Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第百三十八話

「―――ん……ここは」

 

 目を覚ました時、一番に視界に入ってきたのはもう見慣れてしまった医務室の天井だった。

 保健室とは違い、一大学病院と同等レベルの医療設備が整えられている医務室に来るということはそれだけの大けがだということになる。

 ここ最近、その医務室を頻繁に利用しているのは気のせいじゃない。

 

「あら、起きたの?」

 

 そんな声とともにカーテンがゆっくりと開けられ、そこから楯無さんが姿を現した。

 彼女の手首あたりからは点滴の管が伸びていて入院着の隙間からは包帯のような白い布が体に巻かれているのが見え、傷の深さが見て取れる。

 

「楯無さん……傷は」

「前の切り傷がまた開いたって感じね……お医者様からこっぴどく怒られちゃった」

「でしょうね……」

 

 それ以上の会話は自分たちの間には生まれず、医務室に少しの間、沈黙が流れるがそれを破るように楯無さんがゆっくりと自分に向かって手を伸ばしてくる。

 言葉を交わさずともその意図をくみ取った自分は柵の間から腕を通し、彼女の指を優しく絡めとるとまるで恋人つなぎのように全ての指を絡ませ、手をつなぐ。

 その女の子らしい柔らかな感触に少しドキドキしていると向こうも同じなのか顔が少し赤い。

 

「そっち……行ってもいい?」

「良いですよ」

 

 一度、手を離し、ベッドの端によってスペースを開ける。

 楯無さんは点滴のセットをコロコロと転がしながら自分のベッドの横へとやってくると自分が開けたスペースに横になるとこちらを見つめ、もう一度指を絡ませて手をつなぐ。

 こちらを見つめてくる顔がどうにも美しくて自分はその頬を優しくなでる。

 こうして近くで見るとやっぱり楯無さんも美少女の部類、しかもかなり上位のグループに入るし、何より年上というのが余計にそれを加速させる。

 

「一夏君……お願い……聞いてくれる?」

「なんでしょう」

「……ぅっ」

「た、楯無さん?」

 

 突然、楯無さんの瞳から涙が一筋、流れたかと思うとそれを合図に大粒の涙が次々とあふれ出てきて彼女の頬を伝ってシーツを濡らしていく。

 

「何も……言わずに……手を貸して」

 

 そう言われ、彼女の近くに手をやるとそっと握りしめるとゆっくりと自分のもとへと近づけていき、そして―――自分の胸に自分の手を置いた。

 突然の出来事と手を包み込むような柔らかい感触がぶつかり合って思考がまとまらない。

 

「覚悟してた……女に生まれて暗部で暮らす以上は……でもやっぱり怖かった」

「……」

「あいつに体を自由にされてるとき……本当に怖かった……今でも触られたところか……舐められたところが汚いんじゃないかって……」

「楯無さん……」

「一夏君……忘れさせて」

 

 目を潤わせながらそう言われて我慢できない男はこの世にいないと思う。

 自分は楯無さんを組み敷くように体勢を入れ替え、手は繋いだまま彼女の豊かに実った胸に手を這わせ、首筋を優しく舐める。

 

「んっ……っぅふぁっ」

 

 舌で首筋を舐められるのがこそばいのか楯無さんの色っぽい声が自分の耳元で響き、余計に自分のストッパーが壊されていく。

 首筋をひとしきり舐め、顔を上げると楯無さんと目が合うが捕まえられたかのように視線を外せなかった。

 少し火照った顔、上目遣いな潤んだ瞳、そして香水とは違う女性の匂いともいえる香りが鼻腔から自分の中に流れ込んで全てを痺れさせる。

 もう自分では引き返せそうにないくらいに彼女は魅力的だった。

 引き寄せれるかのように顔を近づけ、今にも唇が触れようとしたその時、自分の唇に楯無さんの指があてられ、小悪魔的な笑みを浮かべている彼女が奥にはいた。

 

「これより先は……また今度」

 

 そう言い、唇より少し外れたところに楯無さんからのキスが落とされる。

 彼女が浮かべるその表情はもうさっきのような悲しみに満ちた表情ではなく、いつもの楯無さんの表情に戻っていた。

 一気に力が抜けた自分はベッドに横になるともう一度だけ、楯無さんを抱きしめると彼女も背中に腕を回し、自分の胸に顔をうずめた。

 

「今だけは……一人の女の子として白馬の王子様に抱かれたいの」

 

 そう言い、彼女が浮かべた満面の笑みはきっと嘘偽りない楯無さんの―――いや、彼女の本物の笑顔だったと思いたい。

 

 

――――――☆――――――

 

 愛する彼の温もりに包まれながら楯無は思う。

 

(あなたにこの想いを伝える時に……私の本当の名前も……伝えたい)

 

 対暗部用暗部である更識家の当主は代々、その座に就いた際には本当の名を伏せて楯無を名乗るという習わしが続いている。

 それは彼女も例外ではない。

 本当の名前を知るのは両親や簪のみであり、幼馴染の布仏姉妹ですら掟によってその真名を知ることは禁じられているほどに厳しい。

 しかし、唯一真名を他者に伝えることができるタイミングが存在する―――そのタイミングこそ外から新たに家族となる者を招き入れる時だけ。

 逆を言えば真名を伝えるということは家族になるという証。

 

(きっと常識外の家族の形になるだろうけど……それでもこの人を愛したのならばそれを通して見せる)

 

 本当の名前を今、このタイミングでは伝えられない。

 しかし、大好きな人に本当の気持ちを曝け出すということは何物にも縛られていない彼女が本音を出すことができる唯一の方法。

 

(だから今は……今だけはただの女の子に戻るわ……更識刀奈という女の子に)

 

――――――☆――――――

 

 IS学園から少し離れた臨海公園前のカフェに彼女―――クロエ・クロニクルはいた。

 彼女こそIS学園のシステムダウンを引き起こした首謀者であり、束の娘であり、【黒鍵】でもあった。

 彼女は少し前に注文した冷め切ったカフェオレをジーっと見つめながら何かを考えている様子だった。

 

(あの時、一瞬だけ暮桜の反応をキャッチした……データの残滓すらなかった暮桜がなぜ、現れた?)

