第百四十九話
全校生徒が休みを謳歌しているであろう休日の日曜日のIS学園の職員室では千冬と真耶の二人が頭を抱えて一つのことを考えていた。
それは昨晩、真耶が千冬の机から発掘した政府からの通達文―――ではなく、既に一か月後に迫っている修学旅行についてだった。
「あ、あの先輩」
「どうした?」
「織斑君の決定については……お話ししなくていいんですか?」
「別にかまわんさ。あいつがどう結論を出すかなど私には手に取るように分かるからな……それに今は学園全体のことを考えなくてはならん」
「それはそうですけど」
昨晩、真耶が千冬に報告の電話をした際に言われたのは「放っておけ」の一言だった。
どうやら千冬の中では上層部がそのような結論を出すことは予想の範疇であったらしく特に驚くわけでもなく、いつものままであった。
「修学旅行……校外に出れば確実に奴らが来るだろうな」
「織斑君を狙っている亡国機業……ですね」
亡国機業のターゲットは織斑一夏ただ一人。
特に活動が活発化している現状を考えれば一夏が周りを巻き込まないためにと修学旅行を辞退することを選ぶことは想像に容易い。
ただ、教師としては修学旅行という人生に一度しかないイベントは全生徒に参加してほしいという想いもある。
「気に食わんのはこっちだ」
千冬は学園上層部より配布された資料に目を通すと途端に怒りの感情が湧き上がり、その資料をくしゃっと握りつぶしてしまう。
その資料は一夏の多重婚を認める文書とは違う封筒に入れられていたもの。
そこに書かれていたのはIS学園を通り越して国家IS委員会からの通達として織斑一夏を囮として亡国機業の殲滅作戦を実施せよ、との内容。
「織斑君を囮にしろだなんて……生徒をテロリストの餌にするなんてできません」
「当然だ……それに加えてこれだ」
千冬は数枚の文書を真耶へと渡す。
一枚、また一枚と文書に目を通していくにつれて真耶の表情は怒りへと変貌していき、最終的には全ての資料を机の上に叩き付けた。
「こんなのっっ……亡国機業の脅威は全世界共通なのに……それを織斑君だけに押し付けるなんて!」
机にたたきつけられた資料にはまるで示し合わせたかのように同じ内容が記載されており、それはイギリス、フランス、ドイツ、中国、アメリカ、ギリシャそして日本の代表候補生は参加させるなというもの。
つまり、これからの国家の未来を担う人材を戦地に送るなというものだった。
世界で唯一の男性IS操縦者も確かに貴重ではあるが貴重であり過ぎるが故に第二、第三の男性IS操縦者を生み出すことはほとんど不可能に近い。
ならば国家の未来を担う人材はこれまで通り代表候補生だ。
「唯一、ロシアだけはこの中には入っていない。単に第二形態のデータ取りとしか考えていないのか、それとも何も考えていないのか」
「実質、更識さんと織斑君だけに亡国機業の殲滅任務をするしかないんですね」
「国家IS委員会からの通達である以上、我々は従うしかない……あいつはこの命令を受け入れるだろうな」
「ですが二人だけで殲滅作戦を行うのは正直……」
「……あいつを呼ぶ」
「あいつ?」
「私が知りうる上で最強の助っ人だ」
――――――☆―――――
夏のうだるような暑さも消え、秋も深まってきた今日この頃、自分と楯無さんは姉さんに放課後、職員室前に集合するようにと指示を受けていた。
その指示の伝達の仕方も学園のメッセージ機能ではなく、家族のプライぺートな方からだったのので正直、嫌な予感しかしていない。
「私とあなたが呼ばれるということは……あまりいい話じゃないのかもね」
「でしょうね」
思い当たる節と言えばつい先日の秘匿母艦での戦闘だけどあの聞き取りはすでに昨日の日曜日に終わっているはずだから呼ばれることはないと思う。
ただ、それ以外に召集を受ける節が全く思い浮かばない。
その時、職員室の扉が開き、姉さんと山田先生が現れる。
「待たせたな……場所を移そう」
そう言われて姉さんを先頭に歩き始めるけど挟み込むようにして山田先生が後方へと回る。
その様子はどこか周囲を気にしている様子だった。
普段使っている教室は実習室から離れていき、立ち入ることがほとんどない校舎へとどんどん入っていくが自分にはついていくことしかできない。
(が、学園長室を通り過ぎた?)
