Re.インフィニット・ストラトス    作:kue

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春休み無し!


第十七話

 空が茜色に染まる頃、車いすに座った一人の少女が医務室の前で立ちすくんでいた。

 少女の名は鳳鈴音。

 鈴はひざ元にエコバッグを置いて大事そうに抱えており、そのエコバッグには多数の付箋が張られた参考書とノートが詰められていた。

 

「……」

 

 一夏が一命をとりとめたことを知り、早速お見舞いへとやってきたのだが最初にどんな言葉をかければいいのか分からない。

 あれだけ彼の名前を呼んで親しくしていたというのに今はその名前さえ呼ぶだけで胸が高鳴る。

 

(あ、あたし……あいつに抱き付いて……わんわん泣いて……)

 

 2日前のことを思い出し、一気に顔を赤くした鈴は首をぶんぶんと勢い良く振り、一夏がいる病室の扉を勢いよく開けようとするが寸でのところで手を止める。

 彼女の頭の中では様々な言い訳が生み出されていた。

 

「ま、まぁ? もしかしたらまだ一夏のことだから寝ているかもしれないし、きょ、今日じゃなくて明日の方がいいかもしれないわね……うん。きっとそうよ」

 

 鈴は自分に言い聞かせるようにそう言い放つと車椅子を操作し、病室を後に―――

 

「お、やっぱり鈴だ」

「い、い、い、い、一夏ぁ!?」

 

 する前に扉がひとりでに開き、一夏が姿を現すと一気に胸が高鳴り、彼の顔を直視できなくなる。

 彼の顔を見ると戦闘の最中手を握ってくれたことや抱き付いてわんわん泣いたことを思い出し、彼への思いが止まらなくなってしまう。

 彼に対する恋心か今にも弾け飛びそうな勢いだ。

 

「な、なんであたしがいるって分かったのよ!」

「外から鈴の声が聞こえたし……それに鈴のお見舞いも行きたかったし」

「いや、重症度で言えばあんたが上だからね」

「あははっ、そうだな。三途の川、見たしな……まぁ、入れよ」

 

 促されるままに鈴は車椅子を動かし、病室へと入るとベッドの上に組み立て式の小さな机が置かれており、その上には参考書とノートがあった。

 

「なに? あんた勉強してたの?」

「まあな。ただでさえみんなより遅れてるし、もう少ししたら座学演習だろ? でも一週間は入院確定だから今のうちに予習とかもしておこうって」

「……みてあげてもいいけど」

「へ?」

「べ、勉強っ! 見てあげてもいいけどって言ったのよ!」

 

 意を決し、そう言うと彼は黙りこくる―――その少しの沈黙でも彼の顔を見ることが出来ず、胸は高鳴り続ける。断られたらどうしようかという心配が彼女の頭を駆け巡る。

 

「本当か!? いや~助かる! 今詰まってたところだからさ」

 

 しかし、ここで一つ問題が発生する。

 鈴は車いすに乗っている状態。しかし、机はベッドの上にあるので車椅子に乗っている彼女がベッドまで上がる必要がある。

 鈴の診断は全身打撲であるので歩こうと思えば歩けるがまだ痛みは残っている。

 すると一夏はそれを察してか組み立て式の机からノートや参考書などを移動させようとするので鈴は慌ててそれを辞めさせる。

 

「ちょちょ! 動かさなくていいわよ!」

「え? でも車いすのままじゃベッドに上がれないだろ?」

「そ、そうだけど……」

「俺が鈴をおぶればいいんだろうけど」

 

 その瞬間、一夏にお姫様抱っこをされている様子を思い浮かべ、頭の中が一気に爆発したかのようにぐわんぐわんと揺れ出す。

 

「そ、それよ! それそれ! さ、あたしをおぶってベッドにあげるのよ!」

 

 もう恥ずかしさが限界突破した鈴の思考回路はまともに動作していないので普段であれば顔を赤くして断ることでも承諾してしまう。

 しかし、一夏の表情は芳しくない。

 

「……おぶったら絶叫すると思うぞ?」

「大丈夫よ! ISに殴られても大丈夫だったし!」

「お前がそこまで言うなら……絶対に殴るなよ」

「な、殴らないって! ていうかあんたあたしのことどう思ってんのよ!」

「わ、悪いって……じゃ、じゃあいくぞ」

「う、うん」

 

 一夏も恥ずかしさからか顔を赤くし、姿勢を低くする―――一夏の首元に手を回した鈴はもう赤くないところがないくらいに真っ赤っかになっている。

 そして一夏が彼女の足を抱えて持ち上げた瞬間―――

 

「イッタァァァイ! 痛い痛い痛い!」

「イデデデ! だから言っただろ! いたいから殴るなって!」

 

 抱きかかえられたことで体が縮こまったせいで痛みが彼女の全身に迸り、絶叫と共にポカポカと一夏の頭や背中を叩きだす。

 言わんこっちゃないと言いたげな表情をしながらも一夏は彼女を抱きかかえ、ベッドへと優しく降ろす。

 

