Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第百十三話

 ギィィィッ、と重い扉を開き、夜景がよく見えるであろうホテルの最上階にある開放的な空間へと入り、周囲を見渡すが仮面の女の姿が見えない。

 一瞬だけとはいえ確かに亡国機業の仮面の女の後ろ姿が見えた。

 

「どこに行った」

 

 周囲を見渡していたその時、ほんの一瞬だけ視界の端で月明かりが何かに反射したのを感じ、振り向きざまにナイフを抜いて振るった瞬間、甲高い金属音とともに火花が散る。

 目の前には仮面をつけた亡国機業の女がいる。

 

「やっぱり来てたんだな……亡国機業!」

「ハエが妙にたかっていると思えば……お前の子守か。識別外個体(アウト・ナンバー)

「その名前で呼ぶんじゃねえ!」

 

 軽く鍔迫り合いをしながら足払いをかけるが軽やかに跳躍され、大きく距離を開けられる。

 開いた距離を詰めるために一気に踏み込んで着地際を襲い掛かるが桃色のナイフに阻まれ、再び周囲に甲高い金属音が鳴り響く。

 

「今度は何をするつもりだ」

「私の目的は常に変わらない……お前を殺すことだ、識別外個体(アウト・ナンバー)!」

 

 俺の喉元を掻き切るような軌道でナイフが振るわれるがそれを体勢を後ろへと倒すことで避けると同時にバク転で後方へと下がりながら相手の腕を踵で蹴り上げる。

 体勢を立て直し、踏み込もうとした時、月明かりを反射するもう一つの物が見え、慌ててその場から横へと飛び込んだ直後に乾いた銃声が響き、地面を削り取る。

 

「だからその識別外個体(アウト・ナンバー)ってなんだよ! 俺は織斑一夏だ!」

「違う! 私こそが織斑一夏だ!」

 

 互いにナイフをぶつけ合い、至近距離で叫びあう―――その時、キィィッと扉が開く音が響き、慌てて音の方を向くと俺を探しに来たのか箒がこの空間に入ってきてしまった。

 

「一夏?」

「―――ふっ」

「っっ!」

 

 その瞬間、仮面の女の小さな笑う声が聞こえるとともに銃口が箒の方へと向けられ、引き金に指がかかる。

 すぐさま銃口を隠すように空いている右手を伸ばした瞬間、乾いた銃声が響くとともに鉛の弾丸が放たれて俺の右手に凄まじい衝撃が走り、手が後ろへ大きく逸れる。

 ISの絶対防御が効いているとはいえ衝撃は完全に相殺しきれない。

 

(やばいっ―――体勢が)

 

 体勢を立てなおす前に仮面の女がピンクのナイフを斜めに振りかざす―――直後、俺の左足の太もも側面に深々と突き刺さると同時に激痛が走る。

 ISの絶対防御を貫通した激痛に顔を歪ませる俺の耳に箒の小さな悲鳴が聞こえる。

 間髪入れずに仮面の女が突き刺さっているナイフに蹴りを入れ、膝から崩れ落ちる。

 

「―――ぐぁぁっ!」

「ははっ!」

 

 経験したことがないほどの激痛が全身を迸り、思わずナイフを手放してしまう―――その瞬間、喉元に腕が押し当てられるとともに仮面の女の全全体重が乗せられる。

 普段なら女性の重さなど何の苦もないが今は片足が死んでいる状態。

 その状態では耐えることもできずにあっという間に後ろへと倒されると背中に軽い衝撃が走り、邪悪な笑みとともにいつのまにか足から抜かれたナイフを振り上げる女の顔が視界に映る。

 

「―――死ね」

 

 勢いよく振り下ろされるピンクのナイフ―――迫る凶刃を前にして脳裏に仲間の顔がよぎり、奥歯を噛みしめてナイフの進行方向に両手のひらを置く。

 直後、鋭い痛みとともに俺の顔に数滴の水滴が滴り落ちる―――目の前にはナイフの切っ先が貫通するというあまり見たくない光景が広がっている。

 

「―――ぁっ―――ぁ」

 

 あまりの凄惨な光景に箒が耐え切れなかったのか声にならない音を口から出しながらへなへなとその場に座り込んでしまう。

 目の前で発砲はされるし、ナイフで体のあちこちを刺される幼馴染を見たらそうもなる。

 

「ぐぐっ」

識別外個体(アウト・ナンバー)の癖に耐えるじゃないか……さっさと死ね」

「黙れよ……俺は死ねないんだよ……皆との約束があるからな」

「はっ……ならばお前のすべてを私が引き継いでやろう」

 

 さっきから仮面の女が言っていることが全く理解できない。

 いや、そもそもこいつと出会った当初から言っていることを理解できたことはなく、理解の外どころか常識の外にいるとさえ思っている。

 

「何言ってんだっ……引き継ぐってなんだよ」

「そのままの意味だ。私が……“お前”となるんだ」

「意味が分かんねえよ!」

 

 すると相手は顔を至近距離にまで近づける―――その時、視界用に開けられている穴から相手の目が見え、視線がぶつかり合った瞬間、とてつもない不快感を感じた。

 体の奥底から何か込み上げてくるような感覚に加えて俺の体の中が徐々に震え始める。

 それはまるで小さい子供が高く積み上げた積み木が下の土台から揺れ動いているかのように―――体の中で何かを支えていた何かが震え始める―――ような気がした。

 

「いい加減に―――退けっ!」

「くぅっ!?」

 

 鋭い痛みを無視して右手をナイフの切っ先から即座に抜き、視界用の穴に手のひらをぶつけた瞬間、手のひらの血が相手の目に入ったのか思わず体勢が崩れるとともにナイフから力が抜ける。

 

(今だ!)

