう。
でも虚さんは家の名前と楯無さんの幼馴染との考えに挟まれている。
「虚さん!」
「お嬢様は必ず目的を果たす人です! 私の役目はそれを見届けること! お嬢様を裏切るような―――」
その時、虚さんの言葉を遮るかのように観客席を覆っていた物理シャッターが開き始め、天井部分の物理壁がシールドバリアへと切り替わり、全ての出入り口のロックが解除される。
『織斑君! 行って!』
「のほほんさん!」
『お嬢様も……かんちゃんも助けて!』
のほほんさんの悲痛な叫びを受け、俺は虚さんの横を通り過ぎていき、全力でその場から駆け出しながら楯無さんたちがいる第二アリーナへと向かった。
――――――☆――――――
一夏が走り去った直後、虚は力なく膝から崩れ落ちる。
そんな彼女のもとに本音がやってくる。
「本音……どうして」
「……」
「私たちの役目を忘れたの? 私たちは―――」
「更識に使える従者……分かってる……でも……かんちゃんは大事な友達だから……失いたくないから」
両目から大粒の涙を流し始める本音の姿を見て虚はその場から駆け出し、本音を抱きしめると二人して肩を震わせて涙を流していく。
さっきまで必死に押し殺していた想いのすべてが涙となって彼女たちの心から出ていく。
――――――☆――――――
「……」
放たれた蒼流旋の一撃―――それは黒いチョーカーの寸前で止まっており、その槍先はカタカタと小刻みに震えており、その原因は楯無の腕にあった。
寸前で止められた腕はガタガタと震えており、表情は必死に腕を動かそうとするが全く動かない。
黒いチョーカーに届く寸前に聞こえた自分を呼ぶ声。
それはまさに簪の声であり、楯無の覚悟を打ち崩すには十分だった。
引きつった笑い声が途中で挟まる声ではなく、幼いころから聞き続け、今はその声を何よりも聞きたいと強く願っている声。
その声がまさにさっき、楯無の耳に響いた。
「……でき…ない」
蒼流旋が光の粒子となって消え去り、その場に力なく座り込むと同時にフィールドに楯無の涙が数滴、落ちると楯無は顔を上げ、涙を隠すことなく簪の肩をつかみ、想いの丈をぶつける。
「私にはできない! 簪ちゃんを傷つけることなんてできない! お願いだから……お願いだから戻ってきて! また私を……私を呼んで! 簪ちゃん!」
両肩を激しく揺さぶられる簪は一言も発さず黙ったまま―――しかし、ゆっくりと目を開けて楯無を視界に収めるや否や小さく笑みをこぼす。
「……ひひっ…ばぁん」
至近距離で春雷の荷電粒子砲をまともに受けた楯無はなすすべなく吹き飛ばされていき、フィールドに背中から落ちるがもう腕を動かす気力さえ残っていなかった。
あれだけ周りから学園最強、生徒会長と崇められながら妹一人救えないか、と自嘲気味に笑みをこぼす。
「ひひっ……出来ないよ…ね……ひひっ……マルチ・ロックオン」
ミステリアス・レイディから多重ロックされていると通知が送られてくるがそれすらも目を通さずに空中で自分を見下ろすかのように見てくる簪を視界に入れる。
(ぁぁ……人に言えたもんじゃないわね……ほんと……吐き捨てたくなるくらいに甘いわ)
「ひひっ……この後は…織斑一夏を……ひひっ……連れて行かなくちゃ」
(……もっとちゃんと向き合っていたら……変わっていたのかしら)
「ろっく…お~ん」
(もっとあの子と……話していたら……)
「ばいばい」
その瞬間、打鉄弐式のミサイルポッドから四八発ものミサイルが同時に放たれてまっすぐ倒れて動かない楯無のもとへと向かっていく。
四八発ものミサイルを同時に受ければ絶対防御が発動するどころか生身にまで被害が出るかもしれない。
ただその場から動く気力は楯無にはなかった。
(……ごめんなさい。虚ちゃん、本音ちゃん……助けられなかった)
ミサイルが向かってくる音を聞きながら楯無は目を閉じる―――その時、脳裏にあの人の顔が思い浮かぶ。
それはどんな状況でも立ち向かい、勝利を収めて仲間を救い続けてきたあの人の顔。
(一夏君……あなたは……こんな私でも……助けてくれるのかな)
助けを求めたことなどない楯無は走馬灯のように昔のことを思い出す。
それは昔、読んだある絵本に出てくる登場人物でその男性はヒロインのピンチにさっそうと駆けつけてヒロインを助けてしまう白馬の王子様。
そんなものに憧れていたのは遠い昔の話―――だと思っていた。
昔は白馬の王子様が現れて自分を助けてくれると思っていたが強さを手に入れていくごとにその考えは徐々に消え去っていき、IS学園の生徒会長の座を掴んだ時にはほとんど消えかかっていた。
