無事に退院し、久しぶりの日常に戻っていた俺は息抜きに友人の五反田弾とともに発売初日でミリオンセールを達成した超大人気ゲーム『IS/VS』を遊んでいた。
ちなみに外出許可はもちろん下りなかったので現在、自室兼千冬姉の部屋でボイスチャットでやっている。
一応、映像も写せるがPCのスペック的に今はやめている。
『にしてもお前、楽園はどうよ』
「楽園? まったく楽園じゃねえよ……周りを見渡せば女子、女子、女子……みんな薄着だから目のやり場に困ってるんだよ」
『周りに女子しかいない世界を楽園というんだ! 畜生! なんで俺はISを動かせないんだ!』
そう涙ながらに語るのは中学三年間同じクラスだった五反田弾。
女子の仲が良い友人が鈴だとすれば男子で仲がいいのはこいつだ。
鈴以外の女子は俺ではなく、千冬姉に取り入ろうと俺に近寄ってきていてそれを変に嫉妬した男連中は俺に近づいてこなかったので自然と弾としか話さなくなった。
あの時の俺は千冬姉の実績を何も知らなかったから女子が何で千冬姉ばかり気にするのか分からなかった。
『でも鈴が転入してきたんだろ? 大分気楽じゃねえの?』
「お、おう……まあな」
確かに中学時代の感覚ならばそうなんだが今は違う。
病室で俺にピッタリとくっつき、手をつないできた鈴の表情から雰囲気までその全てが魅力的な女性のオーラを醸し出していた。
IS学園に来てから箒・セシリア・鈴と魅力的な女性に遭遇しすぎている俺は死期が近いのか? とも思ったりしている。
『で、いつこっちに来れるんだよ』
「あ~、それなんだけどさ……当分行けそうにない」
『……じょ、冗談だよな』
「冗談じゃない……現在進行形で」
そう―――今俺がゲームをしている後ろには普段着姿の千冬姉が普通に仕事をしている。
もちろんパソコンの画面やブレットの画面は一切見えないし、時折行うリモート会議もイヤホンにマイクを使うなど徹底しているので音一つ漏れない。
だが仕事中でも時折、目線が俺に向くのはちょっと怖い。
『き、奇遇だな……俺も現在進行形で悪魔に』
『誰が悪魔よバカお兄!』
『い、痛い! 蘭! 痛いから髪の毛引っ張らないでー!』
『お兄が一夏さんが近いうちに来るっていうから今月の予定全部キャンセルしたのにー! この嘘つき!』
『ぎゃぁぁぁ! 寝技は止めて―!』
(弾……心中お察しするぞ。今度の学園祭は招待してやるからな)
『ちなみに音は向こうに』
『て、天誅!』
『ぐんべぇし!』
聞いたこともない断末魔が聞こえた数刻後、がさがさと何かを引きずる音が聞こえ、ふすまをピシャッと閉める音がするとともに座布団がすれる音が聞こえる。
『い、一夏さん?』
「お、蘭。久しぶりだな」
『は、はい! お久しぶりです! お、お元気でしたか?』
「あぁ、元気だぞ。蘭は相変わらず元気そうだな」
今話している子は五反田蘭。弾の妹にして定食屋 五反田食堂の看板娘だ。
超有名私立中学に通っている頭脳明晰な子でとてもじゃないが弾の妹には見えない。
『あ、あの! IS学園の生活は慣れましたか?』
「おう、慣れては……きたかな?」
ついこの間、三途の川にピクニックに行ってましたとは言えない。
『そうですか……あ、あの一夏さん!』
「ん?」
『……お顔、見せてくれませんか?』
「おう、いいぞ~」
一旦、ゲームをレストモードに切り替えて電源を落とし、画面を切り替えると蘭の姿が写る。ロングストレートの髪の毛は綺麗に整えられており、半そでのワンピースが清涼感を感じさせる。
奥のふすまの隙間から何やら鋭い眼光が見えるのは気にしないでおこう。
『一夏さんだ~』
「久しぶりだな、蘭」
『はい! あ、聞いてください一夏さん!』
そう言いながらマウスを操作し、一枚のPDFを画面共有して俺にも見えるようにする。
そこに書かれていたのは簡易適性検査という表題のプリントで検査結果としてA判定とある。
IS学園は入試を受ける前の足切りとしてこの適性検査を受け、適性B以上を出さなければそもそも出願が出来ないという学校だ。
言ってみれば評定平均の基準だ。
「A判定か! 凄いな!」
『はい! なので来年、私もIS学園を受験しようと思います!』
「そっか……来年、蘭が後輩になるのか」
『その時はご指導よろしくお願いします!』
『きゃん!』
カメラから一切、視線を外さないまま転がっていたテニスボールをふすまの隙間に全力で投げ入れるとその奥で一瞬の叫び声と共にガタガタとふすまが震える。
仕事人だ。
その時、背後に気配を感じ、振り返ると時間だ、と言わんばかりの千冬姉が立っていた。
「蘭、そろそろ時間だ」
『そうなんですね……またお話しできますか?』
「もちろん。弾にもよろしく言っといてくれ」
『覚えてたら! それではまた!』
「おう、またな」
アプリケーションを終了し、ふぅっと一息つく。
千冬姉はそれを見届けると再び作業に戻る。
5月も半ばに入ったこのごろ、気になることは山ほどある。
一つは箒のメンタル面だ。俺が入院中も姿を見かけなかったし、退院してからもどこか距離を感じるというか入学当初の雰囲気に戻ったというか。
