「……出ちゃダメ?」
「ダメです」
襖をそっと開け、外にいた護衛の女性に簪は小さく尋ねるが護衛の女性は何度目かも分からない同じ返答を彼女に返し、再び警護に意識を集中させる。
ここは更識家の邸宅。
古くから対暗部用暗部として活動してきたこともあり、家の敷地面積もかなり大きい。
そんな邸宅の一室に簪はほとんど軟禁状態で自室にこもっており、何度か脱出を図ろうとするがそのすべてを護衛の女性に阻まれていた。
「はぁ……会いたいな」
簪はそう呟きながらスマホの壁紙を見る。
そこには以前、全員で撮影した集合写真が表示されており、今の彼女の心の支えでもあった。
「エクスカリバー……」
亡国機業の宣戦布告の映像を境にSNS上では専らそれに関するキーワードが出てきており、中には眉唾物な情報まで出てきている始末。
そんな中、楯無から送られてきたエクスカリバーのスペックデータは簪にとって良い暇つぶしになった。
「破壊のタイミングは……冷却時……でももう一つのタイミングは……」
楯無からこのデータが送られてきたということはエクスカリバーの対策を行え、と言っているような気がした簪はエクスカリバー破壊作戦を考えていた。
多くが考える冷却時の破壊タイミング。
しかし多くが考えるということはその中に亡国機業の面々もいるということであり、そのための対策も講じているであろう。
ならば多くが考えない別の方法を考えるしかなかった。
その方法こそが――――――
「射撃ポイントを誤設定させることができれば……安全に冷却を誘発させることができる」
スペックデータ上では射撃ポイントの確定は最初に行われ、それに従って射撃シーケンスが進んでいく。
「単一射撃中にポイントの再設定を行う……再設定の処理が挟まれて射撃が止まる……のかな? でも設定処理を挟み込むことができるのは上位権限を持つ存在……もしくは」
簪の頭の中に電脳ダイブという文言が浮かび上がる。
以前、IS学園がシステムダウンした際に使用した電脳ダイブでエクスカリバーに侵入できれば上位権限者ではなくともシステムに介入することは出来るはず。
しかし、もう一つ思い浮かぶのはシステムダウンの首謀者の存在。
代表候補生の仲間たちを精神的な面で再起不能にまで追い込んだ存在が今回の一件に噛んでいるのも薄々は予想はついている。
「なんにせよ……イギリスが開示した情報だけじゃエクスカリバーを止めるには情報が足りなさすぎる」
であれば簪が向かう目的地は一択ではあったがこの現状では満足に外を歩くこともできない。
IS学園が爆破テロに遭うなど前代未聞であると同時に予想外のことではあるため、これからの国を担う人材を保護するという選択は間違ってはいない。
しかし、エクスカリバーという世界を滅ぼしかねない力を持つ兵器がテロリストの手に落ちてしまっている今、行うべき選択かと言われれば疑問が残る。
「向かうはイギリス……でもこの状況じゃ……」
チラッと襖をあけて外を見て見るが一歩たりとも動いていない警備の女性の姿が見え、音をたてないようにそっと襖を閉める。
「……はぁ……会いたいよ、一夏……?」
その時、簪のタブレット端末からメッセージ着信音が鳴り響く。
タブレット近寄って画面に触れてみると差出人が表示され、簪は思わず驚いてしまう。
外の護衛に気付かれないように息を殺し、先ほどと同じような感じを醸し出しながらメッセージを開くとそこには一つのデータが添付されていた。
「……」
添付データを開くと目の前に数々の情報が表示されていく。
「……これって……軍の機密情報?」
そこに表示された情報はイギリスが世界に向けて開示したデータ以外のエクスカリバーに関する詳細なデータと内部の詳細なデータが記載されていた。
もちろんそこにはエクスカリバーの対抗策も掲載されている。
「……分かったよ……“ラウラ”」
――――――☆―――――
「だーかーらー! エクスカリバーを破壊しないと中国どころか世界が亡国機業の手に落ちるんだけど!? それ分かったうえで言ってるわけ!?」
「ええ。これは上層部の決定です。代表候補生であるあなたにも従う義務はあります」
「あ―もう頭でっかち!」
「なんとでも言ってください」
中国に着くや否や担当官の女性につかまり、そのまま国の管理下にある宿泊施設に押し込められた鈴はイライラを発散するためにドアを軽くつま先で蹴り飛ばす。
エクスカリバーという脅威が目の前に現れたというのに腰が重い頭でっかちの指導者たちの顔を思い浮かべるとさらにイライラしてきた鈴はベッドに飛び込み、柔らかい枕を殴りつけていく。
「はぁ……暇すぎて息が詰まるわ」
空港についた時点でスマホも没収されているので学園の仲間たちが今どのような状況なのかが分からない。
代表候補生たちの面々は似たような状況ではあるだろうが今心配なのは一夏のこと。
京都での激闘を終えて帰ってきた彼の姿を見た時は涙が止まらず、生きててよかったと思うと同時に死んでもおかしくなかったのだと実感した。
今はIS学園におり、楯無や箒、教師陣たちがいるのでそうそう、彼に危害が及ぶことはないと思いたいがやはり不安はついてくる。
「でもたぶん……あたしよりもセシリアの方がイライラしてるでしょうね」
