全ての戦いが終わった同時刻、スコールはホテルの屋上でアリーシャとともに何も見えないはずの方向をじっと眺めていた。
その表情はどこか悲しそうなものにも見えた。
「終わったネ」
「ええ……彼女は戻らなかったわね」
「驚かないんだネ」
「存在をかけた戦いである以上、どちらかが死ぬ。そんな分かり切ったものに驚くほど私は軟じゃない」
しかし、少しだけ悲しそうな表情をしているところを見れば彼女なりにエムという存在をともに任務をこなしてきた亡国機業の仲間として捉えていたという表れだろう。
スコールはそっと目を閉じる。
何を思い、何を見ていたのかは彼女だけが知ること。
そして数秒間の沈黙を破る様にスコールは車椅子から立ち上がるとポケットからスマホを取り出し、画面も見ずに指を走らせていく。
「始めるんだネ……あれを」
「ええ。あなたとの約束を果たすためにも……この世界を壊すためにも……そして織斑一夏を手に入れるためにも……すべてを動かすわ」
「どうしてそこまであれに執着するのサ?」
「織斑一夏に代わる兵器を生み出すのよ」
「……兵器?」
「織斑一夏という存在はもう兵器よ。そしておそらく男性IS操縦者は二度と現れないでしょう。だから我々がプロジェクト・モザイカを再始動させて新たな個体を生み出す。ISを含めたすべての兵器に精通し、戦闘に特化した最高の個体を生み出し、それを世界にばら撒く」
それだけを聞いてもアリーシャは彼女の全てを測れないでいた。
彼女が話す想いは亡国機業としての想いと彼女自身の想いの両方が交じり合っているように見えた。
「なぜ、エムとかいうやつを使わなかった?」
「女じゃダメなのよ。世界の頂点に立っている女に敵対する存在でなければならないから。今は見えないけれど女に対する憎しみは積みあがっているのよ」
「亡国機業は……お前は世界どころか……人類を滅ぼそうとしているのカ?」
「あなたに伝えた作戦は亡国機業が望む世界のための作戦。成功させることで亡国機業は世界を支配する」
「じゃあ、お前は?」
「私の願いは……この世界を争いの世界へと変えること」
アリーシャは意味が分からないとでも言いたげな表情を浮かべながらスコールにさらに質問を投げる。
「そして自分が争いを管理する支配者になる、ってわけネ」
「そう。世界はいつだって争いを求めている。だから私はこんな体になった。世界が争いを求めるのであれば私がそれを実現してあげるのよ……だから始めるわよ……世界が望む世界を生み出すために……私が望む世界を生み出すために」
スコールは高らかとそう宣言しながら画面にふれた。
画面にはある文字列が表示される。
その文字列は世界を変える大きな力を持つものの産声。
【Excalibur activated】
――――――☆―――――
一夏が帰ってきた。
その報せを聞いた面々たちは全てが終わったと安堵し、愛する人が帰ってきたことを心の底から喜んだがまだ予断は許さない状態だった。
全身を切り刻まれ、腹部には穴が開いたのと同じ状態の傷があった彼はすぐさま大病院の集中治療室へと担ぎ込まれ、絶対安静となった。
そんな状況下で七人は千冬によって呼び出され、病院のある一室へと集まっていた。
「全員、集まったな……知っての通り一夏は戻ってきた……本来の作戦は亡国機業の殲滅が主目的であった以上、失敗に近い状況だ。アリーシャ・ジョセスターフは裏切り、IS学園も今や機能停止状態だ」
千冬が淡々と作戦の状況を伝える様子を彼女たちは一言も話さない。
「だが亡国機業側の戦力も低下しているのは事実。現状、動けるのはアーリィ、スコールの二人だけだろう。ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアは当面、ISの修繕で動けまい。よってこちら側の戦力も学園と京都に分けようと思う。機能停止状態の学園を襲撃する輩がいないとも言えないからな」
そう言うと千冬は真耶とアイコンタクトを交わし、真耶が一歩前へと出る。
「私とオルコットさん、鳳さん、ボーデヴィッヒさん、デュノアさん、更識さんは一足先に学園に戻りましょう。代表候補生のあなたたちは国からの指示も片付けないといけませんし」
「あ~……正直、連絡とりたくないのよね~」
「仕方あるまい。国の下につくとはそういうものだ」
「では京都に残るのは私と会長の二人と言うことですか?」
箒の質問に真耶は静かに頷く。
目を覚ましたとしても一夏は当面、戦闘などもってのほかであり、下手をすれば数か月の入院もあり得るほどの重傷度合。
代表候補生ではなく、かつ一定の実力を持つ者と言うことで見れば必然とこのメンバーになるだろう。
「では先に戻りますね、先輩」
「あぁ、少しの間、学園を頼むぞ」
真耶に連れられ、四人は病院の一室を後にする。
残った箒と楯無に千冬は一夏が治療を受けている集中治療室前で待機するようにとだけ伝え、二人を部屋から出すとポケットに入れていたものを取り出す。
それは仮面の女がつけていた黒いガントレット。
「……こんなものを作りおって……」
楯無との一騎打ちを制し、戦いの場へと駆けつけたころには既に戦いは終わりを迎えていた。
息も絶え絶えではあるものの息があった一夏とすでに息を引き取った仮面の女がそこにはいた。