 

 それは電脳空間でIS学園の情報を隅から隅まで探しつくした彼女だけにしか感じえない違和感。

 もちろんそれも束には報告済みではあるが彼女からすればIS学園に暮桜の反応があった、というだけで今回の作戦は大成功だったに違いない。

 その証拠に先ほどからクロエに渡されているスマホは震えっぱなしだ。

 もちろん送り主は束。

 

「相席させてもらおうか」

「……どうぞ」

 

 顔を上げなくても目の前に誰が座ったのかなど理解できた。

 クロエは震える手を隠しながらゆっくりと顔を上げると目の前にはあの世界最強の織斑千冬が座っており、その手にはすでに注文されているブラックコーヒーが握られている。

 一口、それを飲むとほんの少しだけ顔をしかませる。

 

「ふむ。やはり真耶が入れてくれるコーヒーの方が私には合うな」

「……何の御用でしょうか」

「いや、なに……殺す相手の顔を見ておきたくてな」

 

 その瞬間、恐怖に顔を歪ませたクロエはすぐさま黒鍵の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)であるワールド・パージを発動させ、千冬の周囲の空間を上下左右のない暗闇へと変化させ、自分も暗闇へと消える。

 しかし、そんな非常事態でも千冬は口角を上げるだけ。

 

「ほぅ。電脳空間では相手の精神を支配し、他者から入れられた思考を自身の物であると錯覚させる……現実世界では大気成分を調整し、幻覚を見せる能力か。弱者らしい能力だ」

 

 千冬はすぐさま行動し、何もない場所に手を置くと同時に姿の見えない何かを掴み、何もない場所へと突き立てるような格好を取る。

 

「今すぐ解除しろ……殺すぞ」

 

 次の瞬間、千冬を覆っていた周囲の闇は消え去り、元の景色へと戻るがクロエの左肩には千冬の手が置かれ、首筋には備え付けのナイフが突き立てられている。

 僅かながらに首筋に刺さっている個所からは真っ赤な血が流れる―――かと思えば何も流れない。

 

「死体とISを同期させたか……とどのつまり生体同期型IS。お前は人間であると同時にISでもあるということか。ならば喉を掻っ切ればよかったな。いや、いっそのこと頭頂部に刺せばよかったな」

 

 真顔で恐ろしいことを次々と言われるクロエの額からは冷や汗が流れ落ちる。

 ISともほぼ生身で戦う世界最強に殺す対象と認定された以上、この場から生きて帰ってこれるかもわからないほどに極限の状態だった。

 

「い、命だけは」

「もうすでに命などないだろう? また死ねばいいだけの話だ」

「な、なぜ……衆人環視の中で私を殺せば……どうなるか」

「どうなる? どうにでもなるさ……そもそも貴様は一つ勘違いをしている」

「……?」

「いったいいつからここが衆人環視の中だと錯覚している?」

 

 千冬にそう言われたクロエは周囲をゆっくりと見渡すと不自然なほどにほかの客と目が合わず、むしろわざと目を離しているように見える。

 

「……ま、まさか」

「私がこれでも人間関係は広くてな……裏の関係もある」

「さ、更識」

「お前は言ったな? 何故、殺すのかと……簡単な話だ……私の一夏に手を出したからだ」

「っっっ」

 

 底冷えするような感情のない冷徹な声にクロエは瞬きひとつすらできないほど恐怖に支配される。

 

「貴様たちが一夏を戦いに誘い、手を出したことであいつは……裏を知ってしまった。私の計画はすでに原型がないほどご破綻だ……ならばやるべきことは一つ……一夏の敵となる者をこの世から消し去ってしまえばいい。この世から一夏に悪意を抱くものが消えれば一夏を愛する者だけが残る。一夏は幸せにならなければいけないんだ……それを邪魔する命は……消す」

「まっ―――」

 

 クロエの返答など聞きもせず、ナイフを握る手に力を入れようとしたその時、上空から切り裂くような音が徐々に近づいてくるのに気付き、千冬の関係者たちが顔を上げる。

 直後、カフェの座席付近に隕石が衝突したかのように凄まじい突風が吹き荒れ、周囲の関係者たちを一瞬にして吹き飛ばしていく。

 千冬はその突風の中でも体勢一つ変えずに座っていたがすでに目の前にクロエの姿はない。

 

「……亡国機業か」

 

 顔を上げた先には一機のISがクロエを抱えて空高くに飛翔しているのが見える。

 少しばかり喋りすぎたか、と一言呟きながら騒ぎになりつつあるカフェから離れていく。

 

「まぁいい……殺すやつが増えただけの話だ……一夏……お前は何も知らなくていい……何も知らなくていいから幸せになれ……そのためならば私は……この手を喜んで血に濡らそう」

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