人一人いない京都の道を千冬は全力で駆け抜けていた。
周辺住民の避難を全てカレンや真耶、楯無、セシリア、ラウラに任せた千冬は前方で激しくぶつかり合っている二人のもとへと向かっていた。
セシリアたちの報告を受けた千冬を嫌な予感が支配する。
(最悪の事態だけはっ! 何としても防ぐ!)
千冬にとっての最悪の事態。
それは一夏が完全に命を落とすこと。
彼が彼自身の秘密を知ることも避けなければならない事態ではあるものの千冬にとっての最悪の事態は白騎士の生体再生をも超えるほどのダメージを受けること。
すなわち彼の命の終焉。
「一夏……これ以上、白騎士の力を使うな」
千冬は過去に白騎士の能力を発動したことはある。
しかし、今の一夏は白騎士の力を便利な再生能力程度にしか思っておらず、何度も断続的に発動させては生体再生を行ってきた。
「っっ! あのISはっ!?」
二人の戦いの場へとたどり着いた千冬が目にしたのは白式、そして黒式ともいえる色違いのIS同士が激しくぶつかり合っている光景。
あんな殺意の塊みたいなものを作るのは世界でただ一人だけ。
しかし、千冬にとっては黒いISのことなどどうでもよく、一夏をいかにしてこの状況から救い出すのか。
(方法は一つしかない……私が奴に命令すれば動きを止められる)
これまでの一夏の行動や発言などから推測すれば千冬が発する命令として正しいものはすぐに分かる。
この命令さえ通れば相手の動きを止めることができ、一夏を安全な場所へと移動させることで最悪の事態を脱することができる。
上空でぶつかり合っていた二人が距離を取り、互いに速度を上げて突き進んでいく。
(今だ)
千冬は大きく息を吸い、そして―――
「“止まれ! 一夏ー!”」
その命令を聞いた敵は全ての動きを止め、このまま一夏の攻撃があたるとともに一夏が避難する時間を稼ぐことができる―――そんな未来が待っているとばかり思っていた。
しかし、待っていたのは考えうる中で最悪の未来だった。
「なっ……ぁ」
千冬の命令を聞き、全ての動きを止めたのは黒いISではなく白式を纏っている一夏だった。
その瞬間、待っていたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた黒いISを纏う敵がバスター・ソードを振りかざすとダークパープルのエネルギーが勢いよく放出されて大剣を包み込み、先端が鋭くとがる。
そして千冬が言葉を発するよりも早く―――
「死ね」
確かに聞こえたその一言の後、大剣が深々と一夏の心臓を貫き、一気に速度を加速して地上めがけて突き進んでくるが千冬はその場から動けなかった。
全てがゆっくりに感じる世界の中で地上に二機のISがぶつかる。
立ち込める土煙が風によって運ばれるとそこには最悪の光景が広がっていた。
「ぁ……ぃ、いっ……いっ」
その胸に大剣が突き刺さったままビクッ、ビクッと時折体を震わせている。
大剣を包んでいたエネルギーがまるで白騎士の生体再生を阻害するかのように永遠に回転し続けており、一夏の胸を、そして心臓を削ぎ続ける。
「っっっ――――――一夏ぁぁ!」
「呼んだ? 千冬姉」
ようやく弟の名を叫んだ瞬間、千冬の耳に入ってきたのは聞きたくもない偽物の声。
目の前には弟と全く同じ顔をしている肉塊が笑みを浮かべながらこちらへと近づいてくるがその声も、笑顔も、髪の毛も、細胞の一つからして千冬の目には愛する弟には見えないし、認識できない。
「黙れ! お前は一夏じゃない! お前は
「何言ってるんだよ千冬姉~」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! その口で声を発するな! その声で私を呼ぶな! その目で私を見るな! その頭で思考するな!」
「千冬姉は知ってるはずだろ? 俺の……織斑の真実を……俺こそが織斑一夏なんだ」
笑顔を浮かべながら織斑一夏は千冬のもとへと歩み寄っていく。
その足取りは軽く、その表情は戦場には似つかわしくない本当の笑顔だった。