(そういえば前に……)
一度だけたずねたことがある。
『あなたは白馬の王子様を信じる?』
もしかしたら彼を一目見た時から思っていたのかもしれない―――彼が白馬の王子様だと。
なら言っても―――言うだけなら罰は当たらないだろう。
この先、言うことがないと思い込んでいた言葉を楯無はそっと呟いた。
「助…けて……一夏君」
ミサイルが楯無に着弾しようとした瞬間、楯無の視界を遮るかのように横一直線に荷電粒子砲が放たれて一撃に手全てのミサイルを飲み込む。
その直後、次々とミサイルは爆発を上げていき消失していく。
「一……夏君」
一撃が通ってきた方向を向くとそこにはゆっくりとこちらへ向かってくる白式を纏った一夏の姿があった。
なぜだろうか―――楯無の目には一夏の姿がひときわ輝いて見えているような気がしてずっと彼から視線を外すことができないでいた。
(白馬の……王子様)
「お待たせしました……楯無さん」
差し出された手をそっと取ると彼の温もりが装甲を通り越して伝わってきて悲しみに冷え切っていた彼女の体を温めてくれる。
それがどこか心地よく、そして胸が高鳴ってしまう。
「どう……して」
わかっていても聞いてしまう―――なぜ、助けてくれるのかと。
「そんなの決まってるでしょ……泣いている人を放っておけませんから」
その言葉とともに楯無は確信した。
(この人が……彼こそが私の)
――――――白馬の王子様なのだと。
――――――☆――――――
「さてと……簪、今助けるからな!」
「ひひっ……あなたを……殺すから!」
白式から多重ロックオンの通知が示されると同時に凄まじい数のミサイルが正確無比に俺のもとへと放たれるが大型ウイングスラスターを吹かし、上空へと舞い上がる。
ロックオンしているということだけあって上空に上がるだけではミサイルは俺を見失わない。
(Boost・Timeはこのタイミングでは使いたくない)
何とかスラスターだけでミサイルの雨あられを避けていくが四十八発は流石に多すぎる。
さっきの荷電粒子砲の一撃で残りのエネルギー残量は7割程度しか残っておらず、ここでBoost・Timeを使ってしまえば蒼炎状態には移行できない。
かといってこのままミサイルを回避し続けられるかと言われたら正直、微妙だ。
『避けてばかりじゃ……ひひっ……何も出来ないよ?』
「うぉ!?」
回避しきったと思っていたミサイルの爆発が重なったのか背中から凄まじい衝撃が伝わり、前方に体が投げ出されてるような感覚に陥る。
ISの自動姿勢制御によってなんとか体勢を元に戻し、フィールドに降り立つ。
その時、簪の脇をくぐるようにして二門の銃口が見える。
(やばっ)
銃口の奥が輝きを発し始めた瞬間―――
「捕まえた♪」
「っっ!? は、放してっっ」
簪の後方から姿を現した楯無さんが彼女を後ろから羽交い絞めにし、そして俺のほうを見て頷いた。
俺はその瞬間、楯無さんの意思を理解し、背部装甲から鎖を射出して地面に突き刺すと蒼炎状態への移行を開始するために大型ウイングスラスターを最大稼働させる。
「ひひっ! は、放してっ……放してっ!」
「ダメよ……絶対に離さないんだから」
直後、簪の手中に薙刀が収まり、後ろにいる楯無さんの脇腹を何度も刺していく。
何度刺されようとも―――何度、荷電粒子砲を至近距離で当てられようとも楯無さんは簪を離すことなく捕まえており、その姿はまるで抱きしめているように見える。
「簪ちゃん……一人は怖いでしょ? だから……お姉ちゃんが傍にいてあげる」
「いやっ……せっかく……せっかく手に入れた……手放したくないっ!」
「そんなものに頼らなくたって! 簪ちゃんならきっとできる!」
「やだやだやだっ!」
「大丈夫……きっとあなたなら」
大型ウイングスラスターの炎が赤炎から蒼炎へと切り替わり、徐々に鎖が引きちぎれていく。
楯無さんが体を張って覚悟を決めている以上、俺も手を抜くわけにはいかない。
「この一撃で取り戻す!」
「こんなのっ! こんなのやだっ!」
「簪ちゃん……一緒よ」
「っっっ!」
最後の一本が引きちぎられた瞬間、亜光速機動へと移行し、周囲の景色が停止したかのようにゆっくりと進んでいくとともに蒼炎を纏い、二人のもとへと突撃していく。
これ以上、誰も悲しませないし、俺の仲間を傷つけさせるわけにはいかない。
「だぁぁぁっ!」
直後、爆音とともに周囲に蒼炎が吹き荒れ、全てを飲み込んでいく。
失いたくない簪を後ろから抱きしめる楯無さんは俺の顔を見て小さく笑みを浮かべるとゆっくりと目を閉じ、蒼炎の中へと消えていった。