「らぁっ!」

「ぐぅっ!?」

 

 右足を空いた空間に差し込み、相手の胸元を全力で後方へと蹴り飛ばす。

 背中から転がるように俺の体から落ちた仮面の女はハンドスプリングで体勢を立て直しながら後方へと俺から距離を開ける。

 

「左足の傷が治っているな……それはなんだ。ISの力か? それとも別の何かか」

「お前が知る必要はねえよ」

 

 左手に突き刺さっていたピンク色のナイフを抜き取り、地面に投げ捨てると白騎士の生体再生が働き、傷を一瞬にして治癒してくれる。

 しかし、傷は癒えても刃物が突き刺さっていた鋭い痛みは健在でそれは左足も同じだった。

 

(治りが遅いわけじゃない……やっぱり死を伴う重症以外は完治させないのか)

「ふっ……貴様も化け物というわけか」

「お前と一緒にすんじゃねえよ」

「どれだけ否定しようともお前は化け物だ……やがては化け物しか残らないんだ。今のうちに受け入れておくことをお勧めしておこう」

「……本気でお前、何言ってんだ」

 

 先ほどの不快感はさらに強くなりつつあるし、俺の中で何かの震えも徐々に大きくなっている。

 

識別外個体(アウト・ナンバー)……以前、言ったな。私はお前だがお前は私ではないと」

「だからなんだ」

「あれの意味は……本当の織斑一夏は私であり、お前は識別外個体(アウト・ナンバー)だ。そもそもお前はこの世界に名前をもって生まれてないんだよ」

「だからなにを」

 

 その時、仮面の女の手がゆっくりと仮面へと伸びていく。

 襲撃されたあの夜もこいつは着けている仮面を外そうとして楯無さんに防がれていたのを思い出すのと同時に一つのことに気付く。

 

(あの時、楯無さんは息が乱れていた……楯無さんは仮面の女からの襲撃を防いだんじゃないのか)

 

 仮面の女の襲撃を防ぐだけならば生身の人間に対して本気でISの武装を振り下ろす必要があったのか。

 楯無さんほどの実力者ならば生身での戦闘力も非常に高いし、相手もISを所持しているとはいえあの時は生身の状態だった。

 楯無さんはもっと別のことを防ごうとしていた?

 そして仮面の女の手が仮面に触れるとゆっくりとその仮面が外されていき、徐々に仮面で隠れていた素顔が月明かりのもとにさらされていく。

 その時、蹴破るほどの勢いで扉が開かれ、壁に激突音を響かせる―――そこから現れたのは肩を体を引きずった状態で乱れた呼吸をした楯無さんだった。

 

「一夏君! 顔を見ちゃ―――」

「―――遅い」

 

 楯無さんの叫び声が伝わり切る前に仮面の女の仮面が完全に外されて地面へと投げ捨てられ、音を立てる。

 俺の視界に晒された素顔が露わとなり、それと同時に音を立てながら俺の中で何かを支えていた何かが崩れ落ちていき、奥底から何かが込み上げてくる。

 

「なっ―――ぁっ―――」

「意味が分かったか? 識別外個体(アウト・ナンバー)。これが“織斑一夏”の真実だ!」

 

 目の前にあった素顔は女版俺の顔、と言っても差支えがない―――いや、女版俺の顔と断言できるほどに俺の顔と酷似している顔がそこにはあった。

 目の前に立っていたのは紛れもなく、自分の“顔”だった。

 だが、それは鏡に映った自分ではない。頬のラインがわずかに柔らかく、睫毛の長さも、唇の輪郭も――まるで、女性用にトリミングされた“自分”がそこに立っているかのようだった。

 動揺のあまり声が出せなかった。彼女は何も言わず、ただ静かにこちらを見ていた。

 その瞳に宿る光は、こちらの癖も、思考のパターンも、ひどくよく知っているような、そんな“既視感”を含んでいた。

 脳が混乱しながらも、ひとつの問いだけが脊髄を駆け抜ける。

 ――あれは……俺なのか? それとも、俺じゃない“何か”なのか?

 

「―――っっ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 全身から考えられないくらいに汗が放出されはじめ、目からは悲しくもないのに涙がコントロールを失ったかのように大量に流れ始め、口からは抑えが効かなくなったかのように叫び声が流れ落ちていく。

 頭が割れるほどに痛み、周りの声が音としてでしか認識できなくなり、視線を外したいのに視線は目の前にある女の素顔から外すことができない。

 

「あぁぁぁぁぁっ! ぅぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ickknmttyadm!」

「アハハハハハハハッ! もう遅い! もう遅いんだよ! “織斑一夏”の真実は解き放たれた! 今日から私こそが“織斑一夏”になるんだ! 計画はすべてうまくいく! 私こそがあの人の愛を受けるんだ! あの人の愛はすべて私の物! お前が受けてきた愛はすべて私が引き継いでやる! だからお前は――――」

 

 女は大きく息を吸い――――

 

「今日から識別外個体(アウト・ナンバー)と名乗ればいい。それがお前の本当の……いや、本来の名前なのだから! アハハハハハハハッ!」

 

 突然、視界が暗くなったが何の音かもわからない音が耳に届くが女の声だけはハッキリと言語として聞き取れ、俺の脳内で激しく暴れまわる。

 また一つ、温もりが増えたような気がしたけどもうわからない。

 なんで目の前に俺の顔がもう一つあるんだ。

 なんで目の前に髪の長い俺が立っているんだ。

 何もわからない。

 何も理解できない。

 何も知りたくない―――何も知りたくない。

 俺はなんなんだ―――俺は誰なんだ――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ誰なんだ俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰俺は誰――――――

 俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何俺は何―――

 

 

 

 

 

―――この日をもって“織斑一夏”は崩壊した。

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