Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第百六十三話

 どうやらこの旅館は更識家の影響力がある旅館らしく、普段は開けていない時間帯であっても露天風呂を自分たちだけのために開けてくれた。

 なので今は明るい時間帯で自分たちだけの露天風呂だ。

 

「むぅ、そこじゃない。もうちょっと上の方を洗ってくれ」

「ここ?」

「そうそう。そこだ」

 

 姉弟水入らずの空間で自分は姉さんの背中を流していた。

 自分が幼いころはこうやって姉さんと一緒にお風呂に入って背中を流しあいっこして一緒に湯船に入って百を数えた記憶がある。

 

「……」

「どうした? 手が止まってるぞ」

「あ、うん。ごめんごめん」

 

 再び手を動かしながらふと考える。

 今までごく当たり前のことだと思っていたけど自分の隣には姉さんしかおらず、親という存在は自分の記憶の中には一片の欠片も存在していない。

 電脳空間で見たあの光景はまさしくどこかの研究室だった。

 研究室にある試験管に貼られていたラベルシールにはまぎれもなく自分の失った名前が書かれていた。

 あの光景は襲撃者が自分を惑わせるために見せた幻なのか、それとも紛れもない真実なのか。

 もしあれが真実の光景だとすれば自分はあの研究室で生まれたということにもなる。

 

「よし、そこまででいい。次は私が洗ってやろう」

「い、いいよ」

「まあ遠慮するな」

 

 そう言いながら姉さんは自分の後ろへと回ると背中を洗い始める。

 でも少し経ってからその動きが遅くなっていき、やがては止まるとまるで何かの跡をなぞるかのように自分の背中に指を伝わらせる。

 

「……たった半年間で……お前は傷を負い過ぎだ」

「ははっ……多分、人生で一番血を流した半年だと思う」

「笑い事じゃないぞ……まったく」

 

 その後も他愛のない話をしながら体を洗ってもらい、お湯で流した後はそのまままっすぐ湯船につかるけど自分たちの間に会話はそう続かなかった。

 これがいつもの日常であれば色々と話が弾んだと思うけど今日はあいつとの決着の日だ。

 

「……姉さん」

「どうした?」

「一つ聞きたいことがあるんだ」

「……なんだ?」

「自分は……いったい何なの?」

 

 自分の質問に姉さんはこちらも見ず、何も答えない―――いや、何も答えたくないのかもしれない。

 恐らくこれは姉さんがずっと隠してきた真実であり、自分に聞かれたくないことだ。

 

「お前は私の弟だ。それ以外の何者でもない」

「じゃあ、両親はいるの? いないの?」

「―――、その話は」

 

 姉さんは自分の聞き取れない言葉を思わず出してしまうほどに焦っているように見えた自分は最後の一撃と言わんばかりに問いかけた。

 

「それとも自分に両親は存在しないの?」

「……」

「自分は……どっかの研究室で生み出されたの?」

「……」

「教えてほしいんだ……千冬姉」

 

 千冬姉は何も言わない。

 きっと墓場まで持っていくと覚悟を決めて守り続けてきた秘密をそうおいそれと話すつもりがないのは自分だってわかってはいる。

 でもここまで来て自分の出生を知りたいという気持ちにウソはつけない。

 

「もし話してくれないんだったら……あいつとの決着は自分がつける」

「それはダメだ」

「だったら教えてほしい」

「……ダメだ」

「なんでダメなんだよ……覚悟は」

「覚悟が出来ている出来ていないの問題じゃないんだ……お前の存在そのものなんだ」

「自分を失っている今だからこそ聞きたいんだよ……なんで自分は自分を失ったのか。こんなこと普通だったらあり得ないだろ?」

 

 正直、今自分の身に起きていることは常識的にあり得ないことだ。

 素直にみんなが受け入れてくれたことがあり得ない事態で普通はそんな話を聞いたらあり得ないと一蹴するレベルの話だ。

 でも現に自分にはそれが起きている。

 

