Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第百四十一話

「……」

 

 IS学園に地下特別区画で千冬は一機のISと向き合っていた。

 そのISこそ千冬の愛機にして彼女を世界最強の座へと導いた最強のIS―――暮桜。

 しかし、目の前に鎮座している暮桜からは何も感じられず、闇夜の中で佇んでいる石像ともいえるべき状態でただそこにいた。

 千冬は暮桜に触れるがその手から伝わるものは何もなく、冷たさすら感じない―――だが彼女にとってはその状態こそが望んでいた状態だった。

 千冬がそれを望んでからはや数年が経過した今日、一瞬だけ暮桜に光が戻った。

 

「お前が私の願いを破るほど切迫しているんだな」

 

 彼女はある時願った―――そして暮桜は忠実に千冬の願いをかなえるためだけに行動し続けてきたが今日、ほんの一瞬だけそれを破った。

 暮桜が再び、その身に魂を宿すときは最悪の状況であり、それだけは何としても避けなければならない。

 

「私の不甲斐なさを許してくれ……暮桜……もう少しだけお前の力を頼らせてくれ」

 

 そう切に願う千冬の手には学園のシステムに残されていたあるデータが入ったUSBメモリがあった。

 

「束……お前は何としても暮桜を起動させたいようだが……それは無理だ」

 

 千冬はデータが入ったUSBを床に落とし、そして何のためらいもなく、用はないと言わんばかりにそれを全力で踏みつぶして粉々に破壊した。

 たとえこのデータを今の暮桜に使用したところで所詮は魂のない抜け殻が動くのと同じであり、彼女が望むようなものは手に入らない。

 もう一つの起動キーは束でも気づかない場所に存在している。

 

「……織斑千冬」

 

 そう呟いたのは入り口すぐのところに佇んでいる名もなき兵たち(アンネイムド)の隊長を務めていた女性だが何かにおびえるようにきょろきょろと周囲を見渡している。

 

「安心しろ。お前が恐れる者はここにはいない」

「……貴様は一体何を抱えているんだ」

「そうだな……愛する者の全て、とでもいうべきものだ」

「それが織斑一夏」

「そうだ……私がこの世に存在する理由そのものだ。あいつに手を出すものは容赦なく叩き潰す……ことにしていたが気分が変わってな。消すことにした」

 

 淡々とそう話す千冬を前にして隊長は思わず恐れから身震いをすると同時に織斑千冬という存在の大きさに圧倒されてしまう。

 

「しかし、残念なことにお前はすでに世界から消されている存在だ。地上部隊の連中もそうだろう」

「……本国ではすでに私たちの存在はなかったことにされているか上書きされているだろう。私に人質の価値はもうない……何故、私を生かす?」

 

 正直、隊長は織斑一夏が特別区画に到達した時点で彼に殺されるだろうと思っていたが千冬が必死に匿ったのを見て理解に苦しんでいた。

 仮にアメリカを揺さぶる人質として使おうとしていたとしてもアメリカはしらを切り、一般人を傷つけたとして国際問題に発展させて逆にIS学園を揺さぶるだろう。

 しかし、そんな様子は千冬からは見られない。

 

「存在全てが消えてしまったお前は私のもとで動いてもらう」

「私が? お前の下で動くだと?」

「そうだ。ま、貴様がそれを不服とするならばどこへでも消えるといい……ただし、私の加護から抜ければすぐ一夏はお前を殺しに行くだろう」

「っっっ……何をすればいい」

 

 名前も国籍も宗教も何もかもを捨てた隊長でも命を捨てる恐怖の前ではただの人間に成り下がるしかなく、その加護に下る以外に選択肢はなかった。

 ただの高校生だとは思えない闇が織斑一夏には存在するのかもしれない。

 

「今回の一件はアメリカから全世界へと裏ルートで滲み出たことだろう。これで地位は不可侵となった。だがそれだけでは足りない」

「……まさか」

「次は抑止力となる兵器がいる。私という兵器以外にな……お前には裏からISを引っ張ってきてもらう」

 

 この世界には亡国機業のようにテロリストでありながらISを持っている裏の組織というものは多数存在しており、強奪されたものが多い。

 しかし、中には表には公表されていない裏の任務を執行する組織にISを所持させているアメリカのようなきな臭い国も多数存在している。

 仮にその組織からISを強奪したとしても表立って文句を言うことはない。

 文句を言ってしまえば世界的に表向きには禁止されているISの兵器使用を認めることになり、世界情勢における立場を悪くしてしまう。

 

「おそらくアメリカは次の名もなき兵たち(アンネイムド)にもISを与えるはずだ。お前にはそれを強奪してきてほしい」

「……貴様の目にはどんな世界が広がっているんだ」

「気になるか? ならば私の傍に居ろ。お前にも見せてやる」

「……あなたが見据える世界を私も見たくなった。どのような世界を望んでいるのか……そのために私は動くとしよう」

 

 隊長はそう言うとそれ以上は何も言わずに部屋を出ていく。

 

「私が望む世界はただ一つ……一夏が幸せになる世界だ」

 

 

 

――――――☆――――――

「ふぅ……楽しかった」

 

 生徒会室でのお菓子パーティーを終えた自分は部屋へとまっすぐ向かっていた。

 パーティーが終わり、周りにみんながいなくなれば途端に寂しさが込み上げてくるけどIS学園というみんなが守ってくれる居場所があればどうってことはない。

 それに―――

 

「こいつもあるしな」

 

