Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第百三十六話

 扉を潜り抜けた先に広がっていた光景は見慣れた篠ノ之神社だった。

 周りを見渡すが特に変わった様子もなく、いつもの神社と同じように静かだった。

 

「神社だから箒の世界なんだろうけど……箒の世界の分岐って」

『これまでの傾向から察するに……あなたと会わなかった世界』

「……自分と会わなかったら……箒にはどんな変化が」

 

 箒と出会ったのは小学校低学年の時だ。

 ただ出会ったのが幼すぎるから出会わなかったら、という選択肢の世界を考えるのがかなり難しいし、考えたとしても分岐がありすぎて分からない。

 

『あれを見て』

「あれ……は?」

 

 簪の言われた方向を見るや否やそんな抜けた声が出てしまう。

 前方には巫女服姿の箒がいるんだがその隣にははかま姿の自分がおり、仲睦まじく腕を絡ませながらニコニコと明るい笑顔を浮かべている。

 そして一番気になるのはその薬指に光り輝く指輪がはめられていること。

 

「……あ、あの指輪は」

『婚約指輪、またの名をエンゲージリング。日本では古来より給料三か月分という言い回しがあるいわば家族契約を象徴する女性が好きな人にもらってうれしいランキング第一位のもの』

「お、おう……なんだか箒の世界だけ趣が違う気がするぞ」

 

 これまでの仲間たちの世界は心の隙間に付け込み、絶望に満ちた世界だったけど箒の世界は幸せ満開のオーラに満ち溢れた桃色の世界だ。

 というよりも偽物の自分が箒の隣にいるのが許せない。

 

「よし……いっちょぶん殴って箒を取り戻すか」

『……ちょっと待って』

「どうした?」

『今までは絶望の世界だったから希望を示した……この世界、箒にとって希望の世界だったとしたら』

 

 偽物の自分と過ごすことが彼女の希望の世界だとは思いたくはないけどもし仮に簪の言うことがあっていればここで暴れたら希望をつぶすことになってしまう。

 そうなればこの世界にいる偽物が本物になって本物が偽物になってしまい、二度とこの偽物の世界から出られない、なんていうことになるかもしれない。

 

「……どうすればこの世界から脱出できるんだ」

 

 その時、二人が剣道場に入っていくのが見え、その後を追いかけて窓から中を覗き込む。

 どうやら二人は今から剣道の打ち合いでもするらしくそれぞれの準備を始めるが箒が巫女服を脱ごうとしたので慌てて視線を逸らす。

 

『……意外と紳士』

「う、うるさい……幻みたいな世界でも下着姿は見られたくないだろ」

『……それもそう』

 

 数分、経過したところで道場から竹刀がぶつかり合う音が聞こえ、窓から顔を覗かせて中を覗き込むと防具に身を包んだ二人が全力でぶつかり合っていた。

 ずっと剣道の傍に居続けた箒の打ち込みは自分が知っているレベルではなく、師範代と名乗ってもおかしくないくらいに技術が飛躍的に向上している。

 ただ箒の圧倒的な打ち込みをいなし続けている偽物の自分の実力も驚くレベルだ。

 正直、今の箒の打ち込みをいなせるかと言われたら首を縦に振れる自信はない。

 そんなことを考えていると打ち込みの時間が終わり、二人は防具を外して汗をぬぐいながら仲睦まじく笑顔を浮かべながら会話を交わす。

 

「……お、おいおい」

『きゃー』

 

 簪のわざとらしい悲鳴は置いておくとして―――道場内にいる偽物の自分が突然、箒を後ろから抱きしめたかと思えばそのまま壁際まで追い込み、下半身に手を這わせる。

 箒は顔を赤くしながらも自分の体に這う手を払うこともなく受け入れ、体を震わせる。

 そしてそのまま手を上半身へ灯っていき、豊かに実った二つの―――

 

「ちょっと待ったー!」

 

 そこまでいって我慢できなくなった自分は道場破りよろしくの勢いで扉を蹴り開けると箒を守るように偽物の自分が立ちはだかるが箒は驚きを隠せないでいた。

 

「い、―――がもう一人? こ、これはいったい」

「箒、後ろにいるんだ」

「う、うむ」

 

 本物みたいに振舞う偽物の姿にさらにイライラが募り、剣を握り締めるとそれに対抗するかのように偽物も竹刀を強く握りしめる。

 

「お前は誰だ? 強盗か?」

「強盗じゃねえよ……偽物の自分をぶっ飛ばしに来たんだ」

「偽物が何を言ってるんだ」

「とにもかくにも……箒は返してもらうぞ」

「箒は……妻は―――が守る」

 

 妻、と呼ばれたことに箒は顔を赤くして照れるがそのやり取りに最大のイラつきを抱き、偽物めがけて駆け出し、勢いよく剣を振り下ろす。

 しかし、剣の一撃は竹刀によっていとも簡単に受け止められる。

 

(なんで剣が竹刀に受け止められるんだ!?)

