京都へ発つ日の朝早く、まだみんなが寝静まっている時間帯に自分はキャリケースを片手に姉さんとともに東京駅の集合場所にいた。
まだ時間は五時半を迎えたばかりであり、歩いている人はまだまだ少ない。
「こんな朝早くに新幹線って動いてるのか?」
「始発は六時だ。連中に行動を悟られるわけにはいかんからな」
「たしかに」
「お待たせしました~」
後ろを振り返ると同じようにキャリーケースを片手に持っている山田先生と楯無さんが現れ、これで殲滅作戦に参加するメンバーがすべてそろった。
今から数日間、外部との連絡を完全に遮断するために個人所有の連絡機器は全てIS学園に置くことになっていて連絡手段はこの日のために学園から支給されているスマホのみ。
「昨日はよく眠れたかしら、あ・な・た」
「まぁなんとか……そういう楯無さんこそ」
「私はもう熟睡よ」
「山田先生、あいつらは」
「バッチリ眠っている間に出てきました」
みんなにもばれないようにISは京都に着くまではステルスモードに設定している。
もうそれだけで何かおかしな行動をしていると逆にバレるけどバレるころには既に京都に着いているし、何より皆は学園からは絶対に出られない。
自分たちの作戦が完了するまではみんなの外出許可届は絶対に受理されないように姉さんが手を回している。
「分かっていると思うがいつ奴らが襲撃してくるとも分からない。新幹線の中か、それとも駅に着いた瞬間か。いついかなる時も気を抜くな」
姉さんの言葉に全員が強く頷く。
このメンバーで必ず帰ってくるんだ。
――――――☆―――――
新幹線が京都に向けて出発してから二十分ほどが経過したころ、四人席に座りながらも自分が周囲に警戒心を向けていると軽く楯無さんに脛を蹴られる。
「警戒し過ぎよ。そんなんじゃ京都に着く前に精神的に疲弊するわよ」
「そうですけど」
「こういう時は交代で周りを見ればいいわ。今は私と山田先生。あなたは車窓からの景色でも見てなさい」
「わ、分かりました」
と言われて素直におとなしく景色を見れるかと見れるわけもなく変にそわそわしてしまっているとワゴンを持った車内販売の女性がやってくる。
自然と四人の視線がそのワゴンに向けられる。
自分の手は護身用に所持しているナイフに手が伸び、楯無さんはいつでも動けるように体勢を整え、山田先生も姉さんもワゴンが通り過ぎるのを待つ。
自分たちの不安は外れだと言わんばかりにワゴンは何事もなくそのまま通り過ぎていき、隣の車両へと消えていった。
「ところで織斑先生の助っ人って誰なんですか?」
「アーリィと言えばわかるだろ」
その瞬間、山田先生と楯無さんの表情が一気に驚きの色に染まりあがるが自分は全く聞き覚えのない名前を前に頭に?が浮かんでしまう。
最近はようやくISの知識もついてきたけどあくまでISの技術なんかの知識であって有名人なんかの名前はまだ素人に毛が生えたレベルだ。
「す、すごいです……2代目ブリュンヒルデにお会いできるなんて」
「それをあいつの前で言うなよ? あいつはそう言われるのが嫌いだ……更識、何もわかっていないバカのために説明してやってくれ」
「すみません」
「アリーシャ・ジョセスターフ。第2回モンドグロッソ大会の優勝者であり、イタリア代表操縦者。専用機はテンペスタ。正直、織斑先生とアリーシャさんの試合しか注目されていないくらいだったのよ?」
「へ~」
「織斑先生に零落白夜を使わせた数少ない相手ですからね。もう異次元の実力ですよ」
山田先生が興奮気味に言っているのでリアルタイムで大会を見ていた世代からすれば雲の上の存在、くらいに有名な人なんだろう。
昔は姉さんから完璧なまでの情報統制をされていたからその辺の知識は全くない。
でも第2回モンドグロッソと言われれば嫌でも思い出してしまうのが自分の誘拐事件。
それがなければ姉さんは大会二連覇を果たして歴史に名を刻んでいた。