亡国機業が良からぬことに使わないようにと黒騎士のガントレットと仮面の女の遺体を持ち帰った千冬だったが遺体の傷と黒式の傷に疑念を抱いていた。
明らかに一夏の攻撃ではない何かで心臓を抉られ、ISのコアもダメージを受けていた。
誰がやったのかなど考えなくても分かるがISのコアにダメージを与えたということが分からなかった。
コアを再利用するために抜き取るのであればまだ理解はできた。
「束……お前は何を始める気だ」
今までは一夏を殺すためだけに様々なことを行ってきた彼女だが今やっていることはそれとは違う。
黒式などという物騒なISを作ったのも彼女だろう。
だが一夏を殺すことを彼女が譲るとも思いきれない。
「……」
学園を取り巻く状況もISを取り巻く状況も千冬の想像をはるかに超える形で急速にその姿を変えていく。
その中心にいるのはIS、そして篠ノ之束。
「暮桜……お前の力が必要だ」
――――――☆―――――
いつもの場所に俺はいた。
でもそのいつもの場所にも変化が起きており、今までは青空が広がっている海辺だったが今は日が落ちかけている夕暮れ時の様相を見せていた。
そしていつもの場所にいつもの存在がいた。
「全て……取り戻したのですね」
「あぁ……ありがとう、白騎士」
「あなたの命を守る……それが彼女との約束」
その時、白騎士の後方から暮桜がゆっくりとこちらへ向かってきていることに気付くとともに俺のすぐそばに光が集まっていき、雪片弐型が構成される。
なんとなくこの後に起きることは察することができた俺は雪片弐型を握り締め、暮桜を待つ。
「暮桜……行くのか」
「あの人がそれを望んでいる……お前が剣を取り戻した今、私がお前の剣である必要はない」
俺の剣というのはあの戦いの最中、雪片弐型から再構成されて生まれた夕凪のことだろう。
そして雪片弐型が暮桜の剣であるとすれば夕凪という剣はきっともう一人の少女の剣であり、少女こそが白式なんだと思う。
俺は雪片弐型をゆっくりと暮桜へ明け渡すと剣が光となって俺の手の中から消えていくと暮桜の手の中へと光が集まっていき、手中に剣が納まる。
「我々はあなたが剣を持つことを拒んだ……でもあなたはそれすらも超えるほどに強くなった」
「どうして……俺があの剣を取ることを拒むんだ?」
「彼女は全てを……無に帰す……その力は過去のあなたでは大きすぎた」
彼女たちが伝えたいことが一向に理解できないでいると暮桜の姿が徐々に光となっていく。
暮桜が元の場所に戻るということは俺が目が覚めたころには零落白夜も彼女とともに消え去っているかもしれないけどそれがいい。
零落白夜を本当の意味で使いこなせるのは千冬姉だけだ。
「今までありがとう、暮桜……今度は千冬姉のこと、よろしく頼む」
暮桜は頷きもせず、何も言葉を発しないままこの場所から完全に消え去ってしまった。
「……これから世界はどうなるんだろうな」
彼女が千冬姉のもとへ戻ると決めたということは千冬姉が暮桜を必要だと判断したということ。
暮桜を使わないといけない状況がもうすぐそこまで差し迫っているのかもしれない。
「……俺もそろそろ戻るよ。あの子にもよろしくな」
そう伝えると俺は背中から落ちるように海面へと落ちていった。
――――――☆―――――
「―――……?」
薬品の匂いを感じると同時に温もりを感じ、ゆっくりと目を開けていくと徐々に眩しさを感じる。
そして瞼を完全に開くがぼやけており、周りの景色がぼんやりとしか見えず、首を動かそうとするが鈍い痛みが全身に走り、思わず体がこわばる。
手を動かそうにも何かで固定されているかのように動かせない。
何度か瞬きを繰り返していくうちに他の感覚が戻ってくる。
耳が最初に元に戻るとすぐ傍から誰かの寝息が聞こえてきた。
顔が見えなくともその音を聞くだけで隣で眠っている人がいったい誰かなんて理解できたし、感覚が戻ってきた鼻でも理解した。
「……ち…ふ」
声を発そうにも口の中が乾ききっていてうまく発語が出来ず、なんとか指だけでも動かそうと力を入れるとほんの少しだけ指が動いた。
そして何か温かいものに触れた途端、目の前に誰かの顔が入り込んできた。
「一夏?」
視界がまだぼやけている中、聞こえてきたのはずっと聞きたかった声と言葉だった。
自分の全てを奪われて以来、ずっと呼んでほしかった人の声で呼んでくれたと分かった時、自然と目から涙があふれ出てきた。
そして同時に帰ってきたんだと思えた。
全身がうまく動かせない中、指だけゆっくりと動かした時、温もりに触れた。
たとえ視界が見えていなくてもその温もりが千冬姉の手だって理解でき、同時に俺の手を優しく千冬姉の手が包み込んでくれる。
「一夏っっ……一夏……」
零れ落ちる涙をふき取る様に千冬姉の手が俺の顔を包み込んでくれたとともに視界が完全にクリアになり、ずっと会いたかった人の顔がはっきりと見えた。
千冬姉が俺の名前を呼んでくれたことをはっきりと理解できたし、聞き取ることができた。
口が乾き、喉も痛むがそれを我慢して俺はある言葉を発する。
「ち……ふ…ゆ……ね…………え」
「ああ……私だ。私はここにいるぞ」
「…た…………だ……いま」
「ああ……おかえり……一夏」