Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第十話

 放課後、俺はセシリアと第三アリーナにいた。

 鈴に放課後開けとくようにと言われたがどうやら代表候補生の仕事が入ったみたいで俺が特訓している時間には間に合わないとの連絡が入った。

 

「本日は加速機動技術のひとつである瞬時加速(イグニッションブースト)をやりましょう」

「イ、イグニッションブースト?」

「スラスターから放出したエネルギーを再び取り込み、都合2回分のエネルギーで直線加速を行うものです。まぁ、理論を説明するよりも見ていてくださいまし」

 

 そう言い、セシリアは俺から距離を離し、フィールドの端まで行く。

 そして合図として手を挙げた直後、一瞬彼女の姿がブレたかと思えば瞬間的に超加速し、あれほど離れていた距離をあっという間に詰めて俺のすぐそばに立っていた。

 

「お、おぉぉ! 今凄まじい速度だった!」

「これが瞬時加速ですわ。爆発的な速度でしたでしょう?」

「一瞬セシリアを見失ったぞ……流石は代表候補生だ」

「ふ、ふふん! こ、これくらいの技術はランチ前ですわ!」

「……セシリア。それは朝飯前っていうんだぞ」

「……ふ、ふふふん!」

(あ、いつもよりも、ふ、が多かった……照れてる……これがギャップ萌えか)

 

 セシリアは簡単な言い間違いに恥ずかしそうに少し顔を赤く染める―――そんなセシリアもいつもとのギャップで可愛く見えてしまう。

 

「ゴッホン! では一度、やってみてくださいな」

「お、おう」

 

 瞬時加速を行う準備を白式に指示として飛ばすとスラスターから勢いよく空気が放出されていき、目の前に準備完了の四文字が現れる。

 前方に軽く体を傾けた瞬間、周りの景色がゆっくりと後ろへと流れていく。

 

(こ、これが瞬時加速の世界!)

 

 ほんの少し前方に移動したところで瞬時加速を解除し、後ろを振り返るとセシリアの顔がハイパーセンサーなしでは見えなくなるほどに距離が開いていた。

 

「凄い早いな。これがあれば距離も詰めやすくなる」

「ですが良いことばかりではありませんわ。1点目はエネルギー消費があることですわ。白式のエネルギー残量を確認してみてください」

 

 セシリアに言われ、残量を表示してみると確かにフルエネルギーからは多少、残量が減少している。

 ただ正直なところ割合で言えば5パーセント程度しか減少していないので雪片弐型の暴れっぷりと比べると遥かに燃費がいい技術だ。

 

「消費エネルギーは距離に比例して増加します。ですので使い過ぎには注意ですわ」

「おう」

「そしてもう一つは推奨されている使い方は直線軌道のみ。無理やり軌道を曲げると機体にも肉体にも負荷がかかりますの。最悪の場合、骨折しますわ」

「流石に骨折は勘弁だな……瞬時加速中に行動は出来るのか?」

「出来なくはないでしょうがあくまで瞬時加速は移動技術。多くの操縦者がここぞという所の移動技術として使っていますわ」

「なるほどな……ん?」

 

 セシリアの説明に頷いていると後方よりISで移動している音が聞こえ、後ろを振り返ると普段は見ない姿の人物がそこにはいた。

 

「箒……」

「ま、まさかこんなにもスムーズに使用許可が降りるだなんて」

 

 そう―――目の前には純国産ISの打鉄を纏った箒が立っていた。

 訓練機の使用許可願いは受理されるまでに時間がかかるだけではなく、機体の整備や事前講習などを受ける必要があるんだが箒の場合はかなり早い。

 

「先週から申請していたのだ。では一夏、早速やるぞ」

「ですが何をどうするのですか? 今、一夏さんは武器をその手で持てませんのよ?」

 

 そう。セシリアの言う通り今、俺は雪片弐型を持つことが出来ない―――正確に言うと持つことはできるがまるで駄々をこねる赤ん坊の様にエネルギーを放出してしまう。

 一応、この後情報室で調べる予定なんだがその前にと箒に呼ばれてここにいる。

 

「剣を持てないのであればその拳で相手を打ち砕けばいい」

「……まさかISでジャパニーズカラテでもするのですか?」

 

 ISには自動姿勢制御機能やスラスターなどの機能により、空中でも自在に動き回ることが出来る。故に投げ技などは意味をなさないのだ。

 というよりも空中戦がメインなのであまり空手などの技術も有効ではない。

 

「話すより慣れろだ。一夏、殴りかかってこい」

「お、おう」

 

