楯無さんの家で一夜を過ごした自分は今朝早く、それもまだ太陽が姿を現さない時間帯から護衛の人と倉持技研に車で向かっていた。
護衛のレベルは今までよりも強くなっていて自分が行くところには絶対に二人の護衛が付いてくるし、食事をするにしても更識の護衛の毒見をしてから自分が食べる徹底ぶりだ。
これも全部姉さんの影響もあるんだろうけど正直今はこれくらいがいいのかもしれない。
白式の展開も不安定、戦い方も忘れつつある今の自分は亡国機業なんかのテロリストからすれば命と白式を奪う絶好のタイミングだ。
「すみません…自分なんかのために朝早くから」
「そんなことを仰らないでください。それが自分たちの仕事ですから」
チラッと自分の両脇に座る男性の太もも部分には警棒が装備されており、ここからは見えないけどジャケットの中には銃も装備していると思う。
自分も護身用にラウラからもらったナイフを持っているけど今の自分が使っても何の意味もない。
「倉持技研に到着しました」
「ありがとうございます」
楯無さんから指示が飛んでいるのか自分の苗字も名前も呼ばれることはなく淡々と話が進んでいく。
護衛の二人がまずは降りると車外の安全を確認し、合図が送られるとともに運転手の人によって扉が開けられて自分が最後に降りる。
目の前には白式を開発したところらしく白一色の倉持技研の建物が見える。
護衛の人たちにお礼を言って建物のゲートへと向かうが施設がある場所は山奥と言ってもおかしくない場所にあり、周囲には背の高い建物などはなく自然で溢れている。
「……どこから入るんだ?」
倉持技研のゲート前へと到着したけど来客を知らせるインターホンなどは見当たらず、カメラを探してみるがそれらしきものも見当たらない。
その時、背中がぞわっと嫌な気配を感じ取ったので慌てて振り返るとそこには―――
「むむっ!? 私の気配を感じ取ったか」
「……相変わらず凄い恰好をしているんですね」
「失敬な! 漁師の正装だぞ!」
目の前にいる女性は胸元に「かがりび」と書かれた布を縫い付けた紺色のISスーツを纏い、頭には水中用のゴーグルを装着し、左手には銛、右手には五尾の魚が握られていた。
水から上がったばかりなのか彼女の足元は濡れており、髪の毛もまるで水を吸った乾燥ワカメのようにウネウネとうねっている。
「お久しぶりです、篝火さん」
「うむ。
「あれのおかげで何度、戦いに勝つことができたか」
「それは何より……ところで随分と有名人になったもんだねぇ」
篝火さんがチラッと周囲に待機している更識の護衛の人たちを見ながら自分にそう言う。
自分も確認のために周囲を確認するが護衛らしき人の姿はどこにもなく、おそらくどこかに隠れているのを指しているんだろうけどそれを見破るこの人も大概だと思う。
「今日は白式のオールメンテナンス、ですよね? 自分はどうすれば」
「……」
何やら篝火さんは神妙な面持ちで一瞬黙りこくると自分の顔をじっと見てくる。
その時、何を思ったのか突然目の前に淡水魚を見せつけるように近づけられ、思わず体を後ろへと反らしてしまう。
「にひひひっ、君はやっぱり面白いね。ますます私が普通に近づいていくよ」
「な、何をいきなり」
「君、今何かしらの不調を抱えているのだろう? 一人称が自分、に代わっている」
そう言われてドキリとしてしまう。
家族の姉さんや半年ほど付き合いのある仲間たちくらいしか感づかれていない自分の不調をこの人は久しぶりにあったにもかかわらずあててしまった。
やはり、姉さんと同じクラスだったというのはそう言った何かしらの才能も同クラスなんだろうか。
「まあ、深くは聞かないよ。私が興味あるのは私が普通であることの証明だからね」
「は、はぁ」
「ま、入りたまえ」
すると篝火さんは銛で倉持技研の扉をガリガリと削り始めると突然、窓が勢い良く開いて男性が顔をのぞかせるとカッ! と目を見開き、すぐに中へと戻る。
そして扉の奥の方からドタドタと凄まじい足音が聞こえて来るや否や蹴破られる勢いで扉が開く。
「遅いぞ」
「遅いじゃないですよ所長! 何回言ったら銛で傷つけないって学ぶんですか!?」
「別にいいじゃないか。インターホンをつけていないんだから」
「だからつけましょうって提案したじゃないですか!」
「? そうだったか?」
「そうですよ! なのに所長がいらない……って、―――君!? ――――君だよね!?」
男性が篝火さんの後ろにいる自分を見つけるや否や両肩をもって目を見開きながら自分が聞き取れない単語を発しながら鼻息を荒くする。
おそらく自分の名前を呼んでいるんだろ受けど聞き取れないから正直、鼻息を荒くして目を見開いて近寄ってくる編隊ストーカーにしか見えなくてちょっと怖い。
「ど、どうも」
「待ってたよ! ささ! 中に入って! あ、所長はちゃんと拭いてから入ってくださいよ!」
「へいへい」
男性の案内のもと、倉持技研の建物の中へと入る。
中の壁は真っ白、挙句の果てに明るく照らしているLEDも真っ白なのでさすがは白式を開発した研究所だと言える内装だ。
案内されるがままに椅子に座ると目の前にジュースが置かれる。
「これでも飲んでゆっくりしててね!」
