「次はラウラちゃんとセシリアちゃんだけど……どこにいるのかしら」
楯無さんはスマホを片手にキョロキョロと周囲を見渡すがラウラとセシリアの姿はどこにも見当たらない。
先日の騒動の影響で観光客が引き上げていることもあって道には人の姿はほとんどないので見逃すことはないんだが遠くまで見てもそれらしき影すら見えない。
「……ん?」
その時、どこからともなく車輪が激しく回転するような音が聞こえてきた。
耳を澄まし、聞こえてくる方向へ視線を向けると奥の方から一台の人力車が凄まじい速さでこちらへと向かってきており、その荷台にはドレス姿の二人の姿が見えた。
そしてまるでドリフトするかのようにギュギュィッ! と凄い音を立てながら自分の目の前で停車する。
「お迎えに上がりましたわ、darling」
「旦那様、ともに行くぞ!」
「そ、それは良いんだけど……」
肩で荒く息をしている赤い髪の運転手が気になり、ジーっと見ていると運転手の男性が顔を上げ、パチリと自分と目が合うとお互い同時に驚きの声を上げてしまう。
人力車を引っ張っていたのは何と自分の親友である五反田弾だった。
「だ、弾!? お前ここで何してんだ!?」
「お、お前こそここで……ってなんだその恰好! なんで車椅子なんだよ!」
「ま、まあ色々とな……で、お前は?」
「虚さんへのプレゼントのためにアルバイトだ! だけどよ……この前の騒動で観光客が引き上げちまったから全く稼げないんだよー!」
両目から血涙のごとく涙を流しながら弾は自分に顔を近づけてくる。
すると楯無さんが興味津々と言いたげな表情で弾に近づいてくるとまるで品定めするかのように弾の周囲を回りながら頭のつま先から足のつま先まで見ていく。
「あなたが虚ちゃんの彼氏さんね」
「ど、どちら様で?」
「虚ちゃんにはどんなプレゼントをするのかしら」
「こ、この前のデートの時に髪を結んでたゴムが切れたので……髪留めとか簪でも買おうかなって」
「……よし。わかったわ」
そういうと楯無さんはおもむろに財布を取り出し、適当にワシャッとお札を握り締めて取り出すとそれを弾のポケットに突っ込む。
気のせいだと良いけど楯無さんの財布に何十枚と一万円札があったように見えたし、なんなら弾のポケットに十万円近くの札束が入ったような気がするぞ。
「今日一日のアルバイト料よ。これでこの三人を連れまわしてちょうだい」
「え、えぇぇぇ!? こ、こんなにも!?」
「虚ちゃんを幸せにするためならタダ同然よ」
「よ、喜んで! おい――! 乗れ!」
「い、いや乗れって言っても今、車椅子……へ?」
ふわっと全身に浮遊感を感じ、周りを見て見るとなぜか下に車いすの姿が見えており、よく見ると自分の脇の下に楯無さんの両手が通っている。
そして気のせいかISを展開している気がする。
「真ん中入りま~す」
「「は~い」」
示し合わせたかのようにラウラとセシリアはお互いに端っこによると真ん中を開け、そこにクレーンゲームのように楯無さんが自分を落とす。
そして両腕にラウラとセシリアが抱き着いてくる。
「じゃ、いってらっしゃ~い」
「さて五反田弾! 安全運転でなるべくカーブ多めの楽しいルートで京都を散策するのだ!」
「うぉぉぉぉっ! 待っててください! うつほさぁぁぁぁぁぁん!」
「うぉぉっ!?」
額に巻いたねじり鉢巻きを更に一際強く締め直した弾は愛する彼女の名を叫びながら凄まじい速度で人力車を引っ張り始め、車などほとんど通っていない京都の道を爆走していく。
まるでジェットコースターのような感覚にラウラもセシリアも楽しそうにキャーキャー叫んでいる。
「右に曲がりまーす!」
「うぉぉぉっ!?」
「旦那様! もっと私に抱き着いてもいいのだぞ!」
「そ、それよりも怖いが勝つんだけど!?」
「ええい! じれったい旦那様め!」
