Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第百八話

 平穏を取り戻し、生徒たちによって復旧作業が進められる中、一匹のウサギがその隙をついて物陰から飛び出し、凄まじい勢いで駆け出していく。

 IS学園のゲートまで数メートル―――その瞬間、無情にもウサギの腹部を小型のナイフが正確無比に貫き、地面に縫い付けるようにして突き刺さる。

 

「私はウサギを借るのにも全力を出す主義でな……飼い主のもとへは行かせんぞ」

 

 冷たい眼差しでヒクヒクと小刻みに痙攣するように震えているウサギを見ながら何の躊躇もなく千冬はウサギに足を置き、そして勢いよく踏みつぶした。

 キュイッ、という最後の小さな断末魔が響くが千冬にとってみればただの物音でしかない。

 足を退けるとペシャンコになったウサギとともに黒いチョーカーの残骸が現れるがその近くには数本のコードが集まっている。

 

「データだけは抽出したか……ゴーレムⅠだけではなく、発展型のゴーレムⅢすらも出してくるとはな……」

 

 ゴーレムⅠによる襲撃はある程度、予想しており、その対策も立てていた千冬だったが発展型のⅢすらも出してくることは予想外であり、その結果がイージス・シフトの発動だった。

 しかし、専用機持ちたちの活躍もあって学園の設備の損壊度は高くはなく、数日の休校を挟めば通常通りの学校としての運営は可能なレベルだった。

 報告では三年生の専用機が大破したとのことだがそんなことは些細な事。

 その時、ジャケットのポケットに入れていたスマホがぶるぶると震えていることに気付いた千冬がスマホを取り出し、画面も見ずに通話に出た。

 

「私だ」

『山田です。全ての機体の回収が完了しました』

「そうか……コアは」

『存在を確認できたのは二つです』

 

 一瞬、真耶の表現の仕方に引っ掛かりを覚えた千冬だがすぐに結論を出した―――コアそのものの存在を消し飛ばすほどの高威力で葬られたのだと。

 

『推測ですが一つはオルコットさんのブルー・ティアー・シンギュラリティで、もう一つは織斑君の蒼炎瞬時加速(ブルー・イグニッション)で破壊されたと思われます』

「そうか……それを知っているのは」

『私だけです』

「わかった。真耶、私が行くまでコアはお前が保管していろ」

『分かりました』

 

 その一言が終わると通話は切れた。

 

「学園の襲撃にゴーレムⅢを使うとはな……余裕がなくなってきたのか……それとも完全に箍が外れたのか」

『うん! もう外れちゃった!』

 

 あの時、臨海学校で笑顔でそう言い放った束。

 その結果、このような行動に出た。

 もともと周囲の人間などそこら辺の小石程度にしか思っていなかった彼女がとうとう、小石からゴミくずへとランクを下げてしまった。

 

「……束」

 

 狂っていく友人に対し、千冬は悲しそうにそうつぶやくのだった。

 

――――――☆――――――

 

「アハハッ! やっぱり箒ちゃんは素晴らしい! さすがは私の妹だじぇい! いぇいいぇい!」

 

 椅子をくるくると回転させながらモニターに映しているのは紅椿が新たに生み出した武装とその使用時の映像であり、束は心底嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 

「そうやっていっぱい戦っていっぱい成長して紅椿に一杯、データを蓄積すれば……箒ちゃんは世界最強、いや宇宙最強になれるよ」

 

 彼女が浮かべる表情は妹である箒を心の底から褒めたたえており、そこにウソ偽りの色などかけらもなく、ただ純粋に彼女を褒めたたえている。

 ただそんな彼女にも予想外はある。

 

「まさかゴーレムシリーズが全部破壊されちゃうとはね……しかもあれを殺すためのゴーレムⅢまで大破させられちゃうしさ~……だるっ」

 

 ゴーレムⅢにはほかのゴーレムⅠとは比較にならないほどに強力なジャミング装置を搭載しているのでほとんど絶対防御は機能していないはず。

 そして今回は確実に殺す―――はずだった。

 

「なんで腹部にISの蹴りをまともに食らって動けるわけ? 白騎士の生体再生も傷は治すけど痛みは残るはず……だってあのち~ちゃんが連続使用を避けるくらいだったのに」

 

 白騎士の生体再生をこれまでに何度も発動してきたにも拘らずあれには肉体的な異常はおろか精神的な異常すら欠片も見当たらない。

 いったい何があれをそれほどにまで突き動かしているのか。

 

「白騎士の生体再生を上回ろうとすればそれこそ……一片の肉片も残さないレベルじゃないと無理…もしくは生体再生するたびにあれを殺し続けるか……ん~、非現実的かな~」

 

