数時間後、千冬は職員室で事務処理に追われていた。
世界で唯一の男性操縦者に篠ノ乃束の妹、代表候補生たちの定期連絡など1組ならではの多量の事務処理が千冬に被さっていた。
もちろん副担任の真耶に振れるものは全て振っているが最後は全て担任の千冬の下へと帰ってくる。
「お疲れ様です、織斑先生」
「あぁ、ありがとう。山田先生」
千冬のデスクに湯気が立ち上っているコーヒーカップが置かれる。
一つ付け加えると一夏の専用機である白式関係のことも全て千冬のもとに集まる。正直、彼女にとってそれが一番の負担でもあった。
特に今のぎくしゃくした関係性であればなおさら。
「織斑君とはお話ししないんですか?」
「何を話す?」
「その……ご家族のことなので他人の私が首を突っ込むわけにはいきませんが……話せる部分から話すことはできないんですか? 今織斑君は何も情報がないから自分の推測だけしか信じるものがありませんし」
「……ダメだ。今のあいつに話せることは何もない」
「それは織斑君では対処しきれないからですか?」
「……とにかくこれ以上、あいつを戦わせるわけにはいかない」
そう言う千冬の表情は酷く思い詰めており、部外者の自分たちが考えられる理由が原因ではないということは誰の目から見ても明らかだった。
千冬はこめかみを抑えながらコーヒーを口へ運ぶ。
「山田先生も分かるだろう……あいつの技術の上達速度は異常だ」
「オルコットさんとの模擬戦や鳳さんとの対抗戦……とても1カ月の上達速度とは思えません」
「このまま強くなれば……あいつは」
「失礼します」
「はーい……あ、布仏さん。あ、もしかして報告書ですか?」
重い空気を断つように生徒の声が聞こえる。職員室にやってきた生徒の対応を真耶が代わりに行う。
生徒から封筒を受け取った真耶は中身を空けるとそこには白式後整備報告書、とタイトル書きされた報告書が同封されていた。
ペラペラと慣れた手つきで報告書を読み進めていき、真耶はほっと一安心したような表情を浮かべ、その報告書を千冬の机に置いた。
「整備科から報告書が来ました。後整備では問題は無し。実値にも問題はみられなかったとのことです」
「……一夏には追加整備が必要だと伝えよう」
「え? いや、でも整備科の報告書にはその必要は」
「あいつにはスラスター周りの不具合と実値の異常を検知したとでも言っておけば食い下がることはないだろう。整備科には私が言っておく」
「お、織斑先生?」
先々、勝手に進めている―――というよりかは千冬の都合がいいように、そして一夏の都合が悪い様に物事のレールを組み始める千冬に真耶は戸惑いを隠せない。
ブツブツと独り言を呟き始めたかと思えばその声は徐々に大きくなる。
「2日、整備科で預かり、倉持技研に移したと言えば土日を挟んで一週間は離せる」
「織斑先生?」
「成績下位の個人面談もそこにいれれば一日は伸ばすことが出来る。6月の学年別トーナメントの組み合わせもこちらで調整しよう。一回戦は」
「織斑先生!」
真耶の怒声に千冬の独り言が止まるとともに作業していた手が止まる。
「いくらなんでも無理やりすぎます。ただでさえ怪しまれているのにあからさまな工作は余計に織斑君の反発を誘うだけです! それに今度は周りの代表候補生からも反発を受けるかもしれませんよ」
「……代表候補生ごときがなんだ」
「織斑先生、それは教師としての資質が疑われる発言です」
「……」
「冷静な判断が出来ていませんよ、先輩。今日は休んでください」
「いや、だがまだ」
「クラスの事務処理は私が引き継ぎます……プライベートもしっかり管理するのが先生、じゃないんですか?」
真耶の言葉に千冬は何も言い返せず呆然とするだけだった。
「ささ、ゆっくり休んでください」
真耶に職員室から追い出される形で廊下に出された千冬はすぐ職員室に戻ろうとするがぴしゃりと勢いよくドアが閉められてしまった。
現在の時刻は19時。普段であれば部屋に戻るのは23時であることがほとんどな彼女からすれば定時退社したような気分になっていた。
「……ふぅ」
千冬は一息つくと自室に向かって歩き始めた。