ふと視界の端に学園長室と書かれた札が見えたけどそこを見向きすらせずに通り過ぎたことに少し驚いているとある部屋の前で止まった。
その部屋の扉の上部には応接室と書かれている。
「入れ」
姉さんの指示に従い、応接室へと入ると山田先生が扉を閉めて鍵まで閉めてしまう。
有力な権力者を接待するための部屋なのか置かれているソファは一目見ただけで高級なものだと分かるくらいに良いつくりだ。
姉さんや山田先生と対面する形でソファに座る。
「今日、お前たちを呼んだのはほかでもない……国家IS委員会から通達が来た」
国家IS委員会―――国家のIS保有数や動きなどを監視する委員会であり、IS条約に基づいて設置された国際機関。
いわばISに関することを全て決めている最高位に位置する組織だ。
自分はもちろん動揺を隠せていないけどあの楯無さんでさえ、完全には隠しきれていない。
「ま、まさか国家IS委員会からの通達が来るとは……ですが私たちが関係するものとはいったい」
「……」
楯無さんの言葉の後には誰の言葉も続かなかった。
それほどにまで通達された内容が重いのか、姉さんは自分の顔を見ながら手を強く握りしめ、意を決したように口を開いた。
「国家IS委員会からの通達は……――――を囮にして亡国機業を殲滅作戦を実施せよ……」
姉さんが発した言葉を聞き取れなかったということと楯無さんの表情を足し合わせればそこにはいる単語がなんなのかはすぐに理解できた。
自分という存在を餌に亡国機業をつり出し、殲滅しろ―――おそらくこんな内容だろう。
「……――先生はそれを吞むのですか」
「分かった質問をするな、更識。国家IS委員会の通達を無視できるほどブリュンヒルデという肩書は万能じゃないんだ。やつらの指示一つで……IS学園はつぶされるんだ」
「自分は構いませんよ」
「でも……」
「どのみち、亡国機業は潰しますし……作戦はどうするんですか?」
「一か月後に迫った京都への修学旅行の下見を装い、更識さん、―――君、―――先生、私、そしてもう一人助っ人を入れた五人で亡国機業を迎え撃ちます」
スコールはこの前の戦闘で当分の間は離脱しているだろうから残っている戦力としては仮面の女、そしてオータムの二人くらいだろう。
IS使用者のメンバーを倒すことができれば残るはスコールのみ。
亡国機業を殲滅できなければIS学園はずっと、標的にされ続けてしまう。
「出発日は三日後の朝。各自、準備をして東京駅に六時集合だ」
「分かりました」
「……分かりました」
「それとわかっているとは思うがほかの連中には話すなよ」
「もちろん……分かってます」
「話は以上だ。更識、お前は残れ。山田先生」
「では――君、行きましょうか」
――――――☆―――――
一夏が真耶とともに応接室を出てすぐ、千冬は体勢を少し崩すが楯無は体勢を変えず、表情だけを不満げなものへと少しだけ変える。
「そう膨れるな」
「更識家経由で文句を言いたいくらいです」
「やめろ。国際問題を起こす気か」
「冗談です……で、お話とは」
「内通者のことだ」
水面下で探し続けていたIS学園内に潜んでいる内通者の存在。
既に千冬と楯無は内通者であろう人物の目星をつけており、あとは確固たる証拠さえ上げることができれば内通者を捕獲することができる。
「京都で潰すおつもりですか? 人員が足りないかと思いますが」
「そこでだ。私は一人、助っ人を呼ぼうと思っている」
「先ほど言っていましたね……どなたを呼ぶんですか?」
「そうだな……誰もが知っているやつだ」
「はぁ……」
「京都における一夏の護衛はそいつに任せるつもりだ。更識、内通者はお前が潰せ」
「つまり……内通者には情報を流せと」
千冬は小さく頷く。
作戦の内容としては不安要素があまりにも多く、作戦の成功確率は低いものになるだろうがそれでもこの作戦を遂行する価値はある。
