Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第百六十四話

 食事も終えた姉さんは自室に戻って静かに何も言わずに戦いの準備をしていた。

 自分はと言うと姉さんが準備している姿をボーっと見ながら次の行動を考えているけど次に取るべき行動がなんなのか、正しい解が見つからないでいた。

 楯無さんからもらった薬品を無理やりに打ち込みに行けば返り討ちにあい、動けなくなって姉さんが戦いの場に行くことになる。

 かといってこのまま何もしないでいても結果は同じ。

 

「本当に……姉さんが行くの?」

「そうだ。お前を失うわけにはいかない。すでにIS学園から打鉄と装備一式は空輸済みだ」

 

 本当に姉さんは自分が戦いに行くための準備をしていた。

 仮にどこかの隙を狙ったとしても織斑の命令を使用すれば自分の体の自由を奪うことは簡単だ。

 きっと姉さんは自分が何かを狙っていることは感づいているだろう。

 

「お前は何もしなくていい……お前は幸せになれ」

「姉さんは……どうするんだよ」

「私はお前がいてくれればそれで幸せだ。お前が生きる世界で私も生きる……それが何よりの幸せだ」

 

 冗談でも何でもなく本気の言葉なんだろう。

 でも世界が求めているのは自分ではなく姉さんだ。

 だったら自分が取るべき行動だ―――ただ一つだ。

 ISスーツに着替え終えた姉さんが襖を開けようとしている後ろ姿を確認し、姉さんの背後に立った瞬間、その気配を察知した姉さんがこちらへ勢いよく振り返る。

 

「……姉さん?」

「あ、あぁ……どうした?」

「うん……行く前に……最後にもう一回だけ……」

 

 そう言いながら自分は姉さんを抱きしめた。

 もしかしたらこうやって家族らしいスキンシップを交わせるのも、姉さんと会話をすることができるのも最後かもしれないと考えると自然と体が動く。

 甘える弟を前に姉さんの警戒心も解れ、小さなため息をつきながらも自分の頭を優しく撫でながら手を後ろへと回そうとする。

 

「―――っっ」

「……ごめん、千冬姉」

 

 広がった千冬姉の手が自分を抱きしめることはなく、力が無くなったようにだらんと腕が垂れ、そのまま自分に意識を失った千冬姉が倒れてくる。

 自分はそれを優しく受け止め、抱きかかえるとベッドへと運び、千冬姉を横にする。

 目にかかった髪の毛を優しく退かした時、自分の目から涙がこぼれ始め、もう自分の意思では止められないほどにどんどんこぼれてくる。

 

「ごめんっっ……千冬姉っ……約束破って……千冬姉は生きなきゃいけないからさ」

 

 楯無さんが用意してくれた薬はかなり強力らしく、千冬姉は静かに寝息を立てている。

 

「自分は世界に何も残せないし、存在すら望まれてない……でも千冬姉は世界に一杯残せる。ISの技術も生き方も……存在を望まれているんだ……だからこれからも……いっぱい世界に残してよ……」

 

 あいつとの戦いの時は近づいている。

 戦いの場に向かえばもう二度とここに戻ってくることができないかもしれないし、もしかしたらもう一度、千冬姉やみんなの名前を呼ぶことができるかもしれない。

 でもそれができる可能性は限りなく低いだろう。

 相手が使う黒騎士は全てにおいて白式を上回り、自分を殺すことに特化し過ぎている。

 どれだけ帰ってくると強く息まいていても心は弱い。

 

「っっっ」

 

 これ以上、ここに居ればどんどん決心が鈍ると思い、襖を開けると目の前に楯無さんの姿が見えるがそれを無視して横を通り過ぎようとすると手を掴まれる。

 

「何も言わずに……行っちゃだめでしょ」

「……姉さんをお願いします」

「それもそうだけどっっ……ほかにあるでしょ」

「……」

「それを言ってくれなきゃっっ……この手……離さないから」

 

 後ろを見なくても分かる―――楯無さんは泣いている。

 それはきっとほかのみんなも同じだと思う。

 だから―――だからみんなを安心させるためにも、自分自身を安心させるためにもこの言葉を言わなくちゃいけない運命なんだ。

 それが決意。

 

