「あぁ……打鉄でいい。装備は今送ったメールに書いてある通りで頼む」
通話を終わらせ、一息つきながら真耶が入れてくれたコーヒーを一口含む。
学園長や現場の教員たちの頑張りもあり、IS学園の外側の対応も内側の対応もようやく軌道に乗り始め、千冬の指示がなくてもIS学園は動くことができる。
スマホとカップを机に戻し、部屋から出て廊下を少し歩き、近くの一室の襖を開けるとそこには深い眠りについている一夏がいた。
「……あれから三日が経ったか」
仲間とのデートを終わらせ、戻ってきた一夏は夜ご飯も食べずにそのまま眠りについた。
それから一度も目を覚ますことなく時間は経過し続けた。
全く目が覚めないことから医者にも見てもらったが特に異常は見られないし、呼吸も安定していることから点滴による栄養補給のみの処置となった。
眠っている彼の手を優しく握りしめると温もりが千冬に伝わる。
「このまま戦いの日が終わるまで寝てくれればいいんだがな……お前のことだ。明日にも目を覚ますだろう」
逆に眠り続けてくれたおかげで千冬も自分の準備を整えることができた。
IS学園から打鉄を空輸する手筈も整い、当日の動きも一夏以外のメンバーとは共有することができ、計画の準備は完全に終えることができた。
あとは当日、一夏をいかにしてこの場にとどめておくか。
「お前は自分で決着をつけると言って聞かないだろう……だがお前は行かせない……」
一度、戦っただけでも死にかけの重傷を負い、白騎士の姿が表に現れるほどに強い力を発現しなければ死んでいたことを考えれば二度目はない。
次に仮面の女と戦えば必ず一夏は死ぬことになる。
「決着の場に行けばお前は死ぬことになる……それだけは何としても避けなければいけないんだ」
千冬だけが知る彼の全ての真実。
裏で密約を交わす更識家にすら伝えていない真実を千冬はその命を懸けて守り続けると誓い、この人生の大半をそれに費やしてきた。
命を狙う篠ノ之束から守るためにISから離し、事実を知ることがないように徹底的に守り続けてきた。
「“織斑一夏”は私が取り戻す……お前こそが私にとっての織斑一夏だ。お前はコピー品なんかじゃない」
――――――☆―――――
京都のホテルの一室で束はここ数日間、眠り続けている“織斑一夏”をじっと眺めていた。
顔は彼女が殺意を抱き、醜い肉塊と称する存在と全く同じ形をしており、髪型もそれに合わせるように短く整えられているので全く同じ顔に見える。
「博士、余計なことはしないでくださいよ」
「もちろんしないよ~……ねえ、この子のことどこまで知ってるの?」
「ほぼすべて」
「ふ~ん……知らないのはあの醜い肉塊だけか」
束はそう言うと少しの間、思考の海に意識を落とす。
束が愛する千冬が愛してやまないあの醜い肉塊は考えが正しければ正真正銘、束の言う醜い肉塊だということになるが千冬はそれを知っているのだろうか。
もし、知っていたとしてそこまで深く愛せる彼女の心に感銘を受けるが逆になぜ、オリジナルの“織斑一夏”を愛そうとしないのかが理解できない。
そしてなぜ、そこまであの醜い肉塊を守ろうとするのか。
「博士はどうお考えですか? どちらがオリジナルなのか」
「断然こっちに決まってるじゃん! いっくんこそが織斑一夏だよ! そもそも織斑一夏を名乗っているあの肉塊が存在していること自体がおかしいんだから!」
「それは何か証拠があってのお考えですか?」
「醜い肉塊がISを動かせる理由……それが証拠」
「と言いますと?」
スコールが聞き返すが束は少し沈黙を置いた後、ニコニコと笑みを浮かべ始めて“織斑一夏”の傍から離れ、スコールの横を通り過ぎていく。
そしてそのまま何も言わずにホテルの一室から出ていってしまった。
もう慣れたと言わんばかりにスコールは何も言わずにただその背中を見送るだけ。
束はホテルの廊下を軽やかなステップを刻みながら歩いていく。
「君たちがその理由を知れば……襲う理由がなくなるから教えないよ~♪」
その時、束のポケットからクロエの声を録音しただけの着信メロディがなり始め、彼女は嬉々として数秒間そのメロディを聞いた後に通話に出た。
「もしもしひねもす~、く~ちゃん!? 束さんだよ~」
スマホから聞こえてくるであろう愛する娘からの話に毎回のように大きく頷きを入れ、大げさと言えるまでの反応を見せながら束は会話を楽しむ。