そう言うと男性はバタバタと走り去っていく。
静まり返った室内で自分は目の前に出されたジュースを飲むと程よい冷たさと甘さが口いっぱいに広がり、のどの渇きが一瞬で消え去っていく。
「……こんな感じに不調も消えてくれればいいのにな」
今、抱えている不調を解消するには“あいつ”を倒すしか方法はないだろう。
ただ、白式の展開も不安定に加えて戦う理由も技術も不安定な今の自分に“あいつ”を倒すことができるかと言われれば一片の曇りなく無理だと断言できる。
もうこのまま一生、
それを防ぐためにも自分が取れる策は―――みんなを巻き込まないようにすることくらい。
たとえそれで仲間との関係が壊れようとも。
「……」
ふと、壁に立てかけられている姿鏡が目に入り、吸い込まれるようにその鏡の前に立つと自分の顔が写る―――その瞬間、言いようのない何かが腹の底から込み上げてくる。
「うぇぇぇ!」
我慢できずに近くにあったゴミ箱に顔を突っ込み、思いっきり吐しゃ物を吐き出す。
たった数秒、自分の顔を見ただけで今までの記憶が芋づる式に溢れてきて頭も心も処理できないほどの負荷がかかってしまう。
こんな姿、みんなにもそうだし、姉さんにだって見せられない。
「自分は……どうすればいいんだ」
――――――☆――――――
まだ生徒の多くが寝静まっているであろう時間にIS学園の近くに二台の大型トラックが停車していた。
そのトラックは一般車両のようにも見えるが二台とも荷台を覆い隠すようにかけられている布の中には最新装備を身に着けた屈強な軍人たちが待機していた。
そして隊長らしき一人の女性は軍用携帯から送られてくる指示のメールを今か今かと待っていた。
「全員、注目」
静かに、しかし力強く響いた女性の声に全員が同じ方向を向く。
「作戦概要を再確認する。目標は、IS学園の制圧、および最奥にて保管されているISコアの奪取だ。上層部より抵抗ある・なしに関わらず交戦を認めるとの通達もある」
すると軍人たちは小さな声で口々に喜びの声を上げ、拳を握り締める。
ISが世界最強の兵器となって以降も歩兵の存在は消えてはいないがその役割は大きく変わり、戦場に立っても軍のISの作戦行動の補助くらい。
血沸き肉躍る戦闘をできずに不満を募らせていた軍人たちからすれば久しぶりの戦闘だ。
「指示が出次第、本作戦を実行する。各自装備の最終確認をしておけ」
軍人たちは各々、武器の確認を行い始める。
彼女たちは米軍特殊部隊【
米軍所属でありながら民族も宗教も名前も無く、ただひたす国から降りてくる指示だけを遂行し、そのあとに起きうることなど目もくれない。
(今回、IS学園に保管されているコアの回収およびがメインの任務……しかし、上はこの情報をどうやって手に入れたんだか……過去の歴史を再び踏み抜くつもりか?)
過去、米国は大量破壊兵器があるといい、戦争を開始したが蓋を開けてみれば大量破壊兵器などなかったという失態を犯している。
こんな歴史など義務教育で習う話であり、誰もが知っている。
それを再び犯す危険性のある任務をするのか、とも疑問に思うが裏を返せばIS学園にコアは存在するという確実な情報があるが故の任務、ともとれる。
しかし、そんな情報は世界のどこにも公表されていない。
(今まできな臭い任務は腐るほどしてきたが……今回は別格だな……しかし、我々の知ったことではない。我々は与えられた任務のみを全うするのみ)
――――――☆――――――
二台の大型トラックのすぐ近くには一人の少女が立っており、ジーっと事の行く末を見守っているようにも見えるがその視線はIS学園に注がれている。
「やはり……私が手を下さないといけませんか」
本来であればやつらの騒ぎに便乗して乗り込む手はずだったが思いのほか、手間取っている様子。
少女は一度目を閉じ、ゆっくりと再び目を開けると少女にしか見えない世界が映し出され、IS学園のカメラへと視線を強く向ける。
「……IS学園の監視カメラを支配するなど赤子の手をひねるよりも容易」
彼女にしか見えず、彼女しか行動することができない電子空間―――そこでの行動を可能にする力こそ生体同期型ISである【黒鍵】の真骨頂。
彼女は学園の監視カメラの電子空間に侵入し、まずはゲート付近のカメラを無力化し、次にシステムの糸を伝って学園の内部システムへと侵入していく。
「あぁ、これか」
そこで彼女は分厚い壁の前で小さな黒い光を見つけるとニヤリと小さく笑いながら分厚い壁に人差し指を軽く立てると本と小さな傷が生まれる。
そこの穴めがけて黒い光が学園の内部システムへと侵入していき、ものの数秒で分厚い壁は消え去り、彼女は堂々とした様子で内部へと入っていく。
内部は入り組んだ迷路のように複雑な作りをしており、簡単には目的の物を見つけられそうになかった。
「腐ってもIS学園。内部構造は非常に入り組んでいる……また」
再び黒い光と遭遇し、大きなため息をつきながら彼女は黒い光の傍に立つと再び分厚い壁に指を軽く立てて小さな隙間を作り出してやる。
「所詮は低能の技術だな……目的はほとんど同じようなもの。しばし、付き合いましょう」
少女は黒い光とともにしばしの小旅行を楽しむのだった。