 お互いに空中へふわりと浮かび上がる―――スラスターを吹かして一気に箒との距離を詰め、拳を突き出す。

 しかし、俺の拳は箒にあたるよりも前に彼女の手の平に押されたことで軌道がずれ、彼女の顔の脇を通り過ぎていくとともに箒の掌底が白式の胸部装甲にあたり、炸裂する。

 

「ぐぇ! い、今のは」

「篠ノ乃流剣術には無刀流という流派がある。竹刀が使えない状況かの際でも相手から一本を取るためのな。あくまで現実で使う際は竹刀までのつなぎではあるが」

「相手を倒すのは剣や銃なんかの武器だけじゃないってわけか」

「そうだ。己の肉体、その全てを武器とすることこそ真の心技体を体現するのだ」

 

 ISは存在そのものが兵器。銃や剣が全く使えない状況であればその身すらも武器となる―――そんな基本的なことを俺は忘れていた。

 

「一夏。ISの操作技術はセシリアに譲るとしよう……だが武術ならば私の専売特許だ」

「あぁ……頼む!」

 

 

 

 

――――――☆――――――

「つ、疲れたぁ~!」

 

 アリーナのビットにて訓練を終えた俺は白式を解除し、襲ってきた疲労感に任せて冷たい床に腰を下ろす。

 箒に生身の武術を教えてもらい、その後にはセシリアのIS操作技術を教えてもらうという二段構成で行ったこともあり、疲労感はいつもよりも強く感じる。

 

「ではこの後は情報室で情報収集だな」

「あぁ、でもちょっと休ませてくれ~」

「まったく。あの程度の訓練で音を上げるとは情けないぞ、一夏」

「いや~。受験期に落ちた体力がここでも影響を及ぼすとは」

「一夏!」

 

 ピットのスライドドアが開くとともに鈴の元気な声が響く。

 彼女の手には汗拭き用タオルとスポーツドリンクが握られている。

 

「はい。タオルとドリンク。あ、ドリンクは常温だから」

「流石は鈴。気が利くな~」

 

 運動後のケアが最も大切。まずすぐに汗を拭かなければ不快感にもつながるし、体も冷えて筋肉が硬直する。

 そしてドリンクも火照っている体に冷え冷えのドリンクを流し込むというのは自殺行為。糖分や塩分を補給するには飲みやすい常温がベストだ。

 

「ほんとあんたって昔から体のいたわり方ジジ臭いわね」

「何言ってんだ。十代のムテキ時間にどれだけ健康を積み上げられるかが大事なんだ」

「ふ~ん……ねえ、一夏」

「ん?」

「あたしがいないとさ……やっぱり寂しかった?」

 

 そう言われ、ふと考える。

 確かに鈴が転校してからというもの男の友人くらいしか話す人間もおらず、女子とも対等に話せる子がいなかったので寂しかったかと言われると寂しかった。

 

「そうだな。寂しかったな」

「やっぱり! あたしもあんたがいないと……そ、その……寂しかったわ!」

「っっ! お、おう」

 

 鈴の少し恥じらいを持った満面の笑みを目の前で直撃した俺の心臓は大きく高鳴った。

 中学の時と比べて女性らしさが感じるほどに成長した鈴の笑顔を俺は直積できない。

 

(こいつ……こんなに可愛かったか? 箒のクールさとも違うし、セシリアの高潔なものとも違う)

 

 横で箒が悔しそうに口の端を噛んでいるのが気になる。

 

「箒、どうした?」

「べ、別に何でもないっ!」

「……もしかしてドリンク欲しいのか?」

「べ、別にそう言う訳では……」

 

 箒も俺と同じようにISを稼働したのだから水分を欲するのは当然。

 流石に俺が口をつけたものをそのままやるのはまずいと思い、周りを見渡してみるが紙コップらしきものは見当たらない。

 

「よし、じゃあ箒口開けろ」

「な、な、な、何をするのだ!」

「いや、何ってドリンクを」

「ならばそのペットボトルごと貰う!」

「あ、おい」

 

 箒は顔を真っ赤にしながら俺からドリンクのペットボトルを取り、飲み口をじっと睨み付けるように見続け、数秒間固まってしまう。

 心配になり、声をかけようとすると目をカッと見開き、ペットボトルがクシャリと変形するほど持つ手に力を入れる。

 

「いざ参る!」

「武士かよ」

「はいはい、コップあるわよ」

「なっ……ぁっ……」

 

 見かねた鈴が箒からペットボトルを奪い取り、持っていた紙コップにドリンクを注ぐとコップを手渡す。

 箒はブツブツと何かを呟きながら悲しそうな表情でドリンクを飲み干した。

 

「で、鈴はどうしたんだ?」

「どうしたも何もあんたを見に来たのよ」

「……俺を?」

 