 殺し続ければおそらくどこかのタイミングであれの精神が崩れ、焼き切れるだろうがそれをするとなれば一切の邪魔が入らない環境を作る必要がある。

 しかし、あれの周りにはアリの軍隊のような多数の人間が群がっている以上、その状況を作るのにかかるコストと時間を考えるのは非現実的すぎる。

 

「あ、氷漬けにしちゃうとか……ないね。ないない」

 

 そもそも人一人を丸々氷漬けにすることは大掛かりな設備があれば話は別だがいくらISとはいえ、そのようなことは不可能に近い。

 

「やっぱり現実的なのは殺し続けることかな。氷漬けにするのに比べたらまだマシ……おぉ?」

 

 その時、隣のモニターに一通のメッセージが表示されるとそれが自動で開かれ、そこに添付されていたデータがダウンロードされ始める。

 束はそのデータの羅列を目で追っていくとにやりと口角を上げる。

 そのデータは簪を実験体として集めた言縁の稼働データであり、束が開発を進めている生体融合型ISの貴重なサンプルデータだ。

 

「やっぱり生きている人間は完全には操れないか……そりゃそうだよね。でも良いもん! おかげで私はさらなる高みに登れるから」

 

 モニターのすぐそばにある機械からは数本のケーブルが伸びており、それは銀髪金眼の少女へと伸びており、その首元には簪とは色違いの言縁が埋め込まれている。

 言縁にケーブルが差し込まれており、簪で記録したデータがすべて送信されている。

 

「生体融合型……名を改めて生体同期型IS―――黒鍵……これで束さんはもっと……もーっとあいつを殺しやすくなる。ねえ、ちーちゃん……ISが関係しているところなら……殺してもいいんだったよね?」

 

 

 

――――――☆――――――

「ん……」

「―――ちゃん」

 

 ぼんやりとした覚醒が始まり、まだまだ眠りたいと意識を置くそこへと鎮めようとした矢先、誰かの声が聞こえた気がしてゆっくりと意識を暗い海の底から引っ張り上げる。

 徐々に意識が覚醒し、目を開けると夕焼けがまぶしく、思わず手で隠すと誰かがカーテンを閉めてくれる。

 

「お姉ちゃん」

「……簪ちゃん」

 

 隣から声が聞こえ、声のする方向を向くと隣のベッドに同じように横になり、手首に点滴の管を刺している簪の姿があった。

 体を動かそうとするが鋭い痛みが走り、ゆっくりと簪のほうへと体を向けるのが精いっぱいだった。

 

「体は……大丈夫?」

「まあね……簪ちゃんは?」

「私は……大丈夫……薬品が投与されていたから……その検査がいっぱいあったくらい」

「そう……」

 

 楯無と簪がこうして二人っきりで話をするのは一体何年ぶりになるか、お互いいつごろから距離を置き始めたのかなど覚えてもいない。

 ただ今は空いていた距離もない―――それはすべて彼のおかげ。

 もっと早くにキチンと会話をすればと思う姉の心ともっとちゃんと向き合っていればと思う妹の心。

 それら二つを結び、間に立ってくれたのが彼。

 彼は二人の恩人であると同時に簪を悪者から助けてくれる正義のヒーロー、そして楯無がずっと恋焦がれていた颯爽と駆けつけてくれる白馬の王子様。

 二人は同時に彼のことを思い出し、少しだけ顔を赤くする。

 

「お姉ちゃん……顔赤いよ」

「簪ちゃんだって……私より顔まっかよ」

 

 互いの顔の赤さを指摘しあうとどちらからともなく笑みを浮かべる。

 そして楯無は手を伸ばし、簪の頭を優しくなでる。

 

「無事でよかった……本当に簪ちゃんがどこかに行っちゃうかと不安だったわ」

「……ごめんなさい」

「え?」

 

 簪はそうつぶやくと両肩を震わせ、両目から大粒の涙を流しながら何度も楯無に謝罪の言葉を紡いでいく。

 それは今までの関係もそうだが今回の一件に関して。

 

「私が……弱かったから…もっと周りに頼っていれば……こんなことにはならなかったから……」

「簪ちゃん……」

「ダメな妹で……ご―――」

 

 それ以上の言葉は言わせないと言わんばかりに楯無は簪を抱き寄せると強く―――もう二度と離さないというかのように強く抱きしめ、簪の頭を優しくなでる。

 暖かなぬくもりを感じ、簪はより涙を流す。

 

「それ以上はダメ……あなたは悪くない……悪いのはあなたの心を弄んだ人よ」

「でも……でもっ」

「でももへちまもないの……もし、あなたが自分の悪いところがあるっていうんだったら……これからの行動でそれを改めていけばいいの」

「お姉ちゃん……お姉ちゃん」

「良い子良い子……簪ちゃんは強い子よ……これから一緒にいきましょう」

「うん……うん」

 

 長年のわだかまりが解けた姉妹は誰の邪魔も入らない医務室でお互いの存在を確かめ合った。

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