Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第百二十二話

「戻ったぞ~……おやおや、顔真っ白じゃないか」

「だ、大丈夫です……あと、すみません。ゴミ箱を汚してしまいまして」

「あぁ、大丈夫大丈夫。袋に入れて捨てておきたまえ」

 

 ISスーツの上から白衣を着ただけの篝火さんから袋を貰い、吐しゃ物まみれのごみ箱を処分し、椅子に座りなおすが今度は眩暈が出てきた。

 正直、これはやばい奴だ。

 

「ふむ……とりあえず白式だけでも出してくれないか? あとはこちらで進めておく」

「わかりました……」

 

 一回で展開できるようにと祈りながら白いガントレットに触れると想いが通じたのか一瞬で白式が展開され、搭乗者接続を切断してから降りると足から力が抜け、倒れこんでしまいそうになる。

 その時、篝火さんが自分の腹部に身を入れて自分を受け止めると椅子に座らせてくれる。

 

「おいおい、大丈夫かい? そんなんじゃすぐに殺されちまうぜい」

「すみません……ふぅ」

「ここじゃ空気が悪い。近くに川があるからそこで涼んでくるといい」

「……そうさせてもらいます」

 

 壁伝いに歩きながら出口へと向かっていると何人もの技術者らしき人たちとすれ違うがどの人も自分のあまりの不調さに一度は振り返る。

 なんとか研究所の外に出て川のせせらぎが聞こえる方向へと歩いて行くと徐々に自然の涼しさともいえるひんやりとした空気を肌で感じるようになる。

 

「ふぅ……ここで休もう」

 

 川の近くにある太い木の幹に背中を預けて腰を下ろし、目を閉じると川が流れる音や虫の鳴き声などふだんのくらしでは感じられないものが自分を癒してくれる。

 自然の涼しさが自分の体を冷やしてくれて徐々に吐き気やめまいが収まっていく。

 

「……これじゃ学年最強なんて名乗れないな」

 

 自嘲するようにそう呟く。

 結局のところ、自分の強さなんてものは呆気なく崩れてしまうくらいに脆い土台の上に成り立っていたということが嫌というほど理解できた。

 自分を失ったから弱くなったなんて誰が信じるものか。

 姉さんのように確固たる芯を持った強さを持っていればこんなことにはならなかったはずだ。

 あの人はいつだって強い心をもって何事にも冷静に対処して、自分にも他人にも厳しく接することができるくらいに強い芯を持っている。

 

「……こんなんじゃ愛想も尽かされるよな」

 

 ラウラにも酷いことを言ったっきりだし、みんなにも迷惑をかけっぱなしだ。

 みんなが距離を開けてくれているのはきっとどう接していいかもどんな言葉をかければいいのかもわからないからなんだと思う。

 リハビリに付き合ってくれた楯無さんにも申し訳ない。

 授業を欠席してまで付き合ってくれたのに自分はそれを生かすことができなかった。

 

「……やっぱり受け入れるしかないのかな」

 

 識別外個体(アウト・ナンバー)という意味の分からない名称を受け入れればきっとこんな不調は一瞬にして治るんだろう。

 でも一度、受け入れてしまえばもう二度と戻れないような気がする。

 

「……」

 

 何気なく首にかけていたロケットペンダントを取り出し、開くといつかに撮影した皆との集合写真が収められており、ふと更新しなきゃな、と考える。

 ペンダントをしまい、今度はスマホを出してメッセージアプリを起動させてある人とのメッセージ履歴を表示して指があるボタンへと伸びていく。

 それは通話のボタン。このボタンを押せば物の数秒で姉さんとつながるだろう。

 今すぐにでも姉さんと話したい―――自分の中でため込んでいる全てを曝け出して姉さんに受け止めてもらって優しく抱きしめてもらいたかった。

 でも、今はそれはできない。

 自分の名を、自分のすべてを失った今、あの人が呼んでくれる名前を聞き取れない。

 優しくかけてくれる言葉のすべてが自分にかけられていると素直に受け取ることができない。

 そう思うと胸が酷く痛み、閉じている眼から涙があふれてしまう。

 

「ぅっ……い…いう……いう…う……ええ」

 

 母音でしか発せない世界でただ一人の家族の名前を呼ぶが原型のかけらも残っておらず、それが余計に自分のひどい有様を叩きつけてしまう。

 みんなに自分を呼んでもらえないことが辛い。

 箒に呼んでほしい。

 セシリアに呼んでほしい。

 鈴に呼んでほしい。

 シャルに呼んでほしい。

 ラウラに呼んでほしい。

 簪に呼んでほしい。

 楯無さんに呼んでほしい。

 そして何より世界でただ一人の家族である姉さんに自分を呼んでほしい。

 

「ぅぅっ……」

 

 こんな姿を誰にも見られたくない一心で顔をうつ向かせ、三角座りで顔を覆い隠すように体勢を取る。

 

「弱いなぁ……ほんと、弱いな、自分は」

「そうだにゃ~」

 

 後ろから声が聞こえるが振り返ることもせず、泣いているのを悟られないように顔は俯かせたままにしているとすぐ隣に篝火さんが腰を下ろす。

 

「夏に会った時よりも酷く弱っているね……傷心中かい?」

「……そんなところです」

「分るよ分かるよ。私も昔は傷心したものさ」

「……はぁ」

「君のお姉さんと篠ノ之束と同じクラスになったはいいものの……すべて砕かれたよ。本物の特別ってやつを目の前で見た瞬間だったな」

 

 倉持技研の第二研究所所長を務めあげるほどだからこの人も相当、優秀だったんだと思う。

 だからきっと、小学校の時はその学力の高さから周りに褒めたたえられて生きてきたんだろうけど中学の時に二人の特別に出会ってしまったんだ。

 それが姉さんと篠ノ之束。

 

