肌を刺すほどに寒い真冬の1月、俺―――織斑一夏は雪が降りしきる中を英単語帳片手に他の受験生と共に受験会場に向かっていた。
「よし……この英単語帳の単語はすべて覚えた……過去問だって3年間分を解いて全部合格点を叩きだした……俺ならできる……俺ならできる」
自己暗示をかけているとポケットでスマホが震えるのを感じ、取り出して画面を見てみるとそこには千冬姉の三文字が表示されていた。
さらに言うとメッセージアプリの表示が99+にもなっているのに気付いた。
「やっば……も、もしもし」
『今お前はどこに居る』
恐ろしく冷たくて怖い声―――俺じゃなきゃ気絶しちゃうね。
「え、えっと藍越学園の200メートルほど先……です」
『私が入試会場まで送ると言ったはずだが』
「い、いや千冬姉、仕事先から電話が来てたからさ……忙しいのかなって」
『忙しければお前のために有給など取りはしない……とにかく私もそっちに向かうから待っていろ』
「いいよいいよ! もう受験会場も見えてるし」
俺の姉はどうも昔から過保護だ。何をするにしても全ての情報を話せと凄んで来るし、ちょっとでも話していないことがあって“ある物”が関係していたら烈火のように怒る。
そのあるものっていうのが―――
『藍越学園とIS学園の受験会場は同じ会場なんだぞ。間違えたらどうする』
そう―――千冬姉は昔から俺がISに関わることを決して許さない。
それこそ今、使っているスマホも千冬姉が契約して料金を払ってくれているけどフィルタリング機能でISだけは絶対に調べることが出来なくて弾かれる。
もちろん家にはISに関わる雑誌・資料は一切置かれていないし、何ならうちにはテレビが置かれていない。
「間違えないって……流石に過保護すぎるって、千冬姉」
『これはお前の為を思って……キャッチが入った。とにかく私が行くまで会場には入るな』
そう言うと一方的に通話を切ってしまった。恐らく仕事先からの電話がまた入ったんだろう。
千冬姉は月に一回くらいしか返ってこないくらいに忙しい―――でも絶対に何の仕事をしているとか仕事先の話しとかはしてくれない。
それこそ徹底して家には仕事に関する物を置いていないくらいにだ。
「さすがにIS学園と藍越学園は間違えないだろ」
俺はそう呟くとスマホの電源を早めに落とし、会場の門をくぐった。
千冬姉の言う通りIS学園と藍越学園は同じ受験会場を使用している―――かつ、両校とも受験者数がマンモス校並みだ。
だから県内でも有数の敷地面積を誇る会場が使われているわけだ。
「よろしくお願いします」
「はい……あ、ちょっと待って。はい、おはようございます。緊張してるね! リラックスだよ!」
そう言い、受付の女性は俺の後ろにいた女子生徒を先に受け入れ、受験手続を始めてしまう。
俺はまたかと呆れのため息をつきながらグッとこらえる。
普段なら物申すところだが今日は入試当日だ。面倒事は避けたい。
そう考えて大人しく待っていたがどんどん後ろに並んでいた女子生徒を受付していき、女子だけが先々進んでいく。
「はい、行ってらっしゃい」
「あ、あの! 俺の受験票は」
「はぁ? あぁ、はいはい……男のことなんて忘れてたわ。これ」
さっきまでの笑顔はどこへ消えたのか女性は適当な対応をして適当に押印して俺の足元に受験票を投げる。
頭の血管がブチギレそうなくらいになったが深呼吸をし、心を落ち着かせて心の中で最大限に罵詈雑言を女性に吐き出しながら受験票を拾い、会場へと向かう。
「んだよあいつ……許せねえ」
俺は今の世界情勢にイラつきを隠せず、とりあえず近くの男子トレイに入り、冷水で顔を洗う。
冬場ということもあっていつもよりも冷たい水道水が俺の頭を冷やし、沸騰寸前の頭は落ち着きを取り戻して視界が広がっていく。
「ふぅ……よし、落ち着いた……切り替えて頑張るか」
一息つき、トイレから出て壁に貼られている案内図に従って歩き始めた。
――――――☆――――――
「はわわわわ! この張り紙、方向間違ってる! と、とりあえず先輩に……あ、そうだ……スーハー……先輩から深呼吸してから電話しろって言われてたんだった」
ゆるくふんわりとした雰囲気を持つ女性は深呼吸を一度するや否や何かを思い出したように表情を明るくする。
「そうだった……5分前に本部から受験者全員そろったって連絡が来たんだった……とりあえずこの張り紙は回収してと……あ、電話だ……先輩?」