「どうして自分は本当の名前を失って代わりに識別外個体(アウト・ナンバー)っていう名前を受け入れることができたのか……だって自分はあの名前でずっと生きてきたんだ。それなのにそれを奪われるなんて……」

 

 そこまで自分で言っておいてふと気づいた。

 もしかしたら―――考えたくないけれど今までの状況を全て総合的に考えれば今、自分の頭の中に浮かんでいる事実が真実なのかもしれない。

 形が違う穴にブロックがはまらないように自分の本当の名前は―――

 

「本当は自分の名前は」

「違う!」

「っっ!」

 

 そこまでいったところで千冬姉が豹変したように自分の両肩を掴むと目を見開いて大きな声をあげながら自分の顔を覗き込むようにして睨みつけてくる。

 もう焦り切ったこの状態が真実を物語っていた。

 

「お前は識別外個体(アウト・ナンバー)なんかじゃない! お前は――――だ! 世界でただ一人しかいない私の弟なんだ! 断じて識別外個体(アウト・ナンバー)なんかじゃない!」

「……それが千冬姉が隠したがっていた真実……なんだよな」

 

 千冬姉は全てを諦めたのか何も言わなくなり、少しして風呂を後にする。

 

「……部屋に来い」

 

 

――――――☆―――――

「あり? 起きた?」

 

 “織斑一夏”が目を覚ました瞬間、篠ノ之束の顔が視界いっぱいに広がっており、その手にマジックペンが握られているのが見えたので一瞬殴りかけるがそっと拳を降ろす。

 起き上がってテレビを見ると日付は決闘当日を示していた。

 

「よく寝てたね~。さすがはオリジナルの千一番だ」

「……お前はどこまで知っているんだ」

「冬に生まれた千番目のちーちゃんと夏に生まれた千一番目のいっくんのことくらいかな? ただ一つ知らないのはあの醜い肉塊がなぜ、織斑一夏として生きているのか、くらいかな?」

 

 束が彼女を“オリジナルの織斑一夏”として認識できているのは大部分が直感や感覚と言った形のない抽象的なものであり、確固たる証拠はなかった。

 彼女がどれだけ調べても“織斑一夏”が二人もいる理由は分からなかった。

 

「残されている情報には千一番の個体は一体だけ。残りは全て識別外個体(アウト・ナンバー)として処分されたって結論だった。でも生き残りがいた……最初、見た時は君が識別外個体(アウト・ナンバー)だとばかり思っていたよ」

「不運なアクシデントがあっただけだ……それだけの理由だ」

「君は知ってるんだね? なぜ、オリジナルであるはずの君が識別外個体(アウト・ナンバー)として扱われ、識別外個体(アウト・ナンバー)であるはずの個体が千一番として扱われているのか」

「……」

「教えてほしいな……すべてを」

 

 寝起き眼を擦り、ボサボサの髪の毛を軽く整えた“織斑一夏”は語り始める。

 全ての始まりにして原点となったあの日のことを。

――――――☆―――――

 

「プロジェクト・モザイカ……それが私たち“織斑”が生み出された場所だ」

 

 部屋に戻った千冬姉は淡々と自分たちの生まれの真実を語り始める。

 薄暗い旅館の一室で語られる真実には確かな重さがあり、それが余計にこの部屋の空気を悪くしているような気がするが対照的に自分の心の靄が晴れていく気がする。

 

「究極の人類を創造するという狂気の沙汰ともいえる理想のもと、世界中から優秀な遺伝子が集められ、優秀な部分だけを掛け合わせた究極の人間を作り出そうとした」

「最初の成功例が……千冬姉」

「そうだ。冬に生まれた千番目の個体……そこから千冬と名付けたそうだ。そして夏に千一番目の個体が生まれ、それは―――と名付けられた」

「……」

「私たちに両親は存在しない」

 

 【いない】ではなく【存在しない】。

 遺伝子情報の海から優秀なものだけを掛け合わせている以上、親という存在は存在しないし、自分という存在を構成する遺伝子が誰のかさえ恐らく分からないだろう。

 

