一瞬の閃光の後、目を開くと眼前に広がっていたのはどこかの研究室だった。
何人かの白衣を着た男女を見かけるが自分の存在は隔絶されているのか彼ら彼女たちが感知することはなくタブレット端末をかじりつくように眺めている。
そして彼ら彼女らの前方にはいくつもの試験管が並べられており、その中には小さな塊のようなものが浮かんでいて男女はそれを熱心に観察している。
「なんだここ……誰の世界だ? 簪、分かるか?」
『―――――――――』
「繋がってない」
イヤホンからは誰の声も聞こえてこない。
「結果が出たぞ!」
その時、後方から嬉しさに満ちたような叫びが聞こえてきてほかの男女たちも早く教えろと言わんばかりにその男性のもとに集まっていく。
男女たちは一枚の紙を取り合いながら鼻息を荒くして興奮した様子で口々に感想を述べていく。
「す、素晴らしい! 適正がA! それにIS適正も順調に上がっている!」
「千番目の被検体と全く同じ数値じゃないか! これは成功だな!」
「まさに千一番目の奇跡だな!」
年甲斐もなく男女はキャッキャッと喜びの舞を踊りながら満面の笑みを浮かべる。
「あぁ、君。この被検体シールを貼っといてくれ」
「は、はい!」
やや緊張した面持ちの若い青年がひげを生やした男性から一枚のシールを受け取ると迷うことなく並べられている試験管のもとへ向かっていくがそこで立ち止まった。
何やらキョロキョロと二本の試験官を交互に見ており、少しばかり焦った様子だ。
「えぇ……これどっちが千一番の試験管だ? えっと、右……いや、左だったかな?」
若い男性はあたふたとしながら喜び勇んでいる集団の方を振り向くがその楽しそうな空気に水を差したくないと思ったのか試験管の方へ戻り、シールを一枚、ある試験管に貼り付けた。
「よし……こっちが千一番でこっちが」
――――――
「っっ!?」
聞き覚えがありすぎる単語が若い男性の口から聞こえた自分は男性が去るのを待ち、シールが張られた試験管へと近づいていく。
一歩、また一歩と近づくたびに心臓が張り裂けそうになるくらいに強く鼓動を打ち付ける。
自分から隠すように背を向けている試験管に手を伸ばし、くるりと翻そうとするが緊張がひどすぎてうまく手に力が入らない。
「……」
意を決して試験管をこちら側へと向けた瞬間、そこに貼られているシールに書かれている内容に自分は言葉のすべてを失ってしまった。
そこに書かれていたのは自分が失い、発することが出来なくなってしまった四文字の言葉だった。
「な、なん……なんで……試験管に……この四文字がっっ!?」
その時、肩を強く持たれたかと思えば後ろに強く引っ張られ、まるで空を飛んでいるかのような一瞬の浮遊感を感じたのちに目の前に扉が現れた。
いや、現れたんじゃない―――自分が戻ってきたんだ。
自分の首根っこを掴んでいる人を確認するべく、顔を上げるとそこには暮桜が立っていた。
「あ、あれ? なんでここに」
疑問をぶつけたが用は済んだと言わんばかりにすぐに暮桜はその姿を消す―――暮桜が立っていた場所には暮れた桜の花びらが宙を舞っていた。
「……帰れってこと……だよな」
恐らく暮桜はこれ以上、自分が何かに触れることを辞めろと警告するためにこちら側にやってきて自分をあの世界から引きずり出してくれたんだ。
自分は暮桜の静かな警告を受け入れ、それ以上の詮索はせずに元の世界へと戻っていった。
――――――☆――――――
ゆっくりと意識が上がってくるのを感じていると少しずつ聞き覚えのある声が耳から脳内に流れてきて、それに伴って目が開いていく。
二度三度、瞬きをしてしっかりと目の前の景色をその目で見ると目の前にはいつものメンバーが自分の顔を心配そうにのぞき込んでいた。
「あ、起きた」
「一夏さん、よくぞご無事で!」
「なかなか起きないから心配したのだぞ!」
「流石は私が愛する一夏だ」
「あれ? ラウラ、いつの間に仲直りを」
「……」
「イツツ」
ゆっくりと起き上がるが鈍い頭痛、そして全身に激痛が迸り、再びベッドチェアに横たわるとみんなが心配して見に来るが手を上げて大丈夫だと伝える。
