電脳空間でクロエは五つの画面を表示させながら様子を見ていた。
それに映されているのは絶望に悲鳴を上げ、心を壊していった四人の専用機持ちたちの姿であり、悲痛な叫びや絶望に打ちひしがれてぶつぶつと壊れた人形のようにつぶやいている。
「セシリア・オルコット、鳳鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ……四人の無力化を確認。これで邪魔をする者はいなくなった」
そしてもう一枚、画面を開くとそこには箒が心の底から願っている幸せの光景が繰り広げられており、篠ノ之神社を夫婦二人で切り盛りしている様子が描かれている。
束の命により、箒にだけは幸せな幻を見せてほしいと言われたのでこのような結果になった。
「では私の目的を果たすとしましょう」
五枚の画面を手を振り払うことで消し去り、上下左右も何もわからない真っ暗な道を静かに落ちていくように降りていくクロエ。
しかし、どれだけ降りても目的の物は見つからず、ただの闇だけが続いていく。
そんな代わり映えのない景色にクロエはイラつきを覚え始めているが束のためと思い、自身の心を落ち着かせてひたすら降りていく。
「おかしい……学園の基幹システムには到達しているはずなのに……なぜ、どこにもない」
クロエが探すもの―――それは織斑千冬の専用機である暮桜のコア。
事前に束からコア・ネットワークから切断されているとは聞いていたがたとえ切断されていたとしても残滓の欠片も残らないことはない。
このIS学園に持ち運んでいる以上、残滓が僅かながらに残っていなくてはおかしい。
「どういうことだ……何の情報も残されていない……なぜ?」
束が作成した無人機のコアは容易に見つけることはできた。
それらはネットワークにつながっているということもあったが残滓が基幹システム内に残っていたためであり、それが道しるべとなった。
ありとあらゆるシステム内に侵入し、暮桜の残滓を探すが何一つ見つからない。
教職員のスマホからタブレット、勤怠システムなど探す必要のない場所まで探すが全くそれらしきものは見つからない。
それに加えて―――
「なぜ、織斑千冬の過去のデータがない」
そう。千冬の今のデータはあっても過去につながるデータは一切残されていない。
それこそ基幹システム内に保存されているデータは一夏がこの学園にやってきたころからしか存在しておらず、それ以前のデータは一切ない。
消去したとも考えたが消去したという記録すら残っていないのはおかしい。
「……まさか、織斑千冬はこれを想定していた? 暮桜を狙う存在から隠すために敢えて記録を登録させず、それにつながるデータの欠片も登録しなかった……だから残滓すら残っていない」
もしそこまで考えて行動してたというのであればどこまで見据えていたのかわからなくなり、あまりの敵の強大さに身震いしてしまう。
「何の成果もなく帰るわけにはいかない……束さまのためにも」
何もない真っ暗な電脳空間の中でクロエの瞳が妖しく光り輝いた。
――――――☆――――――
自分は久しぶりに三途の川一歩手前のあの場所までやってきていた。
今回は死んでいないのに、と思いながらも歩いていると目の前に暮桜が現れ、彼女のもとへとまっすぐ向かうと相変わらず身じろぎ一つしない。
「よっ……久しぶり」
「……すべてを失ったようですね」
「そうだな……全部、取られた」
「主は……泣いている」
暮桜の主というのは姉さんのことだろう。
いつもなら必要以上に会話をしない暮桜だけど今日は今までのうっぷんがたまっていたのか饒舌にしゃべりだしてしまう。
「主との約束により私はお前の剣となった……何故、主を泣かせる」
「……ごめん」
「お前は―――ではなくなった。だから私はお前の剣ではなくなった」
雪片弐型が勝手に収納されるようになった理由がようやくわかった。
確かに自分が自分でなくなった以上、暮桜が自分に力を貸す理由もないし、一緒に戦う理由もない。
「お前はそれでも……私を望むか?」
それはつまり自分が戦うか否かを聞いているということ。
ただ、今の自分は戦う理由は見失っている。
暮桜が言うように自分が自分でなくなった以上、もう戦う理由は無くなったのかもしれないし、もう戦う必要性もないのかもしれない。
暮桜が求めているのは過去の自分、みんなが求めているのも学年最強と謳われていた過去の自分であって今の自分を求めている人は誰もいない。
「主は言った……いかなる時もお前を守ってほしいと」
「っっ……姉さんが」
「そこに理由などはない……あるとすればお前という存在ただ一つだ」
「……存在」
「お前はなんだ? 全てを失ったお前は何もないのか?」
暮桜の言葉が頭の中で強く響く。
全てを失った自分は一体何なのか。
何もないと思っていたけどまだ自分には残っているものがあるのだろうか。
目をそっと閉じ、ゆっくりと意識を過去へと落とし込んでいき、今までの戦いのすべてを、今までの楽しかったあの日々を思い出していく。
学年最強と謳われた自分は一体何のためにその頂を目指したのか、そもそもなぜ戦う術を、力を求めるようになったのか。
「……そうだ……自分は」
脳裏に仲間の笑顔が次々に思い浮かんでいく。
箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラ、簪、楯無さん、姉さん、蘭、弾―――みんな自分のかけがえのない仲間たちであり、友達だ。
自分はずっと欲していた。
――――――なんのために?