その数分後、女性は声にならない驚愕の叫びをあげながら凄まじい速さで走り始めた―――彼女の頭の中ではさっきの通話で言われた話が何度もループしている。
『一人男が間違ってIS学園の受験棟に入ったかもしれん。急いで探してほしい』
――――――☆――――――
「ま、迷った」
会場内を歩き始めて早5分が経過しているが俺は一向に藍越学園の受験会場に辿り着けないでいた。
集合時間にはまだ余裕があるとはいえ、流石に一向に会場に到着しない状況に不安を隠せない。
「会場案内図に従ってたのに何で迷うんだ……千冬姉の言うとおりにすればよかった……ん?」
ふらふらと歩いていると視界の端に何かが一瞬移り、その方向に小走りで向かうと一人の女性と思しき人物がある一室に入っていくのが見えた。
「あの人に聞くしかない。すみませーん!」
さっきの人が入った部屋の扉を開け、入った瞬間、俺の目の前に目的のものとは違うものが置かれていた。
「……ISだ」
そう―――俺の目の前にはISが鎮座していた。その姿はまるで主人を待つ騎士の様だった。
俺は千冬姉によってISからは徹底的に遠ざけられてきた。だからISの知識は普通の男子よりも少ないし、何ならゲームの知識でしか知らない。
そんな俺の目の前にISがある―――今の俺の感情はただ一つ。
「これが……IS」
それに引き寄せられるかのように一歩、また一歩とISに近づいていく。
心臓の鼓動が徐々に高鳴りを見せていき、ISに触れようと腕が上がり、近づいていく―――一連の行動がまるで俺の意思から外れている感覚だ。
そんな状態で近づいていき、ISに俺の指が触れ―――
「それに触れるな一夏!」
「ぇっっ!?」
その瞬間、千冬姉の聞いたことが無い怒声が響き渡る―――だが驚いた際に俺の身体が震えてしまい、ほんの一瞬だけISに指先が触れた。
次の瞬間、今まで物音ひとつ立てなかったISが音を立て、光を発しながら動き始め、俺をコックピットへと誘うように引き込んでいく。
見たことのない形相でこちらに近づいてくる千冬姉の姿を視界に入れながらも俺の全身はISに取り込まれ、時間にして数秒で装着が完了した。
目の前に表示されるディスプレイには膨大な数のコードらしき列が右から左に流れていく。
だけどわかる。
このISの名称―――日本純国産型IS 打鉄。
エネルギーの残量からスペック、近接ブレードの存在、搭載武装の名称など今まで見たことも聞いたこともないはずのISの単語が俺の頭を通過していく。
でもその全てを俺は理解していた。
その時、ハイパーセンサーによって拡大されていた俺の知覚範囲に侵入者を感じた。
「まだ間に合う!」
「ち、千冬姉!? 何を」
「黙ってろ!」
「っっ!」
今まで聞いたことが無い怒鳴り声に俺の身体は一瞬にして強張り、動けなくなってしまう。
千冬姉は俺に装着されたISの装甲に触れながら何やら見当もつかない操作をしていく―――と、左腕の装甲の一部が開く。
「あとはこれを」
千冬姉が必死の形相で開かれた部分に手を入れ――――――
「はわわわわ!」
「「っっっ!」」
重苦しいこの場の雰囲気に似つかわしくない緩い声が響き渡り、俺も千冬姉も驚きから声がした方向を振り返るとそこにはアンダーリム眼鏡をかけた一人の女性がいた。
「だ、男性がISを起動してる……」
「っっ―――まだ一人だけならッッ!」
千冬姉が俺から離れ、その女性の下へと向かおうとした瞬間、開いていたドアから続々とスーツ姿の女性たちがこの一室に入ってきた――――――まるでタイミングを合わせたかのように。
「山田先生に織斑先生まで……えぇぇぇ!? お、男がISを起動してる!?」
「う、嘘でしょ!?」
「だ、誰か管理職の先生呼んできて!」
「織斑先生! 離れてください!」
「まっ! 私はっ」
一度広がった騒動はもう止められない―――半紙に墨汁が堕ち、そのシミが広がっていくように。
世界の常識に反する存在が現れれば異物として警戒するのは当たり前。
他の女性たちに俺から引き離される千冬姉は俺に手を伸ばす。
――――――その表情は何故だか今にも泣きそうな顔をしていた。
――――――☆――――――
この日、この瞬間、この一件をもとにある一つの情報が世界を駆け巡ると同時に常識が崩れ去った。
その情報は今の世界の根幹を一撃で崩すほどの物。
それは――――――
女性にしか扱えないIS<インフィニット・ストラトス>を織斑一夏が動かした。