Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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第百六十六話

「お前は本来いるべき場所に戻れ……識別外個体(アウト・ナンバー)

 

 あいつの勝ち誇った声が自分の耳に届くが体に力は入らず、ゆっくりと地面が近づいてくるのをただ黙ってみているしかなかった。

 あいつの言うようにISのスペックも、個体としての実力も何もかもあいつの方が上だ。

 あいつが言うように自分は本来、存在していない個体としてこの世界から去るしかできないのかもしれない。

 そんな諦めのような想いが頭を埋め尽くす勢いで生まれてきて徐々に視界が闇に染まっていき、ほんの一瞬の衝撃が全身に伝わった。

 指一本動かせないまま、地面に倒れ伏したであろう自分に向かってきているあいつはきっと何のためらいもなく嬉々とした表情で自分に止めを刺すだろう。

 

(もう…動けない……)

 

 意識が徐々に遠のいていくのを感じるがそれに身を任せてすべてを手放そうとしたその時、少しだけ見えていた視界にペンダントが映った。

 開かれたペンダントにはみんなと一緒に撮った写真が収められている。

 

(……そうだ)

 

 みんなは自分が死にそうになっている今この瞬間にも自分の帰りを信じて待ってくれている。

 死ぬかもしれない戦場にみんなは笑って背中を押してくれた。

 それなのに自分はみんなの想いを裏切り、もう動けないからと言って全てを諦めようとしていた。

 みんなの想いに応えるべく自分はペンダントを握り締め、血が多量に落ちようとも全身を奮い立たせて立ち上がると目の前にあいつの驚いた顔が映る。

 

「……よぅ」

「そんな……バカな……足も腹も穴をあけて……何故立てる。なぜ戦おうとする!」

 

 トドメと言わんばかりに自分の顔めがけて拳が勢いよく突き出されるがそれを片手で受け止め、相手の拳を全力で握り締める。

 たとえみんなと離れていたとしてもこのペンダントが―――自分の心がみんなとつながっている。

 

「みんなが待ってるんだよ……自分だけ諦めて良いわけねえだろうが!」

 

 相手の拳を薙ぎ払うと同時に左拳を顔に突き刺し、全力で振りぬくと闇夜に血反吐が舞う。

 殴られ、後ろへ後ずさる相手にとびかかって地面に押し倒すと相手の顔めがけて何度も拳を振りぬくが何度目かで受け止められる。

 

「ありえない……ありえない!」

「ぐふぅっ!?」

 

 腹部を全力で蹴られ、横へと転がってその場から離脱する。

 空気を切り裂く音が聞こえ、反射的に雪片弐型を手中に収めて構えた瞬間、相手のバスター・ソードとぶつかり合って衝撃とともに火花が散る。

 

「貴様は私の下位存在だ! なのに……なのになぜまだ死なないんだ! 何故歯向かうんだ!」

 

 互いに剣を振るい、激しく何度もぶつけ合うが相手を斬ることよりも相手にぶつけることを優先しているかのような不細工な振り方だ。

 でもそれが―――自分たちの感情そのものだった。

 

「なぜ立ち上がるんだ!」

 

 一際強烈にバスター・ソードが振るわれ、雪片弐型とぶつかり合った瞬間、周囲に衝撃波が放たれて自分の全身に激痛が走る。

 でも雪片弐型は決して離さない―――もう二度と。

 

「みんなが……みんなが待ってるんだよ」

「―――っっっ!」

「自分の帰りをみんなが待ってるんだ! 約束したんだ! 生きてみんなのもとに帰るって! 自分は自分のためだけに戦ってるんじゃない! みんなの想いのためにも戦ってるんだ!」

 

 相手の剣を振り払い、雪片弐型を両手で握り締めて全力で何度も相手にぶつける。

 たとえ相手のナイフで切り裂かれようとも、何度防がれようとも自分は雪片弐型を振るい続け、自分の感情をむき出しにして相手にぶつけ続ける。

 