それはセシリアや鈴も感じている様子。
体調が悪いわけではないので様子は見ているんだけど改善の兆しは見えない。
そしてもう一つは俺の行動に対する学園の対応だ。
入学当初からうっすらと感じていたのはいたんだけどあの一件以来、うっすらどころかハッキリと分かるようになるほどになった。
挙げればキリがないが放課後のアリーナの使用許可が俺の名前がある場合は一切受け付けてくれなくなった。
今までは補助としてならば、ということで許可が出ていたのが俺の名前がちょっとでも書かれていれば受付の時点で弾かれるようになった。
他にも俺の学生アカウントで使える機能と鈴やセシリアなんかの学生アカウントでは使える機能が違う。
代表候補生だからかとも思ったけど他の子にも確認したのでそれはない。
そして最後―――千冬姉との相部屋がいつになっても解消されない。
「……一夏。そろそろ課題をしたらどうだ」
「あ、うん……そうだな」
当初、山田先生に聞いていたのは部屋の調整がつき次第、俺の部屋を用意するというもの。
しかし、入学から一カ月ほど経過するが続報は何もない。
もう一つは千冬姉が最近、やけに座学の復習や予習を促してくること。
今まではそんなこと言わなかったのに最近は特に言ってくる―――それに気のせいか千冬姉のデスクに整備科に関するパンフレットがこれ見よがしに置かれている。
「千冬姉」
「なんだ?」
「……白式の整備のこと、何か聞いてる?」
「安心しろ。倉持技研が責任をもってしている……完了したらすぐにお前に伝えるさ」
「うん……それは分かってるんだけどさ……俺のタブレットで整備状況とか」
「ダメだ」
こんなやり取りをもうここ数日何回もしている。
専用機持ちの学生アカウントのみの機能として整備に預けている機体の整備状況を確認できる。それは俺も例外ではなかった―――そう、なかった。
それを確認するためのタブレット端末を千冬姉が所持している。
「お前はまだ大人の汚いやり方を知らない。学園の整備科ならまだしも担当しているのは企業だ。保護者として私が全て対応する」
「それは分かるんだけどさ……白式は俺の機体だろ? だから俺も整備状況くらいは知りたいんだ」
「知ってどうする?」
「どうするって……」
そう言われてしまうとどうもしない。俺はISの整備に関する知識はほとんどないから送られてくる情報に目を通しても理解できない部分がほとんどだ。
「安心しろ。お前の悪い様にはせん。整備が終わった連絡が来ればすぐにお前に伝えてやる」
そう言いながら千冬姉は俺の頭を優しく撫でる。
別に千冬姉の言っていることを信じていないわけじゃない―――でも今まで気にならなかった部分が気になり始めているのは事実。
(どうして千冬姉は俺をここまで制限するんだ?)
今まではISに触れないように徹底的に離されてきた。でも今の制限の仕方はまるで俺が進む道を決めてそっちに引っ張られているような気がしてならない。
そう思うようになったのはあの三人と出会ってからだ。
今までは男子の中にしかいなかったから何も感じなかった―――でも今は違う。皆と同じようにISを学んでいる以上、違和感を感じずにはいられない。
「さ、時間も時間だ。そろそろ寝るとしよう。明日からは座学演習だからな」
「……そうだな、そうするよ。おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
――――――☆――――――
真っ暗な中、隣から静かな寝息が聞こえてくるのを確認した千冬は起こさないように静かに一夏の端末を手に取ると廊下へと出る。
「……」
メッセージアプリを開くとそこには鈴やセシリア、そして倉持技研の担当者からのメールが受信ボックスの中に届いていた。
千冬は優先して倉持技研のメッセージを開き、内容を確認する。
「……予定よりも早いな」
予定していた白式の修繕期間は5日間。しかし4日目の今日には既に作業完了のメッセージと試運転のお知らせが送られていた。
千冬はすべてのメッセージを確認し終えると一夏に成りすましてメッセージを作成し、返信する。
白式の所有権が一夏に移って以来、倉持技研の担当者は一夏本人へメッセージを飛ばしてきている。
これは何らおかしなことではなくむしろ当たり前のことであり、それすらも千冬が集約してしまうとあまりにも角が立ち過ぎてしまう。
「引っ張れても……4日が限界か」
明日からの2日間は座学の演習期間のため、その間は代表候補生の数値取などの公的な作業を除き、IS稼働の一切が禁じられる。
さらに一定点数を取れなかった生徒は放課後に補習、後に再試験を行うルールとなっている。
恐らく一夏の学力では補習と再試験にかかるのは明らかなのでこれで4日は一夏からISを引き離すことが出来る。だがそれが限界。
「次の学年別トーナメントは既に年間行事で決められている以上、速めることはできない……ステージを変えられないならば……演目内容を変えるしかないか」
千冬はそう呟くと再び部屋へと戻っていった。
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