Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第百十四話

 必死に彼の狂乱を止めようと楯無と箒は声をかけるが発狂し続ける彼の耳には届かない。

 そんな様子を“織斑一夏”となった仮面の女は醜悪な笑みを浮かべながら眺めている。

 

「素晴らしい……これが“織斑一夏”……良い響きだ」

「貴様! 一夏に何をした!」

「ん? 呼んだか?」

「っっ! 黙れ!」

 

 箒は怒りのままに紅椿を部分展開し、右手に空裂を収めると何のためらいもなく“織斑一夏”に切りかかるが少しだけ相手が身を翻したことですれすれのところを刀が通過していく。

 そして箒の太もも側面に軽く蹴りを入れる。

 

「くっ!」

「あぁ……ようやく取り戻した……お前の気分はどうだ? 識別外個体(アウト・ナンバー)

「ぁぁぁっ! はぁっ! 返せよ……」

「ダメ一夏君! ここは退くわよ!」

 

 楯無が必死に彼の名を呼び続けるが彼は見向きもせずに“織斑一夏”の方をにらみ続ける―――まるでそこに楯無がいないかのような振る舞いに楯無も箒も困惑の表情を浮かべる。

 楯無は痛む傷を我慢しながら立ち上がり、彼の手を取るとようやく彼の視線が動いた。

 

「一夏君!」

「呼んだか? 更識楯無」

「……冗談もほどほどにしないと……殺すわよ」

 

 殺気を全開にし、激しい憎悪をもって睨みつけるが“織斑一夏”は口笛を吹き、へらへらと笑みを浮かべ、呆れたように肩をすくめる。

 

「お前たちが呼んでいるんじゃないか……一夏、と」

「お前は一夏じゃない!」

 

 箒は刀を握り締め、“織斑一夏”に対して横なぎの一撃を振りかざすが相手はISを展開し、上空へと舞い上がるとにやりと笑みを浮かべ、三人を見下ろす。

 

「仮面で隠す必要がないのは最高だな」

「返せ……返せ! 返えせぇぇぇぇぇ!」

「きゃっ!」

「楯無さん!」

 

 彼が雄たけびを上げると感情の高ぶりに合わせるかのように白式が展開され、全てのスラスターが全開で稼働を始め、雪片弐型を握り締めて一瞬にして上空へと舞い上がり、相手のもとへと向かっていく。

 勢いよく振りかざされる雪片弐型だが相手にはいとも簡単に避けられ、掠りもせずに空を切る。

 スラスターを吹かせて相手を追いかける彼―――その戦いの様子を見る箒は違和感しか抱いていなかった。

 

「なんだ……本当に一夏の戦い方なのか?」

 

 どう言語として表現していいか分からない違和感を胸に抱いていると抱えていた楯無がふらふらと箒から離れていき、覚束ない足取りで歩いて行く。

 追いかけようとしたその時、箒の視界に楯無の背中からにじみ出る血を見た。

 

「た、楯無さん! これ以上動いたら!」

「私は大丈夫よ……大丈夫だから」

 

 必死に笑顔を作ろうとするがその表情は苦悶の色に染まりあがっており、息も絶え絶えで箒に手を借りなければまともに立ち上がることさえできない。

 

「行かせて……じゃないと……彼が」

 

 直後、甲高い金属音が上空から降り注ぎ、二人して見上げると装甲の破片をまき散らしている彼が見えた。

 必死に大型ウイングスラスターを駆使して相手へと突っ込み、切りかかるがあまりにも単純で直線的な攻撃はいとも簡単に回避され、桃色のナイフで鋭く切り裂かれていく。

 

「なにが……何が起きているんだ」

 

 

――――――☆――――――

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 叫びをあげながら相手に向けて突っ込んでいき、剣を勢いよく振り下ろすが相手にはかすりもせず、ただ空を切るばかり。

 これほどまで攻撃が当たらないのかと驚く彼の中にもう一つ、何とも言えない喪失感があった。

 

(なんなんだ……体が…思うように……動かせない)

 

 無理やり言い表すのであれば頭と体が繋がっておらず、まるで互換性のあるリモコンで無理やり動かしているかのような感覚を彼は抱いていた。

 指の動き、腕の振り方、呼吸、そしてISの動きのすべてが繋がらない。

 

「徐々に失っていく感覚はどうだ? 識別外個体(アウト・ナンバー)

「うるさい! 俺は識別外個体(アウト・ナンバー)じゃない!」

「ふふっ」

「何がおかしい!」

「いや……楽しみで仕方がないんだ……あの人に会うのが」

「っっ!」

 

 彼は今までに感じたことがない憎悪に全身を蝕まれる感覚を抱きながらも雪片弐型を握り締める―――しかし、いつもの感触が現れず、手を見るとそこにあったはずの剣がなかった。

 