「研究者たちは第三、第四の個体を生み出していく予定だったが……突如として計画は中止となった。絶対に人工物では勝てない天然の存在が生まれたからだ」

「……それが篠ノ之束」

「そうだ。やつは遺伝子からして従来の人間を大きく超えていた。体力も、走力も、握力も筋力も何もかもが異次元の数値を叩き出し、特に知力は異常ともいえる数値だった……だがそんなことはどうでもいいんだ。千二番からの個体は識別外個体(アウト・ナンバー)として処分された……はずだった」

 

 この世界に二人しか存在しない織斑がもう一人存在していた。

 識別外個体(アウト・ナンバー)を処分する過程でどこかから個体が処分の網から漏れ出て闇をさまよい、やがて亡国機業という世界の闇とつながった。

 

「お前がさっき言ったように……本来の千一番目の個体は亡国機業のやつだ。だが何らかのミスにより、お前が千一番目の個体として扱われた。だが成長していくにつれて示されるデータを見て研究者たちは絶望しただろう。本来の千一番目の個体を処分したんだからな」

「……」

「だがそんなことはどうでもいい……私にとってお前は――――だ。千一番目の個体などというくだらない括りではなく、私の傍に居続けたお前こそが――――なんだ」

「でも個体的に言えば自分は千一番目じゃない……だから名前を失ったんだな」

 

 自分の質問に千冬姉は頷く。

 

「プロジェクト・モザイカによって生み出された“織斑”には妙な力がある。上位個体は下位個体に対して絶対的な命令をすることができる。私が時々、している命令はそれだ」

 

 昔から今まで確かに千冬姉に命令されたときは体から力が抜けて体がその通りにしか動かず、自分のコントロールから離れている感覚だった。

 もう既にヒントは自分のすぐ近くに落ちていたんだ。

 だから京都での最初のあいつとの戦いで千冬姉はその力を使ってあいつの動きを止めようとしたけどそれを察知したあいつが一度、名前を自分に返した。

 

「そっか……」

「お前がISを動かせる理由はおそらく女としての――――が存在しているからだ」

 

 ISは最初から理解していたんだ。

 自分が千一番目の個体ではないことも――――ではないことも、そして自分が本来、存在していないはずの存在であるということも。

 

「……亡霊みたいなもんだな。ISにも存在していないと認識されるし……」

「……」

 

 そんな重苦しい空気が自分たちの間に流れているとき、それを切り裂くかのように自分の腹の虫が大きな音を立て始める。

 時計を見て見ると時刻は十七時を示していた。

 

「全部聞いたらお腹空いちゃったな……千冬姉、ご飯食べに行こう」

 

――――――☆―――――

「へぇ……じゃあ君は受精卵の時から意識があったと?」

「そうだ。俺は気づいた時には言葉を理解し、景色を理解し、自己を理解していた」

「そんな個体が成長すればきっとプロジェクトの最高傑作になるねぇ……それこそ束さんに近づく存在だ。束さんでも受精卵の時から自己は確立してなかったもん」

「だが……そんな存在でも言葉は発することが出来なかった。動くことが出来なかった……だから若い研究員が千一番目と千二番目を勘違いし、個体ラベルを張り違えていたとしても言うことは出来なかった」

「なるほど……バカな存在が最高の個体を消したんだね……情報にも残らないわけだ。いつだって最高を消すのは最低なおバカちゃん」

 

 束は椅子に座りながらクルクルと回転し、そう呟く。

 “織斑一夏”は何も言わずにベッドから立ち上がるとISスーツを着て準備を始める。

 

「つまり……君というオリジナルの織斑一夏が存在している事実があるから識別外個体(アウト・ナンバー)も男でありながらISを動かせるんだね」

「そっちの方面はお前の方が詳しいだろ」

「正直、束さんもよく分からないんだよね。あの醜い肉塊を細切れにすれば分かるんだろうけど……そんな事実を突き詰めても束さんには何の利益もないからさ」

「そうか……ならお構いなく奴を殺す。それだけだ」

 

 時刻は既に十九時になろうとしていた。

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