IS学園は不可侵の地位を手に入れはしたがそれはあくまで影響力が及ぶ内側の話であり、外側の話ではその効力が途端に弱まってしまう。
しかし、この作戦が成功すれば彼を狙う悪意は消え去り、どこに出ても彼の安全は飛躍的に向上する。
「この作戦には……一夏の人生がかかっているといえる。ここで亡国機業を……一夏を狙う輩を一掃できればあいつは外の世界を安心して歩けるようになるんだ……そのためならばどんな手でも使おう」
「最悪の事態が起きた時は」
「そのために裏からも手をまわしてある……それを超える事態が起きた場合は……私が出る」
「本当の意味での総力戦……ですね」
「更識。お前も準備をしておけ……長い下見になるぞ」
――――――☆―――――
「……やっとあいつらとの決着が」
この数か月、ずっと戦い続けてきた亡国機業との決着をつけられるかもしれないと思うと自然と手にも力が入ってしまう。
亡国機業との決着もそうだし、何より自分の全てを取り戻すという意味での決着もあいつとつけることにもなると思う。
そんなことを考えているとふと第一アリーナが見え、今日の模擬戦の周り順を思い出してアリーナの中へと入っていくと徐々にIS同士がぶつかり合う音が聞こえてくる。
観客席にたどり着き、そこからフィールドを見ると箒と鈴が模擬戦を行っていた。
双天我月に増設した鎖を握り締め、中距離から箒めがけて連続で投擲の一撃を入れていくがそれらを二本の刀で箒がいなしていく。
「……待っててくれ、みんな……もうすぐ……もうすぐで全ての決着がつくから」
仮面の女との決着、オータムとの決着、そして亡国機業との決着。
それらが片付けばようやく自分は皆との楽しい日々を何の心配もせずに送ることができるようになるし、自分のせいでみんなが傷つくこともなくなる。
「絶対に……ケリをつける」
――――――☆―――――
「そう言うことですので当面の間、学園の治安管理をお願いします……ダリル先輩」
「生徒会長様も大変だな~。京都でテロリスト退治に行くなんてよぉ」
生徒会室で出された紅茶を飲みながら大きな声でそう話すのは三年生唯一の専用機持ちであるアメリカ代表候補生のダリル・ケイシー。
そのあまりにもガサツな飲み方や態度に給仕係を務める虚は苦笑いを浮かべる。
「いいぜ、会長さんが居ない間は俺が見といてやるよ」
「ありがとうございます」
「じゃあな、会長さん」
ダリルは背中越しに手を軽く振りながら生徒会室を後にする。
「お嬢様……」
「虚ちゃんは複雑よね」
「いえ……私は私の役目を果たすのみです」
「ありがとう……ところで虚ちゃん」
「はい?」
「最近、香水変えたでしょ」
突然の楯無の突っ込みに面白いくらいに肩をびくつかせる虚は平静を必死に装いながらも何の話ですか? と言いたげな表情を浮かべ、楯無を見る。
しかし、楯無はニヤニヤと笑みを浮かべながら扇子を勢い良く広げ、明察秋毫という四字熟語を虚にこれでもかとわざとらしく近づけて見せてくる。
「そ、それは……その」
「噂の彼氏君とは順調のようね」
「っっっ! な、なぜそれを!?」
「虚ちゃんのことは何でもお見通しなのよ……幸せになりなさい、虚ちゃん」
「お嬢様……」
「幼馴染としてあなたの幸せを本当に願っているわ……虚ちゃんのウェディングドレスのお披露目までにはこの世界を平和にしなくちゃね~」
「お、お嬢様もですよ……お嬢様もウェディングドレスを着るまでしっかりと生きてください」
「……もちろん。そのつもりよ」
今回の亡国機業掃討戦は今まで上に激しい戦闘になるのは間違いない。
京都という市街地でIS同士による戦闘が行われるのは間違いないうえに今回は亡国機業と学園の内通者のあぶり出しの同時並行だ。
「あの人は絶対に死なせない……そのためにも持てる力全てを……ぶつけるわ」
「お気をつけて、お嬢様」
「ありがとう……じゃ、戻りましょうか」
生徒会室の明かりを全て消し、二人は薄暗い学園の廊下を歩き始めた。