「絶対に! 帰るんだ!」

「っっ! っぅっ!」

「帰るんだぁぁぁぁぁ!」

 

 叫びとともに振り下ろした一撃は相手のバスター・ソードを押し切って相手の肩から脇腹にかけて斜めに深く切り裂くと多量の血しぶきが舞い、『俺』の顔すらも汚していく。

 

「箒のところに!」

「ぶぅぁっ!」

「セシリアのところに!」

「がっぁ! ぉぉぉぉっ!」

 

 何度も相手の顔面を殴りつけるが俺を押し倒そうと腹部に突撃してくる相手を受け止める。

 

「鈴のところに!」

「ぁっぐぁっ!」

「シャルのところに!」

「ぐぁっ!」

「ラウラのところに!」

「ぐぼぁっ!」

 

 受け止めた相手の腹部に膝蹴りを加え、両こぶしを合わせて相手の後頭部に叩きつけ、相手を地面に叩きつけると首根っこを掴み、木にめがけて投げつける。

 

「簪のところに!」

「あぁぁぁっ!」

「楯無さんのところに!」

 

 互いに拳を突き出した瞬間、拳からなってはいけない破砕音が同時に響くと同時に装甲が粉砕するがお構いなしに腕を突き動かし、そのまま相手の顔面を殴りつける。

 怯んだ相手の脇腹に回し蹴りを打ち込み、唯一生きていた脚部スラスターを吹かして蹴り飛ばすと相手はいとも簡単に吹き飛び、地面を転がる。

 

「バカなっ……バカなバカな! あり得ない! 私が! 私がぁぁぁぁ!」

「千冬姉のところに! 帰るんだぁぁぁぁ!」

「私が本物だぁぁぁぁぁ!」

 

 互いに剣を勢いよく振りかざすともう何度目かも分からない激突音が響く―――直後、雪片弐型に亀裂が走るがお構いなしにもう一度振るう。

 

「うあぁぁぁっぁぁぁぁ!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 言葉ですらない絶叫をお互いにあげながら剣を勢いよくぶつけ合った瞬間、雪片弐型から一瞬の閃光が走ったかと思うと刀身が粉々に砕け散り、『俺』の視界にキラキラと輝く破片が飛び散る。

 相手は勝った、と言いたげな笑みを浮かべながら再び剣を握り締め、振るおうとする。

 だが『俺』はあきらめない。

 たとえこの剣が砕けようとも『俺』の魂は砕けない。

 

「終わ―――っっ!?」

 

 その瞬間、相手の表情が一変する。

 『俺』が握っている雪片弐型にはもう刀身は存在しない―――しかし、砕け散って宙に舞っている破片の一つ一つが輝きながら剣のもとへと集まっていく。

 再び構成されていくその剣は白式の中に眠るもう一つの魂の剣ではなく『俺』自身の剣。

 

「その剣はっっ―――!?」

 

 再構成された剣の名は―――夕凪。

 薄雪のような白をベースとして夕暮れのような淡い茜色が刀身の中央を切っ先に向けて走っている。

 そして奴を真横に切り裂いた瞬間、その剣の名の通りに全ての音が消え去って無風状態となり、あたりを一瞬の沈黙が流れていく。

 直後、沈黙を破る様に血しぶきが舞う。

 

「ぁっ――――――」

 

 やつは血しぶきをあげながら何かを掴もうとその腕を伸ばす。

 何故だか分からない―――何故だか分からないけどその姿を見た瞬間、『俺』は腕を精いっぱい伸ばし、その手をつかみ取ろうとする。

 でもその手を掴む前にやつは地面に倒れ伏した。

 

「……ごふっ!」

 

 口から何度目かも分からない血反吐を吐くと膝から力が抜け、その場に倒れこんでしまう。

 もう全身から血を流していると言っても過言ではないほどに全身に切り傷が見え、そこから止まるところを知らない血が流れていく。

 