「行ってきます」

「いってらっしゃい」

 

 その一言の後、楯無さんの手はゆっくりと離れていく。

 廊下を歩きながら自分はスマホでみんなへとメッセージを一言だけ送るとすぐに既読が付くが誰もそれに返信のメッセージをつけることはない。

 もしかしたらもうみんなは覚悟の上なのかもしれない。

 でもそっちの方がありがたかった。

 きっとここでみんなから返信が一つでも帰ってきていれば何かと理由をつけていたかもしれない。

 スマホをポケットに直し、旅館を出て目的地へと向かおうとしたその時、後ろから誰かの足音が聞こえてくるがそれを無視して進んでいると後ろから温もりが突然、自分を包み込んだ。

 

「……箒か」

「―――で」

「え?」

「―――ないで……行かないでくれ……―――」

「……」

 

 風にかき消されるかと思うほどか細い声を発しながら箒は震える手で自分を抱きしめる。

 それは自分をこの場から動かさないためかとも思うけどその力はあまりにも弱弱しく、少しでも歩けば拘束が解けそうなほどだった。

 

「お前が行かなくちゃいけないのか……何故、お前が行かなくちゃいけないんだ!」

「……箒」

「失ったものを取り戻したいのはわかる! だがそのために戦って死んだら元も子もないんだ!」

「……そうだな」

 

 自分はそう呟きながらも彼女の手を優しく握り、そしてゆっくりと離すと再び歩き始める。

 

「大好きだ!」

「―――っっ」

「私はお前が大好きだ! 愛してる! お前が――――だから好きになったんじゃない! お前がお前の魂を持っているから! お前という存在を愛しているんだ! 名前なんてなくたって私はお前が……お前のことが世界で一番大好きなんだ! だから……だから……」

 

 それ以上、箒に何も言わせないために自分は戻って彼女のことを強く抱きしめた。

 きっとそれ以上の言葉を箒に言わせてしまうとこれから先、箒は自分自身を追い詰めることになるし、何より自分の一生の後悔になる。

 

「箒……ありがとう……でも……行かなくちゃいけないんだ」

「……どうして……どうしてお前が行くんだ」

「自分は何もない存在だ……だからこそちゃんとした存在を取り戻したいんだ。ちゃんとした存在になってちゃんと……みんなを愛したい。何もない識別外個体(アウト・ナンバー)じゃなくて……だから待っててほしいんだ。自分がちゃんとした存在になって帰ってくるのを」

「死なないでくれ……私は……お前を失いたくない」

「あぁ、自分もみんなを失いたくない」

 

 箒は涙にぬれた目で自分を数秒間見つめるとゆっくりと顔を近づけていき、そして自分の頬にキスを一つ落とすとゆっくりと離れていく。

 その手はまだ震えている―――でもそれが彼女の答えだった。

 

「行ってきます」

「……いってらっしゃい」

 

 

 

――――――☆―――――

 

「行ったのだな」

 

 一夏が旅館を出発してから数分後、仲間たちが旅館から出てきて箒の傍へと立つ。

 その視線の先はすでに姿が見えなくなってしまった彼が歩いて行った方向。

 

「わたくしたちは待つだけですわ」

「うん……僕はここで待つよ」

「私も……ここで待ちたい」

「あたしも……あいつは絶対に帰ってくるから」

「一夏……私たちはずっと待ち続ける……ここでお前を迎えるために」

 

――――――☆―――――

 

「行っちゃったか~」

 

 旅館の一室に眠っている千冬と同室となった楯無は静かに呟く。

 今は薬が効いているために眠っているがおそらく本来の効き目よりも早く目の前の世界最強は目を覚まし、全てを理解して暴れ狂うだろう。

 それを無傷で押さえられる自信など楯無にはないがそれでもここから一歩たりとも千冬を出す気はない。

 

「織斑先生……あなたは一夏君を守りたい一心なのかもしれません……ですが……彼がすべてを取り戻すまで私はあなたを止めます。彼が……本当の織斑一夏になるために」

 

――――――☆―――――

 