「イツツ……もっと優しくしなさいよ」

「つん」

「ぴぎぃっ!」

 

 肩の辺りを軽く突かれただけで鈴は痛みに悶える。

 

「悪い悪い……謝るからシャーペンを降ろせ、鈴」

「ふんっ! たっく……で、どこが分からないの?」

「ここなんだけどさ」

 

 一つのベッドに座り、鈴は一夏に解説を行うがその距離の近さに胸は高鳴りを止めることを知らず、視線はひたすら教科書だけに注がれている。

 今、この状態で一夏と目があえば確実におかしくなる自信が彼女にはあった。

 

「だからあとはこの数値を2乗したものとルートを取った値をそれぞれ出せばいいのよ」

「なるほど……流石は代表候補生だな」

「あったり前でしょ! ていうかこんなの中学の時に習った……ゴ、ゴメンって」

「は、はははっ……俺はどうせ中学生以下の知識しかありませんよ」

 

 IS学習は女性が最優先で行われるため中学生から学習を始めるが男性は後回しどころか義務教育中には行わないので専門の学科がある教育機関に行くしかない。

 そもそもそのような教育機関に進む男子の数も少ないことから人生でIS学習を一度も受けたことがない者もいるので完全に男子は排除するべきという声すら上がっている。

 

「ほら、次行くわよ、いっ!」

「っと」

 

 身体を少し動かした瞬間、鋭い痛みが走り、力が抜けてしまい、一夏の方へもたれ掛る形で軽く倒れ込んでしまう―――一夏に触れると意識が飛びそうになる。

 

(意外としっかりしてるんだ……一夏の体……温かい……)

 

 戦闘の最中には感じられなかったぬくもりや体の特徴が鈴の感覚全てを狂わす―――今までリミッターがかかっていたものがすべて外れる音がした。

 

「鈴?」

「……」

 

 彼に呼ばれ、何気なく顔をあげるとそこには今までにないほどに近い距離に彼の顔があり、磁石で引っ付いたかのように目線を外せなくなった。

 自分の心臓の鼓動がやけに大きく聞こえ、彼に触れている部分から鈴の頭に温もりが流れ出し、彼女の全てを支配していく。

 本の中で呼んだ息を忘れるほどの恋、とはこのことなんだろうと鈴は心の中で思う。

 

(……ぁぁ……やっぱりあたしって一夏のこと好きだ……)

「大丈夫か? 鈴?」

「……手、繋いで」

「ふぇ?」

「……あの時みたいに……もう一回、手つないでよ」

「っっっ!」

 

 姿勢的に上目遣いになるであろう方向から一夏を見つめながらそう言うと彼の顔が一気に赤くなり、視線が泳ぎ始める。

 痺れを切らした鈴が彼の手に触れるとビクンっと震える。

 

「り、鈴?」

 

 普段とは違う雰囲気の彼女の姿に一夏は戸惑いを隠しきれない。

 鈴はそんな一夏の姿に小さく笑みを浮かべる。

 

「……約束、ちゃんと果たしなさいよ」

「あ、当たり前だ……男に二言はないぞ」

「ふふっ……忘れないでよね」

「お、おう……」

 

 

 

――――――☆――――――

 静かな病室で俺達は寄り添い、手をつなぎながらお互いに何も話さず、この空気館を堪能していたが流石にそろそろ色々なものがヤバくなってきた。

 

「そ、そういやこっちに帰ってきたってことは親父さん、店やるのか?」

「あ……お店はしないんだ」

「え?」

「その……うち、離婚したんだ」

 

 鈴の両親の仲の良さは近所でも評判になるくらいだった。

 何度かお店にお邪魔したこともあるが親父さんが厨房でデカい中華鍋を振って、お母さんが笑顔で俺達に話しかけてくれた。

 俺は両親を知らずに育ったからこれが親からの愛なんだって感じた。

 

「ほら、あたしがISの適正検査受けたって言ったじゃない? あれ、実はお母さんが勧めたんだよね。でもお父さんはそれに反対してて」

 

 それ以降、鈴は言葉を紡がなかったが続く言葉は何と無しに予想はついた。

 あの頃はまだISに対する反発的な考えを持っている男の人も多数いたからそれで家庭内の方針がぶれて離婚件数があがってるってニュースで聞いたことがある。

 

「もう1年くらいお父さんに会ってないかな……多分、元気だろうけど」

「……」

「家族って難しいよね」

 

 俺と千冬姉には両親がいない―――千冬姉からは俺達を捨ててどこかに行ったとしか聞いていないけどそれも今となっては事実かも分からない。

 でも家族の難しさや有難みは分かっているつもりだ。だからこそ――――――

 

「なあ、鈴……今度どっかでかけよう」

「え?」

「1学期中は難しいだろうからさ……夏休みくらいに。こういう時はぱーっと楽しんだ方がいい」

「……そうね。じゃあたしが行きたいところ纏めとくから全部付き合ってよね」

「お手柔らかにな」

 

 俺が笑いかけると鈴もそれに釣られて笑顔を見せてくれた。

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