自分の祖国が世界に黙って世界を滅ぼしかねない兵器を作っていたという事実は祖国を愛し、祖国のためにという想いがあるセシリアにとっては最悪の事実のはず。
しかもその兵器が亡国機業の手に渡ったとなればなおさら。
「先走るんじゃないわよ、セシリア……エクスカリバーはあたしたちで破壊するんだから」
――――――☆―――――
「ここに戻るのも久しぶりだなぁ」
豪華な本宅のすぐそばに建てられた小さな物置小屋のような建物こそシャルロットの思い出が詰まっている場所であり、母との思い出の場所。
それを彩るかのようにコスモスの花が満開に咲いている。
恐らくシャルロットがいない間も彼女を慕う使用人の誰かが丁寧に世話をしていたのだろう。
「本当はこんなところにいる場合じゃないのに」
フランスに戻るや否やデュノア社の社員たちに周りを囲まれ、そのまま車に乗せられて連れてこられたのは彼女にとってあまり戻りたくない場所。
半年ぶりに戻ってきたというのに実の父親は顔すら見せに来ず、使用人を通じて別宅にいろ、という何の感情も籠っていない指示を出してきた。
そして周辺にはSPらしき屈強な男性たちが複数人配置されている。
「国に言われて仕方がなく、って感じなのかな?」
しかし、それにしてはと思う点がいくつもあったことを彼女は思い出す。
自分が空港の何番出口から出てくることも、何時何分のフライトなのかもすべて詳細に把握したデュノア社の動きに加えてフランスの関係者ではなくデュノア社の関係者が迎えに来たこともひっかかる。
国に言われて仕方がなく、の感情で動いているようには思えなかった。
「お嬢様」
後ろから呼ばれ、振り返ると執事服姿の初老の男性が深々とお辞儀をしながら立っていた。
「お久しぶりでございます、シャルロットお嬢様。よくぞご無事で」
「そんな……僕はいつだって無事だし元気だよ」
「いいえ。IS学園で何度も危険な目に遭っていたことは政府からも聞いております……今は安全なこの場所でゆっくりとお休みください」
「……そうも言ってられないんだけどな」
「それが……旦那様のご指示でございます。何卒……お守りください」
「……」
相も変わらず父親の真意を理解しきれないシャルロットは少し黙った後、綺麗に咲き誇っているコスモスの花の傍へと向かい、ひざを折ってしゃがみこむ。
「この花のお世話も任せっきりにしてごめんね」
「その花の管理はわたくしはしておりません」
「……じゃあ誰が?」
シャルロットの質問に執事の男性が答えることはなかった。
その様子から彼女は一つの答えが思い浮かぶがそんなことはあり得ないと頭を軽く振って否定し、これまでのあの人の行為を思い出す。
しかし、思い出そうとすればするほど考えがかき乱されていく。
小屋の周辺の雑草は切れにむしり取られており、今すぐにでも宿泊所として使用することができるほどに周辺環境は整えられている。
窓も指紋一つついておらず、中の様子を見ても綺麗に清掃が行き届いており、埃一つ見当たらない。
「……」
何も言わずにシャルロットは母との想いが詰まっているコスモスの傍に佇みながら自分の中で湧き上がってくる気持ちの整理をし始めるのだった。
――――――☆―――――
ドイツ・特殊空軍基地の滑走路に一機の軍用ヘリが降り立つ。
その近くには赤いラインの入った黒塗りの軍服に身を包み、片目を眼帯で隠している女性たちが複数人、敬礼をした状態で見守っていた。
無事に軍用ヘリが降り立つと一人の女性がヘリに近づいていく。
その女性こそドイツが誇る
そしてヘリの扉が開かれるとそこから大層、不機嫌な表情を浮かべて頬を膨らませているラウラが降りてくるとクラリッサがかけよる。
「長旅、お疲れさまでした。隊長」
「あぁ」
「随分と不機嫌なご様子で。心中お察しします」
「本当だぞ。エクスカリバーを一刻も早く破壊せんといかんというのに国は我々に高官の護衛をしろと命じたのだからな。全く頭でっかちの連中はこれだから困る……で、頼んでおいたものは」
「はい。こちらに」
クラリッサは持っていたタブレット端末をラウラに渡す。
ラウラが画面に軽く触れると宇宙に浮かぶエクスカリバーの実際の写真と全てのスペックデータが一瞬にして表示される。
「イギリス軍に連絡をするとすぐに寄こしてきました。どうやら軍の中でも今回の一件に不満を抱いている隊員はかなり多い様子です」
「こいつは……イギリスが世界に発表していない情報もあるな」
「はい。もしものためにと軍の上層部では対策を共有していたみたいです」
「そうか……いつでも現場の人間が全て理解しているのだな」
「そうですね」
「このデータを私の端末で簪に送っておけ」
「……隊長のご学友にですか?」
今、タブレットに表示している情報は全てイギリス軍でも機密情報として管理され、上層部のみが共有していた極秘の情報。
それをおいそれとIS学園の学友に渡すのかと一瞬、クラリッサは戸惑ってしまう。
「安心しろ。簪は外に流すようなことはしない……それに簪の処理能力が今回は必要だ」
「分かりました。早急に送信しておきます」
「よし。一度、隊舎に戻るとしよう。状況整理と作戦会議を行う」
『はい!』
ラウラの一言に全隊員が一斉に返事を返し、てきぱきと迅速に行動を開始する。
それぞれ場所は違えど状況を打破するべく動き出しつつあった。