「な、ない……な、なんでだよ」

「徐々に出始めたか」

「な、なにがだよ……何が出始めてるんだよ!」

「それもそうだろう。なんせお前を支えていた名は消えたのだから……ISもお前を主として判断がつかない状態なんだ……仕上げと行こうか!」

「一夏ー!」

 

 紅椿を纏った箒が二人の間に入り“織斑一夏”を止めようとする―――しかし、直後に箒を押し出すようにして金色のISが現れ、“織斑一夏”の進路を開ける。

 

「邪魔しちゃだめよ、今からがいいところなんだから」

 

 スコールによって開かれた道を“織斑一夏”は桃色のナイフを握り締め、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動させるとすれ違いざまに彼の脇腹を鋭く切り裂く。

 金属音と火花が空中に放出されるとともに“織斑一夏”の表情は明るくなる。

 

「貰ったぞ……“俺”を」

「な、何を言って」

「お前の名はなんだ?」

「っっっは……っっ?」

 

 いつも発していたはずの自身を現す一人称が口から出ず、変な間合いを開けながら彼は叫ぶ。

 このとき何を発していたのか、どのような単語を使っていたのかが全く思い出せず、彼の頭の中はグチャグチャになっていた。

 そして自分自身の名前が思い浮かばない。

 

(な、なんて……なんて言っていたんだ……こんな時、なんて……名前は……名前は……)

「ハハハハハッ! 愉快なものだな! 全てを失っていく感覚はどうだ!? 識別外個体!」

 

 再び桃色のナイフが振りかざされ、彼の右腕が切り裂かれて火花が散る―――その瞬間、右手の装甲が光の粒子と化して消失し、生身の彼の腕が露わになる。

 突然の出来事に理解が追い付かない彼の背後に“織斑一夏”が回り込む。

 

「一夏! 後ろだー!」

「その通りだ」

「っっ!」

 

 続いて左腕が切り裂かれて火花が散るとともに左手の装甲が消え去り、右足・左足と各部位の装甲が切り裂かれると同時に粒子となって彼の意思に反するように消えていく。

 残ったのは背部装甲とウイングスラスターというアンバランスな装甲だけ。

 

「ぁっ……き、消えて……消えていく」

「あぁそうだ! お前は消えていくんだ! 私が……いや、俺が織斑一夏となり、お前にとって代わるんだ! あの人の愛を一身に受け、俺はこれから幸せを享受していくんだ!」

「や、やめろ……やめろやめろやめろ! 千冬姉は……千冬姉だけは渡さない!」

 

 彼は左手を握り締めると雪羅が起動し、徐々にエネルギーが集約されていく―――しかし、集まりかけていたエネルギーがあっけなく霧散し、起動していたはずの雪羅は鳴りを潜める。

 

「白式が……反応しなくなってる?」

「それもそうだろう……お前は誰だ?」

「―――は……―――は……」

 

 言葉が出ない―――いや、この状況で自分自身を現す言葉の存在が思い浮かばない。

 

「教えてやる……お前は識別外個体(アウト・ナンバー)だ」

「ア、アウト……ナンバー」

「そうだ。それがお前の名だ……」

 

 絶望に打ちひしがれ、動けないでいる彼のもとへゆっくりと歩み寄っていく。

 必死に箒や楯無が彼の名を呼ぶがその名はすでに彼の物ではなく、彼の耳には届かず、仮に届いたとしても自分のことだとは認識できていない。

 “織斑一夏”としてのほとんどを失った彼の目の前に“織斑一夏”が立ちはだかる。

 

「最後の一つ……貰うぞ」

「いやだ……いやだいやだ! これだけは! これだけはやめてくれ!」

「俺が欲するのは“織斑一夏”、そして」

 

 絶望の色に表情を染める彼を“織斑一夏”は何の躊躇もなく桃色のナイフで勢い良く振り下ろすと最後まで残っていた装甲が消失するとともに血しぶきを上げながら支えを失った彼の体はゆっくりと屋上へと落ちていく。

 彼の返り血を浴びながら“織斑一夏”はにやりと醜悪な笑みを浮かべ、こう言い放つ。

 

「“千冬姉”」

 

 

 その呼び方は世界で唯一、自分にしか許されていないはずであり、決して目の前の訳の分からない存在が口にしていい言葉ではない。

 彼は必死に腕を伸ばし、取り戻そうとするが支えを失った体はまっすぐ落ちていく。

 

「……千冬姉と俺は幸せになる未来を歩む。俺と千冬姉が歩む世界にお前の椅子はないし、存在してはならない……だから今日限りをもって死ね……識別外個体(アウト・ナンバー)

「一夏! どけぇ!」

「おっと」

 

 エネルギー斬撃波を回避したスコールはそのまま上空を飛翔し、“織斑一夏”の隣へと降りたつとホテルの屋上に集まっている三人を見下ろす。

 

「……興が覚めたわ」

「なんだ? 白式を回収しないのか?」

「言ったでしょ? 今日は何もしないの……帰るわよ、エム……じゃなくて“織斑一夏”さん」

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