「私の―――は師範代である私と同等の強さだ。お前に勝てるか?」

(いやいや! その次元の問題じゃないぞ!)

 

 その瞬間、偽物の素早い足払いを繰り出されて体勢を大きく崩した自分の顔めがけて竹刀の突きが繰り出されるが無理やり体をよじって突きを回避する。

 次の瞬間、道場内に凄まじい爆音が鳴り響く。

 その爆音はまるで何かが爆発したかのような音だった。

 慌てて立ち上がろうとするが相手の足が振り上げられるのが見え、床を転がることでその場から退く。

 その瞬間、道場の床がベキィッ! という炸裂音とともに小さな穴が開き、木の破片が自分の視界のすぐ近くを飛んでいく。

 

「流石は私の夫だ!」

(いやいや! 踵落としで床を叩き割る人間なんていないだろ!)

「そっちがその気なら!」

 

 カードケースを開き、中のカードを取ろうとするが指に何の感触もなく、慌てて確認すると全てのカードは使い切っており、中身は空だった。

 つまり、目の前の化け物みたいなフィジカルの人間を生身で倒さなきゃいけないということになる。

 

「だったらこれだ! ティアーズ!」

「ふっ」

 

 周囲に四基のビットを呼び出し、偽物めがけて青いレーザーを放つがそれらを竹刀で叩き落していく。

 今度は両手に双天我月を呼び出し、持ち手から伸びている鎖を握り締めながら両脇を切り裂くようにして横なぎに大きく振るうが天井に竹刀を突き刺し、それを支えに一撃を回避する。

 

「ま、まじか」

「そらっ!」

 

 竹刀の横なぎの一撃によって双天我月が吹き飛ばされ、粒子となって消え去ってしまう。

 今度はワイヤー・ブレードを四本呼び出し、タイミングをずらしながら放っていくがことごとく回避されていき、回避の隙をついた踏み込みの突きも難なく回避される。

 その時、相手の回し蹴りが放たれているのに気付き、腕を壁にして受け止めるが凄まじい衝撃が伝わり、耐えきれずに蹴り飛ばされてしまう。

 

「ぐぅっ……なんて威力の蹴りだ」

「箒を守るために死に物狂いで努力したからな……不審者ごときに後れを取るわけないだろ」

「―――」

 

 箒は自分が聞き取れない言葉を言いながら顔を赤くし、偽物のほうを見つめる。

 

「さあ、次はこっちの番だ!」

「っっ!」

 

 視界から相手が消えたかと思えば目の前に突然現れ、横なぎに大きく振るわれる竹刀が見え、体を後ろへと倒して横なぎの一撃を回避した瞬間、顔に風が当たるのが感じた。

 バク転の要領で後方へと下がるがたった一歩の踏み込みで距離を詰められ、凄まじい勢いの突きが自分の腹部めがけて突き出される。

 

(避けきれない!)

「ぐぅっ!?」

 

 腹部に突きが突き刺さった瞬間、全身の激痛が迸るとともにそのまま後ろへと引きずられ、壁に押し当てられたかと思いきやそのまま片腕だけで体を持ち上げられ、竹刀を体にめり込ませられる。

 

「ぁぁぁっ! ぐっっ!? こんのっ!」

「効かないなぁ」

 

 必死に竹刀を持つ相手の手に蹴りを入れるが全く効いている様子が見えず、何度蹴りを入れても竹刀を離す気配が全く見えない。

 そして突然の浮遊感が自分を襲うと同時に脇腹に竹刀の一撃が直撃する。

 

「ぐぁっ!」

 

 メキメキッ! という何かが破砕する嫌な音を聞きながらそのまま吹き飛ばされ、壁に激突してまともに受け身も取れないまま床に落ちてしまう。

 

『―――! この世界で倒されたら……現実世界でもどうなるか分からない!』

「分かってるけど……こいつ強すぎるだろ」

 

 目の前にいる偽物の自分の圧倒的なまでの実力の前に自分は完膚なきまでにやられている。

 その時、偽物がニヤリと口角を上げると同時に足元から黒い何かが噴出し始め、竹刀を包み込むと真っ黒に染まりあがる。

 

「終わりだ……偽物はデータの世界に消えろ」

 

 相手が横なぎに振るった瞬間、命の危機を感じた自分は全力で床に這いつくばるようにして姿勢を低くする。

 直後に自分が今までいた場所に黒い斬撃が突き進んでいき、道場の壁に深い切り傷を刻み込む。

 今度は逆袈裟払いからの斬撃が放たれ、その場から飛びのくと壁を貫通して外まで斬撃が飛んでいき、窓ガラスの破片が道場にばらまかれる。

 

「さっさと死ねよ!」

「うぉぉぉっ!?」

 