 そう尋ねると鈴は少しの沈黙の後、一基に顔を真っ赤にして手をぶんぶんと勢い良く振り始める。

 

「ち、違うから! べ、別にあんたの顔を見に来たわけじゃないから! あ、あたしはあんたのIS技術がどんなもんかと見に来ただけだから!」

「お、おう」

「べ、別にあんたの汗かいた姿とか見に来たわけじゃないんだからね!」

「お、おう」

「べ、別にドリンクもタオルも買ってきたわけじゃなくてたまたま! たまたま! たまたま購買で売れ残っていたから仕方がなく買っただけで別にあんたのために買ってきたわけじゃないんだからね!」

「お、おう」

 

 さっきから俺は「お、おう」の三文字しか発していないが鈴はなおも言葉を発し始める。

 

(というか購買ってアリーナとは逆方向にあったはずじゃ)

「……ドリンク……間接……」

「べ、別にあんたのためにやってるわけじゃないから! お、幼馴染として思いやりを」

「あ、あの~……お二人さん?」

 

 一校におしゃべりが止まらない鈴とさっきからブツブツとボヤキが止まらない箒。話しかけてみても止まる様子が無かったので俺はタオルとドリンクを手に持ち、更衣室へと向かうべくビットを後にした。

 

 

――――――☆――――――

 

「だ、断じてあんたのためとかじゃ……あれ?」

「……間接……はっ!?」

 

 一夏がピットにいないことに気付いたのは2分後の話である。

 

――――――☆――――――

 

「ん~……分からん」

 

 着替えを済ました俺は情報室にてパソコンを使って情報収集を試みていたがパソコンの前で唸り声をあげる。

 IS学園では生徒たちがいつでも情報収集が出来るように情報室が常に解放されており、学籍番号と名前を入力すれば調べることが出来る。

 たとえば学園内で実施された模擬戦の録画映像を見たり、最新のISに関する論文を読んだりなど日々の学習により色を加えることが出来る―――はずなんだが。

 

「ヒットしない……そんなことあるか?」

 

 俺が検索しようとしている言葉は『零落白夜』。白式の単一仕様能力の可能性があるということで検索をかけたんだが検索の結果はヒット数0件。

 試しに単一仕様能力で検索するとこちらはちゃんと検索結果が表示される。

 

「困ったな……これじゃ先に進めないぞ」

 

 雪片弐型を使わない戦い方の糸口は掴んだ。でもそれはあくまで迂回策であって根本的な解決策ではない。

 セシリアとの模擬戦の時に感じた強い力は間違いなく俺に力を与えてくれる物だ。だから特性を理解して実戦に生かしたいんだがこれでは進めない。

 

「どうするべきか……ん~。すぐ近くに箒もセシリアもいない……鈴は……あいつは……」

 

 鈴にアカウントを借りるお願いをしている光景を思い浮かべるが『学籍番号? そんなもん忘れたわよ』、とか言いそうな未来しか見えない。

 あいつは昔から暗証番号とかを覚えようとしない。設定しても1234とかセキュリティ意識の欠片も無い番号にしてしまう奴だ。

 

「じゃあ、山田先生に聞きに行くか」

 

 パソコンをサインアウトし、職員室へと向かうべく情報室を後にした。

 

――――――☆――――――

「一夏……っていない。あれ? あいつ情報室いるって言ってなかった?」

「一夏さーん……ってなぜあなたがここにいますの?」

「それはこっちの台詞よ」

「私は一夏さんの情報収集を手助けするべく」

「待たせたな、一……何故お前たちがいる」

「……目的は同じってわけね」

「どうやらそのようですわね」

「恐らく一夏は自分では見つけられずに情報室を後にしたのだろう」

 

 少女三人は同じ回路を辿り、やがて同じ結論へと辿り着く―――そして三人が同時に情報室のドアを開けようとドアノブを握りしめる。

 

「あら? 皆さん奇遇ですこと」

「そうね……奇遇ね」

「奇遇だな」

「離しなさいよ」

「貴方が離すべきでは? 鳳さん?」

「鈴で良いわよ」

「わたくしもセシリアで構いませんわ」

「私も忘れては困る」

 

 三人とも日々、弛まぬ鍛錬を積んでいることもあり、一般女子とは比較にならないほどの筋力を持つ。

 三人が三人ともドアノブを握っているせいでドアは開かれない―――つまり現状、拮抗している状態であり、少しでも力の均衡が崩れればこのドアは開かれてしまう。

 そうなれば開いた方向に近い物がスタートダッシュを切れる。

 

(ドアに近いのは箒……このまま開ければセシリアとぶつかってあたしはすぐに出れないわね)