ラウラは自分の手を取ると自身の腰回りを抱くように引っ張り、より強く自分の腕に抱き着いてくる。
ガタガタと人力車が大きく揺れるがその度にラウラは弾けんばかりの笑顔を浮かべ、ギュッと必死に離すまいと言わんばかりの強さで自分の腕を抱きしめる。
「五反田さん!? 早く左折してくださいまし!」
「あいあいさー! 左に曲がりまーす!」
「うぉぉぉっ!?」
「darling! 私も抱きしめてくださいまし!」
そう叫びながらセシリアも自分の腕を引っ張り、自身の腰を抱かせるようにするとギュッと強く腕に抱き着き、弾けんばかりの笑顔を浮かべる。
きっと、二人とも急に誘った理由があまりよくないことも含んでいることを感づいていると思う。
「ところで旦那様」
「どうした?」
「京都に鹿はいないのか!? 私は鹿せんべいをあげたいぞ!」
「ラウラ、京都に鹿はいないぞ」
「な、なんだと!?」
自分も幼いころは京都にもしか入るとばかり思っていたから気持ちはわかる。
何故か、京都と奈良を一緒に考えてしまうんだよな。
そんなことを思っていると徐々に人力車の速度がゆっくりになっていき、目の前を紅葉が一枚、流れていくので顔を上げてみるとまさに幻想的な世界が広がっていた。
「おぉ……これが紅葉か」
「綺麗ですわ……これぞ日本の四季ですわね」
もう秋も深まろうとしているこの時期が最高潮なんだろう。
木々についている葉っぱはみな、綺麗な紅葉色に染まっており、道路には紅葉のじゅうたんが敷かれているかのように一面に広がっている。
その時、自分の手を握り締めている二人の力がより強くなる。
幻想的な光景に見惚れているとラウラが一言呟く。
「行くのだろう? 戦いに」
「……」
「何故、呼ばれたのかくらい気づきますの」
ラウラの言葉に自分が黙っているとセシリアがかぶせてくる。
正直、彼女たちと過ごす今が楽しすぎてどのタイミングで話を切り出せばいいのか分からなかったからありがたいと思う反面、このまま過ごしたいと思う気持ちが出てきた。
でもそれじゃダメなんだ。
彼女たちと幸せな未来を築くためには自分であることの全てを取り戻さなくちゃいけないんだ。
「自分の全てを取り戻しに行ってくる」
「わたくしたちにできることはただ一つ」
「無事に送り出して出迎えることだけだ」
「……ありがとう。二人とも」
人力車がゆっくりと停車すると楽しい時間が終わりを告げることを示すように前方には楯無さんが立っており、ラウラとセシリアに手伝ってもらいながら人力車を降りる。
「行ってくる」
――――――☆―――――
一夏の後ろ姿を見つめながら二人は互いに手を取り合う。
「……旦那様はきっと帰ってくる……そう信じているんだがな……やはり……」
「それは……わたくしもですわ」
必ず帰ってくると強く信じているが彼女たちの脳裏には嫌でも最悪の未来が見えてしまう。
これまでの戦いでもどれだけ傷を負っても、どれだけ激しい戦いであったとしても必ず帰ってきた彼のことだから今回も、と思いたい。
しかし、なぜか彼女たちの心の中には漠然とした不安が残り続けている。
二人とも涙をこぼしながらも彼を不安にさせないためにと必死に笑顔を作り続けた。
「待とう……我々は一夏の居場所なのだから」
「ええ……待ちましょう」
――――――☆―――――
楯無さんに案内された場所は京都では有名な鴨川。
なんでも鴨川等間隔の法則なるものがあるらしく、数多くのカップルが自分たちの居心地の空間を確保するためにと間隔を開けていく現象があるらしい。
そして今まさに目の前には数多くのカップルが―――いるはずもなかった。
先日の騒動が影響してか観光客だけではなく地元の人の姿も少ない。
「じゃ、ここで待っててちょうだい」
「あ、はい」
楯無さんにそう言われ、待つこと数分。