 胸のロケットペンダントを開くと先ほどのお菓子パーティーの終わり際にみんなで集まって撮影した写真が収められており、それだけでみんなと心が繋がっている気がする。

 楯無さんと簪も加えた新しい写真見つめながら歩いていた時、ガチャっと扉が開いた音が聞こえ、何気なしに振り替えるとそこにはジャージ姿の姉さんがいた。

 

「―――、こんな時間に何をしている」

「あ、あははっ……こ、これはその」

「ま、少し入っていけ」

「きょ、今日はもう遅いし」

「“止まれ”」

 

 何とか逃れようと言い訳を並べながら後ずさりしていると底冷えするような冷たい声が響き、両足から力が抜けてそれ以上動けなくなってしまう。

 そんな自分のことなど気にもせずに姉さんは凄い力で自分の腕を掴むとそのまま室内へと連れ込んでしまう。

 突然のことにポカーンとしているとガチャリと鍵を閉める音が部屋に木霊すると同時に両足に力が戻り、振り返った瞬間、抱きしめられた。

 

「ぇ……ぁ」

「―――……すぅ……ぁぁ……―――」

 

 自分を抱きしめながら姉さんはまるで自分の匂いを嗅ぐかのように深く深呼吸をしながら耳元で自分が聞き取れない言葉をしきりに呟き続ける。

 そう言えばここ何週間と家族らしい時間を過ごした記憶がない。

 

「私の―――……ようやく私の手に」

「ど、どうしたの?」

 

 若干、戸惑いながらも姉さんの頭を優しくなでながらそう尋ねるけど姉さんは何も言わずにただ、自分という存在を満足いくまで堪能し続ける。

 匂いもそうだし、髪の毛を指で弄ったり、頬をあててきたりと五感全てで感じているようだった。

 

「お前を感じているんだ……最近、家族らしい時間を過ごせていなかった……それにお前は私を避けているような気もする」

 

 そう言われてドキッとしてしまう。

 確かに最近は姉さんと二人きりにならないように傍には楯無さんが居続けてくれたし、あまり遭遇しないように自然と遠回りをしていたりもした。

 

「……だが安心しろ。もうIS学園に悪意は襲ってこない……ここに居ればお前を守れる」

「う、うん……」

「それはそうと……随分と楽しそうなお菓子パーティーだったな」

 

 どうして姉さんがそれを知っているんだ。

 自分が部屋を出て生徒会室に行っていることはバレても致し方ないとは思うし、いつもの面々が生徒会室に集まっていることもバレてもおかしくはない。

 ただ、どうして中の様子まで知っているんだ。

 突然のことに何も言えないでいると耳元で囁くように姉さんの言葉が断続的に響く。

 

「用心深い奴もいたからな。中の会話すべてを聞き取れはしなかったが……お仲間と楽しくやるのは構わないが家族の私を忘れるなよ?」

「あ、当たり前だろ……家族のことなんか忘れないよ」

「そうだな。では家族に隠し事も……していないな?」

 

 耳元でそう囁かれた瞬間、まるで心を鷲掴みにされたかのような感覚に陥る。

 多分、というか確実に姉さんは自分がみんなに何か大事なことを話したこと、そして家族の姉さんに話していないことを掌握している。

 

「も、もちろん……隠し事なんて」

「―――……お前自身を守ることができるのは私だけだ。それだけは忘れるな」

「う、うん」

「……私を呼んでくれないのか?」

「へ?」

「私はお前を呼び続けているのにお前は……私を呼んでくれないのか?」

 

 ダメだ―――もう姉さんは完全に自分の不調に感づいている。

 

「ね、姉さん」

「……」

「ほ、ほらいつまでも子供の時の呼び方じゃ……さ。そろそろ成長しないとって」

「私は昔のように呼んでほしいんだがな……周りがどう見ようがどうでもいいことだ」

「そ、そうなんだけどさ……」

「―――、今日は一緒に寝るぞ。昔みたいに」

「え、えぇ!?」

「なんだ、いやなのか?」

「い、嫌ってわけじゃないけど」

「よし、ならば決まりだ。シャワーを先に浴びてこい」

 

 そう言われて仕方なく自室から服を取ってこようとした時、なぜか姉さんのベッドの下から小さな衣装ケースが出てきてそれを開けると自分の下着と服が入っていた。

 

「な、なんでここに」

「四月当初、おまえの荷物を取りに行く日があってな。その時のついでだ。ほら、入ってこい」

「う、うん」

 

 納得できるようなできないような話をされながらも自分はシャワーへと向かった。

 

 

――――――☆――――――

 一夏がシャワーを浴びている最中、千冬はこれからのことを考えていた。

 

「一夏……お前はきっと私がどれだけ追求しようとも本当のことを話さないだろう……私をこれ以上悲しませないために、と考えて……お前がそうするのであれば私はそれを見守ろう」

 

 ただし、と一言付け加えた時に千冬が浮かべていた表情はとてもどす黒いものがうごめいており、その目に燃え盛る炎は愛憎に満ち溢れている。

 仲間に手を出すものをこの世から消す一夏に対して一夏に手を出すものをこの世から容赦なく消す千冬。

 

「お前に手を出すものはお前がどう言おうともこの世から消す……お前は何も知らずに幸せになるんだ」

 

 決して知られてはいけない真実に大きく一夏が近づいていることはすでに掌握している。

 本当であれば近づくことすら許す気はなかったがISを動かした時点ですでに真実に一歩近づいているし、世界が真実を知らないことを許さないだろう。

 まるで見えない何かに導かれるように一夏はこれまでにも歩みを進めてきた。

 おそらく千冬が何もしなければ一夏は自分の真実にたどり着いてしまうだろう。

 

「まず手始めに……仮面の女だ」

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