(立ち位置的に箒さんがベストプレイス。ですがわたくしがこのまま抵抗すればお二人は動けませんわ)

(ベストポジションは私だ。この地の理を生かせねば一夏の下には辿り着けまい)

 

 三人の視線がぶつかり合った点では火花が散る。

 だが三人もが気付いていない―――後ろにもドアがあることを。

 

――――――☆――――――

「失礼します! 1年1組の織斑一夏です……ん?」

 

 職員室の自動ドアを抜けて職員室に入ると先程まで先生たちの声が聞こえていたのに何故か一瞬で静まり返ってしまった。

 全員が一様に俺の方を向いて止まっている。

 

「あ、あの」

「も、もしもしお電話代わりました!」

「榊原先生! ちょっと学年会しようか!」

「エドワース先生、部会しましょう」

 

 さっきまで放課後のティータイムの様に休んでいた先生たちが一気にきびきびと動き出し、あっという間に座っている先生の姿は無くなり、職員室はパタパタと忙しそうになった。

 

「先生たちも大変なんだな~」

「あれ? 織斑君?」

 

 どうやら会議を終えたのか山田先生が会議室から書類を持って出てきた。山田先生が天使のように感じた瞬間だった。

 

「先生、教えてほしいことがありまして」

「勉強熱心なことは良いことです! 私は先生ですから何でも教えましょう!」

「零落白夜っていう単一仕様能力についてなんですが」

「…………」

「え? え?」

 

 先程までの騒がしさはどこへ消えたのか職員室は一気に静まり返り、全ての教師の視線が入り口にいる俺と山田先生に注がれる。

 その山田先生は先程の笑顔は続けながらも額から変な汗を流している。

 

「や、山田先生?」

「え、えっと……」

 

 山田先生の目は泳ぎ切っており、明らかに焦っている。

 

(俺はそんな先生を焦らせるような質問したか?)

「教師を困らせるな馬鹿者」

「げふん! 千冬ねぎゃふん!」

「先生をつけろ……織斑、こっちに来い」

「え、ちょっ」

 

 俺は千冬姉に腕を引っ張られる形で職員室を後にし、ある教室に連れ込まれる。

 

「お、織斑先生?」

「で、何の質問だ」

「え、あ、えっと……零落白夜のことを教えて欲しくて」

「……なぜ?」

「皆と話してたんだけどさ、あの時模擬戦で負けたのって単一仕様能力が発動したんじゃないのかってことと雪片弐型って名前から零落白夜なんじゃないかって言われててさ」

「……零落白夜は私が現役時代に使っていた機体の単一仕様能力だ」

 

 俺は千冬姉のISを駆る姿を見たことがない。だからどれだけ有名人の弟だと言われてもピンと来なかったんだがIS学園に来てから少しずつ知識がついて来た。

 千冬姉が最強のIS操縦者ってこと。

 千冬姉の専用機の名前は暮桜ってこと。

 千冬姉の武器の名前は雪片ってこと。

 そんな世間の常識を弟である俺は一切知らない―――違和感を覚えるのに時間はかからなかった。

 

「じゃあ俺の白式の能力も」

「特徴から推察すればそうなる」

「そっか……じゃあ」

「それ以上は知る必要はない。篠ノ乃に言われたように格闘技術を磨けばいい」

「……なんで千冬姉は昔からそうやって俺をISから遠ざけるんだよ」

 

 千冬姉は俺の質問に答えるそぶりを見せない。

 千冬姉は俺からISを遠ざけるのは徹底していた―――それこそ俺に渡すスマホのフィルタリング機能からISに関わるすべての雑誌などの情報源を断つこと。

 その最たる例は家にテレビすら置かないことだ。

 

「お前のためだ、一夏」

「……俺、もうIS学園の生徒なんだ……ISのこと、もう少し深く」

 

 そこまで言いかけたところで俺の目の前は真っ暗になるとともに温かさに包まれる。

 千冬姉に抱きしめられているのだと気づくのにそう時間はかからなかった。

 昔からそうだ―――千冬姉に抱きしめられるとそれまで思っていたこととか不安な気持なんかが全部霧散するというか体がリラックスするというか。

 

「一夏……お前は幸せになればいいんだ……たとえISのことを知らなくても幸せにはなれる」

「……千冬姉」

「零落白夜がなんだ。そんなことよりも学ぶべきことはある……それにクラス対抗戦も今週末だ……やるべきことは分かっているはずだ」

「……そうだよな……ありがとう、千冬姉」

 

 

 

 ――――――☆――――――

「……次だ……次のクラス対抗戦で……全てのケリをつける……分かっているな」

 

 千冬は窓の外を見ながらどこかの誰かにそう言い放つのであった。

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