「……私が……オリジナルの私が……負け…た」

 

 僅かに残っていた黒騎士の装甲は粒子となって消え去り、バスター・ソードも砕けるようにして彼女の手から消え去ってしまう。

 俺の手にあった夕凪も光の粒子となって闇夜に消えていく。

 

「な…ぜ……私が……私が本物のはずなのに! 何故だぁぁぁぁぁぁ!」

「……本物とか……そんなんじゃねえよ」

「なん……だと……何が…言いたい」

「俺が……個体として……お前に……劣る俺が……勝てたのは……帰りたい場所が……守りたい……人たちがいるから……なんだよ」

「……」

 

 このまま戦い続けてもきっと結末は変わらない。

 でも識別外個体(アウト・ナンバー)である俺にできたものが、千一番目の個体であるあいつにできないことなんてない。

 俺に守りたいものができたように、こいつにだってできるはずだ。

 

「もう……やめないか。織斑で……争うのは」

「だったら……私という存在は……意味を失う」

「失わねえよ……これからは……俺と…千冬姉と……家族になれば……いいんだ」

「……」

「同じ織斑なら……なれるはずだ……千冬姉が長女で……お前が二番目で……俺が一番下だ……居場所も…意味も……名前なんかで……決まるんじゃない……自分の手で……作れるんだ」

 

 痛む体を引きずりながら倒れ伏しているやつの手に自分の手を重ねて優しく握りしめる。

 

「名前は……千夏なんてどうだ……千番目の冬と……千一番目の夏だ」

「……」

「これから……一緒に」

「醜い肉塊が家族ごっことか辞めなよ」

 

 俺たちの会話を切り捨てるように冷たい言葉があたりに響き渡り、痛む体に鞭を打って声がした方向を向くとゴミでも見るかのような冷たい目で俺を見る束さんがいた。

 その手には銃口のような突起物が装備されているスマホにも似た機器が握られている。

 

「オリジナルさ~。もっとちゃんとやってくれないと困るんだよね……識別外個体(アウト・ナンバー)は生きてちゃダメなんだからさ」

「篠ノ之……束……なんの…ようだ」

「決まってるじゃーん! 醜い肉塊を殺しに来たんだよ。そいつがいるとちーちゃんは私を見てくれない。笑ってくれないし、愛してくれない……生まれちゃいけないんだよ。生きてちゃいけないんだよ! そいつがいるとちーちゃんは私を愛してくれないんだよ! そいつの存在がちーちゃんという崇高で最高な存在を汚すんだよ!」

「なにを……言って」

「ちーちゃんは世界で唯一、この束さんと同格の存在なんだよ。でもお前がいるとちーちゃんは普通の存在になっちゃう……そんなのだめ。束さんの隣に立つちーちゃんは崇高で最高な存在じゃないとダメ……だから、醜い肉塊君には死んでもらわないと」

「そんな……自分勝手な……理由で殺されてたまるか!」

 

 何とか立ち上がって夕凪を展開しようと手を広げるが一向に剣は展開されず、目の前に表示されたのは完全なるエネルギー切れという最悪の通知のみ。

 その通知を見た瞬間、全身から力が抜けて膝から崩れ落ちてしまう。

 

「無理無理! あれだけの戦いをしてるんだからエネルギーなんて残ってるわけないじゃん! 体も穴だらけだし、このまま放っておいても死ぬんだけどね……私が殺さないと気が済まないんだ♪」

 

 束さんが握っていた機器の画面に触れた瞬間、銃口のような突起物から光の糸のようなものが数本射出され、空気中を滞空する。

 

「殺すついでに白式のコアのデータも抜き取るよ……その中に白騎士もいるんでしょ? 私を裏切った子供にはきちんと躾をしないとね」

 