「千冬姉……やっと千冬姉の愛を受けることができる」
「ふざけるな! お前など! お前など愛するものか!」
「いいや、愛するんだよ。だって俺が本当の織斑一夏なんだから」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」
千冬は激しく慟哭し、頭を激しく搔きむしりながら自分の耳に届く前に目の前の醜い肉塊が発する音をかき消そうとするが非常にもその音は彼女の耳を通って脳内に木霊する。
「今まで見たいに呼んでよ。一夏って」
「うるさい! 貴様は! 貴様など一夏ではない!」
「もー……千冬姉~!」
気持ち悪いくらいの満面の笑みを浮かべながら織斑一夏が両手を広げて千冬を抱きしめようとしたその時、千冬の視線が逸れた。
遅れてそれに気づいた織斑一夏はすぐさま後ろを振り返る―――直後、人間では決して出すことのできない速度で雪片弐型が振り下ろされ、織斑一夏が切り裂かれる。
ためらいのない斬撃の直後、織斑一夏の胸部に蹴りが炸裂し、血しぶきをあげながら千冬のすぐ横を織斑一夏が吹き飛んでいく。
「ぐぅぁっっ……あ、ありえない……心臓を常に切り裂いていたはずだ」
千冬の目の前には胸にバスター・ソードを突き刺し、心臓を抉られ続けている一夏がいた。
意識はない―――その証拠に開いているはずの瞳には生気を一切感じられず、まるで何かに動かされているかのように手が動き、バスター・ソードを抜き取る。
ぽっかりと開いている穴からボタボタとどす黒い血が噴き出すが徐々にその穴が塞がっていき、ものの数秒のうちに完全に穴が塞がってしまう。
「バ、バカな……心臓を……貫いたんだぞ!? 確かに死んだはずだ! 心臓すらも! 死すらも超越するお前は一体何なんだ!」
白式の装甲が徐々に音を立てながら崩れ落ちていき、まるでそれを押し上げるかのように新たな純白の装甲が浮かび上がってくる。
ボロボロだったはずの白式の装甲は全て修復が終わり、フルフェイスとなった装甲が一夏の顔を完全に覆い隠しており、その姿はまるで白式とは違う別のISのようだった。
「白……騎…士」
久方ぶりに愛機の姿を見た千冬が今にも消えそうな声でその名を呼ぶとゆっくりとと千冬の方を振り向き、数秒間だけ彼女と視線を合わせる。
「約束は果たす」
そう一言だけ呟くと徐々に白く発光していた装甲から光が消えていき、やがては通常の白式の装甲へと戻るとフルフェイスにヒビが入り、砕け散ると一夏の顔が露わになる。
「ハァッ! ハァッ! な、なにがっ」
状況を理解できていない顔面蒼白の一夏は周囲を見渡し、千冬の姿をとらえ、そしてつけた記憶のない切り傷を持っている“織斑一夏”をとらえる。
状況を全く把握できていない一夏に近寄り、千冬は優しく抱きしめる。
たとえ自身の顔に彼から流れ出る血が付いて汚れようとも、着ている服に血が付着して汚れようと気にもせずに千冬は愛する弟の名前を呼びながらがその存在をしっかりと認識する。
「一夏……一夏……」
「……千冬姉? 何がどうなって」
“織斑一夏”は奪われたことを認識すると忌々しそうに表情を歪めるが自身のあらゆるところから流れている血の量を確認し、バスター・ソードを杖代わりにして立ち上がる。
それを確認した一夏も同様に千冬に支えられながら立ち上がる。
「お互いに死にかけだな……一週間後だ」
「……」
「一週間後、嵐山の山頂に来い……傷を治し、ISを治し……全てのケリをそこでつけるぞ」
「あぁ……良いぜ」
「ダメだ一夏」
「全てのケリを……つけてやるよ」
千冬の声など認識していないかのように彼はその言葉を無視して目の前の敵と言葉を交わしていく。
足を引きずり、地面に夥しい量の血をまき散らして血の足跡をつけながら“織斑一夏”はゆっくりとバスター・ソードを支えにしてこの場を後にする。
「なぜあんなことを約束したんだお前は!」
「ごめ……ん……千……冬……姉」
「一夏!? おい一夏! 一夏!」