イギリス空軍基地では技術者の方々が慌ただしそうに走り回っており、床に工具が落ちようが構わずに甲龍、シュヴァルツェア・レーゲンの作業に追われていた。
『O.V.E.R.S.』という新たな技術をISへ適応させるという仕事はぶっつけ本番ではかなり難しいらしく時々怒号が飛び交うこともある。
そんな中、俺の白式は篝火さんが専属で適応の調整を行っていた。
「白式は
「そのための外付さ。ソフトウェアの認識としては白式が他者から借りた武器を持っている、と誤認させることでO.V.E.R.S.を使用するんだ」
「なるほど……」
「ところで白式もだいぶ変わったね」
「……といいますと?」
「
流石は篝火さん、といったところだろうか。
あいつとの戦いの後、誰にも気づかれていない部分を少しの時間触っただけで気づくし、全て正確に言い当ててしまった。
篝火さんもまた束さんとは異なる種類の天才だと思う。
「深くは聞かないさ。君には君の戦いが、私には私の戦いがある様にそれらは不可侵であるべきだ」
「……ありがとうございます」
その時、後方で激しくものを落とした音が聞こえ、振り返ってみると珍しく慌てた様子で物を拾っている楯無さんの姿が見えた。
なんとなしに理由を察した俺は白式との搭乗者接続を切り、篝火さんに白式を任せて彼女のもとへと向かう。
「楯無さん」
「あら、一夏君。白式の調整は良いの?」
「はい……簪のところに行ってあげてください」
「……バレちゃってた?」
今、簪はエクスカリバーへ電脳ダイブして電脳空間からのアクセスを試みている。
恐らくそこには以前、学園をシステムダウンへ追い込んだ敵が待ち構えていることは予想されていること。
だから今、簪は電脳空間という誰の声も届かない場所でたった一人で戦っており、そんな状況を心配しない家族なんていない。
「ここは俺たちに任せて簪のところに行ってください。一人でも傍にいてくれたらきっと簪も安心するから。千冬姉には俺から言っておきます」
「……ありがと」
楯無さんはそう言うと簪がいるアクセスルームへと走っていった。
みんな、誰かを支えて誰かに支えられて生きているんだ。
「簪……頑張れよ」
――――――☆――――――――
春雷から放たれた荷電粒子砲の連射は器用に回転する鎌によってすべて叩き落され、周囲の電脳空間の壁に直撃して大きな爆発を上げる。
戦闘が開始して十分が経過するが決定打を与えられない簪には徐々に焦りが見え始めていた。
「この先には行かせません……エクスカリバーであなたたちは終わる」
「終わらせない」
横なぎに振るわれる鎌の一撃をスラスターを吹かすことで上空へと舞い上がながらバック宙の要領で回避しつつ春雷の引き金を引くが身軽に飛び回る相手には一撃も当たらない。
簪が着地した瞬間、地面から巨大なツタが生え、彼女の両足首を拘束するが驚きもせずに自分を落ち着かせ、その場から離脱する。
「ほぅ……すぐに幻影だと判断できるとは……あなたは彼らの中では頭が回るようですね」
「…あなたの能力は……すでに見切っているから……」
「なるほど……そううまくいくとは限りませんが」
クロエの体が煙のようにたなびき始め、その場から消え去ると簪は各種センサーをフル活用し、周囲の情報を収集し始め、予想出現ポイントをくみ上げていく。
そして予想に従って春雷をそちらへと向け、引き金を引いた瞬間、荷電粒子砲が何かに弾かれる様に軌道が帰られて壁に着弾する。
「なるほど……スコールから聞いていた予言染みた予想、ですか」
「私は負けない……絶対に」
クロエは何も言わずに再び空間の中へと溶け込んでく。
簪は再び周辺環境のデータを収集し、予想出現ポイントをくみ上げていき、春雷を打ち放つ―――しかし、今度は何も当たらずにまっすぐ突き進んでいってしまう。
「ぇ?」
「哀れ」
「っぅぁっ!?」
背中に鋭い痛みと衝撃が走り、前のめりになりながら春雷を衝撃が来た方向へと放つが何も当たらない。
背中に響く鋭い痛みを我慢しながら再びセンサーを動かそうとした瞬間、簪は何かに気付いたように目を見開き、全てのデータから眼を離す。