「思い出した……なんで忘れてたんだ……こんな大事なことを」
大切な皆を守りたい。
ただ守られるだけの弱い存在じゃなくてみんなを守ることができるくらいに強い存在になりたい。
自分は昔からずっとそれを望んで力を欲してIS学園に入ってからも必死に鍛錬を積み重ねていろんな人と戦って強くなってきた。
「自分は自分だから強くなったんじゃない! みんなの笑顔を守りたいから強くなったんだ! 強くあろうとしたんだ! 自分が何者かなんて関係ない! ただ! ただ皆を守れる強い存在になりたかっただけなんだ!」
「では望むのですね」
その時、聞きなじみのある声が聞こえ、声がした方向を向くとそこには一本の剣を手にした白騎士の姿があり、こちらへとゆっくり歩みを進めていた。
「力を」
「あぁ……力を望む! みんなを守るための力を!」
「では行きましょう」
白騎士が指さす方向を見てみるとそこにはIS学園が映し出されており、同時に自分の脳裏にみんなの今の状況が流れ込んでくる。
そのあまりにも凄惨な状況に煮えくり返るほどの殺意が湧き上がってくる。
「行こう……仲間を傷つける奴は……消すまでだ」
一瞬にして景色が切り替わり、川のせせらぎが聞こえてくるとともに研究所の方から何やら騒ぎ声が聞こえてくるが自分はそれを無視していつのまにか手首に戻ってきていた白式をなでる。
「またよろしくな……行くぞ!」
――――――☆――――――
「行っちゃったかぁ~」
研究所の壁に空いた大穴から広大な空へと飛翔していく彼を見ながら篝火ヒカルノはいろいろなものが吹き飛んでめちゃくちゃになった研究室の中でソファに座ってくつろいでいた。
作業の途中ではあったが彼女にとって必要なデータは取り終えているので追うこともしない。
「その調子で君は動くんだ……私を普通であると証明するために……私は私で動くからさ。叶えたい夢のためにも君のデータは有効活用させてもらうよ」
――――――☆――――――
楯無の背後から重厚な金属が動く音、そして地面を踏み抜く足音が聞こえてきて涙を手で拭い、振り返るとそこには四機のEOSを纏った
そのうちの一機の肩部装甲には一人の男性が座っている。
予想はしていた。
わずか十人足らずでIS学園を落とせるはずがないと相手が考え、複数の部隊を展開していることはすでに予想済みのことだった。
EOSの肩から地面へと男性が飛び降りる。
「随分と辛そうだな、介抱してやろうか? 少しばかりの痛みに耐えてくれればあとは快感が待っているぞ」
男のそんな下劣なジョークにEOSを纏う男たちから笑い声が吐き出される。
ISは特別な兵器であり、女性にしか使えない。
しかし、EOSは兵器ではあっても特別ではないため男性でも問題なく扱えるうえに筋肉量の差からむしろEOSは男性に適性がある。
全快のISであればたとえ百機のEOSが集まろうとも一機のISにすら勝つことはできないが今の楯無相手であれば話は別。
楯無はラスティー・ネイルを杖代わりにして立ち上がるとまだ戦えると言わんばかりに強く男を睨みつける。
「その目……まだやるというのか?」
「あたり……前じゃない。私は……IS学園生徒会長……最強よ? こんな状況……屁でもないわ」
「ほぅ」
男が手を上げた瞬間、一機のEOSのアサルトライフルから一発の弾丸が放たれ、ラスティー・ネイルに直撃するとバランスを崩し、楯無は前のめりに落ちて両膝をついてしまう。