その様子はまるで幼い我が子が必死に伝えようとしている話に耳を傾ける母のようだった。
「うん! うんうん! そうなんだね! お疲れ様! 帰ってきたらパーティーしよう!」
束は終始、笑顔を浮かべたまま通話を終えると上機嫌に鼻歌まで歌いながら薄暗いホテルの廊下をどこへ行くわけでも無く歩いて行った。
――――――☆―――――
「―――……―――…?」
ゆっくりと目を開けていくと見覚えのある天井が見え、体を起こしていく。
まだぼやけている眼をこすり、つけっぱなしになっていたテレビで日付を確認するとあいつとの決着の日の当日の日付になっていた。
「……四日も寝てたのか」
流石に四日も寝れば傷もある程度は治るらしく皆とのデートの時に感じていた心臓と脇腹の痛みは全くないし、体もあの時と比べれば非常に軽い。
襖から薄らと見える日の光の強さ的に今はお昼を過ぎて十六時くらいだろうか。
視線をそのまま下へと何気なく下すと畳に枕だけを敷いてジャージ姿で眠っている姉さんの姿が見えた。
「そんな恰好で寝てたら風邪、ひくよ」
「お前もな」
「お、起きてたの?」
「お前が起きた音で起きた」
姉さんもここ数日、IS学園と京都での指揮を執り続けるという激務をしていたせいかその表情は疲れていたし、髪の毛もボサボサだった。
ただIS学園もこっちでも少し落ち着いたのか今は表情はいつもと変わらない。
「今日……だな」
「そうだな……よし、風呂でも入るか」
「いってらっしゃい」
「何を言ってるんだ。お前も行くんだ」
「……え?」
至極当然と言わんばかりの表情でそう言われ、思わずそんな声を出してしまう。
確かに五日間も寝ていればその分、寝汗もかいているだろうから汚い。
ただ、よくよく考えれば最近、姉さんとも家族らしい思い出を作れていないからこうやって家族らしい思い出を作るのも必要だ。
今日の夜にはすべてが決着するんだから。
「分かった。自分も行くよ」
「よし。行くか」
そう言い、姉さんが襖を開けようとした時に先に襖が開かれ、楯無さんが室内に入ってくる。
「あら、あなた。起きたのね」
「五分前くらいに」
「――先生はどちらに?」
「こいつを風呂に行く。何か緊急の連絡か?」
「いえ。この人に少しお話があって」
「そうか……なら先に行ってるぞ」
「あ、うん」
そう言い、姉さんは入浴道具をもって一足先に露天風呂へと向かっていく。
完全に姿が見えなくなるまで楯無さんは目で追いかけていると襖を閉め、室内は二人だけの空間となる。
「……今日なのね」
「はい……」
「これ。言われていたものよ」
楯無さんが差し出した手の中には小型の注射器が入っており、その中には透明の液体で満たされている。
きっと姉さんは今日の決闘には自分自身が参加する気だ。
それは自分を死なせないためにだと思う。
正直、自分自身もこの決闘に向かって無事に生きて帰ってこれる可能性はかなり低いと思っているし、みんなを悲しませる結果になるかもしれない。
どんなにみんなに強く見せていてもやっぱり不安は消えない。
「それを首筋に打ち込めば普通の人間なら半日は意識を取り戻さないはずよ……普通の人ならね」
「一時間でも二時間でも……姉さんを止めることができれば……それで構いません」
「……もし、戦いの途中で目を覚ますようなことがあればその時は私が足止めするから。世界最強を一体何分止められるか分からないけどね」
楯無さんはそう言いながら小さく笑顔を浮かべる。
「すみません……本当に」
「本当よ……だから必ず生きて帰ってきて」
「……」
「それが今回の仕事の報酬で構わないわ。世界最強を足止めして愛する人が生きて帰ってくればそれだけでお釣り以上のものが帰ってくるわ」
「……はい」
「これは私だけの願いじゃないわ……みんなの願いよ」
楯無さんの言うとおりだ。
今貰った薬は自分が死地に行くために使うものじゃなくてこれからの未来を勝ち取るために使うもの。
あいつのISがどれだけ自分を殺すことに特化していようが、どれだけスペックが化け物染みていようが自分は必ずここへ帰ってくる。
「これからの未来のために……お姉さんと今を過ごしなさい」
そう言い、楯無さんは部屋を後にする。
「最後の思い出なんかじゃない……これからの未来のための思い出にするんだ」