「……周辺環境のデータすら……幻覚っっ」
「「「「「「その通り」」」」」」
「っっ!?」
突然、相手の声がいくつにも重なって聞こえ、周囲を見渡してみるとクロエの姿が六つも周囲に浮いており、どれが本物か見分けすらつかない。
相手の能力を把握し、気を付けていたつもりだったが簪には一つ抜けていたことがあった。
――――――ここは電脳空間であるということ。
電脳空間での能力発揮は相手に分がある。
「終わりましょう」
「っっ!」
目の前から振り下ろされる鎌の一撃を夢現で受け止めようとするが霧のようにクロエの姿が霧散し、慌てて後方を振り返り、春雷を打ち放つがそれすらも当たらない。
そして殺気を感じ取り、真上へと顔を上げると鎌を勢いよく振り下ろそうとする格好のクロエを見つけ、その場から飛びのこうとした瞬間、両足が重く、動けなかった。
簪が視線を通した先にはクロエの姿をした幻覚が簪の両足を掴んでいた。
すぐさまそれは幻覚だと自分に言い聞かせようとするが―――
「遅い」
「っっ!」
急降下の勢いとともに鎌が勢いよく振り下ろされ、打鉄弐式の装甲ごと簪を切り裂いた。
―――――――☆――――――――
「エクスカリバーが射撃シーケンスに入りました!」
O.V.E.R.S.の適応作業に追われていた作業スペースにその叫びが木霊した瞬間、全員の視線が壁に取り付けられた大型モニターへと移す。
そこには宇宙空間に浮かんでいるエクスカリバーの姿が映し出されており、刀身が割れるように展開されて銃身となる部分が見えていた。
そして銃口からは蒼い輝きが少し漏れている。
「ブリュンヒルデ! どうしますか!」
イギリス空軍に所属している軍人の女性が千冬姉に次なる指示を仰ごうとするが千冬姉はいつも通り落ち着いた表情でモニターに映し出されているそれを見る。
そして一言―――
「このまま『O.V.E.R.S.』の調整を行え。作戦内容は変更しない」
「で、ですが! 五分もしないうちにここは更地になりますよ!?」
「安心しろ……我々を誰だと思っているんだ。諸君たちは気にせずに作業に集中しろ!」
千冬姉の怒号が飛び、止まっていた技術者たちの動きが再開される。
そうだ―――ほかの人は知らないだろうが俺たちの仲間は必ずやり遂げる。
「信じているんだね……みんなそれぞれが」
「当たり前でしょ……今までだってそうやってきたんですから」
――――――☆――――――――
「哀れなものですね……あなたは織斑一夏と絆を形成したばかりに終わりを迎えることになった」
電脳空間内で倒れ伏して動かない簪を見下ろしながらクロエはそう呟く。
電脳空間である以上、血は流れないが受けたダメージは現実世界の精神へと伝わり、多大なダメージを受けることとなる。
「あの時、束様のもとに入っていればあなたもこちら側に立っていたでしょうに……残念です」
役割は終えたと言わんばかりにクロエは背を向ける―――その様子を全て聞いていた簪だったが全身に伝わる痛みを前にして動けないでいた。
(動かなきゃ……あいつを……倒して……みんなのところに……)
しかし、どれだけ心では頑張れても肉体がそれに追いつかない。
このまま倒れ伏したままいればエクスカリバーの射撃ポイントの変更も固定もできず、一夏たちがいるイギリス空軍基地を狙撃して全てが終わるだろう。
『―――!』
(誰か…の…声……)
一瞬聞こえたような気がした声―――それは聞きなれた声のような気がするがハッキリと聞こえず、何かの雑音にも聞こえた。
『―――ん!』
(……この声は)
『―――ちゃん!』
(……お姉ちゃん)
『簪ちゃん!』
今度はハッキリと聞こえた。
自分の名前を呼ぶ声―――それは外で自分の帰りを待っている姉の声。
どこか電脳空間にいる自分は一人だと錯覚していたがそんなことはない―――たとえ現実世界とは離れていようとも姉妹という絆は途切れやしない。
(こんな……こんなところで倒れるわけにはいかない!)