エネルギーが限界値に近づきつつあるのかラスティー・ネイルは光の粒子となって消え去ってしまう。
直後、ランドローラーの駆動音が楯無の耳に入り、慌てて顔を上げた瞬間、EOSの腕部装甲による打ち付けが胸部に直撃し、軽く吹き飛ばされる。
(……ぁぁ……生徒会長……失格ね)
背中から地面に落ちた衝撃からか完全にミステリアス・レイディの装甲が光の粒子となって消え去ってしまい、楯無を守るものは――――――何もない。
そんな丸腰同然の楯無に男が近づき、足を閉じさせないために股に片足を入れ、首元を掴んで組み敷く。
その強さは男性らしく、傷を負った楯無では到底、解けない。
「ぐぅっ……このっ」
「おっと……おい、抑えろ」
「はい」
「いやっ! 離して!」
両手をEOSから降りた別の男に押さえつけられ、楯無は背中の傷を無視して必死に抵抗を見せるが負傷している少女の抵抗など鍛えられた男からすれば何の意味もない。
「戦場での女の扱われ方を教えてやる……その後は貴様のISをもらい受けるとしよう」
男の手が胸へと伸びていき、豊かに育ったそれを鷲掴みにするとゆっくりと揉みしだき始めるが楯無は言いようのない不快感で今にも叫びそうだった。
助けてほしい―――しかし、それはできない。
きっと今ここで彼を呼んでしまえば白馬の王子様のように彼は自分のもとへとやってきて助けてくれる。
でも今はそれはできない。
(私が……私が我慢すれば……あの人は……)
「ほぅ、十代にしては良く育っているじゃないか」
「うぅっ……触らないでぇ」
「断る……れろっ」
「ひっ!」
首筋をいきなり舐められ、楯無は目に涙を浮かべながら少しでも男から離れるために身をよじるが四肢を抑えられている以上、そのような行動は無駄だった。
そして男は首筋をなめながら胸を揉みしだきながら今度は下半身へと手を伸ばしていく。
(やだっ……やだやだっ……助けて)
「いきなり挿れては激痛が走るからな。しっかりと濡らさねば」
「流石班長、紳士です」
(助けて―――一夏君)
―――ヒュッ
その時、一陣の風が軽くふいた。
女性器へと近づけていた手を止め、班長が顔を上げた瞬間、その視界に映ったのは目前に迫ってきている誰のかも知らない膝だった。
―――ゴキャッ
「ぐぅっ!?」
班長の口に強烈な膝蹴りが直撃するとともにボキボキッ! という嫌な破砕音を鳴り響かせ、血しぶきを上げながら班長の体は宙へと浮かび、楯無の両足を抑えていた隊員を巻き込んで吹き飛んでいく。
膝蹴りを終えた体勢を維持したまま今度は楯無の両手を抑えている隊員の顔面目掛けて誰かの足の裏が迫り、ボキィッ! という破砕音とともに蹴りが炸裂し、大きく吹き飛ばす。
「どうしてぇ……どうして来ちゃったのよぉ」
「助けを呼ぶ声が聞こえたから……それだけです」
楯無は助けを呼んだことを必死に悔やむがそれを助けに来てくれたいう嬉しさが一瞬にして上回り、彼の顔を直視できずに腕で顔を隠す。
すると起き上がらせてくれたかと思うと彼の優しい温もりに包まれる。
(……あったかいなぁ)
「待っててください……すぐにあいつらを消しますから」
「ダ、ダメよ……あなたはこっち側に来ちゃ」
「あなたを助けるには同じ立場になるしかない……覚悟はあります。見ててください」
そう力強く言いながら白馬の王子様たる彼―――織斑一夏は殺意を露わにしながら