「この場でお聞きするのもどうかと思うんですが……辞退されたのは何かあったんですか?」
リアルタイム世代だからこそ気になる質問なんだろうけど自分も姉さんも何も言えない。
自分の誘拐事件は一般的には公表されていない事件だ。
だから何も知らない一般の人たちからすれば優勝確実視されていた姉さんが突然、とち狂った行動をとったくらいにしか映っていないと思う。
「そうだな……端的に言えば……私に資格が無くなったからだ」
「は、はぁ」
姉さんのそんな含んだ言い方を聞いて山田先生も何かを察知したのかそれ以上深くは追及しない。
多分、姉さんが現役を引退して教師の道に進んだきっかけは自分の誘拐事件だ。
もし、あの時に自分が余計なおせっかいを働かせずにまっすぐ家に帰っていたら今でも姉さんは現役のIS操縦者として世界に名を馳せていたと思う。
もう今更、過去のことを悔やんだって仕方がないことはわかっている。
でも考えないようにしても考えてしまうのが自分の悪い癖だ。
「……」
「イダッ」
コツンと自分のこめかみ部分に姉さんは軽く拳をあてる。
それはまるで余計なことは考えるなと言いたげだった。
時刻はもうすぐ6時半になろうとしていた。
――――――☆―――――
京都の道を一人の女性が肩に白い猫を乗せながら歩いて行く。
右目を隠すように刀の鍔の眼帯、赤い着物は胸元が見えるほどに着崩しており、見る者が見れば激怒するような着方をしているが通り過ぎる男たちはみな一様にその美貌に振り返る。
しかし、女性の欠損した右腕や火傷の跡を見るや否やすぐに目をそらす。
白い猫がにゃぁ、と一泣きすると女性は猫を優しくなでる。
その時、一陣の風が通り過ぎていき、特徴的な赤い髪が揺れ動くと女性は不快そうな表情を浮かべ、キセルを吹かして紫煙をくゆらせる。
「シャイニィ……今日はあまりよくない風が吹くネ」
まるで肯定するかのように白い猫はもう一泣きし、女性に頭をすりあてる。
すると再び風が吹き、周囲の木々が軽く揺れ動くと女性はまるで風を感じるかのように両目を閉じ、自分の全てを使って風を感じる。
「そうか……着いたみたいだネェ……」
――――――☆―――――
「……ここが京都駅か」
二時間の新幹線の旅を終えた自分は初めての京都の風景を目の当たりにして少し驚いてしまう。
京都と言えば歴史、歴史と言えばお寺と言ったイメージがあったからどこか田舎チックなものかと思っていたけど意外とというか東京とそんなに変わらない都会ぶりだ。
「じゃ、さっそく行きましょうか。あ・な・た♪」
そう言いながら楯無さんは自分の腕に抱き着いてくる。
建前上は修学旅行の下見と言うことなので京都駅からは姉さんと山田先生、自分と楯無さんの二班に分かれての行動となる。
お互いにGPSを所持しているのでいついかなる時でも居場所は特定できる。
姉さんグループは修学旅行の工程を確認しながら別件の用事もこなし、自分のグループは生徒たちが回るスポットなどの選定が主な仕事。
ただそれはあくまで名目上であって本来の仕事は亡国機業のつり出しと殲滅だ。
「ママ~。あの人きれ~」
「そうね~。舞妓さん、綺麗ね」
ふと、一組の親子が着物姿の舞妓さんを見てその美しさに見惚れていた。
何気ない親子のワンシーンを見ただけだというのになぜか自分の心はざわつき始め、ふと過去の記憶が湧き上がるようによみがえってくる。
いつだって自分の隣には姉さんがいてくれた。
小学校の参観や懇談などの保護者参加の行事にはすべて姉さんが参加してくれていたけど自分の隣には親という存在はいない。
「……」
「あの親子が気になるの?」
「……今、自分を失っているせいか……昔から親がいないことが急に気になって」
仮面の女との決着から想起して自分の生まれについての疑念やすべてを失っている現状が出てくる。
「あ、見て見て! 人力車よ!」
「……あの速度を維持して走り回るのか」