――――――☆――――――
その日の晩、食事も終えた俺は自室のベッドで天井を眺めていた。
今俺の手元に白式はない。鈴の助言通り、後整備を整備科の先輩たちにお願いしている。
多分、鈴が気を利かしてBピットに連れていってくれなかったら千冬姉の顔を見た途端に言い合いに発展していたと思う。
セシリアも気にしてか部屋でお茶会でもと誘ってくれたけど丁重にお断りした。
「あーダメだダメだ! イライラしかしない」
気晴らしに授業内容の復習をしようと参考書を開くが参考書を隠されていたことを思い出し、イライラしてしまい、参考書を床に投げ捨てる。
ならば模擬戦の動画を見ようとするが白式関連のことを思い出してしまい、イライラが止まらなくなって枕に顔を埋める。
「……分かってるさ」
自分に言い聞かせるようにそう呟く。
いつだって千冬姉は俺のことを考えて行動してくれた―――それこそ自分のしたいことを抑えて全部俺に注いでくれた。だから千冬姉の行動は全て俺の為。
頭では分かっていても心では理解しきれずにイライラしてしまう。
千冬姉が俺からISを引き離したいのも何か考えがあるからだってことは分かる―――分かっているつもりではあるが俺はそこがもどかしい。
「千冬姉にとっては俺はまだ世話のかかる弟、何だろうな……ん?」
その時、メッセージ受信を告げる通知音が鳴り響き、タブレットを見るとクラスメイトののほほんさんからの添付データ付きのメッセージだった。
学園配布のタブレットではメッセージアプリが使えるので俺は入学してから1カ月弱でクラスのほとんどの子と交換出来た。
なお、箒は機械音痴だからかまだメッセージはきたことがない。
「のほほんさんから……この時間に何だ……」
メッセージを開き、送られてきた内容に目を通すとともに今までの不安な感情が少しマシになった。
のほほんさんからは『整備科のお姉ちゃんから聞いたよ~。白式の後整備、問題なかったみたいだよ~』という文面からもゆっくり感を感じるメッセージだった。
それを示すように俺用の後整備報告書までご丁寧に添付されている。
「そっか……よかった……」
そして思い出すのは千冬姉に言われたこと―――振り返ってみれば俺はただ単に千冬姉に変にイライラして突っかかっていただけに過ぎなかった。
もちろんこれまでのことはまだ色々思うところはあるけど少なくともあの時の言い合いに関しては完全に俺の因縁でしかない。
「……謝ろう。ちゃんと、千冬姉に」
その時、部屋の扉の鍵が開く音が聞こえる―――少しドキッとしたが俺はすぐさまベッドから起き上がり、扉の方へ行くと千冬姉がそこにいた。
何日ぶりだろうか―――こうして千冬姉が帰ってくるのを出迎えるのは。
いつもならすぐに出迎えの言葉が出てくるのに今は喉につっかえたかのように出てこない。
「「……」」
少し気持ちの悪い沈黙が俺達の間に流れ、互いに見合う。
「……起きていたのか」
「あ、う、うん……あ、あの」
「一夏。整備科から報告書を貰った」
俺と千冬姉が話そうとするテーマは同じらしい。俺は言いかけた言葉を飲み込み、黙って千冬姉の話を聞く。
「ど、どうだった」
何故だろう―――すでに結末を知っているし、千冬姉から出てくるであろう言葉も分かっているのに何故か俺の心の中を強烈な不安が支配し、心臓が鼓動を強く打ち始める。
「白式の後整備だが」
俺が思っている言葉と同じものを出してくれる―――そう自分に強く言い聞かせるが鼓動は強くなる一方で不安が頭すらも支配していく。
「もう少し詳細に調べたいそうだ。報告書では実値において通常とは異なる幅があったみたいでな……最悪、一度倉持技研に戻して」
紡がれた続きの言葉に俺の中で何かが弾けた。
「……でだよ」
「……一夏?」
「なんでそんな嘘つくんだよ! 千冬姉は!」
俺の突然の怒声に千冬姉は驚きの表情を浮かべて俺を見る。
もう限界だった―――今までため込んでいた不満が溢れ出し、不満が怒りとなって口から洪水のように吐き出されていく。
「さっき俺も報告書貰ったんだ! その報告書では異常なしって書いてあったんだ!」
添付データを見せつけると千冬姉の表情が少し曇る―――でももう止められない。