「それ以来かなぁ……私が普通でありたいと思ったのは」

「どうして……普通を追い求めるんですか?」

「ん~。平たく言うと彼女たちから離れたかった、かな?」

「……」

「私も曲がりなりにも頭は良かった方だからさ、どうしても二人と比べちゃうんだよね~。周囲も自分自身もさ……だから自分を特別な奴だと錯覚してしまう。それが嫌で嫌で仕方がないのさ」

 

 人は特別扱いされた方が心地良いと思う。

 でもそれをこの人は嫌がる。

 

「どうしてって言う顔をしてるね」

「……なんで表情分かるんですか」

「ぬふふふっ、お魚さんの目とリンクしているのさ」

「……うぉぉっ!?」

 

 今の発言を疑問に思い、うっすらと目を開けたとたんに死んだ淡水魚の白く濁った眼とパチリと視線がぶつかってしまい、思わず顔を上げてしまう。

 

「なっはははははっ! 良い顔をするじゃないか!」

「あ、焦った……ふぅ」

「ふふっ……人間はみな、普通が一番なんだよ。特別だと色々なことに巻き込まれてしまう」

「……」

「だから私は普通を追い求める。ある意味、特別な君が私の超加速推進機構(アクセル・スラスター)を使い、勝利を重ねていくたびに私は普通に近づいているのさ」

「自分が使えば特別になるんじゃ」

 

 その一言に篝火さんはチッチッ、と指を左右に振りながら否定する。

 

「私はあくまで超加速推進機構(アクセル・スラスター)という機能を授けただけであってそれを勝利につなげるのは君自身さ。君自身が“普通”を“特別”に押し上げているのさ」

「普通を……特別に」

 

 妙に彼女のその言葉が自分の中で響く。

 もしかしたら自分は錯覚をしていたのかもしれない―――普通であるものを特別なものだと勘違いして。

 

超加速推進機構(アクセル・スラスター)なんてものは技術がある搭乗者が使えば誰だって使いこなせる。ただそれを“特別”へと昇華させて君は蒼炎瞬時加速(ブルーイグニッション)を完成させた。あれは本来、限定解除仕様(アンリミテッド)専用の技に設定していたんだ」

 

 IS学園に所属している全ての機体には抑制仕様(リミテッド)が施されており、シールド・エネルギーに制限がかけられている。

 それは世界最強の兵器を教える学びの場において不運な事故の発生を極限にまで下げる仕様だ。

 

「じゃあ、第二形態移行(セカンド・シフト)も」

「ある意味そうだね。蒼炎瞬時加速は白式を最終調整している際に私が組み込んでおいたんだよ。君が命を懸けた戦いをする時用にね」

「……」

「ただ、毎回それをするのは周囲への被害が凄まじいからね。だから抑制仕様の蒼炎瞬時加速を超加速推進機構に組み込んだのさ」

「どおりで改修が終わった後と比べて威力が」

「じゃあ、ここで問題。本来、限定解除仕様は搭乗者では解除することはできません。ではなぜ、君はそれを解除することができたでしょうか」

 

 確か記憶が正しければ学園の抑制仕様を限定解除仕様へするには特別な許可が必要で在学中は基本、どんな理由があっても解除されることはない。

 それこそ戦争が発生したとかのような非常事態ではなく異常事態が起きなければ解除されない。

 

「実は最初から限定解除仕様だった、とか」

「ぶっぶー! そんなことはあり得ないにゃ~。IS学園を間に挟んでいる以上、そんなことは不可能。学園も馬鹿じゃないからね」

「じゃあ……なんでですか?」

「それが分かればきっと君の不調も快方に向かうと思うよ」

 

 そう言い、自分の頭を何度かポンポンと優しく叩き、篝火さんは立ち上がって研究所の方へと戻っていく。

 

「……」

 

 自分は篝火さんから出された問題の解答を見つけるべく再び目を閉じ、自然の癒しに身を任せながら考えを巡らせるが徐々に思考が澱んでいくのを感じる。

 一瞬、目を開けようかとも思ったが程よく心地よい澱みに自分はすべてを任せた。

 

 

――――――☆――――――

「コア・ネットワークに接続される際の非限定情報集積(アンリミテッド・サーキット)内に限定解除仕様へと至らしめるキーが含まれていた……これが私が考える模範解答だ。少年」

 

 篝火ヒカルノは誰に言い聞かせているかもわからない呟きを放ちながらゆっくりと歩くがその表情はどこか怪しさを感じさせる笑みだ。

 

「だが本来、そのキーはIS学園しか知らないキーだ。おそらくそのキーはデータではなく紙媒体で保管されているのでコア・ネットワークに流れることはないだろうね……人間の手、ではね」

 

 彼女は妖しさの色を更に深くしながら研究所へと向かう速度を速めながら続ける。

 

「コア・ネットワークで情報交換がされているのは近年の研究で判明している……そして情報のバックアップなども恐らくされているだろう……仮に……仮の仮に……織斑千冬の専用機である【暮桜】のワンオフアビリティーの情報がバックアップされていれば……そして万が一、その情報が白式に継承されていたと仮定すれば……この世界に存在するすべてのISの情報がコア・ネットワークにバックアップされているとすれば……限定解除仕様に至る解除キーの情報が残っていてもおかしくないよね」

 

 篝火ヒカルノは白衣のポケットに手を突っ込みながら空を見上げる。

 

「私たちじゃ気づくことのできない場所にISたちの情報の格納庫ともいえる場所があるのかもしれないね……ま、それを解き明かすのは普通の私の仕事じゃない」

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