「織斑千冬は出てくるかしら」

「さあネ。まあ、あの執着度合いからすれば出てくるだろうサ」

 

 京都のあるホテルの一室ではスコールとアリーシャが椅子に座り、外に広がっている夜景を楽しみながらアルコールを飲んでいた。

 アリーシャの膝の上には愛猫のシャイニィが静かに寝息を立てて眠っている。

 

「でも織斑千冬の乱入をあの新世代たちが邪魔するだろうネ」

「家族としての愛と異性の愛の違い、とでもいうのかしら」

「さあネ。私はそんなものしたことないからよく分からないのサ……ただ、昔から織斑千冬は弟のことになると全てを放り出す悪癖があるからネ」

「……もうすぐ始まるのね……織斑一夏という存在をかけた戦いが」

「スコールはどっちが勝つと思うサ」

 

 アリーシャの質問にスコールは一切考えるそぶりを見せず、グラスに注がれているワインを一口で飲み干すと静かにテーブルに空いたグラスを置き、頬杖を突きながら自信満々に言い放つ。

 

「敵は強い方が燃える……そうじゃない?」

「……意外とドライさネ」

「あなたはどう思っているのかしら? アリーシャ・ジョセスターフ」

「……私は織斑千冬と戦えればどっちが勝とうがいいサ」

「あら、そう」

 

――――――☆―――――

 午後七時を迎えた嵐山の山頂は非常に暗く、足元もよく見えない状態だった。

 でも何かに引き寄せられるように自分の体が―――足が動いていき、あいつがいるであろう場所へとまっすぐに向かっていく。

 そして開けた場所へとたどり着くとそいつはいた。

 

「来たか……識別外個体(アウト・ナンバー)

「……全部聞いたよ……本当はお前が……千一番目なんだな」

「聞いたのか……すべてを聞いたうえで何故おまえが来た」

 

 全てを聞いた今、目の前にいる奴が本当の千一番であり、自分は識別外個体(アウト・ナンバー)

 この真実だけを聞いていればきっと自分はこいつが言うように全てに絶望して戦いにはこれず、代わりに千冬姉が戦いに来ていたと思う。

 

「自分にも譲れないものがいっぱいあるからな……自分が今まで築き上げてきた思い出は……想いは……誰にも渡さない……自分だけの思い出だから」

「自分だけの思い出を守るのであれば――――の名はいらないだろう。お前という存在さえあれば思い出は守られる。違うか?」

 

 確かにこいつの言うように自分の思い出は自分という存在に紐づいている。

 でも違う。

 

「自分がここに来たのは過去を守るためじゃない……これからの未来を守るために来たんだ。自分が自分として愛するみんなと未来を築いていくために……これからの未来のために戦いに来たんだ!」

「はっ……識別外個体(アウト・ナンバー)にこれからなんてない! お前は捨てられる存在! この場でお前という存在を消し去り、“俺”だけが千一番であるためにお前を殺す!」

 

 あいつの感情の高ぶりに呼応するように黒いガントレットからダークパープルのエネルギーがあふれ始め、あいつを包み込むとはじけ飛ぶ。

 そこに現れたのは漆黒の鎧―――黒騎士に身を包んだあいつ。

 自分もガントレットに触れた瞬間、相対するように闇を照らす光が放たれ、自分を一瞬にして包み込むと白式の純白の鎧が展開される。

 お互いに睨みあいながら上空へとゆっくりと浮かび上がり、それぞれの得物を握り締める。

 

「この戦いの勝者こそが千一番目の存在だ! プロジェクト・モザイカの生き残りは“俺”と姉さんだけでいい! 識別外個体(アウト・ナンバー)! この世界にお前が座る椅子はない!」

識別外個体(アウト・ナンバー)の椅子がないんだったら奪うまでだ!」

「やれるものならやってみろ! 識別外個体(アウト・ナンバー)!」

 

 互いにスラスターを全開に吹かし、同時に突き進む。

 そして――――――

 

「「はぁぁっ!」」

 

 雪片弐型とバスター・ソードがぶつかり合った瞬間、甲高い金属音が鳴り響くとともに火花が散った。

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