 束さんが銃口を俺に向けた瞬間、闇夜を切り裂くようにして輝く光の糸が俺めがけて放たれる。

 その糸は数本は白式のコアめがけて、残りの糸は全て俺の心臓を貫こうと向かってくる。

 避けようにも体は動かないし、白式もエネルギーが完全に切れているので動くことはないので夕凪を手元に呼ぶことすらできない。

 何もできず、ただ貫かれるのを待っていた俺の目の前に何かが壁のように立ちふさがる。

 

「は?」

 

 束さんのそんな聞いたことがない声が響いた瞬間、俺の顔に血しぶきが付着する。

 

「な…んで……」

「がっ……ごっ……」

 

 目の前に立ちふさがったのは『千夏』であり、胸とコアを光の糸が貫いている。

 胸を貫いた糸は赤く染まり、コアからデータでも抜き取っているのかコアを貫いた糸は黒く染まりつつあり、それが徐々に束さんのもとへと向かっていく。

 

「君のデータはいらないんだけどなぁ……ま、今後のために赫災黎明はいただいておくよ」

 

 完全にデータを抜き取ったのか束さんは勢いよく機器を持つ腕を振り下ろすと光の糸が抜かれ、血を噴き出しながら『千夏』が俺の方へ倒れこんでくる。

 何も言葉を発せぬまま俺は無我夢中で彼女を受け止める。

 

「おい……おい! しっかりしろよ!」

「無理無理。心臓を貫いたんだからもう死ぬよ、それ。あとは君もだから」

 

 束さんが一歩踏み出した瞬間、『千夏』の腕が動いたかと思うと隠し持っていたのか拳銃を取り出し、それを何のためらいもなく束さんめがけて引き金を引く。

 でも束さんは驚くこともなくただ冷静に放たれる弾丸を避けていく。

 

「無駄な抵抗を……はぁ」

 

 彼女が再び近づこうとしたその時、付けていたウサミミが突如としてびくびくと震えだすと束さんは大きくため息をついてくるりと背を向ける。

 そして何も言うことなくその場から立ち去って行った。

 脅威が消えていくと同時に夜空から雨が少しずつ降り始め、やがては激しく振り始める。

 

「なんで……俺を庇って」

 

 最後の力が尽きたのか銃を持っていた手も力なく落ち、彼女を抱きかかえながら必死に声をかけると虚ろな目が動き、俺の顔を捉える。

 

「お前と……家族など……ごめ……んだ……私はあの…人……の………愛…が…………ほしかっ…ただけ……だ……お…前…………はいら……ない」

「だったら……だったらなんで…俺を庇って」

 

 そう言うと『千夏』は軽く握りこぶしを作ると俺の胸に叩きつける。

 

「お…前を……殺すのは……私…だ……誰にも……やらせない……」

「……」

「お…前……が……一…………夏なら……やっ…て……みせ……ろ…………すべ……て……終わっ……たあと……わた……し…………が…す…べ……て…………う…ば……………………」

 

 それを最後に『千夏』は何も言葉を発しなくなってしまった。

 何度も俺の命を奪おうとしてきたこいつを家族に招き入れようとした俺の考えはおかしいだろうし、間違っているんだと思う。

 でもあの時、確かに俺の全ては倒れていくあいつの手を取ろうと腕を伸ばした。

 それはきっと―――あいつを―――受け入れたかったんだと思う。

 頭や心なんかじゃなくて俺という存在を構成するすべてが同じ織斑であるあいつを失いたくないって強く思ったから出てきた行動なんだと思う。

 

「……」

 

 全てが終わり、全てを取り戻した俺にゆっくりと言いようのない何かが襲い掛かってくる。

 それに抵抗するほどの力は残っておらず、徐々に体からは力が抜けていき、音もゆっくりと遠くなっていき、視界も徐々に黒く染まっていく。

 次に目を覚ました時、俺は三途の川一歩手前ではなくて三途の川の向こうにいるかもしれない。

 そんな恐怖にも似た感情を持ちながらも俺は一切の思考を手放した。

 

「――――――!」

 

 最後に何かが聞こえた気がしたけれど俺は何も反応できなかった。

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