簪は力を振り絞り、体を少し起こして春雷の引き金を引き、クロエの足元を狙撃する。
「……まだ起き上がる力がありましたか」
「…倒れる……わけにはいかないから……みんなが……外で待ってるから!」
次の瞬間、簪の目の前に光の粒子が集まり始め、一つの武装が生成され始める。
クロエの視線がそこへ寄った瞬間、簪は瞬時に山嵐を起動させ、全てのミサイルポッドのターゲットをクロエへと指定し、即座にミサイルの山を嵐のように放っていく。
「くっ! 悪あがきを!」
総計四十八発ものミサイルが放たれ、クロエは後方へと下がりながら鎌でミサイルを破壊しつつ、回避行動をとっていくが連鎖する爆風と大量のミサイルを裁ききれるわけもなかった。
一瞬にしてクロエの足元にミサイルが次々と着弾し、彼女を爆炎と爆風が包み込むがすぐさまそこから脱出したクロエが後方へと下がる。
「この程度でっっ!?」
爆煙を左右に分けながら目の前の現れたのは一本の槍を持ちながら突撃してくる簪。
ミストが凝縮したことで巨大な槍を形成しているその槍の名は―――
「ミストルティンの槍!」
「バカな!? それは更識楯無の武装!」
「心はいつだって繋がってる! お姉ちゃんとも! みんなとも!」
スラスターを最大まで吹かし、その勢いのまま巨大な槍とともにクロエへと突っ込んでいく簪。
最大の一撃を防ぐために鎌を目の前に楯代わりに配置するが槍とぶつかった瞬間、一瞬にして無残に砕け散ってしまい、クロエの表情が一変する。
「こ、こんなっ―――」
「行けぇぇぇぇぇぇ!」
ミストルティンの槍がクロエを貫いた瞬間、彼女の体が真っ二つに切り裂かれるがそこから膨大な量の光の粒子があふれ始める。
「み、認め―――ない……こんな―――ことっ!」
恨めしそうな目で簪をぎろりと睨みつけた瞬間、全身が光の粒子となって霧散し、その場からクロエ・クロニクルは消滅した。
それを見届けることなく簪はスラスターを再び吹かして道を進んでいき、前方に見えてきた扉をミストルティンの槍で破壊しながら侵入する。
そこに現れたのは一本の巨大な剣。
それこそエクスカリバーの全てを司るメインシステムを可視化した機器。
「発射まで残り三十秒…間に合う!」
簪が剣に触れた途端、膨大な量の情報が提示されるがそれらを瞬時に取捨選択し、必要なデータだけを残してそれ以外を消失させていく。
射撃を司るメインプログラムへとアクセスした簪は事前に用意していた射撃ポイント、そして固定化プログラムをエクスカリバーのメインシステムへとアップロードしていく。
「お願い!」
手を勢いよく確定キーへと叩き付けた瞬間、全てのプログラムが正常に作動し始め、剣から火花が散る。
一度、決められた射撃ポイントを無理やり変更すればプログラムの進行に重大な問題が発生し、エラー処理のためにシステムの大半がそちらへと回される。
既に確定していた射撃は処理落ちのために強制中断され、射撃のために集められていたエネルギーは行き場を失い、砲身内に留まることとなる。
つまり―――
「ばーん」
――――――☆――――――――
「っっ!? こ、これはっ!?」
高みの見物と称して大型モニターでエクスカリバーの様子を眺めていた亡国機業のメンバーの顔が驚愕の色へと一変する。
モニターでは突如として動作を停止したかと思えば突如として砲身内で大爆発を起こし、銃口からエネルギーではなく炎を吹き散らすエクスカリバーが映し出されていた。
「篠ノ之博士を呼んできなさい!」
慌てたスコールは待機していた構成員に指示を飛ばし、すぐさま篠ノ之束を呼んで来ようとするが数秒も経たないうちに構成員が帰ってくる。
「し、篠ノ之博士がどこにもいません! 監視役のメンバーも殺されています!」
「あいつ! 土壇場で裏切りやがった!」
「出るわよ! レイン、フォルテ、アリーシャで地上から潰しにかかるわよ!」
「叔母さんはどうするんだよ!」
「私は―――宇宙で連中を潰す。新しい力で」
――――――☆――――――――
「――――――?」
「あ、簪ちゃん!」
「……お、お姉ちゃん」
電脳ダイブから目を覚ました簪を楯無は強く抱きしめる。
覚醒したばかりで何が起きているのか理解できていなさそうな簪だったが少しずつ時間が経つにつれて脳が通常に動き始め、状況を理解していく。
「…‥無事に帰ってきた」
「そうよ……簪ちゃんのおかげでエクスカリバーは一時停止しているわ」
「そっか……よかった」
「ありがとう、簪ちゃん……ここからは私たちに任せて」