「でもあなたもできるんじゃない?」
「流石に人力車を担ぎながらは」
「あらそう? いつかはみんなを乗せて走ってほしい物ね」
それはもう人力車という名の馬車ではないだろうか。
その後も京都の街並みをカメラに収めながら楯無さんとスポットの確認をしながら周囲の警戒を怠らず、亡国機業の襲撃を警戒する。
「あなた……早く歩き過ぎよ」
「……」
楯無さんに小声で注意を受け、意識して歩く速度を遅くする。
今自分たちの周囲には観光客も含めて数多くの人がいる。
そんな人ごみの中で自分を狙った襲撃が起きればけが人だって多数出てしまう。
そんな考えが先行しているせいもあってかどうしても人ごみを脱するためにと歩く速度が速くなってしまい、楯無さんに何度も注意を受ける。
「ねえ、あなた」
「なんでしょう」
「お団子、食べましょう」
「……へ?」
有無も言わさないと言わんばかりの勢いで腕を引っ張られ、近くのお団子屋さんに入り、みたらし団子を二本注文すると店先に置かれている長椅子に座る。
「あなたはみたらし団子派? それとも三色団子派?」
「じ、自分はどっちでも……あ、あの良いんですか?」
「ん~あま~い。なにが?」
「何がって……」
「あなたの顔、硬すぎて修学旅行の下見に来てるとは思えないわよ」
確かに彼女の言うように頭の中では周りを巻き込まないためだの亡国機業の殲滅だのと考えすぎていたので表情に出ていたかもしれない。
楯無さんに指摘されるということはおそらく周りにだってそう映っていると思う。
「仕事の前は必ずリラックス。これが成功の秘訣よ。はい、あ~ん」
楯無さんに口元までお団子を近づけられ、それに応えるように少しだけ笑いながら彼女のみたらし団子を一つ、いただくとみたらしの甘さが口いっぱいに広がる。
時刻が9時になろうとしていたその時、風が吹いた。
――――――☆―――――
IS学園のある学年の生徒寮の一室の前で数学科教師のエドワース・フランシィがドアをノックしていた。
その生徒の担任を務めている教員より朝礼に姿を見せていないという連絡を受けた彼女が安否の確認に来たわけだが先ほどから何度ノックしても反応がない。
「……周りの子たちはいつもの寝坊って言ってたけど……」
教員にのみ知らされている織斑千冬と山田真耶、そして二名の生徒たちによる特殊任務。
もし、その話を聞いていなければただの寝坊と片付けていただろうがどうも彼女は嫌な予感を感じ、こうして部屋の前まで来ていた。
合鍵を使用し、部屋の扉を開けると明かりはついておらず、どこか部屋の中には人が誰もいないときの静けさで満たされていた。
「……」
扉付近から少しだけ見えているベッドへと近づき、覗き込むとそこには誰もいない。
シーツをひっぺがえすがもちろん誰もいないし、何も隠されていない。
いまだに嫌な予感が収まらない彼女は部屋の隅々まで確認作業を行い、置かれている私物や机の下、挙句の果てには引き出しまですべてくまなくチェックするが何も怪しいところはない。
「うん。綺麗ね……何もないわよね……」
部屋は綺麗に整頓されており、特に怪しい点はなかったので入れ違いか、と結論をつけて部屋を出ようとした時、彼女の耳にある音が入ってくる。
―――カチッ……カチッ
「……」
その音はまるで時計が針を進める際の音に似ているがIS学園の生徒の部屋には時計は置かれていない。
多くの生徒がスマホやタブレット端末を所持しているため部屋に時計はいらないだろうという考えから設置していない。
だから部屋の中にそんな音が聞こえてくるのはおかしい。
自分に言い聞かせるようにしながら恐る恐るベッドの下を覗き込んだ。
「っっ!」
ベッドの下にあったものが視界に入った瞬間、一瞬にして表情をこわばらせたエドワース・フランシィはすぐさま立ち上がって部屋の扉へと駆け出す。
彼女の手がドアノブに触れようとした瞬間、部屋を一瞬の閃光とともに炎が包み込んだ。