五回連続で誰かの世界に突入しただけじゃなく、最後の世界では竹刀一本でボコボコにもされたから現実の体にもダメージは出る。
「簪……学園のシステムは?」
「―――のおかげで復旧したよ」
「そうか……ありがとな」
そう言いながら近くにいる簪の頭を優しくなでてやると彼女は顔を真っ赤にし、恥ずかしそうにするが自分の傍までやってきて腰を下ろし、まるで猫のようにもっと、とねだってくる。
正直、簪がいなければ電脳世界では動けなかったし、みんなを助けることもできなかった。
「簪がいなかったらみんなを助け出せなかった」
「うん……でも―――が来てくれたから私も力を発揮することができた……ありがとう」
その時、扉が開く音がしたかと思うと室内に姉さんが入ってきて全員の姿勢が一気に正される。
「全員ご苦労……学園のシステムは今しがた、完全復旧したことを確認した」
姉さんの一言に全員が安堵の表情を浮かべる。
きっと楯無さんも今頃は医務室の方に連れて行ってもらっているだろうから大丈夫だろう。
「電脳ダイブ後は精神疲労が顕著に表れる。この後、メディカルチェックを受けてもらう」
「うへぇ……あれ、項目多いから面倒くさいのよね~」
「ほぅ、では鳳には特別訓練メニューを」
「あー! なんだか疲れたなー! メディカルチェック早く受けたいなー!」
「文句を言わずにさっさと医務室へ直行しろ。馬鹿者が」
「あ、―――は」
「こいつは私が運ぶ」
姉さんにそう言われれば誰も口出しはできず、みんなはまた後でと自分に手を振りながらこの部屋を後にし、医務室へと直行していった。
一目で自分が動けないのに気付くことも凄いけどできれば二人きりにはなりたくなかった。
今、何もかもを失っている状況だし。
「……何故、ここへ来た」
姉さんはベッドチェアの隙間に腰を下ろし、自分の頭を優しくなでながらそう尋ねる。
きっと、今回の一件は自分を一切巻き込まずに完遂する予定だったんだろう。
だから専用機持ちのみんなには伝えられていた特殊作戦とやらを一切、自分に伝えなかったし、倉持技研への出向を今日に合わせた。
「呼ばれた気がしたんだ……助けてって」
「……お前はいつだって誰かのヒーローになるんだな」
姉さんはそう言いながらゆっくりと自分に倒れこんできて抱きしめてくれる。
久しぶりに姉さんの温もりを感じ、今までの疲労や精神的な重しが解れていくような気がして徐々に睡魔が襲い掛かってきて瞼が重くなってくる。
「眠いのだろう……今はゆっくりとやすめ……おやすみ」
最後に見えた姉さんの表情はとてもやさしいものだった。
――――――☆――――――
「あはっ……アハハハハハハハッ!」
薄暗い部屋の中でクロエから送られてきた情報を確認した束は狂ったかのように笑い声を上げ、近くに置かれていた道具などを叩き落していく。
本当に面白いのか、それとも別の何かなのか束は机に突っ伏し、何度も机を叩きつける。
「アハハハッ……はぁー……ちーちゃんもひどいなぁ……暮桜の場所、私にまで黙ってるなんてさ」
クロエがキャッチしたほんの一瞬の暮桜の反応。
それは確かにほんの一瞬だったかもしれないが束の予想通りの場所に暮桜は隠されているのだという確信を与えてくれるものになった。
「でもそんな秘密主義のちーちゃんも愛してるよ……問題は……どうやって暮桜をもう一度、ちーちゃんに使ってもらうかだよね」
現状、コア・ネットワーク内に暮桜は存在しておらず、今回反応をキャッチしたのもほんの一瞬だけで情報などを取得することもできなかった。
ただ、束にとっては暮桜がちゃんとIS学園に存在するという確証を得ることができただけでも御の字だ。
あとは千冬が暮桜を学園外へと持ち出し、起動さえすれば束が望む結果に近づく。
「おそらく機体は地下特別区画……でも今回の一件で周囲の組織はビビり散らかしてIS学園からは距離を置くだろうしねぇ……やっぱり利用するべきお人形さんは」
束はそう言うと笑顔を浮かべながら椅子から立ち上がり、どこかへと向かうべく、歩き出した。
「おいしいごはん……用意してないと消しちゃうぞ~」