「なんで報告書の内容と千冬姉の言ってる内容が食い違うんだよ! この報告書が間違ってるのか!?」
「ま、待て一夏。落ち着け」
「答えてくれよ! どっちが正しいんだよ! 報告書なのか! 千冬姉の言う事なのか!」
「そ、それは……」
「答えてくれよ! 千冬姉!」
「…………"座れ"」
千冬姉の酷く冷たい言葉―――命令口調の強い言葉に一瞬、体が氷みたいに冷たくなり、足から力が抜けそうになるが今の俺はそれ以上に怒りの炎が燃えている。
「話を逸らすなよ!」
「っっ!」
「どっちが正しいんだよ!」
「………い、いち」
「千冬姉!」
千冬姉の表情はみるみる曇っていき、色白くなっていく。見る人が見れば体調でも悪いのかと錯覚するくらいに血の気が引いている。
「……ほ、報告書だ」
千冬姉は観念したのかそう言った。それを聞けたとしても俺はますます止まらない。
「なんで千冬姉は俺に嘘ついたんだよ」
「…………」
「答えてくれよ」
「……お、お前のためだ」
「俺のためならなんで俺が不都合なことばかり起きるんだよ!」
「っっ」
「4月からずっとそうだ! 教科書は渡してくれないし、事前の課題は渡してくれないし! セシリアとの模擬戦の時もそうだ! 俺が出したアリーナの使用届は絶対に許可は下りないくせに他の人の名前で出せばすぐに通った! 俺のアカウントじゃ何も調べられない! 教えてくれよ! 俺がISに詳しくなったら千冬姉にとっては不都合なのか!?」
「……」
「だんまりかよ……クラス対抗戦の組み合わせだってどうせ最初に鈴と当たるように仕組んだんだろ。鈴とあたれば高確率で俺が負けるから」
「……」
「なあ、教えてくれよ! なんで千冬姉は俺からISを離したがるんだよ!」
俺の思いの丈をほとんどすべて千冬姉にぶつけるが千冬姉から具体的な返答は帰って来なくなった。
「……い、今は言えない」
「今はって……いつになったら教えてくれるんだよ」
「……」
「じゃあ、あれも仕組んだのかよ」
「な、何を言って」
「惚けるなよ……俺が言うこと聞かないからってやったんだろ」
「お前は何を言って」
千冬姉は本当に俺が何を言っているのか分からないんだろう―――でも今の俺にはその身振り手振りがこの期に及んで惚けているようにしか見えなかった。
「この前のクラス対抗戦で乱入してきたISも全部千冬姉がやったんだろ!」
「ち、違う!」
「もう何も信じられねえよ!」
「あれは本当にアクシデントで」
「何がアクシデントだよ! 俺が死にかけたらトラウマをもってISを使わなくなるだろうと思ってあんなことをやったっていう風にしか見えないんだよ!」
「わ、私は……ただ」
「千冬姉からすれば俺がISを手放せばなんだっていいんだろ! だから今も教師の立場利用して無理やり俺から白式を離そうとしてるんだもんな!」
「……」
「俺が死にかけようが千冬姉にとったらどうだっていいんだろ!」
その瞬間、乾いた音とともに俺の頬に痛みが走る―――頬を叩かれたんだと理解するのにそう時間はかからなかった。
今まで千冬姉に怒られたことは何度もある。でも手を挙げられたのは初めてだ。
戸惑いながら顔をあげるとそこには今まで見たことがない千冬姉の表情があった。
「わたしがっ……私がお前を殺すような真似をするはずがないだろう!」
「ち、千冬……姉」
千冬姉はボロボロと大粒の涙を流し、俺に向かってそう叫びをあげるが力なく床に座り込んでしまう。
ブリュンヒルデや千冬さまと尊敬の念を集めている千冬姉が涙を流した姿なんて見たことがない―――俺はその姿を見てようやく言ってはいけないことを言ってしまったんだと気づいた。
千冬姉は色々な部分で限界が来たのか床にへたり込み、ただひたすら涙を流し続ける。
千冬姉が泣き続ける姿を見て俺の身体は震え続け、呼吸をするたびに心臓をぐしゃっと何かに握りつぶされるかのような激痛が走る。
――――――気づいたら俺はその場から逃げるように自室から飛び出した。
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