後ろから二人の足音が聞こえてきて振り返るとIS学園の制服姿といういつもの服装をした二人がやってきて自分の両隣にやってくる。
「体、どうなのよ」
「ん~、まあまあかな……まだ脇腹と心臓は動くと痛い」
「……痛みは回復しきれない……のだな」
箒の質問に自分は答えなかった。
彼女たちもどこかのタイミングで自分の傷が再生している場面を目にしているはず。
それは臨海学校の時なのか、それともキャノンボール・ファストの時なのか、はたまた別の機会なのかは分からないけど見ているからの質問なんだろう。
「特に最近は強くてさ……傷は治るんだけど痛みが残るんだ」
「じゃああんた今も」
「別に動けないほどじゃないから大丈夫だ……それに今はこの時間を過ごしたい」
正直なことを言えば今すぐにでもベッドで横になりたいくらいに胸と脇腹が痛い。
なんとか表情は隠せていると思うけどもしかしたらみんな、気づいているかもしれない。
それでもこの痛みを隠して通してでも戦いに行く前にみんなとこうして同じ時間を過ごしたかったし、想いを共有したかった。
そして今一度、自分の胸に刻みたかった。
なんのために戦うのかを。
そんなことを考えていると鈴と箒が何も言わずに黙って自分の手を取って優しく握りしめてくれる。
自分も彼女たちの想いに応えるように優しく手を握り締めて聞こえてくる川のせせらぎを聞きながら一言も話さずに静かに流れていくこの時間を共有する。
「ちゃんと……帰ってきなさいよ」
「当たり前だろ……やりたいことだってまだまだあるんだ」
「……っっ」
突然、箒が自分の手を離したかと思えばどこかへと立ち去っていく。
鈴がそれを追いかけようとするがその手を引き、止める。
「良いんだ」
「でも……」
きっと箒はこれで最後になるかもしれない、という漠然とした不安に耐えきれなかったんだと思う。
代表候補生のみんなは今までに厳しい訓練を積んできただろうし、精神的な強さだって持ち合わせているから耐えられるんだろうけど箒は少し前までは一般生徒だった。
ただ単にIS製作者の妹というだけで命のやり取りなんかとは無縁の生活だった。
「こうやって少しでもみんなと一緒の時間を過ごせてよかった」
「ほんとっっ……フラグ立てないでよ」
「泣くなって」
「こんな状況でっっ……泣かないバカがどこにいんのよっっ」
「……ほんと、自分はみんなを泣かせてばかりだな」
「ほんとそうよ……バカっ」
「必ず……帰ってくるから」
鈴はそれ以上、何も言わずにただ自分の手を握り続けた。
――――――☆―――――
一夏が旅館へと戻ってから少しした後、鈴は離れた位置に座り込んでいた箒の傍にいた。
箒はあの雰囲気に耐えきれなかったのか顔をうつ向かせて肩を震わせており、鈴が隣に座っても顔をあげようとはしなかった。
「一夏……帰ったわよ」
「……あぁ……分かってる」
「一夏はああ言ってたけど……正直、今回は分からないって顔してたわね」
「……人が死ぬときは……空気が変わるんだ」
「……」
「今まであんなに頼もしかった人の空気がある時急に弱弱しくなるんだ……一夏にも感じた」
どれだけ表情や言葉で隠そうともその人が元来、発している雰囲気は隠すことができない。
今までの一夏はどれほど強大な敵に立ち向かおうとも空気はいつもと変わらず、必ず帰ってくるという安心感を常に放っていた。
「でも今の一夏は違う……いつものように強い雰囲気は感じなかった……それに……手を繋いだ時……少しだけ震えているように思えた」
「どれだけ威勢のいい言葉を発していても心は隠せない……あたしたちは信じるしかないのよ」
「分かっている……私たちはあいつの居場所だ……分かっているが……」
心でどれだけ帰ってくると思い続けていても漠然とした不安をぬぐい切れない。
誰もいない静かな鴨川のほとりで箒は愛する彼のことを想いながら自分がするべきことを探し続けた。