 再び横なぎによる斬撃が放たれ、バック宙で一撃を回避する。

 直後、先ほどにつけられた傷と今ついた傷が繋がるように亀裂が走り、屋根の一部が崩壊し、瓦礫が箒に向かって落ちていく。

 

「しまっ」

「退け!」

 

 偽物が動き出すよりも早くその場から駆け出した自分は瓦礫から守るように彼女に覆い被さる。

 背中に何度も激痛が走り、意識が飛びそうになるがそれでも何とか踏ん張り、全てを受け止めると下で怯えた表情の箒の頬を優しくなでてやる。

 

「怪我……ないか」

「……な、なぜ私を」

「なぜって……助けてほしいって顔、してたから」

 

 

――――――☆――――――

「なぜって……助けてほしいって顔、してたから」

 

 何故だろうか―――箒は目の前の男が偽物であると頭では考えているのに自分の心がそれを否定していた。

 後ろにいるのが本物であって今、目の前にいるのは突如、侵入してきた不審者のはず。

 しかし、彼女の心が―――その魂がそれを否定していた。

 そして今の一言を昔、誰かに言われたような気がする。

 その人は自分が怪我をするかもしれないことを顧みずに彼女の大切なものを救い出してくれた、そんな覚えのないはずの記憶が彼女の脳裏によぎる。

 ゆっくりと、頭の指示を無視するかのように両手が目の前の一夏と同じ顔を持つ不審者に伸びていく。

 そしてその両手で彼の顔を包み込んだ瞬間、懐かしい温もりが手を通じて全身に伝わり、全身にこびりついていた何かを落としていく感覚が広がっていく。

 

「一夏?」

 

――――――☆――――――

「―――?」

 

 何と言ったのかは分からないが自分の目をまっすぐ見ながら何かを呟いたのは確か。

 もう一度、頬をなでてやると箒は顔を少し赤くしながら自分に抱き着いてくる。

 

「―――! ―――! ―――なのだな!? 本物だな!?」

「あぁ、本物だぞ……遅くなってごめん」

「まったくだ……私を待たせるなど……本当にお前というやつは」

「なぜだ」

 

 後ろからそんな声が聞こえ、箒に肩を借りながら立ち上がって振り返ると顔のあちこちの化けの皮がはがれ、黒い何かが露出した偽物の自分がいた。

 

「ありえない……お前が……お前が望む存在を完璧に再現したというのに! なぜ、そんな何もかもを失って弱い存在を選ぶんだ!」

「だからこそだ! 私は確かに強い―――が好きだ。だが……それだけではダメなんだ。守られるだけじゃない……私も―――を守りたい! お互いに守りあえる……そんな関係性でいたいのだ! 偽物は消え去れ!」

 

 完全に箒の否定の言葉をその身に受けた偽物の体はあっという間に崩壊していき、それと同時に剣道場も黒い何かの粒子となって消え去っていく。

 希望を装った絶望の世界が消え去っていき、始まりの場所へと戻った。

 

「終わったな……なぁ、箒」

「こ、こっちを見るな!」

「むぎゅぅっ……な、なんへ」

 

 箒の方を見ようとしたその時、両手で全力で顔を押し返されてしまい、変な声が出るが一瞬だけ見えた彼女の表情は真っ赤だった。

 真っ赤になるような理由が分からず、頭上にはてなが浮かんでしまう。

 箒は自分の顔を押し返しながらくるりと背を向けて自身の顔を手でぺちぺちと叩く。

 

「箒」

「な、なん」

 

 箒が言葉を言いきる前に自分は彼女を後ろから抱きしめた。

 さっきまで偽物の自分とイチャコラしている様子を見せつけられていたからか体が勝手に動いてしまったけど別に後悔はしていない。

 抱きしめたくなったのは事実だ。

 

「……帰ったら……みんなにあの日のことを話そうと思う」

「っっ……そうか」

「箒も……その場にいてほしい」

「無論だ。私も……お前を支えたい」

 

 腕の中でくるりとこちらの方を向いた箒とぱちりと目が合うと同時に徐々に彼女の体が光の粒子となって消え始め、箒は決心したかのように顔をこちらに近づけてくる。

 そしてほんの一瞬だけ自分の頬に唇を当てる。

 

「向こうで……待っているぞ」

 

 最後にそう言い残し、箒は元の世界へと帰っていった。

 

『全員の帰還を確認……多少、精神的疲労が見えるけど休めば問題はない』

「そうか……簪もありがとうな。おかげでみんなを助けることができた」

『うん……早く帰ってきて』

「あぁ」

 

 簪からみんなの様子を聞いた後、元の世界へ戻ろうとしたときだった。

 何気なく―――本当に何気なく後ろを振り返るとそこには五つしかなかったはずの扉、そしてそのすべてが消失したはずなのにもう一枚の扉が存在していた。

 

「……」

 

 早くみんなのもとへ帰りたいという想いとは裏腹に自分の体は勝手に進んでいき、やがては扉を開いていた。

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